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「七つまで」がちょうど良い[2017年12月24日(Sun)]

DSCN4972.JPG
葉の積もった桜の木の股から何の木かスックと一本萌え出ていた。
落葉樹と常緑らしき若木のコラボ。六会日大前駅裏で。

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群れの適正規模

中井久夫「微視的群れ論」(「精神科医がものを書くとき」)から、生き物の群れの規模について。

一つの群れというのは、一次的な家族とか友人とか職場の人です。職場の人でも本当に親しい人の十人前後の集団があって、それから背景としてのその他大勢という人たちがいる。そして、その中間の人たち、クラスメートとか職場の同僚とかいうのが、人間にとっていちばん処理しにくいものらしくて、少なくとも、日本人では、対人恐怖がいちばん発生するのは、この中間の人たちに対してです。

◆中間的な規模の群れの中でうまく生きることには相応の能力なり修練なりが必要、ということか。

中間的な距離のものは、人間は非常に扱いにくいらしいです。日本人だけではなく、スイスの学者も、中間の人間が扱いにくいという話をしています。
こんな実験があります。ネズミでも、一つの檻の中に入れてうまくやっていけるのが、七、八匹ぐらいでしょうか。それから三十数匹までは(要するに中間的関係になると)ネズミはやせてくるらしいです。
数が多いために個体としても対応できないし、集団としても対応できない。で、三十何匹以上になると、今度はまたネズミが太りだすんだそうです。もう集団一本槍の対処の仕方になって安定するのでしょうね。生物共通の問題なのかもしれません。


◆少子化の時代とは言っても小学校の1クラスは30人前後いるし、高校では40人が標準だ。
(我々の高校時代は1クラス48人ほど。少し上の団塊の世代となると50人がザラであった。)
そう言えば、ラッシュ時の電車は誰もが押し合いへし合いを覚悟して乗り込むのに、微妙にスキマが生じる時間帯だと、周囲との接触に、非常に気を遣っている気配が濃厚になる。Dバッグを背中にしょったまま駆け込んで乗ってうっかり接触した際など、「気を付けろよ」と言わんばかりに眉根のシワをこしらえた表情を示されることがある。車内アナウンスも鞄は前に抱えるよう呼びかけている。
電車の乗降口直ぐ横のスペース(ドアの戸袋前)は乗降の人の流れを邪魔しなくて済む特権的な場所と思っていたのに、最近はそこも安住の地ではなく、接触を避けて一旦ホームに降りてあげる人が増えたようだ。それが煩わしい人は車両の中へと移動する。
両開きドアの場合、乗降口周辺には2〜30人が蝟集するであろうから、「中間的関係」を強いられる空間となる。

ただ、これは同方向に向かっているということ以外は何ら共通点も、成就すべき共同任務も帯びていない他人同士の世界で、暫時の気遣いをガマンすれば足りる。

ところが、職場や学校ではそうは行かない。協働的にであれ、競争的にであれ、他者と一定の関係を保ちながら仕事や学習を進める関係が1年かそれ以上にわたって続くことになる。
先ほどの、ネズミにとって過ごしやすいのは一つの檻に7、8匹ぐらいだ、という話に戻すと――

これは、パーキンソンの法則で、会議というのは、七人ぐらいがよく、十人を超えると形式に流れて、実質的にはそのなかに生まれる小集団に決定権が移るんだという話にもつながるし、記憶心理学では有名な仕事があって、人間はそもそも七つプラスマイナス二以上の概念のかたまりを処理することができないんだといいますから、ものを分類するとかいうのも、外界がそんなふうにできているというよりも、人間の頭のつごうによってものを分けたり、見たりしているのでしょうね。
家族論でいうと、両親がいてきょうだいがいるけれども、きょうだいの数が五人を超えると、きょうだいどうしの相互作用のほうが、両親との相互作用より重要になってくるといいます。両親ときょうだいを入れるとちょうど七人ですけれども、七人以上の集団になると、親と子という世代間の境界よりも、一人一人の子としての行動が非常に重要になってくるようです。「七人のこびと」で白雪姫の家事は全部賄えるのですね。

こういう限界は、生物それぞれによって、そんなに違うものでもないのかもしれません。ひと胎の動物の仔は七、八が限度でしょう、ネズミでも。この限界を越すと、今度は集団になってしまって、それにはまったく違う対し方になるわけです。よく日本人の集団精神というけれども、日本人が集団性を発揮して仕事をするのは、だいたい数人でなんです。気の合った日本人が数人集まったら、これはたいへんものすごい力を発揮するといいます。一人一人の日本人というのは大したことがない。それから、ものすごく大量の集団の日本人というのも、怖いことは怖いけれども、創造的といえるかどうかわからない。ところが、数人の気の合った人間が、行動すると、これはすごいパワーを発揮するんです。
職場の人間関係はこの七、八人までの人間というのが、一つのユニットになっているのではないでしょうか。見かけ上は三十人の会社でも三百人の会社でも、そういうものはありますね。


◆そう言えば映画「七人の侍」もまさにこの黄金の数字が絶大な力を発揮する協働の物語だった。
(七福神もか)


「学校における働き方改革」中間まとめが出た

◆そうした生き物の特性に対する洞察・識見とは無縁なところで、中教審の「学校における働き方改革」の中間まとめが昨日(12月22日)中教審総会で承認され、林文科大臣に手交された。
正式名を「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」というものである。

来年度予算において教職員の仕事の見直しにより本来業務に注力できる態勢づくりのために人を配置する予算を確保したとは言え、実際には懸念だらけだ。例えば――

▲「児童生徒が補導された時の対応」を「基本的には学校以外が対応すべき業務」としている。警察、青少年指導員に対応を委ねよ、ということか。あるいは保護者に一義的責任あり、というのか?何もかも学校が抱え込まない、と発想を転換するのは良いとして、連携・情報共有のためのしくみと個人情報保全の問題はつきまとう。間違えるとゼロ・トレランス(厳罰化)に陥る危険性が大いにある。
▲部活動指導員の導入(外部人材)…「部活動の設置・運営は法令上の義務ではない」と明記しながら、その前提に立った抜本的な改善には至っていない。現状容認のまま人的措置の増加をとりあえず可能にしましたというだけでは、外部人材が増えることに伴う、スクールハラスメント(パワハラやセクハラ)の危険もまた増える恐れがある。
▲給食時の対応は本来業務だが栄養教諭等との連携で負担軽減可能だとしている。
…一つには食物アレルギーを持つ児童生徒への対応を想定しているが、そもそも栄養教諭は文科省の2016年度統計では公立小学校20,302校のうち3,866名しか配置されていないのが現状である。
また、クラスでなく、「ランチルームなどで複数学年が一斉に給食を取ったり,地域ボランテ ィア等の協力を得たりする」ことで負担軽減になると例示するが、小規模クラス中心の学校以外にとっては机上の空論であると言うべきだろう。
▲補助業務サポート・スタッフの導入…学習評価や成績処理についてもサポートスタッフが参画して教員の負担の軽減を、と言う。個人の成績などの流出を最も警戒しなければならない分野である。性善説に立つのは甘すぎる。
▲報酬を伴うサポートスタッフ導入となれば人材派遣会社にとってはビジネスチャンスでもある。
▲一方で休み時間の対応や校内清掃、給食指導に地域ボランティアの活用を掲げている。ムシが良すぎると言わねばならない。

◆文科省は「チーム学校」のかけ声のもと、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)の推進を唱導している。地域ボランティア発掘の拠点ともしたいわけだろう。しかし、これ自体が9〜15名の委員で構成される組織なので、例の黄金の数字「7」に照らすならば機能的な活動ができるのか疑わしい。
このところの中教審の各種審議では「好事例」の例示に熱心だが、超人的な努力や多くの時間を注いだ結果の「先進的事例」では仕方あるまい。
普通の学校が普通の取り組みにいささかの工夫を重ねることで自由度が増し、そのためにうまく回って行くようでなければ長続きはしない。「持続可能な」というのもこの所のキーワードであるようだから、長持ちのするしくみとそれを支える協働の楽しさを実現することに最大の知恵を傾けなくてはならない。
その場合にあれもこれも、と複数の課題に注意を振り向けなければならないようでは普通人の手に余る。中井の文章にあるように「七つ」前後の概念を処理するのが人間の能であるならそれは個への最大期待値として置くにとどめて、あとは集団の協働作業がやりやすい環境を保障した方が賢明だろう。細切れの時間を寄せ集めたり、授業時間確保に汲々として雑談(多くの児童生徒の情報を共有する機会)や自発的な研修の時間を無くして行くのでは「角を矯めて牛を殺す」ことになりかねない。


《日本人が集団性を発揮して仕事をするのは、だいたい数人でなんです。気の合った日本人が数人集まったら、これはたいへんものすごい力を発揮する》と言われるのに、「ものすごく大量の集団の日本人」が一斉に右習えしてとんでもない方向に暴走しそうな状況であるからこそ、ちょうどよい「7」(以下)を心がけるのが賢明だと思う。

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「働き方改革」中間まとめを受けてコメントする林芳正文科大臣(右端)、北山禎介中教審会長(中央)、小川正人・同副会長(左端)*12月22日、中教審総会にて


パーキンソンの法則…イギリスの歴史学者シリル・パーキンソン (Cyril N. Parkinson)が提唱したもので、次の2つの法則からなる。
(1)「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」(あるいは「役人の数は、仕事量とは無関係に増え続ける」)=放っておくと仕事の量とは無関係にスタッフの数が増えてしまうという指摘。
(2)「支出額は、収入額に達するまで膨張する」…あればあるだけ使ってしまう、という意味。


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