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「国というのはそんなにもちませんね」[2017年12月23日(Sat)]

◆トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定した問題に対して国連総会は緊急総会で撤回を求める決議案を採択した。
さすがの風見鶏・日本も当初の当惑を脱して(一応)賛成に回った(手柄にはならないけれど)。

ヘイリー米国連大使は国連機関に対して「圧倒的な拠出国」だと述べて撤回しないことを宣言し、会合の途中で退席したそうだ。まるで、満州をめぐる国際世論に反発して国連(国際連盟)議場から退場した松岡洋右主席全権(1933年2月24日)を思い出させる 。

亡国への一コマである。

*******

◆精神科医・中井久夫「精神科医がものを書くとき」を読んでいたら、そのエルサレムを引き合いに出して、都市と国家について述べているくだりがあった。

人間がつくった都市というのは、エルサレムでも何でもそうですけれども、千年単位でもちます。しかし、国というのはそんなにもちませんね。日本も、応仁の乱あたりで一遍切れたと考えてもいいぐらいだと、司馬遼太郎さんは言っておられるけれども、都市というのはしぶとい。
(「微視的群れ論」ちくま学芸文庫「精神科医がものを書くとき」p.200)

都市に比べたら国というのは長く持たない、とあっさり言ってのけていることにドキリとする。
なるほどそうかも知れない。

◆中井は、神戸の町を歩いていると、人間と人間の感覚が広いと感じる、という話から始めて、神戸の元町などの繁華街でも、人間と人間の間が透けて見える、という。ラッシュアワーでも、無理して乗らず、次の電車を待つ、という。

そして都市には都市ごとの定数のようなものがあって、その定数に応じて行動しているから、群れの中での振る舞い方が違うという。
車でもタクシーの渋滞に対する運転手の感覚(イライラする渋滞の程度)が町ごとに違うというのである。

そして、これらの違いが国単位なのか都市単位なのかというと、都市単位による違いなのだろうと述べたその後に、冒頭の文章が続く。

人が棲みついて都市の歴史が重ねられて行く。それは必然的に文化の醞醸(うんじょう)と蓄積をもたらしていくわけだが、そこで暮らす人間の振る舞いは、その文化によって形作られるということになるのだろう。
続いて次のように記す。

私は、二十八歳ぐらいではじめて東京に出てきたんですけれども、東京の知識人というのは、時間が明治維新から始まるんですね。関西では、明治維新というのは、ある過程の中のひとつの中間駅にすぎないんだけれども―― 。始まりというのは、だいたい織田信長から徳川家康あたりです。あのあたりから「現在」なんだという意識ですね。ぼくは東京に出てこんなに明治維新が大きな比重をもっているのかと思って、非常にびっくりしたものです。
実際、京都の町並みなどは、江戸の中期のものを反映しています。奈良と和歌山にある私の両親の実家も、私が子どものときに二百五十年たっていた家でしたから、三百五十年前までの実在感、連続感、現在感があったわけです。たしかにそこから先は茫漠としています。しかし、島根県とか兵庫県の播磨のあたりみたいに戦乱が頭の上を通りすぎたところだと、鎌倉時代まではすっと行ってしまうらしい。


◆時間の感覚がかくも違うとするなら、「明治150年」を祝うことなど、西の人間から見れば精一杯のお国自慢のようなものかも知れない。そうしてその「お国」は一度敗亡の辛酸を味わっているというのに、このところの「ニッポンこんなにスゴイ!」の自画自賛ブーム、どうやら衰亡の一局面に過ぎないのかも知れない。

◆中井の文章はさらに続く。

私は行ったことがないけれども、エルサレムなんていうのは、ここをキリストが歩んだという石畳が残っていて、オリーヴの園も残っている。二千年前の、当時としては小さな事件の跡が生きている。つまり、都市それぞれの歴史に、人間を方向づけるような歩き方から、振る舞い方、人間と人間の距離の取り方までを、規定するところがあるという気がしますね。当然かな。

ここにあるのは、我々の身の丈や身体感覚を起点として人間を理解しようとする姿勢で、言ってみれば「呼吸し思考する身体」が蚕のように言葉を紡ぎ出している、といった趣だ。

中井久夫精神科医がものを書くとき.jpg
中井久夫「精神科医がものを書くとき」ちくま学芸文庫、2009年

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