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民権散歩・伊勢原編(4)「自由は大山の麓より」[2017年10月26日(Thu)]

雨岳文庫を見学

◆1881年に相州最初にして最大の民権結社「湘南社」は発足するが、その初代社長をつとめた山口左七郎(1849〜1942)の住居が現存し、多くの古文書・古美術品・什器とともに雨岳文庫として一般に公開されている。
今回の民権散歩の後半は、ここを会場として3つの講演と1つの報告があった。

DSCN3991-A.jpg
山口家住宅主屋。
1834年頃に建てられたもの。江戸末期に代官所とするために現在地に曳き家して武家屋敷風に改装したが、代官所として用いられたのは2年ほどで明治の世を迎え、その後は山口家個人の住宅となった。明治初期には自由民権運動の「湘南講学会」の会場にもなった。1998年、国の登録有形文化財に指定(「雨岳文庫」解説より)。
★【雨岳文庫】ホームページ
http://www.ugakubunko.com/htdocs/index.php

DSCN3994-A.jpg
門を入って右手に資料館がある。この日ゆっくり見学する時間がなかったのが残念。
右隅に映っているのは大山二の鳥居の扁額。関東大震災で落下し割れているがみごとな彫りである。

DSCN3985-A.jpg
講演会場の大広間(20畳)。右手上方に代官所時代の捕り物道具が架けてある。
その下に演台として小ぶりの机が置いてあるが、「江山堂眼科医院」と書いてあるそうで、前回記事の江口治カ人の眼科医院で使用された机が山口家で保存されている。

建物を見学した中で、領主・間部(まなべ)自ら設計したという2階の数寄をこらした部屋がみごとで、特に大きな円形の明かり取りに投網をデザインした組子の曲線はすばらしいものだった。

◆講演は(1)大山道(諸方から大山詣りで往還した道の数々)について、(2)権田直助について、(3)湘南社の憲法論議の3つを拝聴した。

権田直助(1809-1887)は、幕末から明治にかけて国学者・神道家・医者として活躍した人物で、明治6年に大山阿夫利神社の祠官となって阿夫利神社中興の祖と言われる人。講演は、多岐にわたる権田の活動のうち、「句読点」研究の先駆者・権田直助にスポットを当てたものだった。
(3)の憲法論議について配付された資料から、伊勢原で講演を行った植木枝盛起草の憲法草案より、抵抗権・革命権の条項を録する。
*明治14年立志社憲法草案「東洋大日本国国憲案」(「国民及日本人民ノ自由権利」より)
(※ひらがな・濁点表示に改めた。)

日本人民は凡(およ)そ無法に抵抗することを得(う)
政府国憲に違背するときは日本人民は之(これ)に従わざることを得
政府官吏圧政を為すときは日本人民は之を排斥するを得
政府威力を以て擅恣(せんし)暴逆を逞(たくまし)ふするときは、日本人民は兵器を以て之に抗することを得
政府恣(ほしいまま)に国憲に背き、擅(ほしいまま)に人民の自由権利を残害し、建国の旨趣(ししゅ)を妨ぐるときは、日本国民は之を 覆滅(ふくめつ)して新政府を建設することを得

擅恣(せんし)…わがまま、ほしいまま

志操と理想が相携えて高みをめざす気迫の条文である。

DSCN3981-B.jpg
昨年、相州自由民権135周年を記念して建立された碑。
「自由は大山の麓より」と誌す。


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