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記憶は死に対する部分的な勝利[2017年10月15日(Sun)]

DSCN3791.JPG
衆議院選挙の立候補者ポスター掲示板。
同時に行われる最高裁裁判官の国民審査、該当する裁判官7名の一覧表をこの下に付け足した掲示板を別な場所で一枚見かけたが、圧倒的にそれは例外。殆どの掲示板には国民審査の情報は貼り出されない。
裁判官たちが何をし、何をやってこなかったか、殆どの人は知らない。
政府の立法に違憲の疑義がつきまとい、審議によって問題を明らかにすべき国会が死に体の今、司法の使命はかつてない重さを持つ。
新聞を取っていない人も少なくない昨今、折り込みでそういう人には広報で知る手立てもない。
最高裁判事の任命にも政権のお友達人事が…という指摘もある。
情報を持っている者が裁判官について積極的に情報を伝える任にある。

*******

◆今日の朝日新聞書評、福岡伸一カズオ・イシグロのことばを紹介している。
イシグロとの対淡で、福岡が述べたこと――生物としての人間は絶え間のない合成と分解の流転の中にあり、それゆえ私たちの物質的基盤は確かなものではない、という動的平衡の生命観――を受けたカズオ・イシグロのことばだ。

――だからこそ「記憶は死に対する部分的な勝利である」

◆このことばを軸にして福岡は、個の記憶から家族などの集合的な記憶、さらに社会的な記憶、「忘れたいけれど、忘れてはならない記憶」について思考を進めている。

◆こうした視点に立てば、たとえば、石垣りんの次のような回想もまた、単に個の記憶であることを超えて、集合的な記憶や社会的な記憶として読み返すことができる。

「女先生」と題する、戦前の小学校の高等科で教わった門脇イチ先生に関する記憶である。その2段落目から最後まで――

私は幼稚園と小学校しか出ていないので、学校で先生と呼んだ人の数が少ない。小学校は尋常科六年、高等科二年、担任はいつも男の先生だったので、女の先生に習ったのはさらに少ない。
門脇先生は高等科のとき、週にほんの少しの時間みえられた。科目は何であったか不勉強の私は、はっきり思い出せない。ただ忘れられないことが三つほどあって、私の指に指輪はないが、先生の言葉が宝石のように光る。それを形見に思っている。
その一、先生の組の女生徒が新しい良い服を着て来たとき、いつもかわいいお下げ髪が、チョンマゲのように頭の上にのっているので、「どうしてそんなことをするんです?」ときいたら「服が汚れるから」。それでは洋服を着ているのではなく、洋服に着られていることになります、と先生はいうのであった。これは実生活で応用のきく言葉になった。
その二、ある日、教員室にいた先生のところへ一人の男生徒がきて、誰それの点数にくらべて、自分の点数が少ない、と訴えたので、「ほう、あんた点数が欲しいのですか、それなら上げましょう」そういって先生は良い点数に直してあげましたと。よくとおるけれど、ちっとも高くない声で続けられた。点数にこだわらないように、試験には教科書をみて書いてもよい、と。
その三、いちど私のクラス全員が、なにかのことで問いただされる羽目になった。身に覚えがあるか、ないか。あるといえばとがめられそうな、ないといえば嘘になりそうな、そんなことがらだった。ほとんどが、ない、と答えてしまった。あとで先生に廊下で呼びとめられ、「石垣さん、あんたはほんとうのことを答えてくれると思っていました」といわれ愕然とした。私は最優秀の生徒ではない。先生がそういう信頼のしかたをしていてくれたのか、という驚きだった。いまでもその声が私の横をすうっと通りすぎることがある。
「ほんとうのことをいってくれると思った」

私はそのたびに自分が信じ難くなる。
(初出は75年12月の「教職課程」。下線は引用者。)

◆いまでもその時の先生の声が聞こえる、というのは、自分への教師の期待を知って愕然としたその時の記憶が、大人になってからも自分が居る位置を照らすということだ。
その間、一人の人間が自分に寄せてくれた負託を裏切ったことへの少しずつの返済がなされていく、ということになる。自分の未来(当然そこには「死」という、個体の生命の終わりが予定されている)に向けて、欠損を埋めていく営みともなる。
では、その欠損を埋めたとしても、生涯のある時期に背負った負債がゼロになるだけなのではないか、という疑問が湧く。まして不足を埋めきれずマイナスを背負ったまま生涯が終わったなら「死」に対する「敗北」という決算がはじき出されるだけなのではないか?

◆個体としてはそうかもしれない。しかし、個が閲したくさぐさのことは、記憶として堆積し、薄れ、旋回し、また別の記憶と結びつくことで消滅せずに新たな微光を帯びたり、という道行きをたどるのではないか?
そうしてそのことは「死に対する部分的勝利」と言えるのではないか。

◆門脇先生について忘れられない三つのことは石垣りんにとって「形見の宝石」だという。
回想記を読む者はこの宝石のリレーランナーとして加わることになる。
それもまた「死に対する部分的勝利」であると言える。

石垣りん焔に手かざして.jpg
石垣りん「焰に手をかざして」(ちくま文庫、1992年。原著は1980年、「女先生」の初出は1975年12月の「教職課程」)


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