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アリはどの足から歩き出すか[2017年07月04日(Tue)]

DSCN2247.JPG
カミキリムシ。境川土手のサイクリング道路で。
虫はみな苦手な中でも、この仲間は伐ったリンゴの樹を薪にする折によく出くわした。
これの幼虫も薪割りすると幹の中からしばしば姿を現した。

出くわしたのはツヤのある黒がみごとで、レンズを向けたらホバリングして柵の向こうのヤブに逃げた。たまたま撮れた一枚。

*******

熊谷守一の世界

◆ヒアリが話題になっているが、天からもらった生き方を全うしようとしているだけで、人間界からひんしゅくを買う理由はない、と五分の魂でつぶやいているかも知れない。
五厘の魂すら持たない輩がゴロゴロ大きな顔をしているじゃないかとこちらが笑われているかもしれないと思ったら、去年の今頃訪れた熊谷守一美術館(豊島区立)のアリたちを思い出した。

DSCN6764-A.jpg
美術館を右手に回った壁面上方にはハチの姿があった。

DSCN6744-A.jpg
道に面した壁面にアリが動き回っている。画面の右奥が美術館入り口。

◆熊谷は「アリは左の2番目の足から歩き出す」ということを発見したそうで、館内に貼り出された新聞記事(2009年8/30の産経新聞「熊谷守一といのち(下)」)にも紹介されている。
熊谷のこの発見を詩人のアーサー・ビナードもエッセイに書いていて、それでこの美術館に行って見たのだった。

◆産経の記事、09年8/23の(上)には頭上に鴉が留まっている熊谷の写真が載っていて驚いた。
住処にやってくる虫たちや猫、庭に生えてくる草花を彼は描いたが、蟻の視線になってしまう人間は鴉よりエライのではなく、まして敵などではないという付き合いになった、ということか。
自他の区別が意味を持たない関係、というものがこの世界にはある。

熊谷守一_0001[雨滴]1961年.jpg
「雨滴」(1961年)
雨粒の音が聞こえてくる。ながめていると、空から雨が落ちてくるのでなく、土の中ならポコポコわき出しているもののようにも思えて来る。
無論、地球上の水の循環というような観念とは無縁である。

熊谷守一_0003あぢさい1970年.jpg
「あぢさい」(1970年)
*図版はいずれも「熊谷守一作品集」〈監修:熊谷榧(かや)、2015年〉より

*******

豊島区立熊谷守一美術館の公式サイトは
http://kumagai-morikazu.jp/

 *東京メトロ有楽町線・副都心線「要町駅」からゆっくり歩いても10分足らず。「要小学校」のすぐ先。身近にこんな美術館があって、ここの子どもたちは幸せだ。


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