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シーモアさんと、大人のための人生入門[2016年11月30日(Wed)]

狩り・狩られる時代?

◆今日、11月30日の朝日新聞、文芸時評は「狩りの小説」と題して、ともに鹿を狩る、しかし対照的な小説を取り上げた。服部文祥「息子と狩猟に」(新潮12月号)と上村亮平「よっつの春」(すばる12月号)である。
文明批評も数多い執筆者の片山杜秀は、これを偶然の一致とみていない。もう一作、津島佑子の遺作「狩りの時代」を、「強者が弱者を騙(だま)し、奪い、狩る。そんなナチス・ドイツや軍国日本の時代」を現代とダブらせた「まこと恐ろしい小説」と評した上で、弱者の生きる権利や友愛・福祉を実現するために暴力的な本能を制御してきた近代の歴史に対して、「万人の万人に対する闘争、弱肉強食」を露わにした、強者が弱者を「狩る」時代になりつつあるのか、小説を通して考えようとしている。
(そういえば、あさのあつこ「ぼくがきみを殺すまで」もそうした試みだったと言えるだろう。)

★片山杜秀の文芸時評「狩りの小説」は下記から↓(無料会員登録で読むことができる)
http://digital.asahi.com/articles/ASJCX4H24JCXUCVL011.html?rm=236

◆鹿狩りが登場する2作のうち、「すばる」12月号の上村亮平「よっつの春」を読んでみた。

〈すばる文学賞受賞第一作〉とある。偶然だが、先日いくつか読んだ安岡章太郎の父祖の地、高知の山が舞台だった。

◆「よっつの春」の書き出しは――

ひとつの春、小さなツノは生える。
ふたつの春、するするとのびるツノは枝をわける。
みっつの春、ますますのびるツノは新しい枝をつくる。
よっつの春、大きく枝をわけたつのをかかげ、緑のなかを歩く。

子鹿が一人前のツノを持つまでを語っているのだが、弓を構えて矢を放つまで、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、と数えて身体と意識を射る動作に収斂させ、狩られる相手に狩るこちらの呼吸を合わせる過程を意味してもいる。
もう一つ、作者がこの小説を書き進めるリズム、もしくはこの散文に波打たせようとしたリズムをも表している。ただし、それは同じテンポを刻んでいるということではない。快速もあれば緩徐もあり、一段落の中での伸び縮みもある。
音も、鳥や木々が立てる音、人間が立てる音に至るまでふんだんに入れ込んである。苦闘しているといっても良いかも知れない。音楽評論でも知られる片山がそれを感じていないはずもないが、評家としてその点を取り上げることはしない。次作を見極めてからと考えているのだろう。

*******

◆鹿に注目したのは、先日観た映画「シーモアさんと、大人のための人生入門」(原題=Seymour:An Introduction)にも鹿の話が出てくるからだ。

俳優イーサン・ホークが監督した、ピアノ教師、シーモア・バーンスタインを描いたドキュメンタリー映画である。

◆1927年生まれのシーモア(Seymour Bernstein)は今年89歳になるピアニストだ。
若くして揺るぎない位置を占める音楽家として活躍していたが、50歳でコンサート・ピアニストとしての活動は止めてしまう。
以後はピアノを教えること、作曲をすることに人生を捧げてきた。
彼のこれまでの人生について、音楽について、インタビューに答えることばのひとつひとつが深い意味をもって伝わってくる。
シーモア自身が現在も「どうしたら指がキーに引っかからないで美しい音で弾けるか、こうしたらどうだろう?」と工夫を重ねて音楽に向き合う姿が映し出される。
レッスンで若い人々に語りかけることばも、相手の中にあるものを引き出してやることに主眼があるようだ。

◆シューベルトの「セレナード」が流れてウワっとなった。
20代前半、勤めを終えて玄関を出る時にしばしば頭に鳴っていた曲だからだ。

シーモアもこの曲には特別な思い出がある。

自宅にはピアノはなかったが、習いたくてね。
6つの時、誰かに中古をもらった。家族は誰も楽器をやらない。ある日、誰も未だ起きて来ない時間に弾いたのがシューベルトの「セレナード」。
起きて一階に下りてきた母が私に訊きました――
「どうして泣いているの?」

――私は、「あまりに美しいから」と答えたんです。


◆映画の中で対話するマイケル・キンメルマン(批評家でありピアニストでもある)など、教え子たちとの対話もそれぞれに面白い。どの一人もそれぞれの音楽観を自分のことばで語っているからだ。これから世に出ようという青年も、すでに一家を成している教え子も、借り物でない自分のことばで語るのは共通している。

◆さて、鹿の話だった。

シーモアさんは、手にした古い手帳の表紙をなでながら、「読むまいと思っていたこれを20年ぶりに開いてみたとき……」と、語りかけてことばを詰まらせてしまったのである。

それは1951年、朝鮮戦争に一米兵として従軍したときの体験だった。
行く先々で死者たちのむごい姿を目の当たりにしたのだった。

身も心も疲れ果てて眠りに落ち、再び目覚めたときに、深い霧におおわれた茂みの向こうから、何かがこちらを見ていることに気づいたそうだ。じっと目をこらしているとやがて姿を現したのは子どもの鹿だった。
「自分は今、天国にいるのだろうか?と思いました」

霧の中から現れた子鹿を見て、自分は天に召されたと、一瞬思ってしまったというのだ。

*シーモアさんはその後、同じく従軍していたヴァイオリニストのK・ゴードンを誘って、兵士たちの慰問演奏を実現させた。除隊後何度か訪韓しているが、映画の公開をきっかけに今年2016年夏にも韓国を訪れ、演奏を披露したことが報じられている。

元韓国戦争参戦軍人のバーンスタイン氏、60年前のメロディーを奏でる
2016年6月21日東亜日報(日本語版)
http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/536545/1


◆映画の最後のことばもすばらしい。

夢にも思っていなかった――
この二つの手で青空さえつかめるとは。


◆邦訳として「セイモアのピアノの本:音楽的感情に合わせた体の動き-初心者のために」などがある。〈大木裕子・青木礼子の共訳 〈ショパン(ハンナ)、2008年修正版〉

シーモアさんプログラム-A.jpg
 映画「シーモアさんと、大人のための人生入門」プログラム。


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