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国吉康雄の絵[2016年07月16日(Sat)]
国吉康雄少女よ、お前の命のために走れ-A.jpg

国吉康雄(1889〜1953年)の絵を観てさまざま思った。
(横浜のそごう美術館で。7月10日で終了。画像はいずれも同展のチラシから)

イサム・ノグチとともに戦前からアメリカで活躍した日本人アーティストとして知られる。まとめて観るのは初めて。

◆国吉は1906年にカナダ経由でアメリカに単身渡ったが、この年アメリカでは帰化法が改正されて、日本人移民のアメリカ国籍取得が不可能となった年である(最初の妻キャサリンは国吉と結婚したために米国籍を剥奪されている)。
晩年の国吉は帰化手続きを進めていたが遂に実現しないままだった。

◆展覧会は現在のアメリカに再び湧き上がる移民排斥の動きを強く意識した構成になっているだけでなく、戦争と芸術家の関わりについて考えさせるものとなっていた。(解説の中に松本竣介藤田嗣治への言及がある。竣介は「みづゑ」に軍国主義に抗する文章を発表したし、国吉の良き理解者であった藤田は戦争画に筆を揮い、特に「アッツ島玉砕」の反響の大きさに藤田自身、大いに感奮したが、戦後は翼賛画家の批判を最も多く受けることになった。
展覧会を企画したキュレーターの明確な問題意識が伝わって来る。

◆国吉自身、1935年以降、日米関係の悪化によって行動の制限を受け、またスミス法により指紋押捺を強いられるなど抑圧を受けながらも、「アメリカ美術家会議」や「アン・アメリカン・グループ」によって美術家たちの権利擁護と自由な制作のための活動を積極的に展開した。
1941年の日米開戦によって「適性外国人」とみなされながらも、アメリカ政府支持を表明し、対日プロパガンダの仕事にも筆を染めた(日本人の残虐性を表現したポスター作品も数点展示してあった)。
イサム・ノグチが日系人収容所に進んで身を投じたのとは対蹠的で、国家対立の狭間に立たされた人間としてどう生きるか、さまざまなことを我々に示唆する。

◆若い時期の「ピクニック」(1919)のようなセザンヌの影響が色濃い作品も面白かった(国吉が渡米した1906年はちょうどセザンヌが亡くなった年である)。
また、サーカスを素材とした作品は不思議な魅力を持つ。
特に「安眠を妨げる夢」と題する空中ブランコを描いた作品(下図。1948年)。伸ばした手がついに届かない絶望感を横長の画面にそのまま放り出した感じ。若き日にパイロットになりたかったという国吉の「時間+空間+思念」を形にした一枚だと思う。

国吉安眠を妨げる夢-A.jpg


◆修復されて日本で初めて公開されたという大作「クラウン」も不思議な作品だ。

国吉康雄1948クラウン.jpg

題名通り道化師の泣き笑いの表情が大きく迫ってくる。
見ようによっては雪に覆われた高い山々を空から俯瞰したようにも見え、そう気づいてみれば、上方を占める夕焼け空のような赤い色の帯は、二度の大戦で流された人間たちの血の残照であるかも知れない。
そのように連想が動き出すと道化の顔は傾いた地球がゴロリと転がっていくところなのかも知れないと思えて来る。
それでいてマスクとして描いているのは、彼の生まれた岡山に伝わる備中神楽の記憶の残像なのかも知れないと思ったりもする(戦争ポスターの習作「敵を撲滅せよ」にはそれがよりはっきりと表現されているように思う)。

「クラウン」は戦後1948年の作品だというが、観る者に不安をかき立てずにいない点で、1940年の「逆さのテーブルとマスク」と対を成す作品だと思う。日米の戦争をはさんで色合いも描かれたモノたちも対照的ではあるのだが、我々が実にもろいものの上に立っていることを思い知る。両者に共通して登場するのがクラウンの「マスク」だ。

◆戦前の「逆さのテーブルとマスク」では、垂直の軸線を成すテーブルの脚以外、白い布の上に左下に滑り落ちそうに乗っかっている天板や、それとは逆に右下に滑り落ちそうな細い指揮棒のようなものなど、浮遊しようとする物たちが、接することで辛うじてバランスを保っているように組み合わされている。マスクの表情は中性的で、喜怒哀楽のいずれも示していない。このマスクを誰かが被ることで初めてそれは表情を与えられるもののようだ。だが、マスクを取った瞬間に微妙なバランスは失われ、この空間全体が瓦解することは間違いない。
いくつもの寓意を含んだ作品であり、「浮遊するものたちの危ない関係」という別名を付けたくなる。

◆一方戦後の「クラウン」は「マスク」を被る人間は必要としない。
何かにぶら下がる必要もない。マスクそれ自体が感情を持つものとして不安を抱えたまま中空に浮かんでいるようであるのだ。

*******

◆生涯の大半をアメリカで暮らした国吉だが、1931年、老いた父を見舞うために一度だけ帰国した。その時の様子を久我なつみ『アメリカを変えた日本人』 (朝日新聞出版、2011年)から引く。国吉ら3人の日本人芸術家の生涯を描いた本である。

個展が東京と大阪で開催され、アメリカで成功した画家として話題になったが、絵は売れなかった。それ以上に彼をがっかりさせたのは、ファシズムに染まりつつあった日本の世相であった。警官に道をたずねたら、帽子をとって敬礼しなかったと殴りかからんばかりに怒鳴られて衝撃を受け、帰米してから戯画にした。
当時の日本は大正デモクラシーのあとで、自由主義、民主主義を学んではいたが、実現にはほど遠かった。このままでは国際社会において孤立すると、国吉は懸念した。彼が横浜に着いた前月に満州事変が起きた。翌年、日本は満州国の建国を宣言。中国に不当性を訴えられながら、満州百万戸移民計画を強行した。排日移民法を制定したアメリカに代わる、格好の移民の送り先だった。
国吉は日本で中国侵略の進行を目撃して深く心を痛めた。アメリカ暮しで中国系の知人がいたし、多国籍社会に生きて、孤立することの怖さを思い知っていた。
これでいいはずがない――。


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