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若き音楽家リュカ・ドウバルグ[2016年06月08日(Wed)]
DSCN7044.JPG
ビワが色づき、田植えが始まった。(藤沢市西俣野)

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クレメル・ルカ・ドゥバルグ_0001.jpg

リュカ・ドゥバルグという事件

*名前の表記、チラシでは「ルカ」とあったが、プログラムも3月に出たばかりのCDも「リュカ」とあるので、こちらで統一。Lucas Debargueと綴る、1990年フランス生まれの若き音楽家。
 

ギドン・クレーメルリュカ・ドゥバルグのデュオ・リサイタルを聴いた(6月6日、サントリーホール)。

5日に兵庫、東京で6日・7日と続くリサイタルの真ん中の日。

6日は「アナザー・ロシア」と題して20世紀ロシアの作曲家を並べたプログラム。
いずれも生で聴くのは初めての3曲。
・ワインベルグ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 op.126(クレーメル)
・メトネル:ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調op.5(リュカ・ドゥバルグ)
・ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ ト長調op.134(クレーメル&ドゥバルグ)

◆演奏会プログラムに渡辺和彦氏が書いているように、クレーメルはシュニトケやグバイドゥーリナなど、ロシアの作曲家を積極的に紹介して来たヴァイオリニストだ。
ピアソラの音楽をタンゴの世界からもっと広い音楽の世界に解き放ったのもクレーメルだった。

今日の最初のヴァインベルク(1919〜96)はショスタコーヴィチの友人だったとのことで、弦楽四重奏曲が17、交響曲は26(!)も書いたという人物。スターリンによる投獄など苦難の生涯を送った人のようだが、これから聴く機会が増えていくだろう。79年のこの作品は四つの楽章が切れ目なしに弾かれると知って緊張を覚悟したものの、その心配は無用だった。
他にどんな曲があるのだろうと思ったら、幸い、交響曲10番などを入れたCD(オーケストラはクレーメルが育てた音楽家集団・クレメラータ・バルティカ)がロビーにあったので、ドゥバルグのCDとともに求めた。

◆2曲目は初来日のリュカ・ドゥバルグによるメトネルのピアノソナタ。
メトネル(1880〜1951)の22〜3歳の時の作品。
小品しか知らなかったメトネルのソナタのドラマティックで叙情豊かな世界を堪能した。
それは全くドウバルグという演奏家のおかげだ。

ネットに同じ曲をベレゾフスキーが演奏したものがアップされているが、それはベレゾフスキーの息がかかって飼い慣らされた馬のように馴致され過ぎていて、切実さが違うという印象。

ドウバルグの演奏は全く別。できたばかりの曲が初めて音楽として鳴る瞬間に聴衆を立ち会わせるような、といったらいいだろうか。
居合わせた私たちは、音楽が生まれる瞬間を目撃することになった。
(生演奏ってそういうものでしょう?と反論する向きがあろうけれど、実際は聴きながら過去のあれこれの記憶を参照していたりして、今目の前で起きていることに純粋に向き合っているとは限らないように思う。)

とりわけ第一楽章、わずか数小節の高揚とその鎮まりが何度か繰り返されて大きなうねりとなって行くのは圧巻だった。それだけでない。
聴く者に切迫して来た音が、次の瞬間には後ろ姿を見せて遠ざかって行くような。
目まいを感じさせる瞬間さえあった。
波打ち際から海を眺めているのではなく、潮の満ち引きの中に身を置いているように風や潮の匂い、波の力を全身で受けとめるような体験。

◆ドウバルグは昨年(2015年)のチャイコフスキーコンクールでの「事件」がセンセーションを呼んだ(優勝を確実視されながら最終審査は4位。しかし全部門の参加者で唯一モスクワ音楽評論家賞を受賞したことで、かつてのショパンコンクールにおける「ポゴレリチ事件」が想起されたようだ)。
それはさておき、コンクール以来1年ほどの間に彼の才能に着目した音楽家たちとの関わりが興味深い。
今回、共演したクレーメルもその一人。ネットでドゥバルグのコンクールでの演奏を見て共演の希望を直接伝えたという。
 *2016.6.29のコンクールでの演奏(リストの協奏曲第2番とチャイコフスキーの協奏曲第1番)がネットで視聴できる。↓
http://tch15.medici.tv/en/performance/round-round-3-piano-2015-06-29-1800000300-great-ha


◆ドウバルグのここまでの生き方はピアニストとしては珍しい歩みだったようだ。
ピアノを始めたのは11歳。遅いスタートだ。
しかも17〜20歳のころは殆ど弾くことなく、大学では理学と文学を修めた。
本格的にピアニストを目指したのは音楽教師レーナ・シェルシェフスカヤと出会ってから。
チャイコフスキーコンクールに挑むことになったのも彼女の勧めだ。

才能を伸ばし育てる、そうしてともに歩む人々の存在が大事だと痛感する。
その交流において音楽以外の教養がこの先、大事な肥やしとなっていくだろうと予感させる。

そうした音楽家たちが日本人演奏家にも活躍しつつあるのは良いこと。
学校化した社会がそうしたせっかくの才能を潰したりしませんように。

◆プログラム最後のショスタコーヴィチはクレメルとのデュオ。
協和、応答さまざまに楽しんだ。
一つ驚いたことがある。
ヴァイオリンのピチカートとの応答で、ピアノがヴァイオリンと同様の音色で応じたのだ。
ヴァイオリンのピチカートは弦を指ではじくわけだけれど、ピアノはあくまで弦をハンマーで叩いて音が出るので、音色は相当違うはず。
どうすればヴァイオリンのピチカートと同じ音が出せるのか不思議だった。
それだけではない、さらに先の所では、それと全く違う音色でヴァイオリンのピチカートに応じてみせた。またまた驚いた。
親和の状態から明確な対比・対照への跳躍。

おそるべしドウバルグ。

◆アンコールはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番からクライスラーが編曲したもの。
余韻嫋々(じょうじょう)で贅沢なひとときだった。
拍手に応える時に若いピアニストを引き立て、袖に下がる時に必ず背に手を添えるクレーメルの姿に音楽家としての励ましと深い愛情が感じられた。

インターネットでピアノ音楽と作曲家たちについて多くを学んだと語るドゥバルグにとって、ラフマニノフは最もよく聴いた作曲家の一人。
デュオリサイタルで初来日のアンコールとして、これ以上の選曲はあるまいと思った。

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DSCN7061.JPG
楽屋口にあった「響(ひびき)」と題する五十嵐武暢(たけのぶ)制作の彫刻。
サントリーホールのエンブレムを象ったもの。オープンから30年経った。

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クレメル・ルカ・ドゥバルグ_0002.jpg
CDジャケットの表紙にサインを頂戴した。
素顔は気さくな印象で、結構背が高くみずみずしい25歳。

「ぴあのピアノ」というブログにリュカ・ドゥバルグのロングインタビューが紹介されている。
6月8日の別プログラムによるリサイタルの感想も書いてくださっているのでお訪ねください。
ルカ・ドゥバルグへのインタビュー記事(2015/7/23)
http://think-think.seesaa.net/article/428755353.html


この記事のURL
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/309
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Posted by:  at 2016年06月09日(Thu) 17:37

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