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辺見庸『1★9★3★7』[2015年10月02日(Fri)]

洋種山牛蒡DSCN3188-A.jpg
ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)
明治時代に北米からやってきた帰化植物らしい。
根・葉・種子、どこをとっても毒性があるそうだ。

★後半、大幅に加筆いたしました(10月3日記)



昭和12年=1937年について

10月2日号の「週刊金曜日」が届いた。

辺見庸『いま記憶の「墓をあばく」ことについて』と題する文章が載っている。
『1★9★3★7』の序として――とある。
「週刊金曜日」にこの夏まで連載された。近く単行本として世に出る。

題名の「★」は旧「皇軍」のシンボルであろう。
自分の記憶にある旧軍の星といえば、日当たりの良い三畳の部屋のタンスの小箱に、「富國生命」の保険証書や父の軍人手帳などとともにしまわれていた徽章の星が浮かんでくる。

職業軍人であれ、応召した一兵卒であれ、役所の人間であれ、はたまたそれら以外の市井の人々であれ、「1937年」に大陸に征き、あるいは「内地」で「戦果」を祝賀した人々を知る人間は読まねばならない。読み返さねばならない。

文中、1937年4月に初来日したヘレン・ケラーが財布を盗まれる事件が記されている。新聞報道を読んだ読者から彼女のもとに、お金やお詫びの手紙がつぎつぎと届いたというのだ。
単に親切心からというだけでない、身内の不始末として詫びねば相済まぬとまで考える日本人の心性を表していよう。

だが同じ日本人が、同じ1937年の暮れには中国各地で非道の限りを尽くす。
なぜそんなことが起きるのか、というよりどうしてそんなことをなし得るのか。
その彼ら(我らが父たち)が、復員して再び〈じんじょうなひとびとに〉戻り、戦場での〈じんじょうならざる〉体験、あるいはそれを目撃した経験については語ることなくこの世を去る。

作者の仮説はこうだーー
〈じんじょうなひとびと〉と、
〈じんじょうならざるひとびと〉はおそらく、
どういつのひとびとだったのだ。


統一された人格を持つ存在という人間観からすればsplit(分裂)としか思われないこの〈慈愛と獣性の同居〉(辺見)を、戦争という特殊な状況がもたらしたもの、と考えることは無意味だ。

復興期ならば、そう考えて済ますことは生き抜く上で現実的な必要であっただろう。
だが、戦間期や戦前(次の破局に至るまで)、という考えがチラとでも頭をかすめた人間なら、それは気休めに過ぎない、と自分を戒めるだろう。
戒めるだけでは足りず、自分の内と外を洗い出していくだろう。

そうすれば〈じんじょう〉と〈じんじょうならざる〉と、そのふたつながらが自分の内にも外にも在る、と認めることになる他ないではないか。

◆◇◆◇◆◇◆

◆たまたま今日、10月2日の朝日新聞オピニオン欄「異論のススメ」に佐伯啓思氏の〈憲法9条と戦争放棄 そもそも「平和」とは何か〉と題する文章が載った。

その中で佐伯氏は、エマニュエル・トッドという人の日本人擁護の説を紹介している――〈長い歴史の中で日本が危険なことをしたのはほんの短い期間であり、しかもヨーロッパの帝国主義のさなかの出来事であった。日本はその世界情勢に追随しただけだった〉。

これがアベ首相の戦後70年談話や彼がこれまで述べ来たった歴史観と同じであることは明らかだが、これを援用して佐伯氏は次のように結ぶ。
――「私には、われわれ日本人は歴史的にみても、法外なほど好戦的で残虐な性癖をもっているとは思われない。われわれはいまだに敗戦後の自己不信に縛りつけられているのではないだろうか。」

「法外な」という形容で残虐さを相対化し希釈する作文術や、根拠を示さぬまま「残虐な性癖をもっているとは思われない」という印象に基づいて平和主義へのギモンを呈していく進め方など、あいまいさが気になる文章だ。自民族弁護が他民族の残虐性を言い立てる結果になっていることにも無頓着だ。

佐伯氏の文章の題〈そもそも「平和」とは何か」〉が示すように、「力による支配がもたらす平和」という西洋の定義・用法をもって戦後の平和主義を批評する以上、戦前・戦後と続くナショナリズムにも同じモノサシで検討を加えることが必要だったはず。そうすることで自民族のなかに両者が併存するsplitの状態に一つの解をもたらす可能性が出てくるように思うのだが。
「敗戦後の自己不信」という評言によって佐伯氏は、終戦直後の特殊な時期に日本人が陥った特殊な自己認識に過ぎず、そのとらわれが憲法の平和主義だと言いたいようだ。

西洋のモノサシによって戦後日本の70年を裁断すること自体が倒錯にほかならない。
こうした論法では生きてきた時間の総和は無視され、歴史はいつでもリセット可能なものになってしまう。
そうでない時間を生きてきた我らと我らの父たちの間のsplitは底なしの淵によって切断され放置されたままになる。

◆「獣性=残虐性」をキーワードに佐伯氏の一文と辺見氏の文章とを対照させてみる。

「残虐性」を人間一般に拡散させるのではなく、我らと我らの父たちにおいて検討すること、それによってsplitを放置せず、我らと我らの父たちの間に口を開けている深い淵にともかくも橋を差し渡そうと試みること――それが辺見庸『1★9★3★7』だ。

一方、佐伯氏の文章はそうした必要を認めないかのようだ。
自己を点検して他者に至る省察の必要を感じていない人の文章だ。
このような文章を目の前にした者が読む行為において筆者と対話することはないだろう。

読む者が対話の相手として筆者から指名されたという感じの欠如。
時評的な単発の文章であるという事情を割り引いたとしても、この文章における省察の不在はそのまま読者への語りかけの不在となっているのだ。

◆他者の残虐性を知って己にも同じものが潜在するのでは、と心を働かせるのは、内省することだ。
こうして自分の内なる獣性に苦しむ者が、さらにその先、他人の中にも同じものを見いだしたときには、心を開いて他者に近寄ろうとするだろう。理解が他者にまで及ぶのだ。

自分もまた残虐性と無縁ではない、と意識することは、他者を理解する第一歩だ。
さらに己の中に「じんじょうで良きもの」の芽を見いだすことができれば、同じものが相手にも備わっているだろう、と想像が相手に及ぶ。
他者が人間として信じることができる存在として呼吸し始める。

対話の契機である。
相手は今のところ対話など全く望んでいないかも知れない。
だが少なくともどちらか一方が内省と架橋する意欲によって準備を始めるのでなければ、対話はそもそも成立しない。

「自己不信」と佐伯氏はいうが、それはいつまでもその状態にとどまっているものではない。
「不信」は「信」に変容したいと欲求しているものだ、いつでも、どこでも。

内なる獣性に気づいた者の人間理解には、こうして深さと奥行きが備わるだろう。
残虐性を省察することが、善性に信を寄せる機縁となるのである。
特殊から普遍にいたる変容の可能性といってもよい。

◆そう考えれば、辺見氏の『1★9★3★7』と、その序として書かれた『いま記憶の「墓をあばく」ことについて』が、内なる残虐さを自らあばくことで可能性を見いだそうとする苦闘の書であるのに対して、佐伯氏の〈憲法9条と戦争放棄 そもそも「平和」とは何か〉は、初めから終わりまで傍観者の説であり、読者を必要としていない。

どちらに希望があるかは明らかだと思う。

*******

四十雀DSCN3191-A.jpg
四十雀。さえずりが美しい。

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