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中也の〈魂〉⇒中村稔[2019年09月22日(Sun)]



DSCN1502ジョアン・ミロ(1893-1983) 『女の頭部』(1975)-A.jpg
ジョアン・ミロ〈女の頭部〉1975年 横浜美術館にて

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むすび・言葉について30章より  その20   中村稔

「陽気で、坦々として、而も己を売らないことをと、
わが魂の願ふことであつた!
この詩句の「わが魂」を
「わが心」とおきかえることはできない。

心は、私たちの知性、感性が外界に向かって働きかけ、
外界からの働きをうけて反応し、働きかえす。
魂は、私の中のもう一人の私であり、
私を瞶(みつ)め、また時に叱咤し、また時に決意をうながす。

心といい、魂といい、
似ていながら、それぞれ千差万別、多様な意味をもつ。
私たちが的確にこれらの言葉を使い分けることは難しい。

しかし「わが魂の願ふこと」は信条告白だ。
この決意をうながすのは魂だ。だから「わが魂」なのだ。
こうして言葉はそのふさわしい位置を占めるのだ。


中原中也「寒い夜の自我像」



◆「己を売る」とは、他人の値踏みに己の肉体も精神も委ねること。
時には自分で自らの「値」を相手に示して、さあ、これで買い上げよと迫る者もいるだろうか。
その場合も相手の算盤がはじいた我が値段を視野の片隅に置いての演技ならば、主導権は向こうにある理屈である。

主体性を保つことが難しい、というより、生きている間のあらかたは、誰かに合わせ、顔色を伺い、迎合・卑屈もいとわず汗臭い笑みで身を低くして過ごすのが一般だろう。
それだけに「魂の願ふこと」は切実だ。
中村が「信条告白」と表現するゆえんである。

◆中村稔のこの詩で、中也の詩に初めて出会った時のことを久しぶりに思い出した。
通学列車で友が開いた劇画の黒々とした頁に、中也の「魂」の詩が在った。
朝の光が差し込む車内で、友と己との間にできた暗がりの中に揺れている「魂」の文字。
それに目と魂を引き寄せられながら秘密の共有をしたような時間(そのころ、中也の詩は教科書に載るようなものではなかった)。

中村稔むすび・言葉について_20190922_0001.jpg
中村稔『むすび・言葉について 30章』(青土社、2019年)
 *すべて14行詩の体裁で言葉への考察を綴った連作全100章、その結びとなる詩集。


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