CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 〈かかわらなければ〉ー塔和子「胸の泉に」 | Main | 「事務的説明」だと言い張る役人 »
<< 2019年08月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
〈オアシスのような/広場のような〉[2019年07月14日(Sun)]

DSCN1243.JPG
カンナ。黄色もなかなか凜乎としていて良い。

*******


公共   石垣りん

タダでゆける
ひとりになれる
ノゾミが果される、

トナリの人間に
負担をかけることはない
トナリの人間から
要求されることはない
私の主張は閉(し)めた一枚のドア。
職場と
家庭と
どちらもが
与えることと
奪うことをする、
そういうヤマとヤマの間にはさまった
谷間のような
オアシスのような
広場のような
最上のような
最低のような
場所。

つとめの帰り
喫茶店で一杯のコーヒーを飲み終えると
その足でごく自然にゆく
とある新築駅の
比較的清潔な手洗所
持ち物のすべてを棚に上げ
私はいのちのあたたかさをむき出しにする。

三十年働いて
いつからかそこに安楽をみつけた。


粕谷栄市・編『石垣りん詩集』(ハルキ文庫、1998年)

*******

◆来年度から教科書検定が始まる高校の次期学習指導要領、必ず履修すべしとされる新科目の一つとして「公共」なる新科目がある。

戦後教育における社会科を解体する仕上げの象徴とも目される科目だが、天秤の右の皿にその科目「公共」を載せ、左の皿に石垣りんの詩「公共」を載せてみたいと、マジメニ思っている。

「職場と/家庭と/どちらもが/与えることと/奪うことをする」と詩にあるが、21世紀に入った現代は、ひたすら「奪うことをする」ばかりの職場や家庭が幅を利かせていて、詩のように一息つける安楽な「公共」空間は探すに難しいようだ。

新科目「公共」すらが、「谷間のような/オアシスのような/広場のような/最上のような/最低のような」場所(公衆トイレ)について、コクミンみんなのための場所だからということを根拠にして、例えば「3分以上そこを占有してはならない」というルールを「多数決で・みんなの総意として」決議する時間にならない保証はない。

「総意」はそれを肯うことのできない人間を排除するために利用される。
14日、武部勤・元自民党幹事長が選挙応援スピーチで「日本は天皇の国」と述べたという件も、偏狭・不寛容な排除の論理を振り回して、憲法無視のデマゴーグに等しい。

この記事のURL
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1289
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
コメントする
コメント
検索
検索語句
最新コメント
根来珠青
銃剣道 歴史に目をふさぐおぞましさ (03/29) 当ブログ管理人
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/26) 3億円で買える銃と弾
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/25) マキシミリアナ・マリア・コルベ
コルベ神父のこと その2 (06/23)
若き音楽家リュカ・ドウバルグ (06/09)
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml