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石原吉郎の「方向」[2018年12月23日(Sun)]

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六会日大前駅のイルミネーション。
今年はちょっぴりぜいたくな輝きを放っている。
先日の夕方、駅に降り立つと、地元の方たちのゴスペルの歌声に出会った。
伴奏も若い人たちの生演奏。ちょっぴりどころでなく、もったいないほどの贈りものだった。

*******

方向   石原 吉郎

 方向があるということは新しい風景のなかに即座に旧い風景を見いだすということだ 新しい位置に即座に古い位置が復活するということだ ゆえに方向をもつということは かつて定められた方向に いまもなお定められていることであり 彷徨のただなかにあって つねに方向を規定されていることであり 混迷のただなかにあって およそ逸脱を拒まれていることであり 確とした出発点がないにもかかわらず 方向のみが厳として存在することであり 道は制約されているにもかかわらず 目標はついに与えられぬことであり 道を示すものと 示されるものがついに姿を消し 方向のみがそのあとにのこることである

 それは あてどもなく確実であり ついに終わりに到らぬことであり つきぬけるものをついにもたぬことであり つきぬけることもなくすでに通過することであり 背後はなくて 側面があり 側面はなくて 前方があり くりかえすことなく おなじ過程をたどりつづけることであり 無人の円環を完璧に閉じることによって さいごの問いを圏外へゆだねることである


『続・石原吉郎詩集』(思潮社・現代詩文庫、1994年)

◆タイトルのとおり、運動体の、ある方向へと動く軌跡と、そのものが後に残す軌跡を表現する(あるいはその反対に、軌跡を残すというよりは、運動が起こす風によって方向が明示されたという紛れもない事実のみを読む者に刻みつけて、姿を消し去る)。

◆その運動は「道を示すものと 示されるもの」とが引き合う力によって必要なエネルギーを生み出している。
そうして「道を示すもの」の姿・外貌は「(道を)示されるもの」の眼には見えているが、その外側にいるものたちには見えない。ただ、常に対を成すものと引き合い、反発・離反し、また強く引き合うその動きによって「道を示すもの」が実在し、常に「示されるもの」とともに動いていることははっきりと分かる。

◆この運動は天体の動きに似ている。もっと身近な例でいうなら、すぐれたフィギュア・スケーターやダンサーの回転しジャンプする運動に似ている。

〈あてどもなく←→確実であり〉、〈背後←→側面〉、〈くりかえすことなく←→おなじ過程をたどりつづける〉という風に、すべてが対立・矛盾をはらみながら引き合い、反発して動き続ける。

◆詩の結び、「無人の円環を完璧に閉じることによって さいごの問いを圏外へゆだねる」とは、運動を目撃した人々に問いを投げかけ、彼らに見物の座から立ち上がって次の主体になるようバトンを託すことである。
つまり、この運動は、行為が示した方向へと他者を「うながす」、終わりなき問いかけそのものにほかならない。
問うことであとに続く者たちを立ち上がらせ・突き動かし、姿を消し去ってなおも生き続けるもののことである。


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