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〈いのちなんて/一寸した工夫でのばせるもんだ〉[2018年10月20日(Sat)]

清水正一(1913-85)という人の詩集は、たまたま立ち寄った藤沢駅北口の古書店で出会った一冊。
帯に「蒲鉾屋で詩人であったひと」と、異色の経歴が記してあった。

改めて詩集を開いたら、「丸松」と店名の縫い取りがある半袖シャツにエプロンをしめて市場に立つ写真が巻頭に載っていた。

「続」とタイトルに付いたこの詩集は、詩人没後にまとめられたもので、〈一九八五〉としてまとめられた詩群から〈一九七九〉としてまとめられた作品まで時間をさかのぼって構成されているが、それぞれの中に年記のある回想の詩が配されている。
折に触れての追懐が綴られた一冊と言える。

例えば〈一九八五〉のグループに含まれる次のような詩――


落葉   清水 正一


いきられた日々よ

飽くことなく熱いペンをにぎらせた夏

〈死〉とはまだ縁なきものと思われる

オーサカの夕暮れ

落葉といっても

まだ青い翳(かげ)りがのこっている

ゆめにみた雑木ばやし

あすこは空気が素晴らしい

友よ

先に行かずにすむなら行かないで

いのちなんて

一寸した工夫(あいであ)でのばせるもんだ
    、、、、、
〈自分がやになった〉など

僕はこの齢(とし)になってから

言えなくなったよ


寺島珠雄が編んだ巻末の年譜によれば、蒲鉾の製造販売を生業とすることになったのは大阪の老舗の蒲鉾屋で修業した兄が独立し、姉も加わったのに、数えで16歳の3月、高等科二年を終えたばかりの正一少年も加わったという経緯であった。郷里の三重県上野を離れ大阪の淀川「左岸」での暮らしが始まったわけである。


次のように家族への思いが率直に綴られる。

どこへも行かぬ 
 一九三五年

ちいさい妹らは (兄が)
よその人となることを心配して床につく
カマボコ板をふせるように
私も横になる
夜がふかまると
仕事場の魚臭が
二階にまでつとうてくる
 久子も
 八重子も

 ゆっくりおやすみ

私は生涯どこへも行かぬ


◆八重子は正一より2つ下、久子は7つ下の妹たちである。

冒頭の詩は、少年時代、同学年だった少年の自死がもたらした衝撃と人生の意味を考えて生きてきたことを晩年に回想したものと読める。
「オーサカ」脱出の願望もあったようだが、兄弟姉妹が力を合わせて生き抜くこと、カマボコ板の上から社会と人間を見つめることを自らの立つ場と腹をくくった日のことを歌った。
「どこへも行かぬ」の詩に添えた〈一九三五年〉とは、正一と妹たちの母りんが亡くなった年である。

徴兵検査で「丙種合格」(徴兵されない)であったため、造船に徴用されたものの、戦地へと召集されることは免れた。そのことをたまの休日に反芻する、次のような一節もある。
  、、、
今朝かわやで落したものは

マダガスカル島のかっこしていた

(…略…)
〈いつの八月十五日にも 僕は暗いかわやで一兵卒の慟哭をきく――日記〉

「オーサカの休日から」の冒頭と結びである。



続清水正一詩集.jpg
編集工房ノア、1985年
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http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1022
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