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この地から平和の使者になる[2017年06月23日(Fri)]

DSCN2021.JPG
 タチアオイ(立葵)

*******

◆梅雨が明けた沖縄、6月23日の慰霊の日を迎えた。
追悼式で沖縄県立宮古高校3年の上原愛音(ねね)さんが、自作の平和の詩「誓い〜私達のおばあに寄せて」を朗読した。

その全文を転載する。


誓い〜私達のおばあに寄せて

 宮古高校3年 上原愛音

今日も朝が来た。
母の呼び声と、目玉焼きのいい香り。
いつも通りの
平和な朝が来た。
七十二年前
恐ろしいあの影が忍びよるその瞬間まで
おばあもこうして
朝を迎えたのだろうか。
おじいもこうして
食卓についたのだろうか。
爆音とともに
この大空が淀んだあの日。
おばあは
昨日まで隠れんぼをしていたウージの中を
友と歩いた砂利道を
裸足のまま走った。
三線の音色を乗せていた島風に
鉄の臭いが混じったあの日。
おじいはその風に
仲間の叫びを聞いた。
昨日まで温かかったはずの冷たい手を握り
生きたいと泣く
赤子の声を抑えつけたあの日。
そんなあの日の記憶が
熱い血潮の中に今も確かにある。
決して薄れさせてはいけない記憶が
私の中に
私達の中に
確かに刻まれている。
少女だったおばあの
瞳いっぱいにたまった涙を
まだ幼かったおじいの
両手いっぱいに握りしめたあの悔しさを
私達は確かに知っている。
広がりゆく豊穣の土に芽吹きが戻り
母なる海がまた
エメラルドグリーンに輝いて
古くから愛された
唄や踊りが息を吹き返した今日。
でも
勇ましいパーランク―と
心臓の拍動の中に
脈々と流れ続ける
確かな事実。
今日も一日が過ぎゆく。
あの日と同じ刻(とき)が過ぎゆく
フェンスを飛びこえて
締め殺されゆく大海を泳いで
癒えることのない
この島の痛み
忘れてはならない
民の祈り
今日響きわたる
神聖なサイレンの音に
「どうか穏やかな日々を」
先人達の願いが重なって聞こえる。
おばあ、大丈夫だよ。
今日、私達も祈っている。
尊い命のバトンを受けて

祈っている。
おじい、大丈夫だよ。
この島にはまた
笑顔が咲き誇っている。
私達は
貴方達の想いを
指先にまで流れるあの日の記憶を
いつまでも
紡ぎ続けることができる。
誓おう。
私達はこの澄んだ空を
二度と黒く染めたりしない。
誓おう。
私達はこの美しい大地を
二度と切り裂きはしない。
ここに誓おう。
私は、私達は、
この国は
この世界は
きっと愛しい人を守り抜くことができる。
この地から私達は
平和の使者になることができる。
六月二十三日。
銀の甘蔗(かんしょ)が清らかに揺れる今日。
おばあ達が見守る空の下
私達は誓う。
私達は今日を生かされている。



*「パーランクー」…エイサーで用いる片側に皮を張った手持ちの太鼓

*詩は沖縄タイムス+プラスの下記ページによりました。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/101510?page=2


★慰霊の日の記事:
【毎日新聞】沖縄慰霊の日 この地から平和の使者に…17歳、詩を朗読
https://mainichi.jp/articles/20170623/k00/00e/040/237000c




とりがいるからせかいがある[2017年06月21日(Wed)]

「クレーの絵本」からもうひとつクレーの絵と、それから生まれた谷川俊太郎の詩を。

パウル・クレー「黄色い鳥のいる風景」(1923年)

Pクレー黄色い鳥のいる風景-A.jpg


とりがいるから
そらがある
そらがあるから
ふうせんがある
ふうせんがあるから
こどもがはしってる
こどもがはしってるから
わらいがある
わらいがあるから
かなしみがある
いのりがある
ひざまずくじめんがある
じめんがあるから
みずがながれていて
きのうときょうがある
きいろいとりがいるから
すべてのいろとかたちとうごき
せかいがある

       詩:谷川俊太郎
*******

◆詩人は「そらがあって/とりがいる」とは感覚しない。そうした秩序めいた常識をひっくり返してみせる。
〈とりがいるから/せかいがある〉と言葉にして見せられたその瞬間に、世界は愛するしかないものとして立ち上がってくる。
それを失うことは自分もいなくなってしまうことだ、と実感される。
ふと自分が呼吸していることに初めて気づいて、とたんに心臓がドクンドクンしているのが聞こえて来るような感覚といっていい。

そうかなァ? と半信半疑の人は〈とりがいるから/せかいがある〉の「とり」の代わりに、「君」や「わが子」や「愛犬の名前」などなどを入れてそっとつぶやいてみるとよい。
きっと納得していただけると思う。

パウル・クレー「ケトルドラム奏者」[2017年06月20日(Tue)]

DSCN1982.JPG
合歓(ネム)の花の季節となった。

*******

◆古本屋の絵本コーナーに「クレーの絵本」という、絵本としては小ぶりの本があった。
パウル・クレー(1879〜1940)の作品と、それに触発された谷川俊太郎の詩とのコラボレーションである。
クレーの作品もまたナチスによって「退廃芸術」の烙印をおされ、クレーは生まれ故郷スイス・ベルンへの亡命を余儀なくされた。下は最晩年、1940年の作品「ケトルドラム奏者」

Pクレーケトルドラム奏者-A.jpg

これに添えた谷川の詩は、以下のように、クレーのこの作品およびこれと対蹠的に映発し合うギュンター・グラスの小説「ブリキの太鼓」(1959)を連想させる。


どんなおおきなおとも
しずけさをこわすことはできない
どんなおおきなおとも
しずけさのなかでなりひびく

ことりのさえずりと
ミサイルのばくはつとを
しずけさはそのうでにだきとめる
しずけさはとわにそのうでに

◆音がない(あるいは極めて少ない)状態が「しずけさ」なのではなく、しずけさはあらゆるものを包摂する母親のように限りなく大きな実在だと言っているようだ。

*P.クレー&谷川俊太郎「クレーの絵本」講談社、1995年


アーティチョーク:世にも不思議な青い花[2017年06月19日(Mon)]

不思議な花

◆昨日、畠中の道で不思議な花に出会った。
つぼみの開きかかったものは次のような感じ。中央部分は濃い紫、花びらはサボテンのように肉厚に見えた。

DSCN2018.JPG

もっと開いた状態のものは下の様になっていた。
15〜20cm、あるいはそれ以上、人間の手のひらよりも大きい。

DSCN2016.JPG

◆花の名を知りたいと思ったが、畠の持ち主かと思われた方は遠くで一心に作業中で声をかけるのがためらわれた。帰宅後ネットでいろいろ調べてみるが見当たらない。
トウモロコシなどと並んで栽培していたから、これも食用だろうと見当は付く。
花を折り取った跡も目にした。若いつぼみを食するのではないか。

◆気になって、今日も同じ道に自転車を走らせてもっと驚いた。
不思議な青紫の花がポンポンと咲いていたからだ。

DSCN2040.JPG

まるでそこだけ蛍光色に発光しているのかと思えるほど鮮やかだ。

足もとを見ると、開ききった状態なのだろう、次のような花もあった。

DSCN2039.JPG

DSCN2041.JPG

ワンダーランドに紛れ込んだ感覚である。
年配の方で、こうしたあざやか色に髪を染める人がいるなあ、と思ってさらに見回すと、刈り上げ頭の上だけ染めた感じのものも見つかった。

DSCN2045.JPG

◆花の色を手がかりに改めてネットで探すと、ようやくたどり着いた。
アーティチョーク」というのだそうだ。

最初にヒットしたのは、下のブログ。
盛期を過ぎた状態の写真も見られるので、謝してリンクを貼っておく。

クロメダカの気ままな自然観察
http://kuromedaka-saitama.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/index.html

「食う・寝る・暮らす」というブログには食べ方が詳しく紹介されていた。
http://obento12.info/1289.html

◆チョウセンアザミ(朝鮮薊)という別名も分かったので、牧野の図鑑(学生版)に当たってみると、別に朝鮮半島原産ではない、とのこと。地中海原産で我が国には江戸中期に渡来したそうだ。
確かにアザミに似た花の状態(刈り上げ頭の上だけ紫に染めたような、と書いた上の写真に近い状態の花)と、切り込みの入った葉が描かれている。
だが、実際に畑に生えているさまは、人の背丈ほどの高さがあるうえに、花の重さからか、斜めに傾いで地上近くに花を垂れたり、長大な葉も入り乱れた感じだったりして狼藉状態と言ってよい姿であった。

◆Wikipediaに、この花の歴史について以下の記述があった。

19世紀末からイタリア移民のグループがカリフォルニアで大規模にアーティチョークを栽培し、ニューヨークのイタリア系マフィアの資金源となっていた。1930年代、マフィアの封じ込めに力を注いでいたニューヨーク市長ラガーディアは市にアーティチョーク禁止令を出したが、アーティチョークの魅力に抗えず1週間後には取り下げられた。


共謀罪以後の日本*以下はモウソウです

◆「マフィアの資金源となっていた」という話から、共謀罪の議論を思い出した。
「保安林でキノコや筍を採って売れば、テロ組織の資金源となるので共謀罪の対象」という答弁だ。

モウソウがふくらむ。
厚木基地←→横須賀の飛行ルートの直下のエリアで「まさに」灯台もと暗し。
テロ組織の資金源が晴天のもと堂々と栽培されていたとは。

◆想像をさらにたくましくすれば、これもまたアメリカの差し金だな。
……
・押しつけ監視システムを日本政府は有効に運用して組織的犯罪集団の資金源を発見・摘発に持っていけるか。
・成立した共謀罪を実際に適用する度胸と能力が日本政府にあるか。
「疑わしきはまず逮捕」、「冤罪などと批判するやからは黙らせる」、「裁判所に駆け込み訴えしてもアンダーコントロールの裁判で有罪に」、という一連の流れを遅滞なく実行できるか。

以上は、行政府・立法府に続いて司法をも掌中に収め独裁体制を完成させるプロセスとして必要なレッスンだが、米政府は残念ながら司法の反発・抵抗に遭って実現できずにいる。
しかし、属国or傀儡(かいらい)国家・日本はひょっとしたらやってくれるのではないか。……

◆今夕(6/19)、アベ首相の記者会見では、以下のフレーズが繰り返された。

《今国会の論戦の反省のうえに立ち、国民の信頼を得ることができるように、冷静にそしてわかりやすく一つひとつ丁寧に説明してきたい。》

数ヶ月前にも同じことを公言していたはずだが、一度も実践しなかった。支持率低下はさらに続くだろう。
「信なくば立たず」と述べたが、もはや「信ないゆえ立つべからず」であるという自覚がない。

《私が先頭に立ち、ドリルの刃(やいば)となって、あらゆる岩盤規制を打ち破っていく。》

とも述べた。
法体系を含めすでに国家という船の底に穴を空けてしまった人にこれ以上メチャクチャをやられてはたまらない。



世界難民の日[2017年06月18日(Sun)]

6月20日は世界難民の日


「クルド人難民Mさんを支援する会」から、写真展の案内を頂戴した。

クルド人難民Mさん+DAYSJAPAN-A.jpg
写真はエミン・オズメンの「トルコ 激化する政府軍とクルド人の戦い」

◆現在世界には6,500万人を越す人たちが難民としてあふれている。
日本にも多くの人が安全を求めて逃れてきている。
日本政府に難民申請している人々は昨年だけでも1万人以上。
ところが難民として認定された人はわずか28人だ。
依然として難民鎖国の状態が続いている。
とりわけ、トルコからの少数民族クルド人は、一人も難民として認定されていない。

◆フォトジャーナリズム月刊誌として知られる「DAYS JAPAN」が選んだ「DAYS国際フォトジャーナリズム大賞2017」の受賞作とともに「難民写真展 トルコと日本 クルド難民の今」が開催中だ。

イラク、シリア、トルコの今を、そうして、この日本に逃れてきたクルド難民の今を伝える企画である。

と き:617(土)〜6/25(日)
ところ:日本教育会館1階 一ツ橋画廊
(地下鉄 神保町 歩3分)
 *入場無料

◆「DAYS JAPAN」の今月号(7月号)にも《6月20日「世界難民の日」を知っていますか?》という記事が載っている。日本国内の難民支援団体「難民を助ける会」「難民支援協会」へのインタビューだ。

国として難民をしっかり受けとめる政策を打ち出してこなかった日本。
認定されなかった難民は「難民審査参与員」に申し立てをして再審査を求める途が残されてはいるが、参与員を任命するのは法務大臣の権限。
入国管理の管掌者としてオーバーステイの滞日者を取り締まるのも、難民として在留資格を認定するのも同じ法務大臣であるという制度的な矛盾を抱えたままである。

茶番はまだまだ続く[2017年06月17日(Sat)]

17mext1522-X.jpg
◆文科省のある合同庁舎より北を望む。
足もとの建物は財務省。
この角度からはその先を見はるかすことができない。

画面のさらに左手=西方向に内閣府、道をはさんでさらに西には首相官邸がある。
内閣府から北の方角に国会議事堂、国会図書館が連なる。
内閣府はいくつかの庁舎に分かれているようで、国家戦略特区を扱う地方創生推進事務局は、国会図書館の西側、永田町合同庁舎に入っている。地下鉄「永田町駅」スグの自民党本部と同じブロックである。

◆加計問題、内閣府の説明は文科省と対立するものとなった。
特区担当の山本幸三地方創生相の発表では、「総理のご意向」「官邸の最高レベル」と書かれた文書は見つからなかったという。

当たり前ではないか。圧力をかける側が、証拠を残すはずがないことは小学生にも分かる話だ。
これらの文科省文書の表現自体すでに、恫喝や脅しに類する圧迫を受けた側が辛うじて文字にしたものだということを雄弁に物語っているではないか。

◆獣医学部新設要件の修正(加計学園しか応募できなくなるように、文言加筆)を要請した萩生田光一・内閣官房長官が「指示を出したことはない」と答弁しているのも、やっぱりね、としか思えない。疑惑の当事者があっさり非を認めるはずはないが、「指示」を出してないとしても「示唆・ほのめかし」はどうなのか、質疑で突っ込まねばならない点だ。何かにつけて「担当大臣に指示した」という言い方で行動力を演出したがる内閣でありながら、こうした時だけ「指示」という用語から逃げる。
答弁で否定しても萩生田氏の表情・語り口は雄弁にクロであることを表現していたではないか。
取材陣のカメラの力を侮ってはいけない。

無論国会において、証人喚問などの手段を尽くすこと(国会がいろんな意味で機能不全状態では望み薄だけれど)は重要だし、それとは別に「倫理委員会」のような独立した第三者的機関による検証、監視のしくみを築くことが必要だ。

◆言った・言わないという話に意味はない。
「クロ」の仮説(「前提」ではない、あくまでも)に立った材料の整理・提示と検証作業がここから必要だ。

共謀罪の審議を総括して「与野党とも堂々めぐりの議論」といった総括がTVでも散見したが、メディアが安全な傍観者の地位に逃げた表現だ。野党側に加担している、という印象を避けたいのだろうが、間違っている。これでは、情報を握る権力側に味方していることに等しい。

野党に加勢するのではない。情報も力も持たない市民サイドに立て、ということに尽きる。
市民の倫理観に照らせば、直接であれ間接的にであれ、利害関係者が行政措置に影響力を行使しうるポジションにいること自体がアウトだ、ということだ。

萩生田氏はまさにその利害関係者そのものではないか。

校門への坂がアートのプロムナードに[2017年06月16日(Fri)]

◆一昨日(6月13日)の朝日新聞夕刊、美術欄の「アートリップ」というコーナーに、なつかしい坂の写真が紹介されていた。

植物になった白線@上矢部高校
淺井裕介 作

とある。
横浜市戸塚区にある県立上矢部高校の正門に向かう坂だ。
その歩道を蔦や生きものをイメージさせる白い文様が伸びていく(校地内にも)。
同校の卒業生・淺井裕介君の作品。

170613朝日アートトリップ上矢部-D.jpg

★オリジナル記事は下から(記事全文は会員登録の上ご覧下さい)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12985765.html?rm=150

◆坂の突き当たりは駐輪場で、右の擁壁の上は竹林になっている。
文化祭のクラス企画で大きな提灯を作ることになり、クラスの面々と竹を伐り出したこともなつかしい。メンバーが揃うのを待ち切れずに先に伐りはじめたら竹を倒す方向を間違えて電線に引っかかり、断線させてはならじと独りで竹を支えて悪戦苦闘したことがあった。ようやく現れた生徒たちに「竹取の翁は遭難しかかったゾ」と軽口をたたいたものの、冷や汗含めてグッショリくたくただった。

◆現在は美術科として専門学科になったようだが、当時は美術・陶芸コースの生徒たちと普通科の生徒たちがミックスされたクラス編成で、それぞれに良い刺激があった。

◆記事に「県美術展中高生特別企画展」の案内が載っていた。
7月1日まで神奈川県民ホールギャラリーにて(関内駅もしくは日本大通り駅下車)。
淺井君の後輩たちの力作を見ることができる。

*******

◆過去の拙ログの関連記事…

★彫刻の森「淺井裕介−絵の種 土の旅」[2015年10月5日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/194

★アートが足もとにある学び舎[2015年12月12日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/227

猿芝居に今さら驚かぬ[2017年06月15日(Thu)]

DSCN1845.JPG
コメツブツメクサ(米粒詰草)
コゴメツメクサあるいはキバナツメクサともいうそうだ。
小さく黄色い花が盛りを終え、そのままドライフラワーになった趣。
茶色に変わった花弁が中の種をしっかり守っているそうだ。
野草の強靱さと次世代を守り抜く知恵に学びたい。

*******


国会は何度でも死ぬ
  共謀罪、採決強行


◆2017年6月15日、言論の府はまたしても窒息させられた。
ナリフリかまわぬ強行採決である。
恥知らず国家に成り下がった。

公共放送、やめました
(ずいぶん前からですが)

◆さるスジから中継を禁じられていたNHKが朝7時台のニュース枠で参議院本会議の中継映像を断続的に流し始めた。
今さら遅すぎる。
野党党首の歴史的名演説と言えるものもあったが、全く取り上げなかった。
徹底した電波管理ということだ。放送されねば存在しなかったも同じになる。

6時台は共謀罪のニュースとイギリスの高層マンション火災のニュースとを同じ長さで扱い、どこの国の放送局かと疑わせる始末だった。

◆ところが、一転して午後、加計文書の文科省再調査公表の松野文科大臣の記者会見は中継する豹変ぶり。解説者を二人も登場させる気前の良さだ。
無論、これまた「大本営発表」に過ぎない。
なぜ、これが共謀罪成立まで封印されたままだったのか?
官邸演出に従わせられていることを物語るタイミングと力の入れ方であった。

すべては「総統閣下」のために。

◆演出は内閣府にも及んだ。
経緯の調査を拒み続けていた山本幸三・内閣府特命担当大臣が一転して調査実施を表明。これもまた共謀罪成立までは頑として拒否せよ、と厳命を受けていたと白状したようなものだ。

以上、ことごとくが首相の罪を隠蔽するための猿芝居であることは明らかではないか。

◆文科省「調査」公表を待ち受けていた前川喜平・前文科事務次官からコメントが出された。
内閣府が明らかにすべき6項目を列挙した詳細なものだ。耳傾けるに値する。

【朝日】文科省の再調査「文書あったのは当然」 前川氏が談話
http://www.asahi.com/articles/ASK6H66F1K6HUTIL054.html

◆ただし前川氏が強調する「説明責任」については期待していない。この「責任」とは主権者に対して直接負うべきものであるのに、山本担当大臣はすでに一度この責任を放棄したからである。少し前の学芸員への暴言を含め、不適格であることは明らかだ。

◆そもそも内閣を束ねる総理自身が森友・加計疑惑で一切の「説明責任」を放棄してきている。

主権者を愚弄し続ける態度から了解されるのは、彼の頭脳の中では「責任」ということばには常に「無」が付いているらしいことだ。次のような呪文がエンドレスに鳴っているのではないか?
〈責任は無責任、無責任は責任〉
「マクベス」冒頭で3人の魔女たちが言う「きれいは穢い、穢いはきれい」のように。

*******

あすわか(明日の自由を守る若手弁護士の会)からメッセージが発信された。
全文を転載する。
この先に待ち受ける憲法改悪の道行きにNO!を突きつけるために。
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1352297631472092&id=475390175829513

明日の自由を守る若手弁護士の会
【共謀罪(テロ等準備罪)が作られた今、怒りと不安で震えるすべての方へ。】


共謀罪(テロ等準備罪)が作られた今、「これからどうすればいいの」と震えるすべての方へ。
 
 どうか、けっして、萎縮しないで下さい。その震え、その不安こそが権力の狙いなのですから。
 私たちには自由にものを考え、表現する自由があります。心の中を誰にも覗かれない自由があります。憲法に違反する共謀罪のせいで、皆さんが自発的に自由を手放したら、永遠にこの国の民主主義は帰ってきません。一人ひとりが考え、表現し続けることは、「共謀罪」を運用させずに死文化させる大きな圧力になります。
 それから、万が一、おかしな政治に声を上げる市民が共謀罪で捜索されたり逮捕されたりしても、けっして「犯罪者」扱いしないでください。テロ等準備罪というまがまがしい名称で、「もの言う市民」を反社会的な存在かのようにレッテル貼りする手口に乗せられたら、排除を恐れてみんな考えることを止めてしまいます。自由に政治を批判してなにが悪い、という風を吹かせ続けましょう。
 国民の心を侵すことになんのためらいもなく、同法案に賛成した政府・与党、すべての国会議員を、私たちは忘れません。全身の血が沸くほどの怒りをもって、あなたたちを許しません。
 いくらでも濫用できる条文で「物言う市民」を恫喝する現政権に、民主主義国家の舵を取る資格はありません。
 落胆、やりきれない思い、徒労感。すべての重い気持ちで押しつぶされそうになっているすべての人へ。
 それでも希望はあるのです。あなたがその怒りを前向きなエネルギーに変えてくれる限り!
 私たちはいまある自由と、自由でいられる社会を手放したくありません。子どもたちの尊厳と自由も、穏やかな民主主義の社会も、手放すつもりはありません。自由を行使し続けることでしか、自由は守り抜けない――憲法が問いかける「不断の努力」の覚悟を、「彼ら」に見せつけましょう。
 私たちあすわか570名は法律家として、主権者として、「不断の努力」で共謀罪を廃止させることを誓います。


政府与党の国会「奇襲」作戦[2017年06月14日(Wed)]

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共謀罪法案、「中間報告」という奇策

◆参議院法務委員会で審議されて来たハズの「共謀罪」、与党は法務委員会での審議どころか裁決もトバシて参議院本会議で採決に持ち込むつもりだという。
それも本会議において「中間報告」を行って採決を強行するという奇策を用いてやるのだという。

◆「中間報告」とは国会法第56条の3項に規定があるそうで、委員会等に付託された案件が審議未了であっても、「中間的な経過報告」を議会の議場において委員長等に行わせることだそうだ。
これによって本会議での採決が可能になる。前例があることはあるそうだが、奇策である。

◆普通の言語感覚からすれば「中間報告」である以上、最終報告もあるのが当然だと思うはずではないか。中間報告を本会議で行って、討論もそこで行い(当該委員会に属さない議員で、特に質問や発言がある議員だっているはずではないか?)再び委員会での議論の深化を促す場を持つ、ということなら「中間報告」という用語でおかしくはない。

しかし、そうでなく単に採決を早めるためであるなら「審議切り上げ報告」あるいは「生煮え報告」、さもなくば「尻切れ報告」と呼ぶのが正しい。
法律用語として不適切だというなら適当な名前を案出すれば良いだけの話。
中味と看板が一致しない用語は害悪の方が大きいだろう。
(最近も、天皇退位に関する特例法で、法文としてなじまない敬語が、慇懃無礼とはこのことかと思われたばかりだが。)

◆いずれにせよ、審議すればするほど問題噴出の共謀罪法案を通すための「中間報告」⇒本会議採決という奇策を用いたわけで、国会を舞台に真珠湾奇襲を実行したに等しい

何のためか?森友・加計問題の追及から逃れるためであることは明らかだろう
文科省の加計文書の「再調査」表明が時間稼ぎのためだったことも隠しようがない。

天網恢々疎にして漏らさず、のことわざ通り、マクベスを見舞ったような運命から誰も逃れられるものではない。

*******

マクベスの台詞:

この一戦ですべては決まる、永遠に明るい春が訪れるか、それともこれをかぎりに没落か。おれも長いこと生きてきたものだ、足もとには黄ばんだ枯葉が散りはじめ、老いが忍び寄ってくる、それなのに、この静かな時期にふさわしい栄誉もなければ、尊敬も従順も得られない、いや、ささやかな従順すら与えられそうもない、それどころか、呪詛の声が、高くはないが、深く国中によどみ、口さきだけの尊敬や空世辞がそれを蔽っている、その虚偽を、おれの弱い心は卻(しりぞ)けようとしながら、それがどうしても出来ぬのだ。

シェイクスピア「マクベス」第5幕第3場より(福田恆存 訳、新潮文庫)

DSCN1453-A.jpg
 マクベスのダンシネイン城(部分)。
 (まさかね)
アベ内閣に不信任を突きつける国会議事堂です。
(バーナムの森が動いて来てダンシネイン城を包囲した図に見えなくもない)

DSCN1451-A.jpg


むき出しの権力に抗する[2017年06月13日(Tue)]

DSCN1917-A.JPG

共謀罪を通さない!
雨の日比谷野音に5,200人


◆共謀罪を審議している参議院法務委員会は今日午前、参考人質疑を行ったが、野党が金田法務大臣に対する問責決議案を提出して審議はストップさせた。
一方、参院内閣委員会も「加計学園」問題で山本地方創生担当大臣に対する問責決議案が野党から出て審議は止まっている。

DSCN1891-A.jpg
護憲野党が結集した

◆夕方、日比谷野音で共謀罪に反対する集会が持たれた。
戦争法制以来の雨の日比谷野音集会への参加となった。
ここ何回か、場内満杯で入場できないことが続いているが、今日は早めに到着して中に入れた。
近年、消防法を理由に定員を超えた場合の使用不許可をちらつかせる当局側の要請があって、主催者側がやむなく入場制限を行わざるを得なくなっている。つい最近まではそうした杓子定規のことはしていなかった。デモの効果を押さえ込みたい側がこうしたところにも規制の網をかけてくる。デモ行進も、一台の街宣車と横断幕を先頭にしたデモ隊(梯団と呼ぶ)と後続グループのデモ隊との間隔が不必要に空けられるので、シュプレヒコールが間遠になってしまう。
何とかならないかとジリジリしている人は多い。

◆南スーダンのジュバで支援活動を行って来た今井高樹さん(JVC:日本ボランティアセンター現地代表)の「人道支援が反政府側の活動とみなされてしまう」という報告は衝撃だった。

DSCN1903-A.jpg

共謀罪はこうした紛争地での人道支援に取り組む組織や、環境、人権保護の活動を行っている団体にまで疑いの目を向けて縛り上げる恐れが高い。


◆日本ペンクラブを代表して吉岡忍氏は、市民監視の法として作用する共謀罪の先例として国旗国歌法を挙げた。君が代斉唱の口元をチェックし教職員を排除する根拠として機能させられている。教科化する道徳も同様の役を果たすだろう。吉岡氏は次のように指摘した。

我々がいま見ているのはむき出しの権力。
政府に反対すること自体を犯罪とみなそうとしている。

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◆日比谷から銀座へのデモ、子どもを描いたプラカードが人目を引いた。

DSCN1953-A.jpg

◆「未来の公共」の若者はさらに国会前で集会を続けていた。
有楽町近くから皇居方面に向かい桜田門経由で国会前まで歩いてみた。
久しぶりにアップテンポのコールをシャワーのように浴びてみたくなったのだ。

★平成の治安維持法、反対!
★「いいネ」が押せる社会を守れ!
★政治の私物化、絶対反対!


さらに、共謀罪が日本を密告社会にしかねないことへの明確なNO!の声。

告げ口勧める共謀罪、反対!

そして久しぶりのあのコール――

ファシスト通すな
ノーパサラン(No Pasaran!:奴らを通すな!)


明日も明後日も廃案求めて抗議は続く。



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