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普天間小への米軍ヘリ落下物[2017年12月14日(Thu)]

◆沖縄・普天間小を米軍ヘリの窓が襲った事件、日本政府の緊張感の無さと米軍に対する弱腰が際立つ。
この事故を最初に知ったのは12月13日のNHKのFMラジオ正午のニュースだった。
菅官房長官のコメント(13日午前記者会見)の所から聞いた。
「学校関係者のみならず、沖縄県民の方々に不安を与えるものであり、あってはならない」という、言い方に切実さは毛筋ほどもなかったので、また交通事故か何かか、ともかく命の大事には至らなかったのだろう、と思ったのが実際だ。
「関係自治体に通知するなど適切に対応して」という型どおりの口調には何ら切実さが無かった。
ところが続けて聴いていると子どもたちのいるグラウンドに物が落ちた、という話だ。
(その後、落ちた物が跳ね返ってかケガを負ったらしいという話も聞こえて来た。)

続いて小野寺防衛大臣だったかのコメントのアナウンサーによる読み上げ。
「同型機の飛行を自粛するよう在日米軍に要請する」という内容だった。
ふざけるな!である。「自粛」ではないだろう。
「抗議し、即時飛行中止を申し入れる」のが最低ラインのはず。
一体これは、どこの国の政府なんだ?

その後は他愛もない、ニュースとも言えないような話題に移ってしまった(なので、それがどんな内容だったか、もう思い出せない)。

◆ラジオのスイッチを切って、聴いたばかりのニュースを振り返ると、政府のコメントが二つ(一つは官房長官の声の録音、もう一つはコメント読み上げ)伝えられているが、現地の声を伝えていない。
そのために一向に緊迫感がないのだった。ラジオを聴いた人は全く同じように感じたのではないか。大したことはない事故(官房長官は「事案」という、この数年、すっかり胡散臭さにまみれた用語を「敢えて」使っていた。重要なことを隠したいときに政府要人がしばしば使うようになったが、そもそも「案」とは木の上にものを置くことで、木の机のこと、借りて「考える」の意味に用いる。【例】原案とか案配。いずれにせよ切実さは乏しい。話者の冷淡さを物語るかさもなくば空トボケて嘲笑っているのだ)。
かくして「大事でないこと」→「よくある、珍しくないこと」→「いちいち目くじらを立てるほどではないこと」――という印象が振りまかれて、「忘れても構わないこと」「気にするのは変な人」という見方に移っていくのは造作もないことだ。

*その後、夜9時のTVのニュースではさすがに現地の声を複数取り上げていた。
しかし、少なくとも最初期の報じ方は、NHKが誰のためにニュースを伝えようとしているか、はっきりしていた。
視聴者である国民のためでなく、政府のための広報組織なのだった。
勝手に「公共放送」を標榜してはいけない。
(そう言えば高校・社会科の必修新科目「公共」も「国家=政府」の同義語になりそうな危うさをはらんだままだった。)

事故を起こしたCH53へりはこの10月に本島北部、東村に落ちて炎上した機種だ。2004年の同じく普天間基地に接する沖縄国際大学に墜落したのも同じ。

◆それ以上にこれまでの数々の米軍機の落下物・墜落による事故の数々を忘れてどうするのだ。
1950年の燃料タンク落下による女児圧死、65年のトレーラー落下による女子小学生圧死、その前年59年には宮森小学校への戦闘機墜落・炎上による17名にも及ぶ犠牲者があった。
これ以上何をガマンしろというのか。

*******

DSCN4887.JPG
鎌倉市大船の鹿島神社で。
龍には逆鱗(げきりん)というものがあるのだった。


コツコツ「物」になる[2017年12月14日(Thu)]

DSCN4878.JPG

 油   田村驤

枯れ草の細い道を歩いて行くと
「物」をつくっている仕事場にたどりつく
むろん
「物」は人が作るのだが その人も
「物」にならなければ「物」はうまれない
人が「物」になる仕事場には
どんな秘密がかくされているか


◆10連からなる詩の冒頭の連。
ここの「物」とは油絵のことを指すようだ。
画家のアトリエを訪ねて、画家が絵を描く姿を見る。
画家の仕事を「物」を作ることだと言う、これは半分くらい分かる。
しかしそれを作る人も「物」にならなければ「物」はうまれない、というのは簡単に分かることではない。

後の連に次のような詩句もある。

「物」が「物」を作る
無私とはこういうことかと ぼくは観察するよりほかはない
「私」を滅却するのには若干時間がかかる
時間といったって
二千年の 二百年の 二十年の
時間がかかる


◆「無私」というと「己をむなしくする」ことか、と考えたくなる。
そう言い換えてもいいだろうが、日本人の専売特許のアレだなと決めつけるのは早計で、そうした先入観のままでいたら了見が狭いと言うべきだろう。何しろ二千年という時間がかかる、と言っている。
「無私」を実現してめでたく「物」となった人間はこれまで地球のあちこちにいたし、今も居ると考えた方が良い(神話を混ぜて二千六百年と誇大に言いたくなる見栄や尊大さは無論ワキに置いた上で)。

ある「物」が生まれてそこに在る、ということは、これを押しのけない限り、他の「物」が同じ場所に位置を占めることは出来ない状態であることを意味する。

人が「物」になる、というのも同じことだ。
その人を押しのけない限り他の誰かがその位置を占めることはできない。
従って「無私」とは「私」が無いのではなくて、確かに居るのだが、その存在を認める者は敬意をもってその仕事を飽かず見ている(あるいは「聴いたり」「触れたり」時に「食べたり」している)ほかない状態だということだ。無論、「無個性」などではない。

詩にはこのあとに音楽家も登場する。

「物」の仕事場の階上に
音という「物」にとりつかれた若い女性がいたから
「音」も「物」ですね とたずねたら
「はい」

そこから詩人は、己がなりわいとする詩が「物」になっているか、ながめ直すことになる、という詩なのだが、「物」にならなければ「物」はうまれないという1行がいかにも「物」然として、そこに存在したので、その周りを回りながら考えてみた。芸術に限らない話である。

田村驤1999(函).jpg
田村驤齊刻W『1999』集英社 1998年。
函入りの詩集で、写真は函の方。


  
佐藤忠良の「コツコツ」[2017年12月12日(Tue)]

DSCN8297.JPG
佐藤忠良「少女」(部分。1981年制作)

◆横浜駅の東口のポルタ入り口にある。
銘板に作者のメッセージがある。

この作品は私の孫娘・未菜(10才)をモデルに制作したものです。
横浜の新しい玄関(ポルタ)にふさわしく“すこやかさ”と“爽やかさ”を願ってこの作品のモチーフとしました。  昭和56年6月10日
          佐藤忠良


◆元NHKアナウンサーの山根基世さんの朗読講座のチラシが図書館にあった。
手もとのエッセイ集「『ことば』ほどおいしいものはない」(講談社、2003年)を開いたら「コツコツ」という一篇があり、20代のころから佐藤忠良のアトリエにしばしば訪ねていたことが書いてあった。
舟越保武らとともに具象彫刻を代表する彫刻家の制作の様子とその生き方が、飾らない筆で綴られている。
折に触れてアトリエを訪ねたもう一つの理由は、佐藤の内弟子・笹戸千津子に会える楽しみもあったそうだ。
彼女は佐藤が創立に関わった東京造形大の1期生で、山根と同年生まれで同じ山口出身とのこと。
佐藤の代表作「帽子」のモデルはこの笹戸であるという。

さて佐藤忠良の日常とは――

芸術家というのは、出勤時間にしばられることもなく、気の向いたときだけ自由に仕事をするのだろうとうらやましく思っていた。だが、忠良さんの日常生活を覗(のぞ)いて驚嘆(きょうたん)した。朝八時ごろから夕方七時すぎまで、外での用事がないかぎり、必ず毎日アトリエでデッサンするか、粘土をいじるかしておられる。これが、私がお会いするずっと前から、おそらく彫刻をはじめられた最初から今日にいたるまでの「佐藤忠良の生き方」なのである。
彫刻家を目指す学生からよく聞かれるそうだ。「彫刻が上手(うま)くなるコツは何ですか」と。先生の答えは決まっている。「コツコツやることです」


◆佐藤の職人的な生き方に示唆を与えたのは作曲家・伊福部昭の一言だったかも知れない。
2004年の伊福部昭が文化功労者に選ばれたことを祝うオーケストラ・ニッポニカの演奏会プログラムに、佐藤は次のような思い出を書いているからである。

伊福部昭というと、私に少年時代からずっと抜け切らずに心に深く残されてしまった彼の言葉がある。
二人で雑談していたときに彼が「運は寝て待て」ではなくて「練って待て…」なのだそうですと語り聞かせてくれたことであった。
その頃は「ああ、そうか…」程度の響きで耳にしてしまっていたことが、彫刻に身を入れ制作年令を重ねながら、作品がなかなかこちらの思う形になってはくれないということを思い知らされながら、あのときの伊福部昭少年の言葉が今だに私の中を過って消え去らずにいるのである。

(「ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ」より。
 ⇒http://d.hatena.ne.jp/nipponica-vla3/20101218/1292636624

*佐藤忠良(1912-2011)は宮城県生まれだが、幼くして父を亡くし、母のふるさと北海道・夕張で育った。後のゴジラの作曲家・伊福部昭(1914-2006)に出会うことになるのは旧制札幌第二中学(現北海道札幌西高等学校)においてであった。

DSCN3013佐藤忠良ミーマアーB.jpg
佐藤忠良「ミーマア」(1984年 平塚市美術館)

*平塚市美術館には表通りに「緑」と題する若い女性像もある。

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山根基世「『ことば』ほどおいしいものはない」.jpg
山根基世「『ことば』ほどおいしいものはない」(講談社、2003年)




平和賞2女性のスピーチ[2017年12月11日(Mon)]

DSCN4885不動明王大船鹿島神社.JPG
大船、鹿島神社参道脇の不動明王

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核廃絶へのさらなる一歩

◆10日ノーベル平和賞の二人の女性による受賞スピーチは魂のこもったものだった。

受賞した国際NGO「ICAN」(核兵器廃絶国際キャンペーン)の事務局長、ベアトリス・フィンさんのことばから――

草の根の努力の頂点として今年、これまで仮説だったものが現実へと前進しました。核兵器という大量破壊兵器を違法化する国連条約が、122カ国の賛成で採択されたのです。
核兵器禁止条約は、この世界的な危機の時にあって、未来への道筋を示しています。それは、暗い時代における一筋の光です。
さらに、それは私たちに選択を示しています。――
二つの終わりのどちらをとるかという選択です。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか。
前者の選択を信じることは、愚かなことではありません。核を持つ国が武装解除できると考えることは、非理性的なことではありません。恐怖や破壊よりも生命を信じることは、理想主義的なことではありません。それは、必要なことなのです。
私たち全員が、この選択を迫られています。そして私は、すべての国に、核兵器禁止条約に参加することを求めます。

米国よ、恐怖よりも自由を選びなさい。
ロシアよ、破壊よりも軍備撤廃を選びなさい。
イギリスよ、圧政よりも法の支配を選びなさい。
フランスよ、テロの恐怖よりも人権を選びなさい。
中国よ、非理性よりも理性を選びなさい。
インドよ、無分別よりも分別を選びなさい。
パキスタンよ、ハルマゲドンよりも論理を選びなさい。
イスラエルよ、抹殺よりも良識を選びなさい。
北朝鮮よ、荒廃よりも知恵を選びなさい。
核兵器の傘の下に守られていると信じている国々に問います。あなたたちは、自国の破壊と、自らの名の下で他国を破壊することの共犯者となるのですか。
すべての国に呼びかけます。私たちの終わりではなく、核兵器の終わりを選びなさい!
この選択こそ、核兵器禁止条約が投げかけているものです。

*講演全文は⇒http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/10/nobel-peace-prize_a_23303032/?utm_hp_ref=jp-homepage

◆続いてスピーチに臨んだのは広島の被爆者でカナダ在住のサーロー節子さんだった。

私たちは、世界中でこの恐ろしい兵器の生産と実験のために被害を受けてきた人々と連帯しています。長く忘れられてきた、ムルロア、エッケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニなどの人々と。その土地と海を放射線により汚染され、その体を実験に供され、その文化を永遠に混乱させられた人々と。
私たちは、被害者であることに甘んじていられません。私たちは、世界が大爆発して終わることも、緩慢に毒に侵されていくことも受け入れません。私たちは、大国と呼ばれる国々が私たちを核の夕暮れからさらに核の深夜へと無謀にも導いていこうとする中で、恐れの中でただ無為に座していることを拒みます。私たちは立ち上がったのです。私たちは、私たちが生きる物語を語り始めました。核兵器と人類は共存できない、と。
今日、私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。

広島について思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは4歳のおい、英治です。彼の小さな体は、何者か判別もできない溶けた肉の塊に変わってしまいました。彼はかすれた声で水を求め続けていましたが、息を引き取り、苦しみから解放されました。
私にとって彼は、世界で今まさに核兵器によって脅されているすべての罪のない子どもたちを代表しています。毎日、毎秒、核兵器は、私たちの愛するすべての人を、私たちの親しむすべての物を、危機にさらしています。私たちは、この異常さをこれ以上、許していてはなりません。

世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願します。核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。
私は13歳の少女だったときに、くすぶるがれきの中に捕らえられながら、前に進み続け、光に向かって動き続けました。そして生き残りました。今、私たちの光は核兵器禁止条約です。この会場にいるすべての皆さんと、これを聞いている世界中のすべての皆さんに対して、広島の廃虚の中で私が聞いた言葉をくり返したいと思います。「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」
今夜、私たちがオスロの街をたいまつをともして行進するにあたり、核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、前に進み続け、この光を分かち合い続けます。この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。


★サーロー節子さんの講演全文は
http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/10/nobel_a_23303036/?utm_hp_ref=jp-homepage


ことばが人を動かす

◆授賞式に合わせて、NHKは今年8月に放送したドキュメンタリーを再放送した(BS)。
《明日世界が終わるとしても「核なき世界へ ことばを探す サーロー節子」》

印象的なエピソードがいくつもあった。
ニューヨークの高校での講演で一人のアジア系の女生徒が質問した。
「日本によって殺された罪のないアジアの人たちがたくさんいる。貴女の受けた被害とどちらがより深刻だと思うか?」
鋭い質問だったが、サーローさんは誠実に受けとめて答える。
「命を失うことに違いなどありません。中国も日本も朝鮮も、殺される命に変わりは無いんです。」「広島・長崎について私が語るとき大切だと思うことは、日本は被害者であり加害者でもあるという意識です。どちらが悪いという問題ではないんです。殺戮そのものが悪なんです。」

そのあとの場面が深い印象を残すものだった。
質問した女生徒が終了後、涙をこぼしながら近づいて来たのだ。
「動揺させてしまった?」とサーローさんが声をかけると女生徒は首を横に振って「きちんと答えてくれてありがとう」と気持ちを伝えた。
そのあと、二人が顔を間近に寄せて話し込む姿が感動的だった。

◆もう一つ、カナダ政府高官の対応が日本政府の核兵器禁止条約にひたすら後ろ向きの姿勢と対照的だった。
安全保障を担う陸軍出身の外務政務官がサーローさんと会ってくれることになった。
日本同様アメリカの核の傘のもとにあるカナダ政府の一員として言葉を慎重に選びながらも、コメントは明確だ。「核兵器の使用は非論理的だ。多くの人命を奪う。」と共有できる基本認識は示した。
具体的な行動の約束には至らなかったが、会談の最後にサーローさんに「何かアドバイスはありますか?」と問われた政務官は「いいえ、私こそアドバイスを受けるべきです。」とことばを返した。
会談終了後の取材に対しても、サーローさんの取り組みを評価する、と敬意をこめてコメントした。譲歩も言質を与えることもしないが、対談した相手に真摯に向き合い、話すことができて良かったと心に一刻み残すものがある。大人の態度というべきだろう。


都教委「グローバル人材」育成の矛盾[2017年12月10日(Sun)]
◆【お詫び】下記東京都教育庁のリンク先URLに誤記があり、アクセスできない状態でした。謹んでお詫び申し上げます。
*12月11日16:30に追記訂正いたしました。

★「東京グローバル人材育成計画 '20(Tokyo Global STAGE '20)」(素案)に関する意見募集
[リンク先]⇒http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/06.html


DSCN4869クロガネモチ-A.JPG
クロガネモチ(鎌倉市大船で)

*******

「日本人の自覚と誇り」にとらわれていては
「グローバル人材」は育たない


◆東京都教育委員会は「東京グローバル人材育成計画'20(Tokyo Global STAGE '20)」策定の素案(以下、「素案」)を公表し12月11日までパブリックコメント(パブコメ)を募集している。
目的は「東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年に向けて、グローバル人材育成の目標やその目標を達成するための手段を示すため」なのだと言う。
何が問題なのか、教育ジャーナリスト・永野厚男氏の記事を転載する。

"日本人の自覚と誇り"と"愛国心"で、「グローバル人材育成」?
〜傍聴者ら都教委宛パブコメを提起
    教育ジャーナリスト・永野厚男

東京都教育委員会は2017年11月9日の定例会で、「東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年に向けて、グローバル人材育成の目標やその目標を達成するための手段を示す」とし、『東京グローバル人材育成計画'20(Tokyo Global STAGE '20)』策定の素案を公表した。
素案は、⑴使える英語力の育成、⑵豊かな国際感覚の醸成、⑶日本人としての自覚と誇りの涵養、を柱とする。
素案は20年まで3年間、「ファーストステージ」の「育成すべき具体的な能力」に、⑶を明記。そして「グローバル化が進む中……まず、子供たち自身が、日本や東京のよさを十分に理解する必要がある。そのためには……日本人であることの自覚や……国を愛し、誇りに思う心を育むことが重要」と謳(うた)う。
素案の「体系図」は、本来は⑵がメインのはずの「『世界ともだちプロジェクト』による交流」等、6つもの事業で⑶を育成すると明示した。
都教委は16年2月12日の定例会に出した、『都立高校改革推進計画・新実施計画案』の骨子に対する意見募集結果で、「都立学校には日本国籍以外の生徒も多数在籍。彼らは『グローバル人材の育成』の対象から外されているのか。もし含まれるのなら、『日本人云々』の表現は、彼らへの配慮が足りない」という趣旨の意見があったと報告。
しかしこの時、都教委は「学習指導要領にもあるとおり、グローバル人材の育成に当たっては、我が国の生活様式や歴史、伝統文化などに関する認識を深め、これを尊重する態度を育成することも重要な要素の一つ」などと弁解し、「日本人云々」という表現を一切変更せず、『新実施計画』にそのまま明記してしまった。
都教委は11月9日、ホームページでパブリックコメント募集を開始(締切は12月11日)。
元教職員を含む傍聴者らは、「グローバルだからこそ国境をなくそうとか、天皇には戦争責任があると、主体的に考える児童・生徒も少なからずいる。憲法第19〜21条の保障する、一人ひとりの思想・良心・信教・表現の自由を、教育行政の勝手な政策により侵害させないためにも、"日本人云々"や"愛国心"を削除するよう、皆でパブコメを寄せよう」と呼びかけている。


*******

★東京都教育庁の意見募集要項(2017年11月9日発表)

「東京グローバル人材育成計画 '20(Tokyo Global STAGE '20)」(素案)に関する意見募集
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/06.html

【素案概要】は:
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/documents/06_01.pdf

【素案前半(表紙・はじめに〜第1章p.9)】
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/documents/06_02.pdf

【素案後半(第2章。p.10〜45)】
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/documents/06_03.pdf


★意見の送り先は;
都教委指導企画課・国際教育推進担当
 
電子メールは⇒「global_ikusei@section.metro.tokyo.jp」に、FAXは(03)5388−1733まで。
◆件名を「『東京グローバル人材育成計画 '20(Tokyo Global STAGE '20)』(素案)に対する意見」と明記。
◆氏名・住所の記載は任意。
ただし、意見送付者の属性は
下記から選択して明示。
{ア 小学生 イ 中学生 ウ 高校生 エ 未就学児の保護者 オ 小学生の保護者
 カ 中学生の保護者 キ 高校生の保護者  ク 学校関係者 ケ その他(個人・団体)}
◆意見が、「東京グローバル人材育成計画 '20(Tokyo Global STAGE '20)」(素案)のどの部分に関するものかが分かるよう、関係する頁数を最初に記入の上、意見を書く(「はじめに」はページ数がないので「はじめに」と記した上で意見を書く)。

*******

素案には何が欠けているか

「グローバル」とは逆方向の国家主義と愛国心強調

3つの柱の一つに「日本人としての自覚と誇りの涵養」が掲げられている。
(「はじめに」、p.6,7,32およびp.39に「日本人としてのアイデンティティ」)
「日本人として」を強調することは現に学校に通っている日本国籍以外の児童・生徒たちの学習意欲をそぐだけでなく、日本国籍を有する子どもたちに無用な優越意識を育てる結果、異なる文化・価値観を軽視し否定する結果になりかねない。
多文化共生の視点から「国際社会に生きる人間として」「地球市民として」などのグローバルを名乗るに相応しい表現に改めるべきだろう。

2020年オリンピック・パラリンピックの主催者としての自覚は?

◆2006年教育基本法に基づいて学習指導要領も教科書も愛国心のバイアスがかかった内容に変質した中で、オリンピック・パラリンピックを主催する東京都がグローバル人材教育で独自色を出したいならば、むしろ愛国心重視の弊害をなくすことを目指すのが本来のはずだ。
その観点から眺めれば2016年度から小中高校生に配付した都教委作成の『五輪学習読本』は「表彰式では国旗・国歌を使う」という記述を残したままである。
教育出版等の道徳教科書でも同様の記述があることが問題点として指摘された通り、IOC(国際オリンピック委貝会)は1980年に、国旗・国歌使用は五輪の理念に反するため「選手団の旗と歌(曲)を用いる」と五輪憲章を改正した。それを尊重する必要がある。
ポールに上がるのは国旗でありその時に流れる音楽が国歌である、という発想は1964年当時ならいざ知らず、現代には通用しない思い込みに過ぎない。
ホスト役として頭の中味を更新して臨まなければならない。

英語一辺倒頭はオーバーヒートする

◆「素案」が掲げる事業内容はひたすら英語、英語、英語、だ。
「はじめに」に書いてあるように、今回の『東京グローバル人材育成計画'20(Tokyo Global STAGE '20)』策定の母体が「東京都英語教育戦略会議」であることからして当然の結果であったが、英語以外はほとんど刺身のツマ以下の扱い。20 コ並べた計画の一番最後に「英語以外の外国語学習の充実」というのが申しわけなさそうに付いているだけなのである(「素案」10ページ)。

◆たとえば中国やモンゴル出身の子がいて、その子やその保護者から言葉や暮らし方、食べ物を教えてもらうという授業が体験できれば子どもたちの学びは一気に活性化するだろう。
すでにそうした取り組みをしている学校も少なくないはずだ。

グローバル人材=英語力。これまた、牢固たる思い込みに他ならない。
都教委はよほど英語コンプレックスに悩んで来た人たちばかりで組織されているように見える。

すでに目の前に存在するグローバル真っ只中を生きている人々とその子どもたちから学ぶのが最も近道なのだ。
言語を意思疎通の道具としてしか理解できない狭小な頭にはとても地球が収まるハズもない。

◆もう一つ、言語を操る人間の頭は相当熱を帯びる。
尻をたたかれて脳を駆使し続けるといずれオーバーヒートを起こす。
一つの事に狂奔しがちな日本人の特性に照らして、ひたすら英語、英語では早晩ロクな結果にならないのが見えている。


鳥たちは 日日空から墜ちている[2017年12月10日(Sun)]

◆「9」の日にちなむ「9条改憲NO!」の取り組みが師走の寒風の中、憲法を活かす全国統一署名が各地で取り組まれた。

駅前で歌声が響いていた。

DSCN4860-Y.JPG

「不戦のちかい 平和行動」の方々だった。

DSCN4863-A.jpg

◆雑誌『世界』12月号の水島朝穂〈安倍「九条改憲」に対案は必要ない〉に次のような恐ろしい警告があった。

「自衛力」に関連して、九条二項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定しているが、政府解釈は、自衛のための必要最小限の範囲内にとどまれば、核兵器を保有することも合憲と解釈している。したがって、「自衛力」の明記で、「自衛のための」核兵器(まるで北朝鮮!)の保有が可能であることが確定する。

「自衛」―当然のことだから憲法に書き込んでもいいんじゃない?――などと容認気分になりかけていないか、自己点検しなければならない。
9条をいじることは単に現状に合わせて書き込むだけ、にとどまらないことをしっかりおさえなければならない。

*******

鳥   田中清光

鳥たちは
日々空から墜ちている
海なのか 砂漠なのか 山脈なのか
かすかな啼声を残して

風のなかに その声が
流れている
誰もききとれないけれど
死は このように近くにあり

突然
君の肩に乗ってくる
空から陸へ 陸から川へ
めぐっている

なんの予告もなしに
見えない距離を
風切り羽に乗せられ
死もとどけられる

ぼくたちの不幸
邪悪のひそむ日日の現実のなかで
喪われてゆく
平和 文化 未来 そして永遠も

都市から 田園から
鳥たちの足跡や
ふるえる羽根の羽撃きや心臓が
失われ 消えたまま

たちまち廃墟となる
ぼくらの危うい社会
鳥たちと同様墜ちてゆく日が
待ち受けている


田中清光『言葉から根源へ』思潮社、2015年

田中清光言葉から根源へ.jpg


窮迫した存在だけが、必然的な存在である[2017年12月08日(Fri)]

DSCN4839菊c.JPG

ミサイルに血税費やすな

小野寺防衛相は8日の記者会見で空自戦闘機搭載の巡航ミサイル導入の予算を追加要求すると発表したと言う。「敵基地攻撃を目的としたものではなく、専守防衛に反するものではない」という説明自体が矛盾している。「専守防衛」をまだ国是としているというなら、それに反する恐れだらけの安保法制の廃止はもとより、最大のリスク要因である人々に退場勧告をしてほしいものだ。
危機回避に努力するのでなく危機に乗じて予算増を狙うのは火事場泥棒という。

★【12月8日毎日新聞】巡航ミサイル予算要求 「脅威を排除」
https://mainichi.jp/articles/20171208/k00/00e/010/268000c?fm=mnm


生活保護引き下げは許されない

◆一方で厚生労働省は生活保護の給付額引き下げの検討に入ったという。

食費や光熱費などに充てる「生活扶助」を最大1割程度、引き下げるというものだが、その根拠は一般の低所得世帯の消費支出より支給額が多いとの調査結果があるからだそうである。
【共同通信12月8日】生活保護費、最大1割下げ 厚労省、5年ぶり見直し

https://this.kiji.is/311548272424944737

これも良く考えればおかしな話だ。
生活に困窮している人同士を比較しているからである。
富の再分配に国として取り組むのでなく、やせこけた困窮者同士のデスマッチを富裕層に見物させるような隠微なやりくちではないか。
一方で天井知らずの国防予算肥大を容認していては、財布に大きな穴があいたままということだ。

辺見庸の「わが人生最高の10冊」(「週刊現代」掲載)で次の言葉を教わった。

〈窮迫した存在だけが、必然的な存在である〉
  ――フォイエルバッハ『将来の哲学の根本命題』(岩波文庫)

★辺見庸ブログ
http://yo-hemmi.net/article/455321015.html

無論これは逆説なのだが、「困窮した人間以外は存在に値しない」とあえて言い切ることで、見えにくいものの正体が露わになる。
一方にゴルフ練習までして迎えた賓客と合意したのが武器大量購入約束という血税無駄遣いの謀反人とそれに続く背任の徒輩がおり、他方にかつかつの暮らしを堪え忍ぶ人たちが居る。
まさに「短き物を 端(はし)切ると 言えるが如く しもと(笞=むち)とる 里長(さとおさ)が声は 寝屋戸(ねやど)まで 来立ち呼ばひぬ」(山上憶良「貧窮問答歌」)そのままだ。

怒りの照準を正しくどこに合わせるべきか、はっきりしているではないか。


円居の平和を見守る人[2017年12月07日(Thu)]

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◆靖国神社にある「特攻勇士を讃える」像。
碑文にいわく「陸軍航空隊西尾少佐以下一三四四名、〜震洋石川大尉以下一〇八二名、計五八四三名の陸海軍人は敢然として敵艦船等に突入散華され今日の我が日本の平和と繁栄の礎となられた。」と刻してある。

よく読むと「敢然として敵艦船等に突入散華され」と「今日の平和と繁栄の我が日本の礎となられた」のつながりが分からない文章である。ここには飛躍がある。敵艦突入のシーンに、繁栄謳歌の映像が直に接続して上映されたような唐突さがある。
特攻兵士の肉体が味わった痛みも、遺族がその後長く味わわざるを得なかった絶望も、無かったもののように「散華(さんげ)」と言いくるめて美談にする。
この切り捨て方は、彼らに特攻を命じた者たちの無惨さと地続きだ。

今また若者たちに引き返せぬ橋を渡らせようと企む者たちは、彼ら死者について口を拭ったまま、武器をひさぐことに熱心である。

◆トランプ米大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と承認すると宣言したという。
かの地に争いよ起これ、と言い放ったに等しい。
北朝鮮に対してであれ、中東に対してであれ、緊張を高めて儲かるのは軍産複合体ばかりだ。
日本政府は「動向を注視」と言う程度で、諫めのことば一つ発することが出来ない。
河野外相に至っては「イスラエル・パレスチナ両者の話し合いでという方向性を評価」と、訳の分からないコメントをしたと伝えられている。トランプ発言は国際社会が築いてきたその路線を実質的に否定するものであることを認識できていないことを物語る。そのことは同時に、日本の外務官僚において中東情勢に精通した人材を欠くことを意味していないか。
2015年1月、ISとの闘いへの支援をイスラエルで発信した安倍発言が後藤健二さんの悲劇に直結した時もその感を深くした。

*******

陶原葵の詩に「穴、が気になるのなら/それにあった蓋、をさがせばよい」と始まる詩がある。
「穴」の「A」。「帰、去来」所収。思潮社、2017年)

読み返しているうちに「切れ目のない安全保障」というキャッチフレーズを思い出した。
切れ目があったらマズイだろうと思う俗耳に訴えて戦争法強行に突っ走るスタートとなった2016年7月1日の閣議決定の謳い文句である。

◆詩の全体を掲げておく。

 穴 A  陶原 葵

穴、が気になるのなら
それにあった蓋、をさがせばよい
蓋のうえには街があって
似たような品ばかりを売っている
つかいみちのわからない
笏?  銛    に似たものとか

降りてくる日は
すきまがあいているからなのだ
花の降る
花の降る
そこから覗けるのは
どこかでみたことのあるばしょ

なつかしいものたち
若くあたたかな月を抱いて
車座になって


◆穴の存在が気になるなら、蓋を載せて塞いでしまえばよい、というのは随分乱暴な話で、有るはずのものを隠そうとすると、地上では日常の役にはたたない品物ばかりが売られるはめになる、というのだ。

「笏」とは神主さんが手に捧げ持っているへら状の木の板、あるいは王笏。
前者であれば、予め書いておいたものを読み上げる時の小道具、後者であれば王位にある者が手にする装飾を施した杖、ということだ。どちらも神威なり王権なりの象徴だ。
「銛(もり)」は魚や鯨を仕留める武器であるが、密教で用いる法具である独鈷(とっこ)や三銛(さんこ)なども「もり」の形である。
それらに似てはいるが本当の使い道が何なのか良くわからない品々を売っているのだという。

◆平和に暮らしたいと願う者にとって、権威でまぶした託宣や武器は益体(やくたい)もないものだ。

穴を蓋でふさいだつもりでも、日はすきまから降りてくる。
その光を浴びて花も降ってくる。
夜に入って車座になったものたちの姿も見えてくる。
かつてそこに自分も居たのだったか。
自分が下の世界に降りてしまっても、上の世界には若きらが円居(まどい=車座)して春宵の月を楽しんでいる様は変わっていないじゃないか、ということか。

「榊葉の香をかぐはしみ とめ来れば 八十氏人ぞ 円居せりける 」(拾遺集巻十、神楽歌)

◆無論、穴の下に棲息する人間がいて(あるいは奈落に沈んでもはや穴の上に棲むことはかなわなくなった死者としてそこに居て)、彼らは(あるいは私は)穴の上に降る花をただなつかしく見上げるばかりなのだが、しかしその視線を無視して平和をを守り育てることは難しいのだ。

アゴラ(広場)の夢[2017年12月06日(Wed)]

閉じるな、ゴマ!

◆相撲の世界がおかしなことになっている。
白鵬を矢面にしてモンゴル出身力士全体をバッシングする様相を示し始めている。「モンゴル・チーム」ジャージー着用批判に典型的だが、「角界のしきたり」にそぐわないことを重箱の隅を突っつくように探し出して来てあげつらう。
いかに前人未踏の記録を打ち立てようが、自分たちと違う文化のもとに生まれ育った人たちが群れていることに不穏を感じて良からぬことを企んでいるのでは、と疑念を向け、異物排除に走る。それを島国根性というのではなかったか。

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文化は結ぶ

◆今日の朝日新聞夕刊、池澤夏樹のエッセイ「終わりと始まり」は「ヨーロッパ、不安定の中で」と題して、ヨーロッパを結ぶ絆としての文化について書いている。

「ヨーロッパは地理以前にまずもって文化概念である」と書き起こして、その実例を作家たちの講演から紹介している。
一つは11月に東京であった「ヨーロッパ文芸フェスティバル」のオープニング、レイン・ラウドというエストニアの作家の基調講演は、アウグスティヌス(354〜430)の逸話から始まったそうだ。彼に洗礼を授けたのはアンブロシウス(アンブロジウス。339頃〜397)だが、そのきっかけはアンブロシウスが音読ではなく黙読で書を読んでいる姿を見たことだったという(アンブロジウスは《古代》の人間で最初に声を出さない読書を行った人物とされている)。

*(ちなみにカトリック教会では明日12月7日がアンブロシウスの記念日である。彼を司教にと切望する人々の声を拒みきれずアンブロジウスが洗礼を受け、ただちにミラノ司教に叙階された日であることにちなむ。池澤が12月6日の夕刊に載せるエッセイをこの話から始めているのは単なる偶然ではなさそうだ。)

◆池澤はもう一例、ポーランドのリシャルト・カプシチンスキ(1932-2007)というルポルタージュ作家の講演(2003年、ベルリンにて)が「ルプルタージュ文学の開祖はヘロドトスである」と、古代ギリシアの歴史家から話を起こしたことを挙げる。
二人の作家に共通するのは、彼らの意識に厳として存在する「領土と言語と民族を異にしながらも、ギリシャ・ローマに始まってキリスト教に継承された文化によって自分たちは結ばれている」という考え方である。

◆冒頭のレイ・ラウドは小国の集合体であるヨーロッパ各国と全体の関係を古代ギリシャのアゴラ(広場)と重ねて説明したという。
人々は個であることを一旦は家に置いて公共の場であるアゴラに集った。それが現在のヨーロッパというゆるい集合体の基本形であり、文化の面ではそれがそのまま実現している。
そう大づかみにとらえた時に浮かぶ問い――「なぜ東アジアではこのような連帯感が生まれなかったのだろう?」――池澤はこれに一つの見方を示しているものの、素材の提供にとどまり、その見方にも全面的に賛同はしがたい。ただし次の一言には全く同感する。

政治と経済は分断するが文化は結ぶ。
そのためには〈アゴラ(広場)を活性化すること。〉
それは宮沢賢治井上ひさしらが生涯を傾けたことであった。

★【朝日の12月6日夕刊】池澤夏樹(終わりと始まり)
ヨーロッパ、不安定の中で 絆としての文化が結ぶ
http://digital.asahi.com/articles/DA3S13262324.html?rm=150

*記事全文は、会員登録をしてお読みください。

よをしのぶかりのすがた[2017年12月05日(Tue)]

耕余塾小笠原東陽が休日ごとに釣り竿をかついで相模の海に出ていたという話、そうしてその釣りがしだいに「つきつめたものに変わっていた」(色川大吉)という表現に出くわして全く茫洋とした感じを覚えた。
小林秀雄「中原中也の思い出」が伝える中也の「ああ、ボーヨー、ボーヨー」に似た索漠とした気分だ。

中原中也(1907-37)は幼児期のいくさの記憶を抱えた戦間期の詩人というイメージがある。
それも、次のより大きないくさへの予感を抱えながら詩を詠んだ人という印象である。
愛児を喪った悲しみの詩も、生涯において繰り返し味わう喪失という主旋律の一つの変奏であるように思う。

陶原葵「笥」(「け」と訓むのだろう)という詩に、その血脈が受け継がれているように感じた。

 笥   陶原葵

よをしのぶかりのすがたがいくつかある
どれも へりにすわって
ひとこともはっしないのがつねである

それぞれかかえている平熱がとても高いので
もてあましぎみに
てのひらにころがしているようすはみえるけれど

石棺のすきまから じわ と 放射する過去に
口も腹も割ることができない

かなたにあがった虹いろの火柱はまだ
胸のおくにのこる が
瓦笥(かわらけ)に流し焼かれた釉の
垂れかさなり うつろいの濃さとして
このごろは すがたをみせる

貫入から
素の土肌を透かしみると

おぼえていることが
びいどろ 
びいどろ  と
滲みだす けれど

硝子質のよどみを
両眼いっぱいに溜めたまま

どこかしらの
へりにすわっている

陶原葵『帰、去来』所収(思潮社、2017年)

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