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〈そう思うことはないか〉[2019年10月16日(Wed)]

◆昨日の黒田三郎「ある日ある時」という詩、わずか半月前に使っていたことにアップしてから気づいた。
そうした失敗を恐れて、一度引用した詩には付箋を貼り、日付けも描き込んで置くのが最近の習慣なのに、忘れたらしい。
ボーッと過ごした己を意識しておくことには意味があるので、そのままにして置く(モノグサも一分の理屈は用意しているものだ)。

◆このブログを始めた頃、團伊玖磨の長期連載エッセイ「パイプのけむり」の索引のようなサイトを見付けた。担当編集者が、ネタの重複を避けたい團の依頼を受けて、「パイプのけむり」に登場するモノの名や人名、トピックを確認できるように掲載回を付した索引がもとになっているらしかった。「索引」づくりこそは、黒子のように地味ながら必要な人間には神さまのような仕事で、「パイプのけむり」でも遺憾なくその力を発揮してくれた。
祖父・團琢磨が命を落とした血盟団事件(1932年)について伊玖磨が祖父の死とテロリストについて書いてある回(複数回取り上げている)を探すのに、このネット上の「パイプのけむり索引」が役に立った。
単行本も文庫本も今や入手しづらくなっている「パイプのけむり」は図書館の収蔵庫から取り出してもらうしかなかったが、最初に本としてまとめられた「パイプのけむり」から「さよならパイプのけむり」まで26冊に及ぶエッセイ集から探すのにネット上の「索引」で見当をつけることができたのである。

◆このブログでも人名やトピック、使用した写真の重複は避けるように努めているものの、過去の記事を確認するには「湘南のオアシスから (スペース) ××」とネットの検索エンジンを使うことが多い。予め書き溜めて置くことは余りしないズボラさに加えて、記憶がアヤシイことには自信があるので、「これは前に使ったかも…」と思えば入力を一旦止めて、検索で確認する。
この度は「かも」という疑念を抱かなかった、ということになる。年齢相応の呆けということだ。(失敗していながらエラそうに、「開き直り」の弁だナ……。)

◆同じく黒田三郎の「頰に吹く風」という詩にも「ある日ある時」と似たフレーズがある。

凡人がフッと一息つくのと同様にいちどの息で、しかし凡人より遥かに深いところから静かな言葉を繰り出し織りなすのが詩人という生き物らしい。



「頰に吹く風」より(第四・五および七連)  黒田三郎


別に何を望んでいるというわけもないのだ
森や畑や住宅のなかの
ひっそりとした小道
黙々と日をあびて
ひとりしずかに歩く
そんな道があればいいと
そう思うことはないか

立派で美しい
目標やたてまえやイメージがある
あきあきするくらいたくさんの
もっともらしい饒舌
ほんのちょっぴりでも本音を吐くと
尻尾をつかまえられでも
するかのように


***

青い空みどりの森澄んだ水
それは誰でも心に思い描く
失われてしまったふるさとを
懐しく思い描くように
それは今ではただのイメージ
もはやことばでしかないのかと
そう思わないだろうか



 『黒田三郎著作集T』(思潮社、1989年)より



そんなときはないか[2019年10月15日(Tue)]

DSCN9962.JPG
画面中央、森を背景に白いひっかき傷のように見える幾つもの点々は鳩の群れ(下はややズームして撮ったが動きのあるものは難しい)。

DSCN9963.JPG

***

ある日ある時  黒田三郎

秋の空が青く美しいという
ただそれだけで
何かしらいいことがありそうな気のする
そんなときはないか
空高く噴き上げては
むなしく地に落ちる噴水の水も
わびしく梢をはなれる一枚の落葉さえ
何かしら喜びに踊っているように見える
そんなときが


 *『黒田三郎著作集T』(思潮社、1989年)によった。

◆国会中継もスポーツの実況中継も、ひたすらな空言の応酬にしか感じられないときがある。
台風被害の「全容明らかならざる」ことをどう受けとめているのかレポーターからもスタジオからも伝わって来ないまま、掻い撫での「報道もどき」がそれらの間をのっぺりと埋める。



〈台風が去って〉[2019年10月14日(Mon)]

DSCN9966.JPG
田圃に溜まった水に空が映り、田植えをやり直したみたいに見える。
何枚か未だ刈り入れを終えてないところも残っているのだが。

*******

風の引き出し (三)より  高階杞一+松下育男

骨の折れた傘や
針金ハンガー
それから雨樋の切れ端が
空の
とんでもないところからぶら下がっています
台風が持ちさったモノと
とり残していったモノが
ようやくわたしの中で
整理されようとしていました



◆この詩の冒頭は次のように始まる。

(一)

台風が去って
朝から晴れ上がりました
貸していた腕がいっぽん
帰ってきたような気分です

空を見上げて
それからちょっと考えました
腕を返してしまって
今頃 困っていやしないかと
(以下略)

◆台風が去るまで「わたし」の「腕」はかつての恋人のもとにあった。
腕は返ってきても、戻って来ないものや散乱したままのものが余りに多いことに気づかないわけにはいかない。
それを思い知らせるように、戻ってきた「腕」自体が、恋人を持つ以前の自分の腕ではなくなっていて、雨傘ひとつ満足に扱えず、持ち主であるはずの「わたし」をびしょ濡れにしてしまう……

失ったモノと取り散らかったモノを片付けて行くには「腕」(と手)が必要だが、「腕」にはもっと大切な働きがあるのだった……ルネ・マグリットの絵のような詩である。

*高階杞一と松下育男による〈「共詩」集〉『空から帽子が降ってくる』(澪標、2019年)より。


台風19号に堪える[2019年10月13日(Sun)]

台風19号通過
DSCN1905.JPG

◆今朝の境川。下流の大清水橋付近は危険水位に達したと防災放送がアナウンスしていたが、どうだったろう。この辺りは幸い氾濫せずに済んだ。

台風19号の中心は昨夜、町田市辺りを通過して北東に向かったようだ。この地点から境川をちょうど20km北にさかのぼったところになる。

◆12日は午後3時半から地元小学校に避難した。7世帯13名。
相棒は車の中に待機させた。途中様子を見に行った時には健気にも運転席を固守していた。

夜10時過ぎ、風雨ともにようやく終息した感じがあり、帰宅することにした。
我が家の方角、闇夜に黒々と屋根の輪郭が見えた時には安堵の胸をなで下ろした。

停電もなく済んだ。(ただし朝になって検分したら、直して貰ったばかりの棟の板金が再びめくれてしまっていた。今回は東南の風を受けた結果、前回とは逆の南西側が傷めつけられていた)

***

DSCN1919.JPG

◆花王院のアルミ製の塀がすっかり吹き飛ばされていた。
もともとは写真の左前方にあったものだから、東南の風にやられたことが分かる。
残ったのは柱部分だけだ(下の写真)。

DSCN1921.JPG

◆道でお会いした町会長さんの話では、もう一つの小学校には50名ほどの方が避難したという。
前回の経験をふまえ早目に避難を決断した人が多かったのだろう。

高齢のご夫婦で散乱した枝や落ち葉を片付けているところに出会った。毎回のことだが、こうした、黙々としかし何かに堪えるように立ち働く姿には、胸を締め付けられる思いがする。振り返れば、1976年夏に山形県内で遭遇した土砂災害が原点にあるようだ。家の中に流れ込んだ泥を掃き出す村の少女、避難所となった中学の体育館で頂戴した炊き出しのおにぎりを改めて思い出した。

◆19号による建物の損壊は前回の15号同様あちこちに生じていたが、幸い近隣で人的な被害はなかったようだ。
県内では犠牲者も出ている中で、我々はたまたま運が良かったに過ぎない。


19号いよいよ上陸らしい[2019年10月12日(Sat)]

DSCN1880.JPG

台風19号近し

◆10月12日午後〜夜半過ぎまでが台風19号との正念場の見通し。
境川は昼前すでに堤防まで2メートル少しの水位まで上がっている。
予報通り500ミリの豪雨となればあっさり超えるだろう。

藤沢市は警戒レベル4まではとっくに出ており、横浜も昼過ぎにレベル4のエリアメールが発信された。

身一つというが失って困るものは存外ないことに気づく。
予報のおかげで台風を待ち受ける時間が残されていることの余禄というべきだろう。

しかし相棒の去就に悩んでいる。選択肢は2つしかない。
無理・迷惑を承知で一緒に避難所に行くか、主とともにここで踏ん張るか。
(避難所とて竜巻その他に見舞われれば万全でないことはいうまでもない。)

よい報告が出来ることを祈りつつ一旦パソコンを閉じておく。
(本体をビニル袋に収めてバッグにしまい、その上をもう一回ビニル袋にかぶせて保管して置くことにした。)



嵐の前の静けさ[2019年10月11日(Fri)]

DSCN1865.JPG
コマメアサガオ

*******

◆台風への備えで日が暮れた。雨・風とも明日の昼頃から本格的になる模様。
台風の暴風域がめちゃくちゃ広いので長時間暴風にさらされることになるだろう。
覚悟してろよ、と示唆するかのような嵐の前の静けさ。

◆当市では夕方前に警戒レベル3(高齢者等避難開始)のアナウンスがあった。
「その他の人も不安に感じたら避難準備を」という情緒的なフレーズが耳にひっかかる。
気象庁の会見でも「ご自分の命や大切な人の命を守るために…」というウェットな言い方に同様の違和感を覚えた。
ともに役所や国に出来ることは極めて少しだから、各自の努力に委ねますよ、と突き放した感じを帯びている。もっと理詰めにすべきことを列挙し、かつ避難所情報をしっかり伝えるべきではないか。地域の何人かの高齢者から避難場所について問い合わせを受けた。周知されていないことに、行政はもっと危機感を持つべきだ。

◆家の周りのものを片付けていたら外コンセントのカバー上に雨蛙が乗っかっていた。
用意はいいか、と人間を観察している風情。
彼らは避難しないのか。

*******

蛙の聲  串田孫一

賑かだ
夜の田圃に
燈がついているようだ
風が渡って来るたびに
燈がまたたいているようだ
その中で
蛙は悠然としている
さつぱりとして
お互いに憎んでいない
と言つて
それほど愛し合う声でもない
立派な聲だ


*江國香織・編『活発な暗闇』(改訂版 イソップ社、2015年)より



人事を尽くしても神頼み(台風19号接近中)[2019年10月10日(Thu)]

DSCN8581.JPG

横浜天主堂跡に立つキリスト像(横浜市中区山下町。中華街の青龍門の近く)。
開国後の1862(文久2)年、日本近代最初の教会がこの地に献堂された。
現在の山手カトリック教会の前身にあたる由。

*******

ドラッグストア、スーパー、どこも朝から列をなしていた

◆朝、開店したばかりのドラッグストアに行ったら、水もパンもすでにほとんど売り切れ。レジには年配の女性たちの姿がたくさん並んでいた。
台風再襲来に備えた買い溜めのようだ。
昼に寄ったスーパーもなかなかの混みようで、トイレットペーパーが品薄。
こちらとしては水ℓ6本の箱入りがあればと思って足を運んだのだが、見当たらない。
ボトルのひしゃげた「富士山天然水」2ℓが一本残っていただけ。

◆311の大震災後はさておいて、1973年冬のオイルショックが似たような世情だったかと思うが、当時は水を買う、という習慣はなかったように思う。
トイレットペーパー争奪戦の方は学生寮暮らしだったので実体験はない。
銭湯の料金が連続して上がって行くので、週2回沸かす寮の風呂で我慢することにしたことぐらい(バキュームカーのアルバイトをした時は、さすがに別料金のシャンプー代も支払って銭湯を利用したが、くみ取りの匂いはしばらく鼻について閉口した)。

◆目下中心気圧915hPaという台風19号の凄まじさは先月の15号の比ではないようで、かの伊勢湾台風(何と895hPaだった由)に次ぐ猛烈さと書いた記事もあった。

TVで50m/sで窓が割れ部屋の物が吹き上げられる実験映像を見て、にわかに窓のことが気になりだした。それ以上の暴風が見舞うとなれば屋根が吹っ飛び、命の危険も現実となる。

思案の末、窓に養生テープを貼り(何カ所かは3.11後に貼ったのがそのまま残っている。その上に、隙間ないほどに緑色のテープを貼って行った。

さらに、雨戸がなく風当たりの強そうな窓は、コンパネを買って来てふさぐことにした。ブルーシートの買い足しを含め、ホームセンターに2往復。
ついでにLED懐中電灯も買い足す。これも手頃な値段のものは払底していた。
やはり懐中電灯を買いに来て、仕方なさそうにクリプトン球のものを手にレジに並んだ人が何人かいた。

◆モノが揃えば大丈夫、ということでないのは承知なのに、形が見えるものを手もとに置いてこれで一安心、と言いきかせないと収まらないのだろう。台風の姿は衛星画像で目の前にあるのに、正体はかえって見定めがたく感じられる不安がこの先続くことへの取りつくシマのなさというか。

台風との格闘に備えて体力を温存すべく、どの店でも品物をめぐる争奪戦こそ無かったけれども、
誰もが同じようなことを考えて同様の行動に駆り立てられてしまう神経消耗戦は静かに進行中のごとくだ。


リモコン液晶の寿命[2019年10月10日(Thu)]

DSCN1871クコ.JPG
クコ(枸杞)。実は朱く面長になる。

*******

◆エアコンのリモコンが壊れた。20年余り前に付けたものだからメーカーに在庫はもうないだろうが、エアコン本体は健在だ。
リモコンだけをネットで探したら、同じ型番の出品が20点ほど見つかった。
注文してわずか2日で到着。
電池を入れてスイッチを押すと無事始動させることが出来た。
支出648円ナリ。特別出費が続く中で大いに助かる。

◆液晶の寿命は一口に10年と言われていたが、実際は無論それより長持ちする。

数字を表示するだけの液晶パネルが発表されてからちょうど半世紀になる。
それが1969年の夏だったと記憶しているのは、シャープが試作品を出したという記事をラジオ製作の雑誌で読んだからだ。
最初は電卓のようにデジタル数字を表示できるだけだったのが、やがてあらゆる家電に組み込まれ、カラー液晶画面がブラウン管TVを駆逐するまでに成長して日の丸家電の先導役だった。

しかし今や主導権は海外製品へと移って、政府の肝いりで立ち上げたジャパンディスプレイ(JDI)も挽回に成功するどころか、外国企業にテコ入れを求める状態と聞く。原発輸出と並んで現政権の失敗例として記憶されるかも知れない。

◆栄枯盛衰の激しいものづくりの世界にあって、栄華はせいぜい30年、企業や国家の命脈もそれをやや凌駕する程度に過ぎない。
必要なのは記憶の意味ある継承ということになるだろうか。
初めての経験へと足を踏み出す勇気と謙虚さはそこから生まれるように思うのだが。
昔日の夢よもう一度、という安易さとは似て非なるもののはず。


映画カメラマン・川又昂[2019年10月08日(Tue)]

DSCN1878.JPG

◆映画カメラマンの川又昂 (かわまたたかし)さんが亡くなった。享年93。
小津安二郎野村芳太郎大島渚作品でカメラを回した。
今村昌平『黒い雨』(1989年)も撮った。

◆藤沢市民であったので、図書館で講演されたことがある。
撮影現場となった市内各所の話も出た。
野村芳太郎の『事件』(大岡昇平・原作。1978年)では聖園(みその)の坂を撮影に使った、ということであった。

講演後、参加者から女優の原節子(そのころは存命だった)について、今どうしていられるのか、という質問も出たが、これにはお答えにならなかった。
女優引退後の一貫した生き方の妨げになることはしない、といった姿勢を感じさせた。

◆近年は小津作品のデジタル修復版の監修者としてTVで放映される際に名前を見かけることも多かった。

映画監督には多くの証言や論評があるが、映画カメラマンの存在について認識させた功績は大きい。多くのスタッフの協働制作物である映画には、撮る人間の眼もそこに生きて働いている。
人間と映像の関係について、改めて考え直させるものがある。


天に任せてはいられない[2019年10月07日(Mon)]

DSCN1852囀るシジュウカラ.JPG
葉をだいぶ落とした桜の樹でシジュウカラが啼いていた。
愛らしいさえずりとは対照的に、気合いの入った口もとがカメラには映っていた。

*******

◆先月9日未明の台風15号で傷んでいた屋根の修理をようやく屋根屋さんにやってもらった。
一番高いところの雨仕舞い(あまじまい=棟を包んでいる板金)がめくれていたのだった。
この4週間、雨漏りしなかったのは、運良く激しい雨に見舞われなかっただけに過ぎない。

午前中の足場設置、午後の板金交換と段取り良く進めてもらったが、午後は雨との予報も当初出ていたところを、どうにか天候は持った。
資材を発注するのは千葉の業者で、その復旧具合が心配、とも言われていた。
幸い今日の昼に品物は到着、直ちに作業に取りかかってくれたのだった。

ただ、ほっとしたのも束の間で、「猛烈な」台風19号が襲来するという予報。
気象情報の画面をしばらく見ている間にも気圧がすさまじい勢いで下がって行く。

15号での経験など、たかが知れている。
「経験したことのない」というのはいつだってやって来る以上、運を当てにしては居られない。



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