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鶴見正夫〈月は、ほんとにひとつだろうか〉[2018年09月24日(Mon)]

DSCN8527.JPG
秋彼岸、今年もたがえることなく彼岸花が黄金色の田んぼを彩る。

*******

◆中秋の名月である。雲に隠れかくれしながら中天に昇ったころおい、鶴見正夫の少年詩集を開いてみたら月の詩があった。
宇宙開発の中継地や希少資源の候補地として月は再び注目されつつあるそうだが、さて。

ぼくと月   鶴見 正夫

ニンゲンは
とうとう月をさらった、
さらった月にウサギはいなかった、
まして天女など。
それでも――
ニンゲンは月をさらって
おまつりさわぎをする。

ガリレオが
月のあばたを見てから数百年。
そのあいだに
戦争ずきなモノドモが
地球の争いだけにあきたりなくて
ちえをしぼって向かった月。

月にウサギはいなかった、
まして美しい天女など。
だからこそ――
ひとかたまりのモノドモは
月にも熱い火を散ちらしたがる。

ああ、こん夜は中秋のまん月、
地球から見るひとつの月。
ひとかたまりのモノドモが見る月と
そうでないニンゲンの見る月と。

月は、ほんとにひとつだろうか、
地球は、ほんとにひとつだろうか。
こよい、
三十数万キロの宇宙空間をへだてて、
だまりこくっている
ぼくと月。



鶴見正夫少年詩集『日本海の詩』所収(理論社、1984年)

鶴見正夫日本海の詩-A.jpg



自由・公平であることを求める詩人のことば[2018年09月23日(Sun)]

◆昨日の記事で文科省「EDU-Portニッポン」の一例、「サウジアラビアに日本型「道徳教育・ジェンダー教育」を売り込む、という奇天烈で傲慢なプランについて触れた。

ちょうど7月に、そのサウジの女性詩人のドキュメンタリーがあったのを思い出して見てみた。
日本の文部官僚も、大臣官房の面々、官民協働プラットフォーム幹事会メンバーも、番組を見て中東への無知と驕りを猛省し、プロジェクトを修正した方が良い。

「ベールの詩人〜声をあげたサウジ女性〜」というドイツ制作のドキュメンタリー(2017年)だ。
アラブ圏の人気番組「百万人の詩人」に初めて出場したヒジャブ姿の女性詩人が決勝まで進んでゆく。詩人の名はヒッサ・ヒラルという。サウジアラビアに住む、遊牧の民ベドウィン出身の女性。
当初は「レミア」というペンネームを用いていたが、ジャーナリストである夫の助言もあって本名で自作の詩を詠み、番組に出演した。

女性が旅に出ることも人前で発言することも厳しく戒める男性優位のイスラム社会に向けて、臆することなく自らの言葉で強烈なメッセージを詠み上げていく。

◆司会者に「女性の詩人が勝つ可能性は?」と訊かれて答える彼女の言葉が印象に残った。

女性だから優勝できたとなれば、それは公平とは言えないでしょう。
でも男性にしかチャンスがないならそれも不公平です。》


さらに言葉を次いだ。

《優勝に値する女性なら勝ち残るでしょう。》

人間としての誇りと信念にあふれたことばだ。


ヒッサ・ヒラルが番組で詠み上げた詩を一篇――

わが頼もしき詩よ
困難に立ち向かうたび
お前の魅力が批評家たちを驚嘆させる

わが頼もしき詩よ
困難に立ち向かうたび
お前の魅力が批評家たちを驚嘆させる

卑しい言葉を語らぬお前に
聴衆は威厳を感じ 満足する

日照りに苦しみ 感情が干上がるとき
私は言葉をもってお前の渇きを癒やす

恐怖と内なる暗闇に打ち勝て
人生を悔やんではならない



*******

★同ドキュメンタリーについては【NHK BS 世界のドキュメンタリー】
http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=180622


「道徳教育」売ります――文科省[2018年09月22日(Sat)]

◆21日、文部科学省の戸谷一夫事務次官、高橋道和・初等中等教育局長らが汚職事件により懲戒処分を受け、辞任した。
飲食接待の場には複数の国会議員も同席していたというが、彼らの責任はどうなるのか。報道は追及がない。

◆同じ日、文科省は「2018年度EDU-Port公認プロジェクト」なるものを公表した。
文部科学省「日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)
https://www.eduport.mext.go.jp/html/programs/pilot.html

日本型教育を海外展開させ、そのためのプラットフォームを通じて支援するという。
概要は下から閲覧できる。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/30/09/__icsFiles/afieldfile/2018/09/21/1409403_2.pdf

◆海外展開パイロット事業として公認されたプロジェクトは、コンソーシアム枠(主体の法人と協業する会社との共同事業)として2件(大阪教育大および大原学園)、各500万円の経費支援がある。
個別枠は10件が承認され、各200万円の経費支援がある。
これには信州大や福井大などの教育機関のほか、デジタル教材会社や通信添削教育を事業の柱とする会社も名を連ねている。

「Edu-Portニッポン」と名づけた推進事業の概要を見ると、次のような言葉が並んでいる。

☆新興国には日本型教育への膨大なニーズ +官邸外交により首脳レベルからの要請増加
☆海外展開を希望する教育機関・事業者の増加


日本型教育を商品として売り込もうという事業者の意気込みを官邸も積極的に応援するという構えのようだ。またぞろ首相案件として後押しがあり、水面下で〇いものが動くという構図ではないのか

◆事業として展開される以上、収益をあげることが期待されている。学びのシステムはデジタルを含むコンテンツ(教科書やドリル)、教授法、ネットワークまでがパッケージされた商品として扱われる。そのために国内教育機関での授業研究のノウハウや学習の定着度を測った子どもたちのデータが利用されるはずである。
利潤をあげる事業のために学校を利用すること、まかり間違えば、陰でトクする者がいるかもしれないことのために国立大や附属学校を動員することにならないか。

◆また、各国のニーズの例として、次のような記述があることにも首をかしげてしまう。

中東地域については《サウジアラビア:道徳教育・ジェンダー教育
…改革の動きがあるとはいえ、女性の扱われ方がおよそ異なる文化の国に対して、随分無頓着な書きぶりである。

そもそも、日本型教育において、伝えるに値する「道徳教育・ジェンダー教育」が確立しているとでもいうのであろうか。

中南米では《ブラジル:武道(規範意識)》
…日系人が多いことから柔道へのニーズがある、ということなのだろう。
しかし「規範意識」を移植できると考えているとしたら、それは傲慢な態度だ。

この2例はつまるところ、精神的価値への無理解から来る文化的侵略を構想していることに他ならない。

「規範意識」を持たせる「道徳教育」は、アベ政権下で執拗に画策されてきたものである。
中学生への「特別な教科」として道徳教育が2019年から、高校でも2022年度から新科目「公共」などを用いて道徳教育がなされようとしている。新学習指導要領に拠って個々人の内面を国家が支配するのと同じ手法を、他の国々に対しても行おうというのが「Edu-Port ニッポン」の実相なのではないか。

*******

◆かつて竹中郁は、次のような詩で経済優先・商売第一の国柄を諷刺した。


観光日本  竹中 郁

フジヤマ 売ります
ミヤジマ 売ります
ニッコウ 売ります
ニッポン どこでも売ります
ナルト アソ
みな 売ります
どうぞ どうぞ お越し下さい
わたし 揉み手をします
わたし 造り笑いします
お金もらいます
お金たくさん たくさん よろしい
ニッポン人 みな自動車かいます
ニッポン人 みなライター好き
ニッポン人 みな植木屋上手
ニッポン人 みな時花歌(はやりうた)うたいます
みな お辞儀します
みな みな おとなしいです はい


竹中郁『子ども闘牛士』(理論社、1985年)

◆こうした卑屈さは過去のものになったかもしれない。
《Edu-portニッポン》の説明には「諸外国から高い関心が示されている日本型教育」という惹句が踊る。
文科省の体たらくを脇に置いてさえ、面映ゆいというか、恥ずかしくないか。
教育という羽織の袖の下で、国も人の心も買えるさ、という本音が透けて見える。

使命の実現のために身命を捧げる宣教師なら、文化的背景の異なる国・社会に精神的な価値を伝え根付かせることが出来ると信じて疑わないだろう。
それ以外は、人を人と思わぬ覇権主義者に過ぎない。

うぬぼれが過ぎるというものだ。

竹中郁「夜の星」[2018年09月21日(Fri)]

竹中郁p120山内エリあて昭43年.jpg
竹中郁・画(1968年 孫・山内エリに宛てたハガキより)

夜の星   竹中 郁

日本の上に星がある
ガソリンの匂いのする星がある
訛りのひどい言葉つきの星がある
フォード自動車のひびきのする星がある
コカコラ色の星がある
電気冷蔵庫の唸りのこもった星がある
缶詰のごそごそを秘めた星がある
ガーゼとピンセットで掃除され
フォルマリンで消毒された星がある
原子放射能をふくむ星がある
なかに 目にもとまらぬ速さの星
突拍子もない軌道を走る星
ふかく ふかく
宇宙の谷底めがけて突込んでゆく星もみえる

日本の上には星がある
それが 冬の夜
毎夜 毎夜
重たい鎖のようにつらなってみえる


竹中郁少年詩集『子ども闘牛士』(理論社、1985年)

◆モダニズム詩人竹中郁(1904-82)は戦後間もなく、毎日新聞大阪本社にいた井上靖のすすめで児童詩誌『きりん』を発行。1950年からは毎月、大阪の「こども詩の会」に子どもたちが持ち寄った詩を批評し、指導に尽力した。『子ども闘牛士』は竹中の没後『きりん』を引き継いだ小宮山量平が敬愛の念をこめて編んだ詩集である。最初に掲げた画のように竹中自筆の絵はがきを挿画として多数収録し、愛情あふれる詩集となっている。
後掲のカバー絵の『子ども闘牛士』も竹中が描いたもの。

小宮山が創業した理論社は、〈詩の散歩道〉など少年詩集シリーズを多く世に送っている。

◆さて竹中の詩「夜の星」は《三いろの星――組詩のこころみ》と題する連作の一つだが、この「星」が、星条旗に象徴されるアメリカを指していることは明らかだ。
自動車や原子力、月ロケット、コカコーラや冷蔵庫など、息もつかせぬスピードでアメリカ文明に席巻されたこの国の頭上に光る星々。とりわけ冬の夜空にそれは重たい鎖としてつらなり光るのだと。

南シナ海に展開した海自の潜水艦の頭上にもそれは光っていたであろうか。

竹中郁少年詩集子ども闘牛士.jpg



最新式の「積極的平和」[2018年09月20日(Thu)]

◆日本政府が、シナイ半島でイスラエル、エジプト両軍の活動を監視する多国籍監視軍(MFO)に陸上自衛隊員2名の派遣を検討しているという。

★【朝日新聞9月17日
多国籍監視軍に陸自隊員の派遣検討 安保関連法の新任務
https://digital.asahi.com/articles/ASL9K525TL9KUTIL010.html?rm=492

そんなことまであったのかと、安保関連法という「闇鍋」の中に突っ込まれたものたちの一つをいきなり鼻先に押し付けられた気分だ。

できるようにした法律がある以上、使わなければ損だ、という狡猾さが鼻につく。

◆自衛隊については、南シナ海で海上自衛隊の潜水艦と護衛艦の対潜水艦訓練も行われた。
敢えて公表することで中国を牽制し、当然ながら反発を買い、緊張を高めている。確信犯的である。

★【朝日新聞9月17日
海自潜水艦、南シナ海で極秘訓練を実施 中国を牽制
https://www.asahi.com/articles/ASL9J4GVNL9JULZU00C.html

「専守防衛」堅持を口では言いながら、ひたすら軍事優先を進めて憲法無視の既成事実を重ねる。

◆持っていれば潜水艦も安保法制も使いたくなる。そうした現政権の危うい幼児性を感じるばかりだ。
だが派遣される隊員たちは、生身の人間である。彼等を頼りとし、無事の帰宅を常に願う家族がいる。
オモチャを扱うように命を弄ぶことが許されるはずはない。

*******

平和のはなし  三木 卓

平和がほしい 平和をちょうだい!
不器量な娘が青年にいう
明日の帰りに買って来て わたしを愛しているならば
お父さんの酒乱がなおり
わたしたちがいっしょになれるぐらいの
一番小さなものでいい!
青年はおずおず 頭の中で計算する
どこに売ってるだろう? 金足りるかな?
まあ探してみるか ともだちにでも聞いて…

平和をよこせ 平和を買おう―
貧しい青年が月賦販売店にいう
十カ月払いで平和をくれたまえ!
最新式の新婚むきのやつを!
目をまるくした店員は ひそひそ
やっと現われた支配人がいった
あいにく平和はこのところ品薄で…
すぐとりよせますですが その代り
新型マットレス ゴルフズボン
絶対遅刻しない目覚し時計ではいかが?

平和を早く 平和を送れ!
金繰り苦しい支配人は問屋にいう
いろんな形式とり揃え 大量にだ!
おまえのところは大体誠意がないよ
電話代はそっちにつけたからね
すると とつぜん くらやみのなかから
平和がやって来た あいさつぬきで
泥と血にまみれ重い袋を背負い
傷だらけの手をひろげて
割れた唇で息を吐いた そしていった
さあ 代ってこの袋を背負いたまえ
そしてぼくには 一杯の冷たい水を
飲ませてくれよ


 小海永二・編『精選 日本現代詩全集』(ぎょうせい、1982年)より



ヨネ・ノグチが眠る常光寺[2018年09月19日(Wed)]

その後のヨネ・ノグチ――美術評論

◆帰国後のヨネ・ノグチは日本語による詩を発表する傍ら美術評論も手がけ、浮世絵などの日本美術を海外に広める活動も行った。
大正8(1919)年発行の『六大浮世絵師』には歌麿・広重・写楽・北斎らへの論考のほか、西洋の詩人が浮世絵からどんな印象を得たか、米国・イマジズムの詩人ジョン・グールド・フレッチャー(John Gould Fretcher 1886‐1950) の一連の詩群「浮世絵に題す」によって紹介している。
次の詩などを霧のテムズ河の印象と並べてみるのも一興かも知れない。

隅田河畔  ジョン・G・フレッチャー

秋の風吹く夕、
灰青い渦巻く河の辺、
人は鎖で縛られ窮屈そうな小舟のように
じっと休憩して居る。

あるものは気楽な風のように
優優と動いて居る。

遠方の村は、藍茶褐色、鈍い青色、
河の土手に漂うて眠って居る、――
水は陰気らしく撃ち眩く。
通行人の喋舌は
灰色な不安な空の下で鈍って居る。

   
   *新字体、現代仮名遣いに改めた

野口米次郎六大浮世絵師.jpg
野口米次郎『六大浮世絵師』(岩波書店、1919年。写真は2001年の復刻版の函)

*******

ヨネ・ノグチの眠る常光寺(藤沢市)

◆戦時中に戦争翼賛の詩を発表したこともあって、1947年の没後、忘れられた詩人となっていたヨネ・ノグチではあるが、彫刻家イサム・ノグチの父として、またその母レオニー・ギルモアの映画「レオニー」(松井久子、2010年)が作られたこともあって、ヨネ・ノグチ再評価の機運がある。

◆ヨネ・ノグチは藤沢市の常光寺に眠る。彼の実兄が同寺の住職であったことによる。
墓は公開されていないが、本堂左手に「野口米次郎辞世の碑」がある。

DSCF0021.JPG
常光寺の山門(藤沢市本町4丁目)。浄土宗。鎌倉・光明寺の末寺であった由。

DSCF0028-A.jpg
野口米次郎・辞世の碑
上部に「Yone Noguchi」の署名、台座部分に「辞世の詞」として次のように刻まれている。

DSCF0027-A.jpg

鐘が鳴る
かねがなる
これを即ち
警鐘と言うのです
これが鳴ると皆
ねます さあみんな
ねむりましょう

野口米次郎臨終に際しての詞
昭和二十二年七月十三日


碑の裏面、「Yone Noguchi」の裏には次のように刻まれている。

DSCF0030-A.jpg

野口米次郎

明治八年十二月愛知縣津
島町ニ生ル 十九歳米国ニ渡
リ米英ニ遊学十三年 帰
朝後英詩人文藝評論
家トシテ立チ 傍ラ慶應大學
教授タリ 招カレテ英米佛
印度等各地デ日本文藝ニ
ツキ講演スルコト数度
昭和廿十二年七月十三日茨城県
豊岡村ニ永眠仝月廿十八日此地
ニ安葬 行年七十三歳

天籟院澄譽奎文無窮居士
松籟院清譽和光慈操大姉

昭和三十年三月九日
  野口満つ
  行年六十七


*野口米次郎の妻・まつの没後に建立したもののようで、まつの戒名と行年が一緒に刻まれている。
*なお米次郎の戒名を、Wikipediaでは「・・文」と「杢(もく)」の字で記しているが、上の写真からも読み取れるように「奎(けい)」の誤記であろう。
学問・文芸を意味する「奎文(けいぶん)」を戒名に込めて、その無窮であることを願ったものと思う。


モネの描いた霧のロンドンと2人の日本人[2018年09月18日(Tue)]
2018091513190横美前新宮晋.jpg
新宮晋「風の音符」(1989年)横浜美術館。
天候の具合にもよるのだろうが、美術館左翼の窮屈なスペースに置かれていて風の訪れもないので動きを楽しむことができなかった。残念。

*******

モネの描いた霧のロンドン

◆横浜美術館で開催中の「モネ それからの100年」展は、モネと現代アートとの対比や交響を呈示する卓抜な企画だった。
ただ、会場の都合か、作品の全体を見るにはスペース不足のところが目立った。岡崎乾二郎の2点組作品(「山の中腹のちっぽけな村は〜」および「自分の暮らした村がこんなに小さく思われたことはない。〜」と始まる散文詩のような長いタイトルをそれぞれ持つ縦180×横130cmの2作品)や、その近くにあった丸山直文「puddle in the woods5」(227.3×181.8cm)などだ。

◆一方、モネ自身の作品では、1899年に始まるロンドン連作群から、滞在したホテル、サヴォイからみて南南西に見えるテムズ河上のチャリング・クロス橋と、反対方向の東南東に架かるウォータールー橋(「霧の中の太陽」)とを背中合わせに展示し、不思議な場が演出されていた。
2枚の周りを何度かめぐって光の変幻を味わうことが出来た。

モネ「テムズ川のチャリング・クロス橋」(1903年)_0002.jpg
クロード・モネ「テムズ河のチャリング・クロス橋」(1903年)

展示室の入り口正面にあった。
太陽の位置と橋の影から正午近い時間の景とされるが、名にし負うロンドンの霧が全体を覆っている。右奥に霞んで見えるのは国会議事堂。
モネは霧のヴェールが生み出す神秘的な静かさと空間の広がりをことのほか好んだようだ
深谷克典氏の作品解説による。次の作品についても同氏の解説を参照した)。

モネ「霧の中の太陽」1904年_0001.jpg
「霧の中の太陽」(1904年)

まるで夕景のようだが、深谷氏の解説によれば、太陽の位置と方角からして、実は午前中の光景であるそうだ。未だ上って行く途中の太陽が水面を鮮やかな色に照らしている。

展示された2枚の絵を順に眺めることは、一日の中でいえば時間を溯ることになる。
幻惑された鑑賞者の足元にも霧が立ちこめてくるかのようだ。
  (*モネの作品、いずれも同展図録より)


◆モネが連作のためにロンドンに滞在して制作に集中したのは1899年の9月半ばから10月末まで、翌1900年の2月から4月まで、そして1900年1月から4月にかけてであるが、上の2枚の年記は順に1903および1904である。ジヴェルニー(池を持つ庭により「睡蓮」の連作が生まれていったところ)に戻ってからこれらの作品を完成させたことになる。

*******

霧のロンドンに2人の日本人

◆モネがロンドンで新世紀を迎えた頃、ロンドンには夏目漱石が留学していた。イギリスに着いたのは1900年の10月28日。1902年の12月5日にイギリスを発つまで、呻吟の2年余りを過ごした。
のちに次のように振り返っている。

倫敦(ロンドン)に住み暮らしたる二年は尤も不愉快の二年なり。余は英国紳士の間にあって狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あわれなる生活を営みたり。(「文学論」序)

神経衰弱に陥り、転居を繰り返すが身を包む霧は晴れず、引きこもり同然の留学生活。
モネと街角ですれ違うことはなかったかと思うが、当時すでに世評の高かったモネの絵を観る機会があったかどうか。

*******

◆漱石が帰国の準備を進めていたころに、アメリカからロンドンにやってきた若き日本の詩人がいた。ヨネ・ノグチ(野口米次郎 1875-1947)である。そのイギリス到着は1902年11月20日。二人のロンドン滞在は2週間だけカブっている。

アメリカに続いてロンドンでも詩集を出そうと意気込んでやってきた青年ヨネ・ノグチだが、引き受けてくれる出版社は見つからず、やむなく自費出版で小詩集『東海より』(From the Eastern Sea)を出し、これが評判となる。
英米で詩人として盛名を馳せたヨネ・ノグチが再び日本の地を踏んだのは1904年の9月。18歳で飛びだしてから実に11年ぶりのことだった。
彼もまた、モネの描いた霧のロンドンを同じ頃に味わったわけである。

 *星野文子「ヨネ・ノグチ 夢を追いかけた国際詩人」(彩流社、2012年)によった。

「個と地球の欠如」した道徳教育(前川喜平)[2018年09月17日(Mon)]

2018091513190ヴェナンツォ・クロチェッティ「平和の若い騎手」横美前.jpg
ヴェナンツォ・クロチェッティ(1913-2003) 「平和の若い騎手」
横浜美術館にて。

*******

国家が個人や家庭の内側にまで手を突っ込んでくる時

◆文部官僚として、憲法および(1947年)教育基本法を基本原理として働いてきた氏にとって、それらが反故同然に扱われていく様をどのように見ていたのか。前川喜平『面従腹背』(毎日新聞出版)より耳傾けるべきことをあと2つ。
一つは家庭教育までが狙われていることへの警告だ――


私は個人としては教育基本法の改正には反対だった。「国を愛する態度」を教育に掲げることは個人の内心の自由を侵すものだと考えた。心と態度は表裏の関係にあるのだから、「態度を養う」と書けば心には影響がないなどとは言えない。「国を愛さない」内心の自由は保障されなければならない。教育行政条項は、法律に根拠を設けさえすれば学校教育のみならず、家庭教育も含めた教育への政治介入がやりたい放題になる危険があると思った。新10条の家庭教育条項は「父母その他の保護者」の子の教育への「第一義的責任」とし、生活習慣を身に付けさせることなどに、「努めるものとする」として、保護者に義務を課す規定ぶりになっている。この条項を手掛かりにして、家庭教育に国が介入する(たとえば「家庭教育要領」の制定)危険性も否定できない。


◆2006年の教育基本法改悪への教育界からの反対の取り組みにおいて、国家が家庭教育にまで手を突っ込んでくる危険は強く共有されていたとは言い難い。
しかし、3回目の策定を迎える国の「教育振興基本計画」とそれを受けて自治体が定める教育振興基本計画において、前川氏の懸念は現実のものとなりつつある。

政治によって個と国家のせめぎ合いが現実のものになるとき、しわ寄せは何よりも子どもたちや家庭に向かう。
それも、外からの強権的な政治力という形でなく、クラス・学校や地域など、属する社会からの有形無形の同調圧力や、和を乱してはまずい、と自ら規制する形で、すなわち消極的であるか積極的であるかを問わず、「自分の意志」で動くように(うまくいかなかったならそれは自己責任だと思うしかないやり方で)仕向けるかたちで進められる。
そのために機能させられるのが「道徳教育」である。
◆前川氏の警告2つ目として氏の言葉を引いておく。


立憲主義の下、国が教育課程の基準として設定できる道徳的価値は、憲法が立脚する「個人の尊厳」という根本的な価値及びその上に立てられた「基本的人権の尊重」「平和主義」「国民主権」という原則に則ったものでなければならない。「個人の尊厳を重んじ」「日本国憲法の精神に則り」という言葉は、2006年改正後の教育基本法にも残っている。ところが、学習指導要領が設定した道徳的価値の中には「自由」「平等」「平和」など憲法的価値と一致するものもあるが、その扱いは極めて小さい。
一方、「家族」「学校」「郷土」「国」という集団への帰属意識や、「節度」「礼儀」「規則」「公共の精神」など集団を東ねるための規範は、これでもかというほど並べられている。これらの多くは憲法からは導き出せない価値であり、さらには「父母・祖父母への敬愛」「国を愛する心」など、個人の尊厳という憲法的価値に違背する疑いのあるものも含まれている。人間の内面的価値への限度を超えた国家的介入であると考えざるを得ない。
「集団への帰属」の中で最も強調されているのは「国」である。そして「国」を超える集団への帰属意識は出てこない。「集団や社会」の中で「世界の中の日本人としての自覚を持ち、他国を尊重し、国際的視野に立って、世界の平和と人類の発展に寄与すること」(中学校)との記述はある。しかし、あくまでも帰属対象は日本という国であって、「世界」「人類」「地球」への帰属という視点は示されていないのである。
「個人の尊厳」と「地球市民」の視点が欠けている。私はこれを「個と地球の欠如」と呼んでいる。



◆学習指導要領やその「解説」に何が書かれているか、を知ることは重要だが、それと同等に「何が書かれていないか」をも知る必要がある。
それは教育関係者だけでなく、家庭や地域で見守る大人たちにも必要なことだ。
というと、「専門的なものはムズカシクテ……」と敬遠する向きが多いかも知れない。
しかし七面倒なことは何もない。大人の常識を働かせることと、人任せにしないこと、大事なことはそれぐらいだ。分からないと思ったことには「分からない!」と声をあげ、学校に対し教育委員会、文科省に対し(政党の文教部会に)説明を求めれば良い。

前川氏自身、在職中もツイッターでは次のように自由につぶやいていた(『面従腹背』巻末の「腹背発言集」)。

2013年2月21日
《高校無償化制度から朝鮮高校生を排除。羅李問題や核実験を理由に?生徒には関係ない!江戸の仇を長崎どころか火星で討つようなもの。露骨な民族差別だ。情けない。》

2013年5月11日
《人権は憲法によって『与えられた』ものではない。憲法によって『保障された』ものだ。誰からの侵害に対して?国家権力からの侵害に対してだ。》

2016年4月1日
《憲法は核兵器使用を認めているとの政府見解。ついにそこまで言うか!一般市民を大量に虐殺することが、最小限の自衛力の行使に含まれるはずがないではないか!》




『面従腹背』――政治と教育[2018年09月16日(Sun)]

2018091512590清川宗翠「なかよし」.jpg
清川宗翠(そうすい。1947〜)作「なかよし」。
高さ40~50cmほどの愛らしい小像だ。横浜市みなとみらい三菱重工ビル前。

*******

前川喜平『面従腹背』の第3章「教育は誰のものか」は政治と教育について述べている。

政治家による教育現場への不当な介入として知られるのが2003年の都立七尾養護学校事件だ。同校の教職員が工夫を重ねた知的障害児への性教育プログラムを土屋敬之都議(当時)が議会で取り上げて非難。当時の石原都知事の同調もあって都教育長は是正を約束する答弁をした。土屋氏らは都議3名が都教委指導主事とともにいきなり七尾養護学校に押しかけて暴言を吐いたばかりか、教材を無理矢理取り上げるなどした。
その後、都教委は校長降格を含め教職員への処分を行った。これに対して、教職員や保護者が提訴、2009年に一審東京地裁は都議らの行動は教育基本法が禁じる「不当な支配」に当たると判示、都教委も都議らの政治介入を放置し、処分も裁量権の濫用にあたるとして損害賠償を命じた。二審の東京高裁も一審判決を支持し、七尾養護学校の性教育が学習指導要領違反だとする都教委の主張に対しては、「その一言一句が拘束力即ち法規としての効力を有するということは困難」として「教育を実践する者の広い裁量」を認めた。最高裁も2013年11月に上告を退けて高裁判決が確定したものである。(別途、校長も処分取り消しを求めて提訴し勝訴している。)

◆前川喜平氏自身も、今年2月に名古屋の市立中学に招かれて行った授業について、文科省から市教委経由で中学校に質問状が届くという形で政治介入の当事者となったことは記憶に新しい。
同省に圧力を加えたのは自民党文部科学部会の赤池誠章部会長と池田佳隆部会長代理であったことが後に判明した。二人ともいわゆる「安倍チルドレン」である由。
文科省は、名古屋市立中学校への質問状送付は赤池・池田両氏からの圧力によるものではない、と説明するが、それは嘘だ、と前川氏は言い切る。
そうして文科省が悪者になることで二人の政治家を庇おうとしたことは「いじめの構図そのままである」と断じている。

◆自民党文部科学部会の強力な権限を背景に行った2議員の行為に対して、文科省は断るべきだったと考える前川氏は、次のように記す。

赤池・池田両氏の行為は、教育基本法16条が禁じる「不当な支配」にあたると考えられる。だから、文科省はその不当な圧力に屈するべきではなかったし、それをなんとかかわす方法はあったと思う。まず、この二人の政治家に対しては、学校現場への口出しは教育基本法違反になるからできないと言うべきだった。それでもやれと言われたら、いったん持ち帰って大臣や副大臣に相談すればよかった。文科省の行為は最終的に大臣の責任になるのだから、大臣にはこのような質問状を出すことが社会的批判を受ける可能性が高いことを説明し、大臣の了解を得た上で赤池・池田両氏に断りの返答をするという方法が取れたはずだ。

だが、そうしなかった。予算配分や国税を力の源泉にできる財務官僚や警察権力をバックにした警察官僚、あるいは補助金の差配を通して政治家と渡り合うことができる国土交通官僚や農水官僚と異なって、政治家に恩を売る手段も睨みを利かせる手段もないために「文部官僚は政治に弱い」のだ、という(本書131ページ)。

目下の文科省において、情報や内部文書をリークする人々が存在することから、世論の後押しを期待する人間が皆無でないことは伺えるものの、不当な支配に抗し切れないまま少数派として崖っぷちに立たされているのではあるまいか?
前川氏の現状認識は――

部官僚が政治に対抗する砦は法令と審議会しかない。法令の砦は、教育基本法の改正によりかなり弱体化された。そして、審議会という砦も安倍政権の下で形骸化が進んでいるのである。
審議会が形骸化する要因は2つある。1つは、政権中枢の内閣官房・内閣府が主導するスーパー審議会の設置(首相官邸主導体制)であり、もう1つは審議会委員の政治的な任命である。

(*そうした審議会の中に、第1次安倍政権の「教育再生会議」第2次安倍政権の「教育再生実行会議」がある)
教育再生会議・教育再生実行会議の委員の人選は、極めて政治的に行われ、政権にとって好ましい会議を持つ人物ばかりが任命されたので、そこから打ち出される改革案も当然政権寄りのものばかりになった。教育再生会議・教育再生実行会議は、首相直属の会議であるゆえに文部科学省に置かれた中央教育審議会(中教審)よりも上位の機関として位置づけられているので、中教審はこれらの会議で打ち出された改革案の具体化方策を検討する下請け機関のようになってしまった。

◆政権寄りの人物を委員として採用する「政治任用」は、中教審など文科省の審議会にも及んでいる」と、前川氏は言い、特に「第2次安倍内閣で文科大臣になった下村博文氏において顕著になった。下村氏は事務方が用意した委員候補者を一人ひとり吟味し、不適格であると認めた人物は排除した。また事務方が候補に入れなかった人物を自らの意向で任命した。その筆頭格とも言うべき存在が櫻井よし子氏である。
と述べている。

◆中教審の各部会やワーキンググループの傍聴を3年近く続けて来て、各委員の専門分野や考え方、期待されている役割なども見えてきたが、メールや文書によって委員各氏が意見を提出することもあれば、とりまとめ役である主査及び事務方との調整で決定して行く部分も少なくないことが分かって来た。
学習指導要領や教科書検定基準改訂で行った意見募集(パブリックコメント)に寄せられた意見をどう検討したか、など国民が期待する形でオープンにはなっていないことも問題である。中学・高校の保健体育で「銃剣道」が政治力によって無理矢理明記されたことが典型例だ。

◆政治的な介入が頻々と起こる現状は、まさに「教育行政の私物化」の姿にほかならない。
しかも、教基法「改正」の究極の狙いが憲法改正にあり(臨教審(1984年)を置いた中曾根総理の考えの根底にあった意図だ)、紆余曲折ありつつも、その地ならしを済ませたのが2006年の教育基本法改悪であったことを考えれば、「教育行政の私物化」は「憲法の私物化」=「国家および国民の私物化」と言って良い。

教育基本法「改正」を「文部官僚としてやりたくなかった仕事の最大のもの」と内側にいた前川氏は言う。

外側にいた者からすれば、以後12年(臨教審設置からだと3分の1世紀)、それでも何とか持ちこたえて来た、というべきか。


『面従腹背』の教育課程行政と日の丸・君が代[2018年09月15日(Sat)]

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富永直樹(1913-2006)「美しき広場」(1986年)。横浜みなとみらい三菱重工ビル前で。

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前川喜平氏が考える「日の丸・君が代」強制問題
ー『面従腹背』(毎日新聞出版、2018年6月)〈教育課程行政〉の章から

学習指導要領の改訂をはじめとする教育課程行政の場合、「個」から出発する思想と「国家」から出発する思想は、正面から衝突する。その衝突は、後述するように国旗・国歌や道徳教育の取り扱いにおいて避けがたいものになる。

教育課程行政は、国家権力と教育とが直接交錯する分野だ。ここでは、組織の方針と私個人の思想・良心との乖離が最も大きくなり、面従腹背の緊張関係が最も強くなる。なかでも、日の丸・君が代の取り扱いについては、折り合いのつけようがない。
私自身は、日の丸を国旗とし、君が代を国歌とし、両者を日本という国のシンボルとして尊重することについて特段の抵抗感はない。しかし、日の丸がかつて軍国主義・全体主義の日本、侵略戦争をする日本のシンボルであったことも事実だ。だから、日の丸・君が代に違和感や抵抗感を持つ人たちの信条や思想は理解できるし、そういう心情や思想を抱くことは内心の自由であり、その内心の自由は国家権力による制約を一切拒否できる性格のものだと考えている。


前川氏は、学習指導要領が法的拘束力を持つ、という立場から1989年改訂の学習指導要領が教師たちに日の丸・君が代の指導を行うことを義務づけた、とする。
しかし教育法学者をはじめ学習指導要領の法的位置づけについては拘束力を持たない「指導・助言・指針」に過ぎない、という説から、大綱的基準(旭川学力テスト最高裁判決)であるとするもの、拘束力の強い「基準」であるという説まで諸説存在する。
もっとも、「法的拘束力あり」と考える前川氏自身、「今回の指導要領は書き込みすぎだと感じている。最小限の記述に限る「大綱的基準」に回帰し、もっと教育現場の自主性に委ねるべきではないかと思う。」と述べている。
また、日の丸君が代問題に関して文部科学省が、私立学校は「野放し」で公立学校に国旗掲揚・国歌斉唱を押しつける態度であるのはおかしい、と指摘し、これを差別することなく(締め付けるのではなく)、指導要領の記述は「望ましい」にとどめ(=1989年改訂より前の記述に戻し)、現場への関与は「助言」程度にとどめておけば良かった、と述べている。内心の自由に関する問題である以上、内心に対する強制は許されない、というのが氏の基本姿勢だ。


拒否は子どもの権利である

◆前川氏は、1994年10月12日、村山内閣のもとで、日の丸君が代に関する「指導の義務づけ」について政府の統一見解を求められた衆院予算委員会のことを記す。その夜官邸の総理執務室に文部省幹部も集まり、与謝野馨文部大臣が自らペンを執って見解をまとめた。
(教員への)《指導の「義務づけ」については「義務」という言葉を使わずに説明し、児童生徒に対しては内心まで立ち入った「強制」はしないと説明した。》というのである。
その上で、次のように記す。

「児童生徒の内心に対する強制はしない」という政府見解は、その後もしっかり維持されている。つまり、子どもたちには国旗・国歌を拒否する自由があるということだ。

◆「しっかり維持されている」なら、「歌わない」子どもやクラス、その担任への圧力は生まれるはずもないのに実際はどうか?
また、元文科省事務方トップが「国旗・国歌を拒否する自由がある」とまで言い切っているのに、大切なその「自由」を子どもたちにしっかり伝えてあげようとする大人はどれだけいるだろうか?

教育行政に携わる文科官僚は?各地の教育委員会の人々は?
そして誰より、子どもたちにじかに接している現場の教職員たちは?


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