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見よ、今日も、かの蒼空に 飛行機の低く飛べるを[2017年04月26日(Wed)]

飛行機が朝寝坊を許さない日々
  *機密保持のため、固有名詞の一部をアルファベットで表記する等の加工を施してあります。

◆今日もA基地〜Y基地の間を飛ぶ飛行機、朝からなかなかすごかった。
F市の中部あたりでこれだから、A基地の周辺、離陸時はとりわけ大変だろう。
基地近くに済む知人と電話中に飛んで来たらしく、話が全く聞こえなかったことがある。

その聞こえないやりとりもU×A製の通信監視システムは傍受しているのだろうか?

N国憲法の保障する通信の秘密は一体どうなっているのか?

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

*******

見慣れない飛行機

DSCN0938-A.jpg
S川上空を旋回して飛び去った飛行機(2017年4月某日)

◆航空SD隊の航空支援集団というところのホームページを見ると任務の説明がある。

飛行点検隊はS県I基地に所在し、陸、海、空自衛隊の7*6+1基地にある15*11航空保安施設の飛行点検を実施しています。

この任務のために保有している飛行機の一つがこのYS11機だ。
尾翼に見える赤いチェック柄は「フライト・チェック」にちなむ。
飛行点検隊のエンブレムにもチェス盤のチェック模様と駒がデザインしてあった。
*(同隊にはもうひとつフライトチェッカーとしてU-125というジェット機もあるようだ。)

航空支援集団B_ack_mark.gif

*******

ネットやメールも監視の対象、という時代


◆大N帝国憲法にも表現・集会の自由や信書の秘密は保障されていた。
ただし、法律の規定がある場合は除外される、という留保規定があったから、検閲・弾圧の歯止めにはならなかった。

第二十六條 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ祕密ヲ侵サルルコトナシ
第二十九條 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス

◆このやり口に深く学んで、N国のJM党が発表した改憲草案には
現行憲法の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」のあとに第2項をわざわざ付け加えた。

2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、
並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

「前項の規定にかかわらず」という文言がシブイ。どんなに自由や権利の保障を高く掲げていても、その後に「前項の規定にかかわらず」と続けさえすれば、無効だからね、と宣告できるからだ。

◆JM党改憲草案のQ&Aでは「内心の自由はどこまでも自由ですが、それを社会的に表現する段階になれば、一定の制限を受けるのは当然です。」と説明している。
「当然」だと断言して、「どうして当然なの?」と疑問を持つことを封じている。「私は立法府の長」と確信をもって言い放ったA首相のもとで作られた草案だからトーゼンと言えるのではあるが。

 *本文中、一部固有名詞の機密が保持されていないとお感じになられたとしても、それは個人の感想であることをご了解ください。

愚の骨頂、いやまだまだ先があるような[2017年04月25日(Tue)]
DSCN0919-A.jpg

この時期、日ごとに色を濃くしてゆく草木の葉が目に付く中で、常緑の植物にも造型の妙を感じさせるものがある。放射状に広がる葉が美しいヒイラギナンテン。青い実を付けていた。花の時期は見逃してしまった。

*******

愚弄するにもほどがある

◆異様なほど放言が止まなかった今村復興大臣、ようやく辞任となるようだ。

今村復興相 パーティーで「東北で良かった」発言 辞任へ
毎日新聞2017年4月25日
https://mainichi.jp/articles/20170426/k00/00m/040/103000c?fm=mnm

◆会見で記者に激昂した事件で謝罪した舌の根も乾かぬうちに同様の放言を繰り返し、今度は「(大震災の起きたのが)東北で良かった」という信じがたい暴言(信じるに値する要素は毛ほどもないが)。愚弄するにもほどがある。復興大臣としていかがなものか、などという以前に人間としてアウトだ。


どさくさを利用する愚


◆北朝鮮への緊張をあおる一方で沖縄・辺野古の護岸工事を強行した。
この厚顔無恥ぶりもすさまじい。やぶれかぶれの感あり。


小人、大国と付き合うすべを知らぬ愚

◆北朝鮮への中国の対応を当てにせざるを得ない状況であることにお構いなく、文部科学省、「我が闘争」閣議決定を批判した中国外交部へのコメントをホームページ上に載せる愚。
ふさがった外交のパイプを復旧するどころか、コンクリートで封鎖・遮断するような拙劣な対応と言わざるを得ない。

ヒトラー著書の教材使用「中国は誤解」 文科省HP掲載
 【朝日新聞】
http://www.asahi.com/articles/ASK4T3FX6K4TUTIL016.html

*文科省の当該サイトは↓
中国外交部報道官のコメントについて
http://www.mext.go.jp/a_menu/other/1385087.htm

◆「我が闘争」の教材としての使用を可能とした14日の閣議決定より、表現は慎重に手を入れたものになっている。10日たっただけのことはある。巧みな軌道修正と言って良い(無論皮肉だ)。
官僚たちもマズイとは思ったのだろうが、遅すぎる。政治の尻ぬぐいに10日もかかっているようでは、時機を失したと言うべきだろう。
繰り返して強調しなければならない。あれを教材として扱えるのは、人間の負の歴史を徹底的に学ぶ場合だけだ。そうして同じ姿勢を自国の歴史に対しても示す必要がある。
歴史修正主義と訣別する度胸のない者たちがいかに取り繕っても信用は得られない。
信用と相手の面子を大切にするのは外交であれ教育であれ、基本だと思う。



浜田知明の彫刻[2017年04月25日(Tue)]

浜田知明の諷刺

浜田知明の彫刻が見たくなった。
こちらが10センチほどのこびとになって傍らに立ちたい小さなブロンズの数々。

浜田知明[誰も知らない]1992_0005-a.jpg
「誰も知らない」1992年
◆見る方向を変えれば不正はバレバレなものだ。
贈られるのは金目のものだけとは限らない。
名誉校長の称号やゴルフをともに楽しむ姿で隠したキナ臭い取引も。


浜田知明[ボタンを押す人]1990_0004-A.jpg
「ボタンを押す人」1990年
◆このポーズが得意なT大統領の傍らには今夜も黒いブリーフケースがあるのだろうか?


版画家・浜田知明(ちめい。1917―)の諷刺と諧謔にあふれた作品を見たのは2000年、鎌倉近代美術館においてだった。
(作品の写真はすべてその折の図録から)
戦後、銅版画家として活躍してきた人だが、1983年ころから彫刻の制作を始めた。
下の様に版画作品が立体になった作品もある。

浜田知明[アレレ……]1989_0003-A.jpg
「アレレ……」1989年


◆「彫刻を3次元のデッサンと考えるならば、デッサンの描ける画家ならば彫刻を作ることが可能という理屈」と語っている。また、「モチーフは人体というよりは人間」とも述べている。

つまりは、悩んだりおどけたり沈思したりうちひしがれたりする心をそなえた、どうしようもなくおろかである一方で、何かを求め続ける生きものとしての人間である。


浜田知明[ボス]1995_0002-A.jpg
「ボス」1985年
◆説明不要だろう。
「ボス」とはポジションに付けられた呼び名であって、そこに座るものの存在価値を表すのではない。


浜田知明[芋虫の兵隊(A)]1992〜95_0006-A.jpg
「芋虫の兵隊(A)」1992~95年
◆東京美術学校を卒業して間もなく現役兵として入隊した浜田は20代の大半を軍隊で過ごした。
いじめ抜かれる初年兵を芋虫として表現。「芋虫の兵隊(B)」という作品では転がった芋虫が虫ピンで営舎の床に留められていた。


浜田知明[風景]97_0008-A.jpg
「風景」1997年
◆爆風でぐにゃりと曲がった鉄筋、裸で立ち尽くす子どもの姿。今も地上に繰り返されていることに暗澹とする。


浜田知明[檻]1983_0001-A.jpg
「檻」1983年

気になる正体1985年-a.jpg
「気になる正体」1985年
◆相手の正体を知ろうとするが、その顔は見えないというタイトルの意味だが、もひとつ、相手の尻は見えても己の尻は見えない、というおかしさも感じる。


◆笑いを誘う諷刺は国同士の強がりや、脅しを無力化するだろう。
小さな小さなブロンズ作品のどれもが、その小ささに反比例する質量によって国や権力と拮抗している。それが今年百歳を迎える浜田知明の彫刻の力だ。






山崎方代――石を暖める歌よみ[2017年04月23日(Sun)]
ペチコートスイセンDSCN0805.JPG
ペチコートスイセンという名前らしい。小ぶりのラッパのような花の形が面白い。

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方代という歌よみ

山崎方代(やまざきほうだい)という歌人、名前のみ聞いていたが、当地のミニコミ誌に記事があって、地元ゆかりの歌人と知った矢先、下記の歌集が手に入ったので読んだ。

山崎方代こんなもんじゃ-a.jpg
山崎方代歌集「こんなもんじゃ」文藝春秋、2003年
 *表紙絵は東海林さだお

◆年譜を読むと山梨県右左口(うばぐち)村に生まれているが、1938年、姉の嫁ぎ先の横浜市西区浅間(せんげん)町に転居。
1941年応召して台湾、マレーなどを転戦。43年6月のチモール島での戦闘で砲弾片を浴びて右目を失明。左目も視力0.01になった、とある。
46年に帰還してからは住所不定の時期が続くが、65年横浜市保土ケ谷区星川町〜同戸塚区田谷(現在は栄区)の加藤兼三郎宅敷地に小さな小屋を建てて住み、72年には鎌倉市手広の根岸p雄(てるお)宅にプレハブを建ててもらって「方代艸庵」と札を立て、そこを終の住処とした。

85年、肺がんの手術を藤沢市民病院で受け5月に退院したが8月に国立横浜病院に入院、同月19日に亡くなった。享年70。境川をはさんで、此岸と向こう側の病院とで最期の日々を迎えていたことになる。

*******

◆大学1年の夏(73年)、大船駅でのバイトを一週間だけやったことがある。今思えば鎌倉の手広あたりのアパートに泊まり込んだのだった。アパートから1キロあまり歩いてバス停まで出て、そこから大船駅まで通ったのだが、その風景の中に方代は暮らし始めていたことになる。
その山や森のようすを思い出させる映画がある。

先日、TVでやっていた小津安二郎の「麦秋」だ。モノクロ画面に映る山のかたちが妙に目に焼き付いた。
古い記憶と重なると同時に、今現在の風景から、薄皮をはがしてくれる効果もあった。

◆映画には、ヒロイン(原節子)が北鎌倉の駅にいるシーンのあと、上りの電車をロングショットで写しているシーン(鎌倉市山内付近と思う)が出てくる。また、家の中から山の木々を見上げるシーンも出てくる。
同様の形の山が今もそこかしこある、と気づいてみれば、山裾に家が建て込み建物の様式もずいぶん変わっているに違いないにしても、風景から受け取る雰囲気はさほど違わない。

「麦秋」は1951年の公開であり、樹木をアップに写しているいくつかのシーンはヒョロヒョロと頼りなげな樹影のものも目について、敗戦後の寂寞や、南方で戦死した次男の不在を象徴しているようなのではある(この映画は戦災の痕を画面から周到に排除する姿勢で一貫している)。

しかし家々やマンションが山や森を覆い尽くしたかにみえる現在の眺めをモノクロ画面に変換してみれば、51年ころの映画の世界につながるだろうと思える。ずいぶん変わってしまった、というよりは、そんなに違わないじゃないか、という感じである。72,3年当時の雰囲気も同様である。

◆では、現在を起点にした数十年後の未来についてはどうか?
山や坂、道といった基盤となる地形の上に建物が順次更新されていくだけのことだろう、と想像することが可能だろうか?

――「わからない」というのが正直なところだ。

分からないハズがないじゃないか、という反駁がありうるだろう。
この風景の中にかつて暮らしていた人(たとえば「麦秋」の役者たちや制作スタッフたち)が今はあらかた居ないことに照らして見るまでもなく、今こんなことを考えている自分がン十年後にはやはりここにはいないことはハッキリしているからだ。

だが、にもかかわらず、やっぱり先のことは分からない、というしかない。
家であれ街並みであれ、人工物の寿命が自然より短いという当たり前のことを言っているのではない。

生きているのは誰にとっても一回こっきり――これもまた自明のことなのだが――その一回こっきりの時間が、ウンザリするほど過去と似通った過誤の嘔吐物にまみれているようで、そのことが信じがたい。そうして、そうしてそれをどうしたらいいか、今のところ手に余る穴倉に迷い込んだ感じが否めない。だから分からない、と言うしかない。
といって手をこまぬいているつもりはないけれど。

*******

◆そんな心持ちだろうか、方代の歌――

なるように
なってしもうたようである
穴がせまくて引き返せない


次のような歌もある。

わたくしはわたくしよりも億兆の遠くにありてまなこ離たず

はるか「億兆の遠く」にあるのは意識や想像と呼ぶものが実在させるもう一人の「わたくし」なので、「離たず」視るまなこによって「わたくし」は視られている。そう思っている現実の「わたくし」はあくまでも地べたに腹ばい、青梅が落ちる音を聴き、石ころであるわが身をうたう。

青梅がぽつんと土を打つ音に遠い歳月がある

月光の地上にくろく石くれのかげを置けども月のかげなり

いつまでも握っていると石ころも身内のように暖まりたり


石ころは比喩ではない。それは我が身であり、我が拠り所であり、我が抗うすべである。

宇宙からの笑い[2017年04月22日(Sat)]

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本郷芳哉(よしや)「For the Existence―淌」2015年

◆文部科学省の入口、さざれ石の横に圧倒的な存在感をもって居た。
「淌」に(Drip)という英語があててあった。
「ショウ」とよむこの漢字には「大波」という意味もあるが、ここでは滴り流れる水のさまをいうのであろうか。

高さは2.2mもあり、違う宇宙からやって来たような訳のわからなさで惹きつける。
ぐるりを回るとずんぐりとユーモラスな背中を見せた。急に身近な存在に感じられる。
もういちど正面に戻ると前に伸ばした足の先など、バレリーナのようでもある。
角度によってコケットリィと典雅さの共存をも見せる。

時計回りにめぐるか、左回りに見ていくか、受ける印象はずいぶん違う。

撮ったなかからもう一枚ここに紹介しようとして、結局一番最初に撮ったものを下に載せる。
上に記した異なる性質を体軀に無駄なく収めて、生成する廃墟のような感じさえする。

DSCN0883-A.jpg

◆本郷芳哉は1982年生まれの彫刻家。
プロフィールは下記から。
https://www.yoshiyahongo.com/

*******

おおきな波が寄せてくる 大きな笑いがこみあげてくる 山崎方代

あおるな・あおられるな その3[2017年04月21日(Fri)]

2017042115350-B2.jpg

相鉄線100周年とかで、車体にイラストを施した電車に出くわした。
「そうにゃん」というのが相鉄のマスコット。
「そうにゃん」をかたどったつり革も登場した。

20170421153500-A2.jpg

◆◇◆◇◆◇◆

ミサイルであおるな

◆内閣官房のサイトに、「弾道ミサイル落下時の行動について」というPDF文書2つとそのQ&Aが1つアップされた。

1.弾道ミサイル落下時の行動について
http://www.kokuminhogo.go.jp/pdf/290421koudou1.pdf
2.弾道ミサイル落下時の行動について
http://www.kokuminhogo.go.jp/pdf/290421koudou2.pdf
3.弾道ミサイル落下時の行動に関するQ&A
http://www.kokuminhogo.go.jp/pdf/290421koudou3.pdf

◆目新しいものは何もない。基本は以下の通り。
❶速やかな避難行動
❷正確かつ迅速な情報収集
行政からの指示に従って、落ち着いて行動してください。
*上掲「弾道ミサイル落下時の行動について」の最初に書いてあること。

◆恐らく、一昨日(4/19)に宮城県大崎市であったJアラートの誤操作をふまえたものだろう。
改めて、自分の目と耳(鼻や皮膚感覚も、か)によって状況を確かめ情報に注意を払うことが大事だということを我が身に言い聞かせる。
その意味で「行政からの指示に従って、落ち着いて行動してください。」という記述は感心しない。
「津波てんでんこ」の教訓を活かすなら「行政からの指示や情報を参考にしながら、自分の判断力を信じて落ち着いて行動してください。」の方が良い。
「行政からの指示」がロクでもない場合はしばしばあるからだ。

◆ニギニギしく首相主催の花見の会を開くのときびすを接して「ミサイル落下時」の危機に備えよと注意を発する神経を、信用する気に全くなれないのが実際のところだ。

Jアラートは「特別なサイレン」と携帯・スマホへの「緊急速報メール」がセットになって注意を促す仕組みになっている。一つのシグナルだけで肝を潰したり軽はずみな行動に走らないよう、注意深く設計されているはず。Jアラートの動作を点検する際のマニュアルだって二重三重の誤操作防止の仕組みがセットされていなければおかしい。
ミスの原因を調べて公表すべきことはいうまでもない。

◆今回の内閣官房の情報、すでに「国民保護ポータルサイト」に載っているミサイル飛来時の対応と何が違うのかこれだけでは分からない。

自治体によっては古い情報を載せたまま更新していないところもある。
内閣官房のサイトにある冊子のPDFにしても、いつ公開したものか明示されていないので、今もそのまま有効か、鵜呑みにできないな、と思ってしまう。

そう思う最大の理由は、ここ数年、お上が、信用に値しないウソやゴマカシを連発して来た結果、「オオカミ少年」になってしまった、と国民は思っているからだ。

◆国民の疑心暗鬼が理性のブレーキによって慎重な行動にとどまっている分には政府がいくらウソをついてもたいした影響はない。
ただ、対外的な問題で相手国に信用がおけない場合はそのブレーキも役に立たないことがある。
たとえば先日の、米空母カール・ビンソンの動きに関する誤情報のケースだ。
一説には、ホワイトハウスと軍とで情報が共有されていなかった疑いが取り沙汰されている。
とすれば、とんでもない話だ。そんな危なっかしい国を信じて行動をともにできようはずがない。
だが日本政府としてこの「事件」をどう判断するか、と突っ込んだ報道もなかったようだ。
日本政府から先手を打っての説明もない。
国民の側も、そんなものさ、と心のどこかで思っている。
いくつか留め金がはずれた状態と考えるのが正しい。

◆一つの留め金が外れて危険度が倍になったとしよう。
外れた留め金が二つになったら危険度は4倍になる。
それだけではない。そうした事態を経験するたびに人心の鈍感さや諦めも増して行くから、国全体としての危険度はその何倍にも高まる。

共謀罪、とんでもない

◆そんな風に思うのは、共謀罪をめぐる国会の奇天烈さを今日も知らされたからだ。
またぞろ強行採決の今日の衆議院・法務委員会。参考人質疑を週明け25日に開くことを与党+日本維新の会で押し切ったという。質問に答えられない法務大臣が答弁しなくて済むように、との水心というわけだろう。
こうした異例が頻発すると、異常と感じる神経自体がマヒしてしまう。

★【東京新聞4/21夕刊】「共謀罪」25日の参考人質疑議決 民・共反発「時期尚早」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201704/CK2017042102000251.html?ref=rank


腐った国会に民心も歩調を合わせていったら、あとはちょっとしたきっかけがありさえすれば坂を転がり落ちる。歴史がそう教えていると思うのだが。


南スーダン、自衛隊員の目の前で銃撃戦[2017年04月20日(Thu)]

DSCN0826.JPG

◆鎌倉街道西の道といわれる旧道添いにある八坂神社の鳥居。
鳥居自体は弘化四(1847)年に建てられたもの。

近くに立つ案内板によれば、元弘三(1333)年の5月8日、上州で挙兵した新田義貞は軍勢を増やしながら兵を進め、この鳥居のすぐ先を左に折れて坂を上り、鎌倉へと向かった。
現在の国道1号線、横浜市戸塚区影取のあたりを突っ切って東南方向に進軍したことになる。

◆鎌倉を包囲された北条高時らが自刃し鎌倉幕府が滅んだのは5月22日。源頼朝の鎌倉入りから数えて153年目だったという。

DSCN0837-A.jpg

◆鳥居から八坂神社本殿への参道は現在車がひんぱんに通る抜け道によって途切れているが、境内および周辺にはさまざまな奉納物が現存する。
そのうちの一つ、日露戦争凱旋を記念する手水所(ちょうずどころ)の石。
裏に村から出征した人々の名を刻んである。

*明治維新から153年目はいつかと計算すると、2020年だ。オリンピックまでのわずか数年が大きな転換点ということか。
今日の朝日夕刊、半藤一利氏も「ノー・リターン・ポイント」(後戻りできない地点)の警告を発していた。
花火なら打ち上げ終えて日常に戻るだけだが、戦火では戻る人間自体がいなくなる。

*******

無事帰還をよろこぶ。だが……

◆19日、南スーダン派遣の陸上自衛隊の第一陣が無事青森空港に到着した
今回の帰国は青森、八戸、岩手、船岡(宮城県)などの駐屯地所属の68人という。
だが、約350人に及ぶ隊員全体の撤収には一月あまりを要する。
5月末まで気は抜けない。新任務を課されての派遣も撤収もすべて政治の都合によって決められたことを肝に銘じて見守らねばならない。

◆朝日新聞朝刊はLINEで家族に伝えられた現地情勢を載せている。
ある隊員が見たものは――

「道に死体がゴロゴロ転がっているのが普通だ」
「目の前で銃撃戦があってひやっとした」

隠蔽されていた日報の「戦闘」という記事を裏書きするものだ。
戦争状態の国に隊員の生命をさらし、家族は恐怖と不安にさいなまれてきた。
政府が、隊員とその家族にそれを強いているのだ。

あおるな・あおられるな その2[2017年04月19日(Wed)]

NHKが悪魔のささやき?

◆おととい(2017.4.17)夜のNHK「時論公論」、出石直解説委員の「緊迫・朝鮮半島情勢」を視て肝をつぶした。次のような一節があったからだ。

《アメリカと中国の間ではこんなやりとりも交わされているのではないでしょうか。
「北朝鮮が核武装すれば、やがて韓国も日本も核兵器を持とうとするかも知れない。北朝鮮、韓国、そして日本までもが核武装する東アジアと、中国だけが核保有を許される状況と、どちらが中国の国益にかなうか」。
いささか乱暴ではありますが、大国、中国を本気にさせるにはこの種の議論も必要になってくるのかも知れません。》

★4月17日23:55~オン・エア「緊迫朝鮮半島情勢」(時論公論)出石直解説委員
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/268348.html


◆その前の部分では次のように冷静な意見を述べていた。
二つを付き合わせれば落差がありすぎることに驚かざるを得ない。

《核施設への空爆は、クリントン政権時代の1994年に検討されたことがありますが、当時と今とでは状況が大きく異なります。北朝鮮は5回の核実験を重ね、ミサイルも発射準備を悟られずに移動式の発射台から一度に複数を発射できる技術を手にしています。北朝鮮の反撃能力は格段に高まっており、韓国や日本が受けるであろう被害と影響は当時と較べものになりません。
先制攻撃を含めた軍事的オプションをちらつかせることで交渉力を高めることと、実際に軍事力を行使することを、私たちは混同してはならないと思います。軍事的衝突が最悪のシナリオであることは、アメリカも北朝鮮も十分理解しているはずです。
ここは事態を冷静に捉えるべきではないでしょうか。》


◆このように述べていながら、米・中がオフレコで交わしているかもしれない取引を想像してみているのだ。北朝鮮の暴走を阻むためにアメリカから中国に対してこうした戦略的なレトリックが用いられた可能性はゼロでないと想像はするが、論説は臆説ではない。想像自由な小説ではもちろん、ない。

ここで持ちかけた話とは《韓国や日本までもが核を持ったら、中国はどうなりますかい?中国だけが核を持ってニラミを利かせる状態の方がお国にとってプラスでしょう?》という悪魔のささやきにほかならない。アメリカから中国に対して、というよりは、むしろそれ以外の国に対して聞こえよがしの。

◆出石解説委員がこう想像する根拠が実在するかはわからない。
根拠がないなら妄想・デマの類いということになる。《いささか乱暴》どころではない。
アメリカや中国から直接であれ間接的であれ独自情報を得ての話とは思えない。
とすると、残る情報源は官邸筋からの何らかの示唆に基づくと推測するしかない。
政府の示唆が根拠あるかどうかは検証できまい。
一方からの不確かな情報やほのめかしに基づいてNHKが危機感をあおっていることになる。
つまりは、政府による情報操作の先兵を勤めていることにほかならない。
「仕方なしにではなく」、無論、「結果として」、でもなく、「自らの意志として」、である。

上述した前段部分で《北朝鮮とアメリカに対して事態を冷静に捉えるべき》、と訴えたことと全く矛盾した論の述べ方といわざるを得ない。
理性に訴えるよりは、疑心暗鬼にさせて不測の事態の誘発を促すかのようですらある。よって「悪魔のささやき」と評した。

不真面目な宣伝省はごめんだ

◆矛盾に頓着しない理由はただ一つ、知的不真面目さということに尽きる。
解説委員なら、私たちが知り得ているものとはケタ違いの情報量を把握しているはずだが、それを危機打開のために用いるのでなく、逆に不安をあおる結果をもたらす。それは情報の誤った活用でしかない。
根拠を示さず「サリン搭載のミサイル」を言い放つ総理と何ら違いがないことになる。
ゆめ公共の電波を使って国民をミスリードしてはならない。
NHKが悪魔の憑依した宣伝省として妄想をまき散らすのではたまらない。
メディアは日本の政権与党の中に種火のように存在する核武装論支持層に対して、明確なNo!を突きつける言論の楯であらねばならない。それが唯一の被曝体験国として歩む倫理上の正道であるのは明らかではないか。


【補記】一部報道に、昨2016年11月17日、大統領就任を前にしてトランプ・タワーで行われた安倍・トランプ会談で、「日本は、トランプ次期大統領から日本による将来的な核武装の可能性を否定しないとする確約を得るなど、日本は米国から大きな譲歩を引き出させた形にもなったものと見られている。」という観測があった。
その後検証を行った報道があるかどうかつまびらかにしないが、かねて核武装への執着を隠さない政府・与党の人々がいる以上、取材の継続と理詰めの分析で事実を明らかにすることが被爆国のジャーナリズムの務めであることは何度でも確認すべきだ。

あおるな・あおられるな[2017年04月18日(Tue)]

170418イソシギDSCN0910-A.jpg
イソシギ。「夜来風雨の声」に桜もあらかた散ってしまった境川畔で。


*******

煽るな・煽られるな

◆マユにツバ付けるのを忘れた日本人に頭を冷やせとばかりに昨夜の雨はなかなかのものだった。
今日いちにち、厚木基地からの飛行機はあわただしさを演出していた。
T大統領やA首相によって仕組まれた危機を、TVももっともらしい情報で飾り付ける。

◆13日の参院外交防衛委員会で、首相が北朝鮮のミサイル問題について「サリンを弾頭に付けて着弾させる能力を保有している可能性がある」と答弁したのに驚いたが、17日の衆院決算行政監視委員会では朝鮮半島有事の際の難民流入について検討していることを述べた。18日には稲田防衛大臣が有事の際の自衛隊による在韓邦人保護について言及した。
その前にやるべきことがあるだろう。現在韓国にいる邦人および国民全体の不安を取り除く説明と、軽挙妄動・流言飛語を助長しないための沈着で理性的な語りかけが必要なはず。
ところがやっていることはすべからく警戒心や敵対心をいたずらにあおる説明ばかり。
森友学園・加計学園問題を鎮静化させるために、注意を半島に向けさせる作戦だろう。
首相がデマの胴元をやってどうする。

アメリカとは一線を画した外交姿勢が必要なのに、アメリカに腕も足も絡め取られた姿勢で(もとい。自ら進んでしがみついているのだった。)緊張を高めることしか頭にはないようだ。

◆TVのワイドショーなども、国会議事堂に核搭載のミサイルが着弾したら被害はどれぐらいか、という仮定の話で不安を煽る。電波をアジテートに使ってはまずいだろう。

*******

南の島に獺(ウソ)およぐ?

◆米原子力空母「カール・ビンソン」が半島に接近、海上自衛隊も「訓練」参加で圧力を、という話が喧伝されていたが、今夜の毎日新聞報道によれば、カール・ビンソンははるか遠く南洋を航行中だったという話。
T大統領、米国防長官や海軍広報の舌先三寸に乗せられたということならば、TV解説者たちは勇み足を恥じ入る必要があろう。
「カール・ビンソン」「ロナルド・レーガン」(母港横須賀で整備中とか)「ニミッツ」の3つの空母打撃群が北に対峙する図を示して説明していた局もあったぐらいだ。

米空母:南洋を航行  北朝鮮の「太陽節」式典当時
https://mainichi.jp/articles/20170419/k00/00m/030/111000c

【ワシントン会川晴之】米海軍は17日までに、原子力空母「カール・ビンソン」がインドネシア近海を15日に航行している写真を公表した。トランプ米大統領は12日放映の米テレビで「大艦隊を派遣した」と述べるなど、核・ミサイル開発を加速する北朝鮮をけん制するため、朝鮮半島近海に派遣中と見られていた。だが現実には、平壌で故金日成(キム・イルソン)主席の生誕記念日「太陽節」の式典があった15日には、はるか南方を航行していたことになる。
海軍が公表した写真は、空母がインドネシアのスマトラ島とジャワ島の間にあるスンダ海峡を航行中のもの。米軍は「カール・ビンソン」を中心とする空母打撃群は8日にシンガポールを出航、当初のオーストラリアでの演習を取りやめ、朝鮮半島を含む西太平洋海域に展開中と発表していた。
 米軍事専門紙「ディフェンス・ニューズ(電子版)」は17日、空母は15日時点で「朝鮮半島から5600キロ離れている」と伝えた。同紙によると米海軍は、25日の朝鮮人民軍創建記念日前後には、朝鮮半島近海に展開する可能性を否定しなかった。


大臣は頭を働かせないと[2017年04月17日(Mon)]

DSCN0854-a.jpg
一本の木に紅・白+桃色の花を付けるハナモモ。けっこうあちこちで同種のものを目にする。
江戸時代にはすでに作られていたというから、ハイブリッドは昔からお家芸ということか。
東俣野にて。

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暴言撤回は当然だ

山本幸三・地方創生担当相が「学芸員はがん」発言を取り消した。
発言撤回は当然のことだが、改めて「綸言汗のごとし」の戒めを思い出して辞任するのが相当だろう。

16日のインタビューを確認した。
記者は滋賀県におけるインバウンド観光について質問したのだが、山本大臣の話はお隣・京都の二条城の話、さらにロンドンの話に広がっている。自身が聞きかじった話をつなぎ合わせているに過ぎない。

★山本幸三大臣の発言;(4月16日、大津市で講演後の囲み取材のニュースの前半だけを当方で文字起こしした。)
〈例えば二条城でも、大政奉還の時のパフォーマンスをやったらいいじゃないかとアイデアを出しても、そんなものはいりませんよと。
あるいは花を生けたりお茶をやって、当時の生活を見せたりすることの方がインバウンドの海外の人たちなんかは非常に興味を持たれるんだけど、そんなことをやったら文化財が大変なことになる、と言って全部反対するんですね、学芸員の人たちは。今までそうでした。
そういうことで学芸員だけの文化財になっていると。〉


◆いくつか確認したい点があったので、名指しされた格好の二条城に電話してみたが、取材が集中しているのか、話し中でつながらず。しかし、夕方までの記事で疑問の一つは氷解した。

【毎日新聞】4月17日 12時49分(最終更新 4月17日 14時45分)
山本担当相発言 現場の学芸員「事実誤認」「理解ない」
https://mainichi.jp/articles/20170417/k00/00e/040/233000c
山本幸三地方創生担当相の「学芸員はがん」発言に対し、名指しされた京都市・二条城の関係者、関西の学芸員から疑問や批判が相次いだ。
昨年10月のイベントでは国宝・二の丸御殿の大広間や黒書院などで能や生け花が実演されており、久野課長は「そもそも担当相が二条城に来られたわけでもなく、さまざまな報告を読んで勝手に間違ったイメージを作っているのでは」と疑問を呈した。
関西地方の文化施設で展示などを担当する30代男性は「文化財を守り伝える学芸員の使命や現場への理解がないのか。観光部門との連携は必要だが、私たちがそこに注力するのは専門領域を越える」と話す。(後略)


◆二条城と大臣側との直接のやりとりがあったのかが、確認したかった点の一つ。
記事は、現場の声を伝えることで、大臣発言に対する反証になっている。

◆もう一つは、二条城・大政奉還の場面、具体的にはどんなやりとりが二条城で展開したのか、ということを知りたかった。大臣が所望するようにパフォーマンスで再現するとしたら、どういう場面になるだろうか、ということだ。

ここで大政奉還の決意が固められたあと、天皇に伝えに使者が内裏に赴き、上表が受理されたことをもって完結となるわけだろう。すると二条城で行われたのはアアだコウだと情勢分析→思案・相談→決定までということになろうが、それを限られた見学時間で、見学の流れを滞らせることもなく演目として仕立てられるだろうか?とても至難のワザに思える。第一、サマになるとは思えない。

◆大政奉還をめぐっては150年の節目ということもあり、京都市の「大政奉還150周年記念プロジェクト」というサイトが開設されている。トップページは二条城二の丸御殿大広間で徳川慶喜に拝謁する群臣たちを人形で再現した写真だ。
http://www.taiseihokan150.jp/

これを生身の人間が演じるとして、さてどんなやりとりになるのか。
動きの乏しいこの場面が果たして歴史的ワンショットということになるのか。

日本史事典は、〈大政奉還は土佐・安芸の両藩が慶喜に建白、慶喜はこれを受けて上表(政権返還を上奏=天皇に申し上げる)〉と説明する。二の丸御殿大広間の写真は慶喜がこれを決断した場面ということになるのだろう。

だが、実際にはさまざまな勢力が入り乱れて動いていた。
大政奉還と同時に倒幕の密勅というのが画策され、大政奉還と同じ日に薩長両藩主に下されている。そうした激動をこのシーンは伝えていると言えるかどうか。
ドラマならこのワンカットを挿入し、ついで慶喜の苦渋の表情を大写しにするということかも知れないが、これが歴史転換のクライマックスということではない。

そもそも、この情景を再現して観光客に見せることに何の意味があるだろう。
学芸員たちが裃を着てじっと拝謁する姿を見せられたところで、申し訳ないが感興がわくはずはない。
役者を起用するとしたら、どんなセリフや所作を披露させようというのだろう。仮に良く出来た脚本で名演を繰り広げたとしても、芝居小屋でない場所で見物しやすい位置など限られている。お客の大半は役者の殆ど動きのない背中を見せられて終わりだ。
大臣の想像力は現実感がない。

◆いったいこうした場所でのパフォーマンスといったところで、何がふさわしいのか。
大臣が例として挙げたお茶や生け花などというのも当たり前すぎて、わざわざここで持ち出すことか?気が利いたアイデアと思えないばかりか、定番メニューを用意すれば満足させられると客人をナメてかかっている感じさえする。

◆これが古代をテーマにする博物館だったら、貫頭衣や獣の毛皮を身につけてパフォーマンスを披露せよ、という話になるのだろうか?
まさか。

◆歴史的遺産を効果的に見せたいというなら、例のVR(ヴァーチャル・リアリティ)をその場所で体験出来るようにすればいいだけの話ではないか。スマホをかざせば、歴史上の人物が、名前や役回りのクレジット付きでその空間を動く。人物をチェックしておけば、それからどんな生涯を送るのか、あとでじっくり調べられる。セリフや解説はどの言語にも対応。関連グッズのオススメもしてくれて……。
ただし、静かにそこで過去に思いをめぐらしたい見学者もいるわけなので、その邪魔にならないような楽しみ方で。

◆さて、誰がそのプログラムを作るのか?
先の毎日新聞記事でさる展示担当職員のコメントが参考になる。
「学問は人に見てもらい、広げないと意味がないが、観光は学芸員だけでなく皆でやる仕事」
当然のことだ。そのための予算も人もしっかり付けてもらいたい。


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