火星人と呼ばれて[2006年10月06日(金)]
「男は火星人女は金星人 by ジョン・グレイ」という本を読んだとき、私は長年の謎が解けたような気がした。
男と女の間にある理解できない溝というのは、思考パターンと反応の違いだと本書で説明していたが、まさにそうだと思う。
いわく、女性のほうは会話コミュニケーションそのものを重要視しており、答えの出ないループのような会話でも、ちゃんと会話が成り立っている。
ところが、男はその会話はなんのためにするのか、求められているものはなんなのか、事前に知っておかないと、スムーズに会話ができない。
これは、いわゆる男脳と女脳の違いというのだが、この男脳と女脳は、実際の性別と一致しないこともあるという。
うちの場合は、まさにそうだ。
私はかねがね思っていたけれど、ペルー人というか、南米系の男どもは、あきらかに言葉によるコミュニケーションを望む人たちではないだろうか。
本書には、こんなことも書いてある
火星人=男] 現実的でプライドが高く、常に高い評価を望む。
[金星人=女] 感情的で優しい言葉やスキンシップを求める。
スペイン語は、金星人にふさわしい言語かもしれないと、やはり確信する。
今日もまた会話コミュニケーションの行き違いから、つまらないことでもめた。
彼がやっている翻訳のことで、私になにかを聞きいてきたのだが、
「ここにある会社の名前は(英語表記)は、このままにするのか?」
「株式会社ということがわからないとだめだけれど、英語表記のままで(co.,Ltd)で、スペイン語圏でわかる?」と私は答えた。
「名前は、名前に決まっている!なんでスペイン語表記なんだ!」
だから、私が聞きたいのは、○○株式会社という日本語名は、オリジナルでそれを英語表記にしているのだから、それをスペイン語圏で読んでもらうときに、どうかと聞いているのだ。
彼は、まるで「こんな英語は、おかしい!なぜ自分がスペイン語にする必要があるのか!」とあらぬ方向に会話がいった。
私はあなたのコメントに反論をしているのではなく、確認しただけ。
つまり・・・
英語表記のままでも、株式会社だと理解してもらえるのか。
スペイン語圏では、一般的に海外の会社名はどうしているのか。
しごく当たり前のことだと思う。
さらに、翻訳会社では、英語表記を正確に直訳してほしいのではなく、スペイン語を母国語としている会社で、この書類が理解してもらえること。
なぜ、わがペルー人は、こういうロジックが働かないのか、なぞのままだ。
どちらがどうであるのかと議論するときに、どちらが正しいのか競いあうのではなく、建設的な話し合いをしたいのだ。
もっている材料を出し合って、最終的に合意できればいい。
ところが、わがペルー人。
理屈のスジがいまひとつナゾなのだ。
なにかをたずねると、その裏にあるものを探ろうとする。
考える前に感情が先にくる。
お前は、ものを知らぬ子供かといいたくなるのだ。
「ああいえば、こういう」話の負けが見えてくると、お前のかあちゃんデベソだと不毛なことを叫ぶ子どものようだ。
ものごとは、ストレートに話すのだ。
命題は、はっきりと。
目的をもった会話をしてくれ!
感覚で話すな、根拠をもって会話しろ!
思わず飲み込んだ言葉の数々
これは、性格の違いととったほうがよいのか、
それとも文化的な影響なのか。
今もってなぞだ。
男と女の間にある理解できない溝というのは、思考パターンと反応の違いだと本書で説明していたが、まさにそうだと思う。
いわく、女性のほうは会話コミュニケーションそのものを重要視しており、答えの出ないループのような会話でも、ちゃんと会話が成り立っている。
ところが、男はその会話はなんのためにするのか、求められているものはなんなのか、事前に知っておかないと、スムーズに会話ができない。
これは、いわゆる男脳と女脳の違いというのだが、この男脳と女脳は、実際の性別と一致しないこともあるという。
うちの場合は、まさにそうだ。
私はかねがね思っていたけれど、ペルー人というか、南米系の男どもは、あきらかに言葉によるコミュニケーションを望む人たちではないだろうか。
本書には、こんなことも書いてある
火星人=男] 現実的でプライドが高く、常に高い評価を望む。
[金星人=女] 感情的で優しい言葉やスキンシップを求める。
スペイン語は、金星人にふさわしい言語かもしれないと、やはり確信する。
今日もまた会話コミュニケーションの行き違いから、つまらないことでもめた。
彼がやっている翻訳のことで、私になにかを聞きいてきたのだが、
「ここにある会社の名前は(英語表記)は、このままにするのか?」
「株式会社ということがわからないとだめだけれど、英語表記のままで(co.,Ltd)で、スペイン語圏でわかる?」と私は答えた。
「名前は、名前に決まっている!なんでスペイン語表記なんだ!」
だから、私が聞きたいのは、○○株式会社という日本語名は、オリジナルでそれを英語表記にしているのだから、それをスペイン語圏で読んでもらうときに、どうかと聞いているのだ。
彼は、まるで「こんな英語は、おかしい!なぜ自分がスペイン語にする必要があるのか!」とあらぬ方向に会話がいった。
私はあなたのコメントに反論をしているのではなく、確認しただけ。
つまり・・・
英語表記のままでも、株式会社だと理解してもらえるのか。
スペイン語圏では、一般的に海外の会社名はどうしているのか。
しごく当たり前のことだと思う。
さらに、翻訳会社では、英語表記を正確に直訳してほしいのではなく、スペイン語を母国語としている会社で、この書類が理解してもらえること。
なぜ、わがペルー人は、こういうロジックが働かないのか、なぞのままだ。
どちらがどうであるのかと議論するときに、どちらが正しいのか競いあうのではなく、建設的な話し合いをしたいのだ。
もっている材料を出し合って、最終的に合意できればいい。
ところが、わがペルー人。
理屈のスジがいまひとつナゾなのだ。
なにかをたずねると、その裏にあるものを探ろうとする。
考える前に感情が先にくる。
お前は、ものを知らぬ子供かといいたくなるのだ。
「ああいえば、こういう」話の負けが見えてくると、お前のかあちゃんデベソだと不毛なことを叫ぶ子どものようだ。
ものごとは、ストレートに話すのだ。
命題は、はっきりと。
目的をもった会話をしてくれ!
感覚で話すな、根拠をもって会話しろ!
思わず飲み込んだ言葉の数々
これは、性格の違いととったほうがよいのか、
それとも文化的な影響なのか。
今もってなぞだ。



