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ペルーちゃんぷるー
日系ペルー人と私のちゃんぷるな毎日を書いています。
沖縄のこと、ペルーのこと。不定期更新です。

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FOODEX記[2007年03月21日(水)]
三寒四温というけれど、このところ寒い日ばかりが続いている。
土日は、久しぶりに一日中寝て過ごしていた。どうもおかしいなと思っていたら風邪をひいたようだった。
とにかく、花粉症なので、鼻水がでていてもそれが風邪のせいか、花粉のせいかよくわからないでいる。

そんな中、幕張で開かれたFOODEXへ。
FOODEXに初めて行ったのは、7年くらい前だったか。
商社に勤めている友人からチケットをもらって、出向いてみたらすっかり虜になってしまった。
とにかく、国内外からこれはという食品が目白押し。
本来は、業者同士の商談の場。私の狙いは試食でした。
面白いのは、やはり海外。イタリアやスペインのヨーロッパ勢もいいけれど、インド、メキシコもブースが大きくて面白い。

今回は、ペルーも出展しているというので楽しみにしていった。
ペルーは、ピスコや、マカ、アンデスバナナ等がいろいろ展示。
私の心を奪ったのは、ペルー製のパネトーン。
おなじみのパネトーンよりも、甘さが抑え気味のうえ、もっとしっとりした味わいだった。



今回は、ペルー輸出委員会(PROMPEX)からジェサミ・アチネリさん(写真右)もやってきて、ペルーの製品をしっかりPRしていた。思うに、ペルーの農産物やほかの食料品は、本当に質が高い。しかし、問題点は、日本でのマーケティングとPRが十分でないこと。

個人的な意見を言えば、フジモリ問題で対日本との関係を反故にしていた、前トレド政権の影響か、この失われた6年が影響しているのだと思う。

今日本にきているマカやヤーコンは、前ペルー駐日大使のビクトル・アリトミ氏の働きだ。時代が変わり、アラン・ガルシア政権は、日本からの支援を求めている。
これを証明するかのように、今年はペルーも日本向けに食品と観光を目玉にしているのだ。
観光は、なんといっても団塊世代の誘致。新しい遺跡の発掘もそうだが、日本人が求めている観光ルートの開拓も余念がない。
どれだけ、ペルーが日本人マーケットに熱心かは、度々ペルー大使館で開かれている、旅行業者向けのレセプションでもわかる。

残念ながら、FOODEXでは、コロンビアの成功が華々しく、ペルーサイドが、アピールが少々弱かった。
コロンビアブースでは、コロンビア美人が、フレッシュジュースを振舞、商品のPRも上手かった。
しかし、紹介しているポテトやコーン、カモテ、パパイヤはペルー産。ペルーで収穫したものをコロンビアに持ってきて、加工し輸出しているのだった。

今回は、海外エリアだけを見ていたので、国内はパス。
国の数だけビジネス習慣があるなと改めて思った。最終日は4時半に御仕舞となる。
韓国や台湾ブースは、時間ぎりぎりまで営業。イタリア・スペインは、3時半過ぎたらすでにお片付けモード。
スペインエリアでは、生ハムをスライスせずに、もうブロックでどっさりと出してくれた。
それを肴に、ワインを開けて飲んでいるのは、客よりもブーススタッフだった。
イタリアエリアも、そこはもう宴の場。

キャビアをてんこもりという、生まれて初めての経験をし、しっかりと胃袋で国際交流をした一日だった。




ペルー領事館移転という話し[2006年07月22日(土)]
在日ペルー人にとって、各種手続きの窓口になっているペルー領事館は、日本に来たら欠かせない存在だ。

ところが、今、ペルー領事館では移転問題が持ち上がっている。
領事館が入っているビルは、一つの会社がオーナーで自社ビルとして使っていたのだが、諸事情によりテナントを募集することになった。
もともと1997年までは、ペルー大使館の中にオフィスを構えていたのだが、近所住民とのトラブル、また在日ペルー人増加に伴う業務拡張のために、別にオフィスを構えることになった。
そこで、五反田というビジネス街にある手ごろなビルに入居したわけだ。

このビルには、ブラジル領事館や、ラテン系のコンビニエンスストアーKYOUDAIが入っていたり、南米出身の人には、とても便利がよくできていた。
しかし、ビルには、一般の日本企業も多くある。
今回移転しなくてはいけない理由というのが、領事館に訪れるペルー人のマナーの悪さも大きな原因になっているというのには、聞き捨てならない。
ただ、残念ながら、こういうった問題が起きてもおかしくないかもしれないと思うのだ。

なぜ問題が起きてしまうのか?
領事館に行くと、すぐに用が済む人ばかりではなく、場合によっては長時間またされれることになる。この待っている人たちのマナーの悪さによる他のフロアーからの苦情。
さらに、昨年11月にチリへ行ってしまった、前ペルー大統領アルベルト・フジモリ氏がペルー領事館に現れ、パスポート取得したことで、日本のメディアが殺到。
ペルー領事館では、この場所で記者会見を開くことになった。
これもまた、他のテナントからの苦情につながる。
冷静に考えなくても、平和なオフィスビルに、なにかよくわからない記者達が、カメラだなんだと集まってくるだけでストレスになる。
また、反フジモリの人間が、このビルになにもしないという保証は、昨今の状況から断言できない。
こんな声を管理会社が黙っているわけにはいかないのだ。

しかし、一番の問題は、待っているペルー人が起こすマナー違反にはかわらない。
・待つのに飽きた子供が、エレベーターで遊んでしまう
・食べたあとのゴミをあちらこちらに捨てていく
・設置されている灰皿に、タバコ以外のものを捨てる
・トイレにオムツを置いていく
・トイレ内での猥褻行為(カップル限定)
・他のオフィスフロアーへの立ち入り
・騒音

遠くから来なくてはいけない事情、長く待たされることを考えると同情できなくもないが、もし一人ひとりが、公共マナーを考えてくれていたら防げることは多いと思う。
私もダンナのお供で領事館に行くと、前述の状況のいくつかには絶対遭遇する。
特にエレベーターで遊んでいる子供を見る。エレベーターでの事故が続いているだけに、もし事が起きたとき、管理者の責任問題になることを考えると、「めんどうみきれないよ」という言い分は理解できる。

私も以前は、あんまりにも遅い手続きに、うんざりしたことがあった。このためだけに上京したんくてはいけない人にとっては、丸一日潰れてしまう。
それと、これとは別問題だ。
領事館のスタッフが十分でないことと、手続きの煩雑さがあることはある意味同情もするし、ペルー政府の体質問題だと言える。

こんなことがあった。
ペルー大使館の中にオフィスがあったとき、驚くべき行動に出たペルー人がいた。
近隣に興味がわいたのか、あるお屋敷に出向いていってトイレを貸してほしいと言ったのだ。
そのお屋敷とは、某ロイヤルファミリーの系列の方のもので、警備が仰天したのは他でもない。それも、一人や二人ではなかった。
知らなかったとはいえ、一歩間違えば外交問題に発展してもおかしくはない。

ペルーは、南米の中で一番最初に日本と国交を結んだ縁のある国だという。
ペルー領事館が、移転せざる終えないとなれば、大変な出費もかかるうえに、業務を一時的にストップしなくてはいけない状況にもなるのだ。
こういった、領事館の不必要な移転は、ひいては在日ペルー人の不利になる。

ペルーの選挙のとき私はこんな経験をした。
選挙日は、ビルの1階にある普段の出入り口は封鎖され、裏の通用門のようなところ使わなくてはいけなかった。
エレベーターから降りたとき、うっかりそちらに体が向いてしまったら、立っていたガードマンのおじさんにこっぴどく怒られたことがある。
私達が日本語を理解しないと思ったのか、「ダメダメ!」と叫ばれたあと、子供がしかられるような扱いを受けた。
いつもならば、腹も立つが、たぶんそう言ってしまいたいくらいの気持ちだったのかもしれないと思った。

まあ、日本人が総じてマナーがよいとは思わないが、正直こういったペルー人の話しに驚かなくなってしまった。
以前にペルー独立記念のパーティに行った時、私はすごいものを見た。
30代くらいのsenoraが、トイレでせっせと、トイレットペーパーをカバンに詰め込んでいたのだ。彼女の偽ヴィトンのショッピングバックには、トイレットペーパーがぎっしりだった。
あれが、お土産なのかなと一緒にいった友人と唖然としたことがある。

パートナーの国の人を悪くいうのは、嫌だが、日本人社会で生きていくために、マナーと公共意識は日本人にあわせたほうがいいと思う。
その点を理解してもらわないと、不必要な外国人差別を生むことに繋がると、私は心配している。
ペルー料理フェア試食会[2006年07月09日(日)]
■7月6日ペルー大使館にて、7月28日からヒルトン東京で開かれる「ペルー料理フェア」にさきがけ、メディア向けのペルー料理試食会が開かれました。
会場では、ペルー料理の特徴や代表的な料理の紹介、ピスコを使ったカクテルの実演が行われた他、ペルーから特別に取り寄せられた食材によって、本格的なペルー料理が用意されました。

すべてペルー料理の特徴である、素材の味わいを生かしながらスパイスが生み出すハーモニーを存分に楽しめるものばかり。
セビーチェ、ティラディート、カウサ、ロモサルタード、アヒ・デ・ガジーナ、アロス・コン・パト、ロコト・レジェーナ、チュペ・デ・カマローネス、アンティクーチョ、タマル・ベルデ、チチャロン・デ・チャンチョ、セコ・デ・レス、オジュキート・コン・カルネ、カウ・カウ、パパ・ア・ラ・ウアンカイーナ、パパ・レジェーナ、プルポ・アル・オリー、カラプクラ等、ペルー料理がはじめての日本人客も、その魅力的な匂いの虜になるのには時間がかかりません。

■在日ペルー・バルトラ公使の挨拶は、とても興味深いものでした。
ペルー料理フェスティバルが開催される7月28日は、ペルーの独立記念日です。今年は独立185年。記念すべきこの年に、ペルー料理のためのフェアが開かれるということは、日本とペルーの新しい交流に期待できます。
バルトラ公使は、ペルー料理における日本人のかかわりについて、エピソードを紹介しました。ペルーでは、もともと魚介類をレモンやアヒを使って食べるセビーチェがありましたが、日本から移民してきた人たちは、ペルーの魚介類をもっと日本風に楽しむ料理を作り出したそうです。それが「ティラディード(Tiradito)」と呼ばれる白身魚をスライスしたマリネです。これは、アヒの辛味を生かしながらも、もっとシンプルに魚の味と香りを楽しむことができる料理です。

■残念ながら、美食の宝庫ペルー料理は、日本において認知度が高くありません。ペルー料理の中には、ペルーでしか手に入れることができない食材がたくさん使われているので、すべてを再現することはできませんが、日本人にとって、一度食べたらその深みのある味わいは、きっと夢中になるものにちがいないでしょう。

■家のペルー人の好物がこれ「カウサ」です。マッシュポテトと鳥肉、アボガドを使ったマッシュポテトサラダですが、クリーミーなマッシュポテトとアボガドのコクのあるアクセントが贅沢なお料理です。メインのお料理ではありませんが、ボリュームがたっぷりなので、結構おなかがいっぱいになってしまいます。
こんな機会は、そうそうあるものではないので、私は一つ一つじっくり味わってみました。
私が作るカウサは、この滑らかさがたりないようで、ポテト、鶏肉、アボガドの味が分離していたのだとわかりました。
なるほど、おいしさの秘訣はこの混然した材料の調和なのかもしれません。

デザートも素晴らしくおいしいものでした。家でもよく作る「マサモーラ・モラーダ」をはじめ、「リマ娘のため息という名前の「ススピーロ・ア・ラ・リメーニャ」。これは激甘のクリームです。それから、チリモージャのアイスクリーム、ルクマのムース等を食べました。
チリモージャは、キュウイのような香りのフルーツで、濃厚な味がします。

美味しい食事というのは、本当に人を幸せにしてくれます。
私は、初めて「ロコト・レジェーナ」を食べたのですが、その前に飲んだピスコに火がついたように体中が熱くなりました。
アヒの辛さと香りが肉に移って抜群に美味しいものでしたが、食べ過ぎてちょっと後悔。

最後にペルー産のコーヒーをいただき、家路に着きました。
ヒルトンで開かれるペルー料理フェアが、本当に楽しみです。しかし、問題が少し。
拡大する一方の私の体重を、このフェアで加速がつかないようにどう管理するか・・・
欲望に負けています。
ペルー料理フェア追加情報[2006年07月05日(水)]
7月28日からヒルトン東京で開かれる「ペルー料理フェア」には、ペルーから3人のゲストシェフがやってくる。
左から「Diego Oka氏」「Esteban Kasuga.氏」「Yaquir Sato 氏」いずれも日系ペルー人だ。
Yaquir Sato氏の父Humberto Sato氏は、ペルーで有名なシーフードレストラン”Costanera 700”のオーナーで、ペルーのシーフード料理をより洗練させた調理人として、広く知られている。
アルベルト・フジモリ氏も、お気に入りだったというこのお店は、グルメな人たちの舌も虜にした。

参考記事

ペルーは、山のものも豊富だが、海のものも素晴らしくおいしい。日本国内で消費されている海産物の中には、結構ペルーから輸入されているものも多くある。
例えば日本人の好きなアナゴ。ペルーのものは、脂も乗っていて味がいいことから日本の市場でも広く出回っているのだ。
ただし、ペルー人は食べる習慣がないものらしい。犬も食べないと知り合いのペルー人が笑って教えてくれた。

私はうなぎは苦手だけれど、アナゴの白焼きをわさびで食べるのは好きだ。
ペルーらしいシーフード料理といえば、「セビーチェ」というシーフードのマリネかもしれない。
新鮮な白身魚と海老、タコや貝類などを入れて、レモンとアヒ、にんにくで味付けをする。
そこに、コリアンダーをたっぷりと混ぜれば完成。
醤油とわさびで魚介類を食べなれた日本人にも、セビーチェは、とても美味しく感じると思う。
しかし、残念なことに、このシンプルな料理は、素材の味とレモンの味が決めてとなるのだ。

ペルーのレモンは、日本のカボスのような形で、小さいながらもとても香りが強い。
自宅で自己流セビーチェを作るときは、黄色いレモンを使っているが、セビーチェのまろやかさがやはり違う。
あのペルーのレモンがないと、シーフードの味が絞まらないものになるようだ。

セビーチェには、カモテ(サツマイモ)とチョクロ(ジャイアントコーン)を入れるのが普通。漬け汁は、別名「トラのミルク」と呼ばれるもので、二日酔いの朝にも効果テキメン。夜に汁ごとセビーチェを食べれば、子トラの男性も大トラに変身(らしい・・)。

猛獣使いは、女の特技?(笑)
ペルー料理フェア[2006年07月03日(月)]
ペルーは食材の宝庫であり、スペインやイタリア、アフリカ、日本、中国の料理方法とネイティブな料理が融合しあい、独特な食文化を作っている。ペルー料理の特徴は、食材を生かすスパイスとのハーモニーだ。また、ペルー料理に欠かせないアヒ(唐辛子)は、様々な種類があり、香り、味ともに際立って美味しい。 日本国内でも、ペルーの調味料や食材を手にいれることができる。うちでもよく作るのは、コリアンダーペーストを使った緑のシチュー「セコ」、黄色いアヒを使ったチーズのシチュー「アヒ・デ・ガジーナ」、フライドポテトと鶏肉、もしくは牛肉トマトをいためて醤油とお酢、クミンで味付けをした「ポヨ・サルタード」「ロモ・サルタード」。これらは、お袋の味みたいな感じで食べている 都内にもペルー料理店があって、それぞれのお店の味付けを楽しみことができるのだが、今年の夏、7月28日から8月6日、新宿にあるヒルトン東京で、ペルー料理と文化のフェスティバルが行われる。ビュッフェ形式で、ペルー料理を食べることができるので、いろいろなものを食べてみたい人にはぴったりだ。
ヒルトン東京はこちら
人質127日[2006年06月26日(月)]
ペルーの大統領選も終わり、アラン・ガルシア大統領の誕生が決定した。 サヨク化路線が強くなった南アメリカにあって、彼がどのような手腕を振るうのか、その行方が気になる。 ペルーのハイパーインフレを引き起こした張本人とされているが、さすがにアプラ党、老舗の力はバカにならない。 彼を評価すべき点は、大統領決定後日本大使館への表敬訪問を行ったことだ。 また、チリに対して、フジモリ元大統領の裁判がペルーの政治的な圧力で影響を受けないように陳情している。
今回の選挙では、ケイコ議員を含めて、13議席を確保することができた。 フジモリ元大統領の立候補は間に合わなかったが、新しいフジモリ派に期待したい。
さて、週末に「人質127日」という本を読んだ。これは、ペルー日本大使館公邸占拠事件で、実際に人質になった斉藤慶一さんという方が書いた本だ。 一流商社マンとしての経験と訓練のせいか、事件の発生から開放まで、大変興味深く書かれている。
今さらと思う向きもあるが、当時ではなく新たな日本とペルーの関係が作られていく今に、ぜひ読んでみたほうがよいと思った。
本書は、誰に対して批判をするのではなく、誰かを擁護する書き方もしていない。大変巧みな筆力で、事実を記する秀逸なドキュメントに仕上がっている。 私が意外に思ったのは、占拠したMRTAは、日本政府とフジモリ政権が関係を利用して、ペルーの利益をむさぼっていると主張していたのに対して、現地で指揮する主管クラスの彼をして、ペルーへの外国資本における直接投資のうち、日本企業は全体の1%にも満たなかったということだ。
また、自由経済主義を掲げたフジモリ政権下では、日本企業は特別な優遇を受けていなかった。さらに、過去日本企業がペルーに対して行った貸付金に対して、滞留債権となり、損失状態だったのだ。
会社間の思案、大使館を初めとする日本政府側と、民間人である日本人ビジネスマン、それぞれの立場で、事件のフレームが違ってくるだろう。 本書にもあったが、人が拘束されて普通の精神状態を保つのは難しい。それでも、小さな娯楽や笑いを作り出すことで、耐えることができるのだという。 手ごろに読めるものでありながら、中身の濃い一冊だった。

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