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ペルーちゃんぷるー
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おじさんが亡くなった[2007年07月25日(水)]
家のペルー人のおじさんは、一人を除いてみんな日本で暮らしている。
最初の日系人の出稼ぎ世代で、父親を早くに亡くした彼にしてみるとおじさんたちは、父親のかわりもしてくれたという。
サッカーを一緒に見に行ってくれたおじさんや、学費を送ってくれたおじさん。
中でも、特にお世話になったおじさんが先週亡くなってしまった。

彼が日本に来たころ心臓発作を起こし、その後脳梗塞も患ってしまい仕事をすることができなくなっていた。特にこの数年はとても辛そうだった。
今年のお正月にみんなでお見舞いに出かけた。かわいがっていた家のペルー人やその兄弟を見て子供のように泣いていた。
脳梗塞の影響で、口を開くのが難しいためか、感情が涙になってあふれてくる。

おじさんは、すでに60過ぎだが、子供はまだ小さい。
12歳の女の子だ。
家のペルー人は、彼女のゴットファーザーになる。
彼がなぜこんなに結婚が遅かったかというと、日本人や日系人の結婚以外は認めてもらえなかったので、両親が亡くなってからの結婚になったからだと前に聞かされた。

本当は具合が悪いと聞いていたので、先週お見舞いに行かなくてはと話していたのだ。
しかし、今の仕事が休みを取るのが難しい上、入管のことやそのほか選挙関係と時間をやりくりすることが難しかった。
週末、奇跡的に元気を取り戻し、回復の兆しが見えていたのに、次の日そのまま帰天。
脳梗塞後も、ちゃんと薬を飲み機能回復に努めていれば、あんなにひどい状態にはならなかったとほかのおじさんが言っていたが、家族のお荷物になるのを苦にして、薬を隠し早く亡くなろうとしていたのだ。

12歳という幼い娘のことを思うと、子供の頃の自分と重なりとても悲しい。
ちょうど私の父親も、その年齢のころ病に倒れ、医師のアドバイスも聞かず飲酒をやめようとしなかった。
学校から帰ってくると、自宅で療養している父がいる。
音も形もないけれど家庭の中にある、未来の見えない不安、生活の不安。なによりもまだ保護が必要な自分の目の前で、父を頼ることはできない現実。
父は父で、家族のことや自分のことを悩みつらかったのだと思う。しかし、お酒をやめてもっと治療すればよくなるというのも聞かず、隠れてでもお酒を飲んでいた姿に、私は失望しか感じなかった。

それから、父親が本気で治療を始めようとした矢先、脳梗塞で倒れ、あっという間に老人のようになってしまった。
短い穏やかな日々の後、故郷に帰りその地で亡くなった。
私は、葬式もその前後もなにも覚えていない。亡くなる1ヶ月くらい前に会ったのが最後だった。

どれだけ多くの人に、かわいそうにとか、がんばってねとか声をかけられただろうか。
私は、そう声をかけてくれる人を心底憎んだ。
言葉だけだ。同情だけだ。誰も私の前に明かりもともしてはくれないし、なにも心配はないとは言ってはくれないではないか。
私はずっとがんばってきた。でも父は私の気持ちに答えてくれなかった。
そんな思いでいっぱいだった。

だから私はさびしくもないし、辛くもないのだと自分に言い聞かせていた。
もう私を悲しませるものもない。気持ちを裏切られる人もいない。
これからは、父親がいなくて幸せだと。
それは、泣くだけ泣いて父や私たちを忘れてしまう人たちへの反抗だと思っていた。

この年になると、親の気持ちもよくわかる。

今もし、あの頃の自分に会えたなら、未来は誰でも平等だと言ってあげたい。
父も母もあなたを愛していたのだと伝えてあげたい。
がんばってねという代わりに、いつも見守っているからと。

おじさんの残した娘は、家のペルー人のことをもう一人の父親のように思っていた。
それよりももっと特別な感情だったかもしれない。
でも、私という存在が現れて、彼女の心を曇らせてしまったことを私は感じていた。
それはだれのせいでもないけれど、自分の気持ちになぞらえると私にはわかる。

どうしてあげたらいいのか。
週末にお参りにのためおじさんのところへ行くことになっている。
幼い子供の気持ちを傷つけたくない。
そんな思いが、私自身一緒にいくことを躊躇しているのだ。

人の死は平等だ。
苦しみも痛みのない世界に行ったことが、悲しみではないことを理解している。
正直なところ、おじさんの妻と関係がうまくいっているのならばいいが、
もう何年もまえから崩れてしまっているので、残された母や子供とのことに明るい気持ちになれない。
特に、親族はそうだ。
第三者の私は、あの場でたった一人ぼっちの気持ちでいるかもしれない娘のことを考えて、
どんなにひどい妻だったと思っても、許してやることはできないかと思う。
ただひたすら、娘の幸せを願って腹立たしい気持ちを抑えながら、幸せを祈ることができないだろうか。

自分がなにをすべきなのか、ずっと考えているのだが答えがすっとでてこないのが悲しいのだ。
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