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暴力に支配されない [2010年05月10日(Mon)]
住民が安全に生活できるということは、平和な社会のための基本的な条件の一つですね。
今回は、かつて広島で、戦争にもある程度関係して、暴力によって市民が安心して暮らせない状況があったのに対し、市民的な努力がその改善に貢献したという事例を紹介します。

――原爆は、広島の街の破壊とともに社会の秩序もご破算にしました。いわゆる力の空白において新興の暴力的な組織が勢力争いをはじめ、広島は一種の無法状態になりました。広島に育ったレジャー・消費産業からの資金などによって組織は成長し、従って勢力争いも大きくなります。
以下は復興も一段落した昭和30年台後半の話です。

広島には多数のピストルが集まり(旧陸軍ものに加え、金に困った兵士など駐留軍から流れるものが最も多かったとのこと)、銃を使った抗争が多発し、時に一般市民が巻き込まれるなど、住民は安心な生活を送れず、警察も多大な労力を暴力対策のために注がなくてはならないという状況がありました。
(抗争が激しい時は、爆破事件さえ起こったとのことです。また、それがなくても、カープがナイターに勝利した夜でも、いつもなら繁華街に繰り出す祝杯組が影を潜めるという状況だったそうですから、これは野球観戦を日々の活力にしている人々にはたまらない、自由に行動できない良くない状況ですね。)

警察はもちろん取締りを強化するのですが、それを逃れて組織の勢力と資金を確保するための新たな手口が生まれ、市民が被害をこうむるといったいたちごっこ。しかし市民は報復を恐れて何もできないという状態が長く続きました。

そうした状況に対し、中国新聞社が改善を目指してキャンペーンを行います(「平和都市ヒロシマ」の実態がこれでいいのか、という思いもあったようですね)。それは、機械的に事件を報じるのみでなく、表面化しない犯罪や市民の現状の受け止め方など(行政や企業の事なかれ主義的な受け入れ方を含めて)を丹念に紹介し、暴力に対抗する、あるいは見過ごさない気運を全体的に高めるというものでした。

先述のようないたちごっこは続きながらも、徐々にキャンペーンが奏功したのか市民は泣き寝入りせず警察に協力するようになり、警察のさらなる取り締まり強化とあいまって暴力地図は縮小し始めます。取り締まりがうまくいくと市民の警察への信頼感も高まり、さらに協力が進む、また、新聞への投書も増えてさらに気運が高まる、警察も報道を世論と認めて報道活動を守るようになるという良い循環が生まれました。
そして実際に、組織の資金源となる活動を公共施設で行わせないなどの市民的な方法で、目に見える効果を生んでいったのだそうです。

【参考文献】

中国新聞社報道部『ある勇気の記録―凶器の下の取材ノート―』青春出版社、1965年(のち社会思想社「現代教養文庫」)


上の参考文献の筆者の方が、「メディアが暴力を追放した」といった英雄的な書き方を自重するように、暴力に支配されない社会を守るためにはやはり警察の存在が欠かせませんが、市民と警察の間の信頼関係を育てたり、社会全体に対して問題を提起したりする上で、メディアの果たす役割は重要だと思います。
戦争などを経て社会を暴力が支配するということは色々な所であることだと思います。そこで市民がすべきことを考える上で、この広島の事例は意義があるのではないかと思います。

(倉庫番@ピースビルダーズ)
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