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15. 『私の故郷にも空襲があった』 [2011年05月30日(Mon)]

■常設展示から
『私の故郷にも空襲があった』〜私の小学生時代と重なる一枚
浅井和子
ピースあいち・メールマガジン[第15号]2011/2/25



 2階の壁パネル愛知県下の空襲の隣に三菱重工業への爆撃の写真があります。来館者のガイドをする時、皆さんが説明をする一枚です。
 先日小学生の見学がありました。私はガイドの方たちの説明を見学していました。
 ガイドの方が、「名古屋ドームの辺りですよ。」というと、身近なところですから、みんな目を丸くして、「へー。しってるここ!」と口々に言っていました。私たちの街にも空襲はあったんだと小学生たちは思います。

 その時私は小学生の頃のことを思い出しました。私は小学生の頃、砂田橋に住んでいまして、よく「爆弾池に行くよ!」といいながら、三菱重工業の辺りで遊んだものでした。爆弾池はザリガニがよく釣れたんです。その頃は「ピースあいちがよもぎ台にあるよ」という感じで、爆弾池は子どもたちの間では、遊び場の地名でした。ザリガニと言えば、爆弾池でした。今思うと、そんな子どもたちの会話は大人たちにどう映ったのでしょうか?
 おりしも近くの愛知教育大学(大幸町)では学生運動の真っ盛りでした。もちろん私の眼には校舎の落書きが見えるだけで、どうして校舎に落書するのだろうと思うのみでしたが。

 そんな小学生の時代を思い出し、またこうして空襲に遭った写真を見るにつけ、私たちの街にも空襲があったんだと胸を熱くします。怒りがこみ上げます。再び、故郷をこんな姿にしてはいけないと思います。
 3月19日は、名古屋の空襲の犠牲者を忍び、ピースあいちでも慰霊祭を行います。特別展も催します。ぜひお出かけ下さい。そして2階の写真をぜひ、ご覧ください。
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