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12. ジョー・オダネル氏の思い出 [2011年05月30日(Mon)]

■常設展示から
ジョー・オダネル氏の思い出
乳井公子
ピースあいち・メールマガジン[第12号]2010/11/25


 私の手元に一冊の写真集があります。表題は『トランクの中の日本〜米従軍カメラマンの非公式記録〜』。
 その中の1枚が、2階展示室の写真パネルの中にある、亡くなった幼い弟を背負い、悲しみをこらえ唇を噛み締めて、直立不動で真っ直ぐに前を見据えている少年の写真です。著者は従軍カメラマンとして原爆投下後の長崎・広島を訪れたジョー・オダネル氏。

 今から15年前の1995年、戦後50年ということで各地で様々な企画展が開催されましたが,そのひとつとして氏の写真展が名古屋で開催されました。
 会場に足を運んだ私は、たまたま来場していたオダネル氏ご本人と幸運にも話をすることができました(もちろん通訳さんを介してですが)。氏はスラリとした長身で、物腰の柔らかな紳士然とした方でした。
 私が「多くのアメリカ国民が『原爆のお陰でアメリカ・日本の双方に多くの犠牲者を出すことなく戦争を早く終わらせることができた』と信じているようですが、どう思われますか?」と尋ねると、「私はそうは思いません。もし仮にそうだったとしても、広島・長崎に原爆を落としたことは間違っていたと言えます。それは私が被爆地の惨状を目の当たりにしたからです」とはっきり言われたのです。

 氏は奇しくも2007年8月9日、85歳で生涯を閉じました。その後、ご子息がインターネットで写真を公開していることをNHKスペシャルで放送していました。
 公開した当初は『もともと戦争をしかけてきた日本が悪いのに、その日本に同情するような写真を公開するな』といった批判を浴びることが多々あったが、イラク戦争終結頃から『原爆投下はこんな悲惨な結果しか生まないのだ』という意見も聞かれるようになり、アメリカ人の原爆投下に対する見方が変わりつつあるのではないかという番組の内容に、半世紀近く辛い記憶を封印してきた氏が『多くの人に原爆の惨状を知ってほしい』との思いで、写真のネガの入ったトランクを開けた気持ちが少しずつではありますが広がっているような気がして、救われた思いを抱きました。
 私は2階展示室に行きあの写真を見るたびに、存命中は決して心休まることのなかったであろうオダネル氏が、今は天上で穏やかに過ごしておられることを願わずにはいられません。
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