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9. 傷痍軍人の写真 [2011年05月30日(Mon)]

■常設展示から
傷痍軍人の写真
神谷俊尚
ピースあいち・メールマガジン[第9号]2010/8/25



 私は昭和19年兵庫県北部の山中で生まれ、空襲等は知りません。私にとって戦争の記憶は「ピースあいち」2階展示室出口にある、「戦争は終わったが……『平和の中に残る戦争』」の展示にある傷痍軍人の写真です。この写真は、はっきりと幼い頃の記憶を呼び覚ましてくれます。

 4歳頃姫路市郊外の練兵場跡に引越し、年に数回市内の繁華街に連れて行ってもらった。当時国鉄姫路駅から姫路城(白鷺城)に向けて商店街が賑わっていた。その辻ごとに白い帽子に白の病衣をまとい、ギターやアコーディオンなどを弾いてお金を集めている姿があり、両親に「なんであの人立っているの?」と聞くと「戦争で怪我をしたの」と説明されてもぴんとこなかったこと、その人数の多さも強く印象に残っている。

 この8月上旬にベトナム・カンボジアを旅し、カンボジア 首都プノンペンキリング・フィールド(カーリング・エク)、トゥライアングル・スラング(虐殺博物館)シエムリアップ市(アンコールワットの里)地雷博物館、国立アンコール美術館等を見学してきた。入場口は穏やかだが、出口付近には内戦による戦傷者や戦後の地雷による被害者が、観光客にお金を求めて集まってくるし、露天の飲食店では戦傷者、被害者が絵葉書・本の購入を求めてくる姿に多く接した。
 ベトナム 首都ホーチミン ベトナム戦争証跡博物館内では枯葉剤(ダイオキシン)による、ほとんど全身不随の被害者がベトナム楽器を合奏している場面に遭遇した。今なおアジア・世界の至るところで戦火にまみれ、多数の被害者がいる現実を、再認識させられ胸を絞め付けられた。「ピースあいち」の展示物が過去の遺産ではなく、世界のどこかで今なお現実であることを、1人でも多くに方々に知ってもらいたい。
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