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「夢想家」オバマが信頼される理由(時評2010)=細谷雄一 [2010年05月12日(Wed)]

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100511-00000302-chuokou-pol
中央公論5月11日(火) 20時58分配信 / 国内 - 政治


「夢想家」オバマが信頼される理由
 
 歴史を学ぶ醍醐味の一つは、暗く苛酷な現実のなかからかすかな希望が生まれ、その萌芽が膨らんでいく様子を知ることができることだ。確かに国際政治の歴史は、戦争の惨劇や流血の事件に溢れている。だがそればかりではない。人々はどの時代にも希望を抱く。緻密で周到な準備や、冷静な現状認識、そして十分な力の裏付けをもつ場合に、その希望が現実の政治を動かすようになる。歴史家ジョン・ルイス・ギャディスは次のように述べる。「歴史の可能性の幅を拡大するには、夢想家−−現状を打破する人々が必要であった」(『冷戦』河合秀和・鈴木健人訳、彩流社)。

 そのような「夢想家」の系譜を、村田晃嗣同志社大学教授はレーガン大統領とオバマ大統領に見る。この二人は「核のない世界」を夢想していた。「その意味では、オバマもまた『レーガンの子どもたち』の一員なのである」(『現代アメリカ外交の変容』有斐閣)。昨年四月五日の「核兵器のない世界」を求めるプラハ演説、さらにはそれを目指す第一歩としての今年四月十三日の核安全サミットは、まさにそのような理想を追うオバマの真骨頂であった。





 世界四七ヵ国代表(三七ヵ国首脳)がアメリカの首都ワシントンに堂々と集まった核安全サミットによって、オバマの外交は歴史に重要な足跡を残した。また四月八日には、チェコの美しいプラハ城にて新たな核軍縮条約(戦略兵器削減条約)をロシアのメドベージェフ大統領との間で署名した。そこでオバマは次のように語る。「一年前、私はプラハで核のない世界を目指すという究極の目標について演説した。私が生きている間には到達できないかもしれないが、この目標を追求することで、核不拡散体制は強化され、世界はより安全になる」。

 オバマにとって最も重要なのは、おそらく「究極の目標」の達成それ自体ではあるまい。そうではなく、それを目指すなかで「核不拡散体制は強化され、世界はより安全になる」ことであろう。イランや北朝鮮の核開発阻止と、核テロの防止、この二つの目標のために、核安全サミットでの核物質の防護体制を強化することを誓い、テロ組織への核兵器拡散を阻止する努力を要請した。

 プラハ演説、ノーベル平和賞の受賞、そしてこの核安全サミットと、オバマ外交を見ていて感嘆するのは、彼の行動が多くの人々に支えられ、信頼されているということだ。それは、理想を語りながらも、冷静で着実な経路を辿ろうとする彼の政治手法に基づいている。そのオバマが鳩山首相と首脳会談を開かない理由の一つは、世界の主要な外交課題を解決する上で、その必要性を感じないからであろう。戦後アメリカの大統領が、国際社会でこれほどまで高い信頼を得たことは稀であるし、他方で戦後日本の首相がこれほどまで国際社会で信頼を失ったこともない。

オバマは四月六日に新しい「核戦力態勢見直し(NPR)」を発表し、核兵器の役割を縮小させる意向を示した。だが同時に、アメリカとその同盟国が十分な抑止力を維持するためには、米軍の前方展開がこれまで以上に重要となる点を指摘している。核戦力ではなくて通常戦力による抑止力が重要なのだ。だからこそアメリカ政府は実効的な米軍再編の促進を重視し、普天間基地移設問題の解決を求めている。他方で、もしも日本が「駐留なき安保」を唱えて米軍の通常兵力による前方展開を拒絶するとすれば、それは不幸にも核抑止力への依存を高めることになり、オバマの「核兵器のない世界」へのシナリオを阻害することにもなる。それとも日本は、米軍のあらゆる抑止力の提供を拒否するのか。オバマが同盟国である日本国民の安全を真剣に確保しようとする誠意を、鳩山首相は踏みにじるべきではない。

 あらゆる人間に欠陥があるように、あらゆる国際体制にも欠陥がある。しかしこの一世紀の間の戦争をなくすための理想主義的な努力が無駄だと、誰が言えよう。核廃絶に向けたオバマの「夢」もまた、幾多の試練と一世紀以上の時間を必要とするかもしれない。しかしそれによって核拡散が阻止され核テロが予防されて世界がより安全になるのであれば、彼の試みは無駄ではないはずだ。オバマが大統領になったこと自体、大きな変化を意味しているではないか。彼はプラハでの演説で、次のように述べていた。「私たちが今日ここにいるのは、世界は変わることができないという声を意に介さなかった大勢の人々のおかげです」。
(了)

ほそやゆういち=国際政治学者
ノーベル平和賞受賞者「ヒロシマ・ナガサキ宣言」 [2010年02月18日(Thu)]

ノーベル平和賞受賞の17人 核兵器廃絶、被爆地から世界の連帯訴え
「核なき世界へ前進の好機 私たちは人類の平和実現へ結束します」



http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter_d/jp/hiroshima-nagasaki/index.html
核軍縮・不拡散に関する国際委員会共同議長  2009.12.15 [2010年01月07日(Thu)]

核軍縮・不拡散に関する国際委員会(International Commission on Nuclear Non-proliferation and Disarmament: www.icnnd.org)の共同議長である川口順子・元外相とギャレス・エバンス Gareth Evans・元オーストラリア外相が2009年12月15日、記者会見し、国際委員会 の報告書「核の脅威を断つために 世界の政策立案者のための実践的な計画」を発表した。

川口議長は「核兵器は使えない兵器だ。どのようなステップを踏めば、核兵器をゼロにで きるか、この報告書ではわかりやすく書いた」と語った。エバンス議長も「現状維持は選 択肢とはならない。核兵器への依存度を引き下げるというドクトリンの変更が重要だ」と 述べた。

 二人は、@米国は「核態勢見直し」で、核兵器保有の「唯一の目的」は、自国または同盟 国に対する他国の核兵器使用を抑止することと認めるAすべての核武装国は遅くとも20 25年までに「先制不使用」宣言を行うBすべての核武装国は非核兵器国に対し核兵器は 使用しないという「消極的安全保障」を明確にする−−などの新しい核ドクトリンを強調 した。

報告書がいう「核武装国」は米国、ロシア、フランス、イギリス、中国とインド、パキス タン、イスラエル。北朝鮮については「複数の核爆発装置を所有しているとみられる」、 イランについては「おそらく核兵器製造能力を有する」と指摘した。
司会:宮田謙一企画委員(朝日新聞)
http://www.youtube.com/watch?v=L4Y74ZyM0so&feature=related


報告書「核の脅威をなくすために」
世界の政策立案者のための実践的な計画

核軍縮・不拡散に関する国際委員会
この概要は、本委員会報告書において提示されている極めて詳細な分析と議論を大幅に要約し、抜粋した骨子である。この概要の中にある参照番号には、その完全版報告書(www.icnnd.org )より入手可
能)の中の該当する章及び段落を示している。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/icnnd/pdfs/gaiyo_ja.pdf
鳩山「核廃絶演説」を聞いて [2009年12月07日(Mon)]

金平茂紀の『NY発・チェンジング・アメリカ』
http://news.livedoor.com/article/detail/4467450/

今回の国連総会の成果の一つは、「核なき世界」をもとめる安保理決議が全会一致で採択されたことだろう。

オバマ大統領が議長をつとめたその安保理首脳級会合で、鳩山首相が短いスピーチをした。中身のある演説だったと思う。とりわけ、CTBT=包括的核実験禁止条約に触れて、第五福竜丸事件に言及したことに大いに感心させられたのも事実だ。ただ、敢えて言うと、この種の演説を聞いていつも思うことがある。

それは「唯一の被爆国」という表現に接するたびに感じる居心地の悪さ、と言うか、疑問なのだ。鳩山スピーチ中にあった、日本は「核兵器による攻撃を受けた唯一の国家」という表現はまさに事実だろう。だが、日本が「唯一の被爆国」と言及されたときには、僕は一応の留保を感じざるを得ない。

それは、アメリカの原爆・水爆実験によって被害を受けた太平洋マーシャル諸島の人々の存在を考えるからだ。ビキニ、エニウェトクの2つの環礁で、アメリカは計67回の核実験を行った。甚大な被害を被った人々がいる。これは核爆弾による被害者である点で、広島・長崎の被爆者とつながっている人々ではないのか。

フランスもムルロア環礁で同様の核実験を行い、島嶼の住民に被害が出た。さらに異和感の根拠の一部をなすのが、「唯一の被爆国」という表現によって、日本の被害者意識が前面に押し出され、あの戦争のもっていた日本の「加害性」が後方に退くeffectが生じているのではないか、という危惧である。

そして、さらに附言すれば、広島・長崎で被爆した外国人の存在(在日韓国朝鮮人や中国人、オランダ人などの戦時捕虜たち)について、「唯一の被爆国」という表現では、こぼれてしまうおそれがあるのではないか、という点である。
http://news.livedoor.com/article/detail/4467450/