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東京に戻りました! [2006年06月23日(Fri)]


おととい21日の夜、東京に戻りました家

いやあ、本当によい旅でした。ハンセン病制圧活動に関わるようになってから、私はインドに3回行ってますが、他の国を訪ねるのは初めて。色々な違いも感じ、世界の現場を知るいい機会になりました。また、少しずつ記事を載せていけたらと思っています笑顔

時差ぼけもあって、昨日も今日も朝早くに目が覚めます。なので、なんなく起きて、今朝は日本対ブラジル戦を見ましたサッカー。先制点を取れたのに残念な結果でしたが、こうなったらブラジルには是非優勝してもらいたい!頑張れ、ブラジル。見届けるぞ、ブラジル!!

太陽と、海と、情熱と、笑いに満ちた国、ブラジル太陽。正のパワーをいっぱいに浴びました。貧しくても、病気による障害を抱えていても笑いが絶えない人々に会い、今を楽しむ素晴らしさをみぞおちの底から感じました。また是非、プライベートでも訪れてみたい国です。

さて、ブラジルが終わり、今度はアフリカ出張です。

7月末から8月にかけてのタンザニア、モザンビーク、アンゴラ出張。キーポートの南アフリカを含めると、4カ国に及ぶアフリカ周遊の旅になります。まずはビザ準備から、テイク・オフです!!

ブラジルの子どもたち [2006年06月20日(Tue)]
ブラジルでは、あらゆるところで子どもたちが満面の笑みで迎えてくれました。

アマゾンで出会った男の子。日の光の強さに目元が隠れてしまいましたが、瞳がとっても綺麗です。



フォルタレーザでベンチに腰掛けていた少女たち。目が合うと、にこっと笑います。



照りつける日差しをものともせず走り回っていた兄弟。照れ屋のようですが、何度も手を振ると、遠慮がちに手を振り返してくれました。



ちょんちょんと、何度も後ろからジェスチャーで声を(?)かけられ振り向くと、いかにも興味津々、という風にたくさんの目がこちらを見ていました。アジア人が珍しいのか、お客さんが珍しいのか。



でも一番人気は本多さん。どこに行っても子どもたちに大受けです。

アマゾンの美しい自然 [2006年06月20日(Tue)]


地球環境に大きな影響を及ぼすアマゾン。実に地球の酸素の3分の1をまかない、世界の真水の3分の2が集まると言われます。一生に一度は見たいものだと思っていたけれど、今回出張という形でアマゾンの自然に触れる機会をもてました。

6月16日、17日の2日間、アマゾン川流域のハンセン病家庭を訪問。出発点はマナウス、アマゾン川の上流1500mほどに位置するアマゾナス州の州都であり、人口150万人を越える大都市だ。もちろん、移動は船。1日目は車ごと乗って大きめのフェリーで、2日目は小さなボートで、黒い水の流れるネグロ川を遡る。



天と地が交わる場所。大海のようにとうとうと流れる黒い水、静かで圧倒的なエネルギーの源泉。



広い水路のあちこちに顔を出すマングローブの森。



アマゾンの豊かな食資源。新鮮な魚はあちこちで水揚げされ、マーケットで威勢よく売られている。



2日目、2つのボートで目的地に向かう途中、ひとつのボートがエンジントラブルを起こし、40,50分ほど川の上で立ち往生。エンジン音が消えると、怖いほどの静寂が辺りを包む。

混じりけのない「空色」の空に、にょきにょきと伸びる入道雲。重なり合う雲の影に、急に辺りが暗くなる。黒い雲の下でだけ、局地的な雨が降る。通り過ぎると、何事もなかったかのように日の光が降り注ぐ。

神様、これは美しすぎる。壮大な循環を前に、記憶も意識も吸い込まれていくようだ。

「パーフェクト・ワールド」、という言葉が頭に浮かぶ。
フォルタレーザ:ハンセン病コロニーの陰と陽 [2006年06月20日(Tue)]
ネット環境がよくなったところでブラジル出張報告の続きですメール

6月13日に首都ブラジリアから北東の沿岸部セアラ州フォルタレーザに移動。翌日は一日がかりでハンセン病の病院やコロニー(ハンセン病患者や回復者、その家族が固まって住むコミュニティ)を訪問しました。

フォルタレーザから車で1時間、現れたのはハンセン病病院+コロニー、アントニオ・デュスタ。年季の入った建物はどれも南欧風の美しい様式で、ゆったりとした敷地内に病院や住居が散らばっていました。



ここでは、掃除をする人も雇っているとか。回復者の部屋も、綺麗に、かわいらしく整っています。



大体どの家でも共通しているのが、鍋やフライパンがぴかぴかに磨かれていること!たしなみ?趣味?わからないけど、気持ちいいですね。



この建物は、教会だったか。もともと修道院だったのが1927年にハンセン病施設として再スタートしたと聞きました。



美しく整い、緑の生い茂るなかで笑いながら暮らす回復者。かと思えば、「死者のなかで生きている街」と呼ばれ、劣悪な環境に置かれたコロニーもあります。



マラカナウという街にあるハンセン病病院+コロニーは、鉄条門で囲まれています。もともとは人の背丈よりも高い塀をめぐらせ患者が外に出るのを禁止していたそうですが、今は外の貧民街からの不法侵入者を防ぐためという、逆の目的を持っているとか。

回復者の方々に語ってもらったこの村の歴史は、驚くべきもの。患者は夜の10時には住居に戻ることを強制され、湿度によるうずきから病院に戻りたいといっても聞き届けられなかった。外には犬が放たれ、規則を破る者は襲われ、反抗的な患者はコロニー内に設置された刑務所に収容されるという、極端な隔離政策と管理が続いた。そして、それらの「圧政」としか言いようのない体制を敷いたのは、神に仕える修道女たちであった・・・。

正義、良心、支援。人が人のために、自分の価値観に基づき、他人を助けるために、できる限りのことをしたいと思う。その純粋で強い情熱は、往々にして人を抹殺しかねないほどの威力を持つ。日常にいつでも起こりうるそうした慈善の暴力を食い止めるために最も有効な方法はたぶん、「自分は間違っているかもしれない」という謙虚な気持ちを持ち続けることではなかろうか。コロニーで起こった過ちは、歴史上、そして今の日常のなかでも、レベルの大小は別として、決して珍しいことではない。

天国も地獄もこの世のものであり、それを造るのは常に人間のほうである、という感情を伴う、コロニー訪問になりました。

ブラジルでサッカー観戦 [2006年06月15日(Thu)]


6月13日は、ワールドカップのブラジル初戦サッカー!「きっと全然仕事にならないだろう・・・」ということで、最初から移動日と決めていました。本当は出張そのものをずらせればよかったかもしれませんが、なかなかスケジュール調整も難しく・・・はい。ワールドカップと重ならざるをえませんでした。サッカー好きなみなさん、許して。

ということで、内陸の人工都市ブラジリアから、東北海岸の港町セアラ州フォルタレーザへゴー飛行機

空港のチェックインカウンターもこのとおり↓。どこもかしこもブラジルカラー一色ですキラキラ



この日のブラジル対クロアチア戦のキックオフは16時から。平日ですが、家路を急ぎすぎて交通事故が多発しないように、職場では早退の許可が出ているとか。銀行ですら、試合の間はシャッターを下ろすと現地の人に言われました。

我々がフォルタレーザの空港から出たのは15時近く。地元のカウンターパートの第一声は、明日からのフィールド訪問の行程確認ではなく、「試合をどこで見たいか」という質問から笑顔。試合を気にしてかどうか、車の運転手さんの荒っぽい運転に身を任せながら、浜辺に陣取り、16時を回った頃にサッカー観戦を開始。



ブラジルが一点入れたところで歓声がとどろく。爆竹、風船割り、おたけびの騒音でいっぱいに(一番の瞬間を携帯カメラではうまく撮れませんでした・・・)〓。



試合の間の休憩時間に浜辺を散歩。美しい海岸線を持つブラジルのなかでも特に洗練された美しさを誇るフォルタレーザの浜辺。貝殻はなく、きめの細かい砂ばかり。冬でも暖かい海水のなかでは、サーフィンや水遊びを楽しむ人々が。ぴっちりしたビキニもブラジルカラーの緑と黄色になっていました。

でも、応援は全体的に思ったよりおとなしい。顔にペイントを施したりカツラをかぶったりというパフォーマンスは少なく、じっと座って画面を見ています。アメリカのフットボール観戦のように、手とか足とか出てきたり、車の上によじのぼったりという興奮状態があるのかと思いきや、意外に静かなんですね(たまたまかな?)。が、終わったあとにはでかいスクリーンが置かれたフードコートがディスコバーに早変わり。

前日が厳しいスケジュールだった上に移動直後だったので全員疲れ気味幽霊〜〜。ブラジルの勝利を見届けると、大フィーバーのディスコバーを横目に、さっさとホテルに帰りましたビル

日本は残念だったけど、ブラジルが勝ってよかったバラ。笑顔が暖かくホスピタリティあふれるブラジル。是非勝ち進んでいってほしいと思います。

さて、翌14日はまたまたびっちりフィールド訪問です。

人工都市、ブラジリア [2006年06月13日(Tue)]
ブラジル3日目、首都ブラジリアに着きました。

ここブラジリアは、「リオデジャネイロから内陸に首都を移す」という明確な目的のもと、完全な都市計画によって建設された人工都市です。都市の設計には国連ビルの設計者オスカー・ニーマイヤーやブラジルの巨匠ルシオ・コスタが関わっているそうな(地球の歩き方から)。建築のことには詳しくなくてわかりませんが、確かにモダンでしゃれたビルが、きわめて横長なだだっぴろい空間に広がっています。



上の写真は、なんの建物かわかりませんが、移動中の車のなかから写しました。お椀型の屋根が2つ。面白い設計ですね。



続いて、目をひいたのはカセドラル。王冠のような形をしていて、夜になると明かりが灯り幻想的な雰囲気キラキラです。

ブラジリアは、1960年にブラジルの首都になり、政府機関が移転しましたが、内陸部で輸送の便が悪いので、企業はあまり移転してきていないとか。イメージとしては、霞ヶ関と筑波の学園都市を合体させたような感じでしょうか。「見るもの、遊ぶところがない・・・」と短期滞在者には不評ですが、治安はよく、教育機関のレベルも高いので、現地の人にとってなかなか住みやすい空間だと聞きました。



しかし、移動中も気になるのはワールドカップの日本対オーストラリア戦サッカー

我々が気にすることを予想して、出迎えてくれた政府機関のひとが車のなかでもテレビをつけてくれましたテレビ。ホテルにチェックインする頃になって、有り得ない結果に困った。まさか負けるなんて!!5時起きでリオからブラジリアに移動し、立て続けに夜中まで会合のあるなかで、やる気をそがれて意気消沈。



元気を取り戻すために、「ガラナソーダ」を飲みました!おお、これが有名な(最近知ったばかりだけど)!ネットで調べたら、こんなページが出てきました。

アマゾンハーブ オンラインショップ

健康強壮剤、不老長寿の秘薬として知られているそうです。そういえば、なんか高揚してきたような?(暗示にかかりやすいわたし。)

しかし、本日は朝5時に始まり、夜の11時までほとんど休憩ナシ。明日も移動だ、もう寝ましょ・・・。
リオ2日目 [2006年06月12日(Mon)]
リオ2日目です。仕事の合間に見た風景をご紹介。



写真が小さくて見えにくいですが、この教会の前をひらひら飾っているのはブラジルカラーの黄色と緑をの短冊です。七夕のようにひ〜らひらとなびいて涼しげな感じ。ワールドカップ中とあって、同じような短冊はありとあらゆる通りや広場を飾っています。



建物のなかにもサッカーボールのオブジェ。なかなかかわいらしいですね。



そして、食事はどーんと重い!こってり、たくさん、山盛りです。何故か塩辛い料理が多いような。そういう嗜好なのかな?味は美味しいですよ。

2日目もからっと晴れたいいお天気です。今日はフィールド視察が主な仕事でしたが、そのへんのお話はまた別の機会に。
リオに着きました! [2006年06月11日(Sun)]


成田からニューヨーク、ニューヨークからサンパウロ経由でリオデジャネイロ、と12時間ちょっと×12時間ちょっとのフライトを経てリオに到着しました!

今回は、ニューヨークで乗り継ぎ時間が長かったのでホテルで2時間ほど眠ることができ、また、到着日である本日はプログラムが入っていなかったため、体にやさしい移動でした。とはいえ、日本と昼夜が完全に逆転するリオでは、多少体のだるさを感じるのは仕方ありません。ゆとりのある今日のうちに完全に治しておかないといけませんねー。



リオは美しい海岸線で有名な街です。目の前には穏やかな波の寄せるビーチが広がり、ビキニ姿の女性が目立ちます。今、南半球は冬である、ということを忘れてしまいそう。それに、通り過ぎる女性の綺麗なこと!ラテン系は違いますねー。



しかし、5時半も過ぎれば急に日が落ちて、街に灯がともります。風の冷たさに冬を思います。



ワールドカップ開催直後にブラジル入りしただけあって、街中ではサッカーボールをかたどったオブジェやサッカー選手のユニフォームをアレンジしたTシャツを着た人々が目立ちます。チェックインしたホテルの一室にも、サッカーボールの形をしたチョコレートが添えてありました。

では、また!
行ってきます! [2006年06月08日(Thu)]
約ひと月の準備が終わり、明日からブラジルに旅立ちますロケット

今回は13日間と、いままでで一番長い出張。しかも、普段はアジアが中心なので、時差が12、3時間の地球の裏側に行くというのは初めてのこと。行く前に、事業のことなどもおさらいして書いておきたかったけど、時間切れですはさみ。また出張のご報告などいたしますね。

薬は持ったし、服は持ったし、手持ち資料もリュックのなか。
パスポートよし、チケットよし。帽子もサングラスもよし。

それでは、行ってきます!!走るダッシュ
ブラジル出張用荷物詰め [2006年06月07日(Wed)]
ブラジル出張の荷造りが完了しました!今のところ、ダンボール4箱+ポスター缶です。中身は、

■資料本
・日本財団パンフレット 100部
・ハンセン病と差別について世界に訴えるグローバルアピール 110部
・会長プロフィール・写真
・ハンセンニューズレター バックナンバー 3セット程度
・ハンセンニューズレター 10号、13号 (ブラジル関連記事掲載号)
・ATLAS (ポルトガル語) 10冊程度←ハンセン病の見分け方など、公衆衛生に関わる人へのマニュアル本
・人体図 20枚←ハンセン病の見分け方図解
・日本財団や支援実績に関する資料
・財団レターヘッド、封筒類 10枚程度

■お土産プレゼント>
・会長の著作本 3冊
・七宝焼きの盾7個 (大臣級)
・七宝焼きボールペン15本 (局長級)
・サッカーボール 6個 + ボール膨らまし用ポンプ
・音楽財団のCD 10セット
・財団腕時計 10個
・手動の財団懐中電灯 20個
・財団体温計 6箱

■備品
・同時通訳機 9セット
・薬箱
・蚊帳
・蚊取り線香
・虫除けスプレー 4個
・ポンチョ(雨カッパ)
・お菓子
・ウエッティ 3〜4袋
・日本財団の紙袋 10枚くらい?
・折りたたみ傘
・手提げ用青バッグ4袋←お土産持ち運び用

みんな手馴れたもんで、あっという間に必要なものが必要な場所に片付いていきます。負けじと荷物を詰めてたら、

すぱ。

と、パンフレットのカドで指を切りました病院たらっと血をしたたらせていると、心配した先輩が、ガムテープの一部を渡そうとしてくれました。え、これ、止血用?

今日も国際はワイルドだねOK

ちなみにどうでもいいですが、先日ハズレくじをひいた豆乳フェア。実は2日間あったんです。リベンジをかけて翌日もマンゴ豆乳を買ってくじをひいてみたら、

またハズれました!

晴れて2人の同僚から、

「幸がうすい幽霊

というレッテルをいただきました宇宙人どないやねーん。

以上、本日の「つぶやき」でした。

NOTE:上記の荷物リストはスーパー派遣のもってぃ作でございます☆どのダンボールに何が入っているのかを明記したリストを毎回持っていくんです。もってぃありがとうー。
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