子育て提言、仕切り直し…教育再生会議
政府の教育再生会議(野依良治座長)は11日、子育てに関する保護者向けの緊急提言の取りまとめを見送った。
教育再生には家庭の教育力向上が不可欠だという観点から提言を目指したが、家庭の内部に踏み込むような内容に批判が集まった。ただ、同会議では、家庭教育の必要性は変わらないとして、検討していた提言の一部を第2次報告に盛り込む考えだ。 (政治部 橋本潤也、白石洋一)
「望ましい家庭像」強要の懸念
「親学」に反発
「決して価値観を押しつけるようなものではない」
提言見送りの決定を受けた11日午前の記者会見で、再生会議事務局長を務める山谷えり子首相補佐官はこう訴えた。
子供を持つ保護者に対し、赤ちゃんに母乳をあげることやPTAに父親も参加することなどを求める提言の内容が4月末に報じられると、「母乳が出ない人など、したくてもできない人への配慮が欠けている」とする批判が野党などから一斉に上がった。
政府内でも「母乳による育児の推進は正しいが、『母乳が出ない人はどうすればいい』と聞かれると答えられない。アピールの内容が中途半端だ」と懸念が広がった。8日、提言の内容を説明するために文部科学省を訪れた山谷氏に、伊吹文科相も「人を見下した訓示のようなものをするのは、あまり適当ではない」と苦言を呈した。
提言を扱う第2分科会では、保護者の意識向上を目指す内容から、「親学」と呼んで検討していた。しかし、文科相らの指摘を受け、母乳による育児の推奨では「母乳が出なくても抱きしめる」という内容を加え、「親学」という言葉も使わないようにした。「2日間で10回以上、文章を書き換えた」(事務局)が、11日の合同分科会では了承が得られなかった。
合同分科会後、第2分科会の委員ではない渡辺美樹氏は、「悪いことは書いていないが、再生会議はこんなことまでする会議なのか。素朴な疑問だ」と首をかしげた。
首相官邸でも、「予定されていた提言は家庭生活に踏み込むような印象を与え、感情的な反発をまねく危険性が高い。参院選を前に、国民から反発を受けるのは避けるべきだ」と、見送りはやむを得ないという受け止め方が出ている。
学校教育の限界
今回の提言の構想は、4月17日の第2分科会で、山谷氏が「母性、父性を育て、社会を変えるようなメッセージを発信したらどうか」と提案したのが発端だ。委員からも「『親学』研修の義務づけなど思い切った提言をしたい」(義家弘介氏)、「せめて生後3か月は母乳で育てていただきたい。『親学』は基礎の基礎だ」(海老名香葉子氏)と賛成する声が相次いだ。
この背景には、安倍内閣が掲げる教育再生の実現には、学校教育の改革だけでは限界があるという問題意識がある。
文科省の調査でも、約7割の親が「家庭の教育力の低下を実感している」と答えている。何より、学校給食費の滞納総額が全国の小中学校で22億円に上るなど、親自身の規範意識の低下が厳しく指摘されている。
第2分科会では、脳科学や家庭教育の専門家を呼んで意見を聞き、提言をまとめた。分科会で意見を述べた高橋史朗・明星大教授(親学会副会長)は、「子供の教育は、学校や教師、教育委員会に責任が転嫁される傾向が強いが、一番大事なのは家庭の教育力だ」と語る。
再生会議でも、こうした考え方自体には同調する声が強く、月内にまとめる第2次報告で、「緊急提言をバージョンアップさせたい」(山谷氏)という意欲は失っていない。第2分科会の委員である小谷実可子氏も11日の合同分科会後、「このまま提言を出すと誤解されかねない。良い形で世間に聞いていただけるよう頑張りたい」と強調した。
検討内容の一部「第2次報告」盛り込みへ 働き方改善も議論に
授乳相談充実も検討
第2次報告では、〈1〉子供の発達段階に応じた道徳教育〈2〉テレビ視聴を制限し、家庭での会話を増やす――などを提案する見通しだ。
「母乳による育児の奨励」について、厚生労働省も3月に策定した「授乳・離乳の支援ガイド」で、妊娠中から退院後まで継続的に、産科医や保健師らが授乳を支援する重要性を訴えている。このため、再生会議でも、相談体制の充実など政府の支援のあり方をなお検討する方針だ。
一方、「父性の復権」「母性の復権」の著書で知られる林道義・元東京女子大教授は、「子供の成長において家庭教育は一番の基礎だが、その前提には、親が子供に向き合う時間を確保することがある。国の労働政策や企業経営者の意識を変えることも、再生会議は同時にきちんと打ち出すべきだ」と語る。
再生会議でも「早期職場復帰のため、母乳で育てない母親が多い。母乳での子育てを支援する制度などは検討できないか」(小谷氏)という声が上がっており、働き方自体の改善も議論の対象になると見られる。
ただ、高橋氏が「政府によるメッセージの発信は工夫する必要がある。家庭教育への『口出し』ではなく、情報提供であるべきだ」と指摘するように、表現などに十分な配慮が必要となりそうだ。
第2分科会 教育再生会議の3分科会の一つで、規範意識や家族、地域教育の再生を中心に扱う。主査は池田守男座長代理(資生堂相談役)。5月の第2次報告に向け、〈1〉学校での奉仕活動の充実〈2〉特別支援教育やキャリア教育の推進――などを議論している。
【検討されていた提言の主な内容】
▽若い時から子育てを自分のこととして考える
▽早寝・早起き・朝ごはんを習慣化する
▽保護者は子守歌を歌い、赤ちゃんの瞳を見ながら、おっぱいをあげる
▽母乳が出なくても抱きしめる
▽授乳、食事時はテレビをつけない
▽乳幼児期には本の読み聞かせを行う
▽小学生時代は今日の出来事を一緒に話す
▽PTAに父親も参加する
▽あいさつの励行
▽「ありがとう」「もったいない」などの言葉を大切にする
仕事や暮らしに目配りを
今年の夏、初めて「親」になる。今は自分がいい親になれるか、不安を感じることも多い。夫婦共働きで、子供と向き合う時間が短くなりそうなのも、その理由の一つだ。
再生会議が検討した提言は、内容自体にはうなずけるものが多い。一方で、多くの親が子供との時間を確保したいと思いながらできず、悩んでいる現実がある。再生会議には今後、子育てだけでなく仕事や生活全体にまで目配りした、より広い視野での政策提言を期待したい。(橋本)
(2007年5月12日 読売新聞)