CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2017年08月17日

91号

物語りとしての心理療法−ナラティヴ・セラピィの魅力』(2)
 著 者: ジョン・マクレオッド
 監訳者:下山晴彦
 発 行:誠信書房、2007年(原著:Narrative and psychotherapy,1997)

本書より

 社会構成主義は、社会科学で発展した哲学的アプローチです。「心」や「自己」などの心理学的な概念を「社会的な談話の場に位置づける(ガーゲン、1985)」ことを目指す立場です。

 社会構成主義者の心理療法は、社会的存在(social being)としての人のイメージ(image of the person)にもとづいているため、自己を意味づけるどのような手段も、社会的に構成されたものとみなします。したがって、自己は特定の社会的・文化的・歴史的状況から導かれたものとして理解されます。

 これまで「自己」という概念は、「他から独立して自律している(クッシュマン、1995)」ものとしてとらえられてきましたが、社会構成主義では自己を実体ではなく、構成体として理解します。

 「どのような主体も必然的に他者との関係のなかにあるため、人間であるためには、他者との相互関係が欠かせない(マクマレイ、1961)」と考えることによって、それまでのセラピー(個人の精神の神秘を解き明かすことを目標とする)から、現実社会のなかで生きる社会的な存在としての個人を援助することに、心理援助の目標は変更されるようになりました。

 私たちのアイデンティティの中核は、ナラティヴの筋(プロット)であって、それが人生に意味を与えています。個人は、ライフ・ストーリーを描く著者として喩えられます。著者がストーリーを語るとき、それは改訂の機会に開かれたことになり、異なるバージョンのストーリーが生じる可能性が出てくるのです。

 大切なのは、ストーリーは一人で語るものではなく、語られる人を必要とすることです。話を聞く人は質問やコメントを差し挟んだりすることでストーリー構成に寄与します。こうしてストーリーは共同で構成するものとなります。

 社会構成主義の心理療法の場面ではストーリーを語る人と、話を聞きながら質問やコメントをする人が会話を通して、力を合わせてストーリーを作り上げていくところに特徴を見出すことができます。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2017年07月20日

90号

『物語りとしての心理療法−ナラティヴ・セラピィの魅力』
 著 者: ジョン・マクレオッド
 監訳者:下山晴彦
 発 行:誠信書房、2007年(原著:Narrative and psychotherapy,1997)

紹介者から
 前号で紹介したとおり「この病気にかかってどのくらいですか」と聞くのと「この病気にかかったと<思ってから>どれくらいですか」と聞くのでは、回答の意味が異なります。

 前者は、医者の診断を受けて病名がついてからの期間が答えられるでしょうし、後者はその方の具合が悪くなってからの時間が返答されるでしょう。

「実は、一年くらい前から具合が悪くて、家族のすすめで半年前に病院に行ったところ、・・・(病名)といわれました」

 このような文脈の場合では、病名がついたのは半年前でも一年前からその方の具合が悪かったことがわかります。物語論は、後者の主観的な語りを事実として受け止める立場です。

 私たちは、この視点に立つことで、例えば「(一年も前から)さぞ、お辛かったでしょうね」と語りかけることができるようになります。語りのなかに、その方の真実があると受け止める姿勢がうまれてくるのです。

監訳者から
 心理療法が正式な社会的活動の一種とみなされるようになったのは、歴史的にはごく最近のことです。では、それ以前の昔の人たちは戦争など(災害や疫病、飢饉)で負った心の傷をどのように癒やしていたのでしょうか。

 著者のマクレオッド教授は、心理療法の起源について二つの見方を示しています。

 一つは科学の発展による起源で、もう一つは、文化的伝統に遡る見方です。
後者の見方では、集団や個人の間でおこる緊張や怒り、喪失の感情、目的や意味への問いといった問題に対する固有の対処法をあらゆる文化は備えていると考えます。地域の共同体のなかで親しく語り合うことを通して、人びとを癒やしてきたと考えるのです。
 
 起源を遡ると、心理療法は科学の発展だけではなく、地域共同体のなかで普通の人びとの物語りが変容してきた一面があるのです。

 それが近代社会の発展にともなって、科学的な体制を整えたことで、社会の重要な構成要素になってきたと理解できます。本書は、社会との関連で変化・発達しつつある心理療法のあり方を物語り(ナラティヴ)論の観点から見事に分析しています。

著者(ジョン・マクレオッド)より
 本書は、心理療法におけるストーリーの役割と意義について検討するものです。私は、心理療法をナラティヴのプロセスとして理解することが理にかなっていることに気づきました。自らの行動をストーリーとして語り、その内容を編集して、書き換えるというナラティヴのプロセスとして理解するようになったのです。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2017年06月15日

89号

『ナラティヴ・セラピー 社会構成主義の実践』
 編者:シーラ・マクナミー、ケネス・J・ガーゲン
 訳者:野口裕二、野村直樹
 発行:遠見書房, 2014年(原著:Therapy as social construction,1992)

紹介者より

前回まで、「他者の森を駆け抜けて自己になる」意味の自己形成を紹介してきました。
20世紀前半の自己論の特徴であった、社会とは別に存在する個人や自己という存在が自己実現していく発達段階を辿る発達モデルから、20世紀後半には社会のなかで他者と関わりながら自己・アイデンティティを形成していくと考えられるようになる流れを紹介しました。

今は、21世紀です。すでに自己形成から自己「構成」へと議論は発展しています。この領域の重要文献(本書)が、時代に合わせて新訳出版されていますので、ご紹介いたします。

現代を生きる私たちには、様々な役割を一度にこなさなくてはならない場面が多くなりました。自分の住む世界を正しく知って、それに適応して行動するのは個人であって、その場に対処しきれないことがおきれば、能力や行動に機能不全があると判断されてしまいます。(モンスター親、・・、などが想定されます)

どんな場合でも無難にうまくこなさなければならなくなった個人は、結果として、飽和(いっぱい、いっぱいの)状態になっています。こうした背景から、20世紀までの自己論を見直す動きが起こってきました。理論が現状にあわなくなってきたといえるでしょう。

現代(21世紀)は、様々な役割が一つに集約される最終点としての自己を「形成する」自己論から、人との関わりのなかで自己を「構成する」時代に入っています。では「自己を構成する」とはどのような意味なのでしょう。

自己は何によって「構成」されるかというと「言葉・言語体系」によって構成されると考えられています。言葉を使って自分が語られると、意味のまとまりをもったストーリーがあらわれます。このストーリー(物語)のなかに、自己が構成されるのです。文脈ごとに自己の役割やイメージがあることになります。

こうして、例えば母親の私、働く私、妻としての私、娘としての私、友人のなかにいるときの私など、様々な私はそれぞれの文脈のなかで存在することになるわけです。

演劇に例えると、舞台(場所)、登場人物(役割)、シナリオ(ストーリー)、背景が設定されて場面ごとに私たちはその役割を演じていますが、突然に場面が変わって、手元の台本や役割ではうまく乗り切ることができないときに、その台本を改訂する作業が必要になります。それがセラピーの役割だというのです。

改訂の場面では、カウンセラーは何を話すかよりも、なにを「質問する」かに重点をおいて関わります。人生の台本を改訂する作業の共同制作者であり、証人になるのです。

具体的には「この病気にかかってどのくらいですか」と聞くところを「この病気にかかったと<思ってから>どれくらいですか」と聞くようになります。クライエントの語りのなかにその方の真実があると受け止める姿勢が、改訂のきっかけになるという視点です。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2017年05月15日

88号

jikokeisei.jpg
自己形成の心理学――他者の森をかけ抜けて自己になる』(2)
著者:溝上慎一
発行:世界思想社,2008年

【本書より】
<自己が否定的になるメカニズム>
青年期になると、自己への評価が否定的になりやすくなるのは「自己の置かれる環境が変化することによって、数多くの新しい経験をする」からです。

これらの経験によって、私達はそれまで持っていなかった、新しい価値や理想像を取り込みます。しかし、新しい価値や理想を取り込んだとしても、それをすぐに現実に結びつけることはできません。

現実の自己は、理想の自己のように思うようにならないので、結果的に自己は否定的になりやすくなります。どうしても理想の自己から現実の自己をみる視点は、否定的になってしまいやすいのです。

経験は、それまでの自己概念や価値を「揺さぶるもの」として機能するとき、自己から自己への評価は否定的になります。理想の自己は、現実の自己の立場からみて、目指している場合には目標になりますが、その逆は自己への否定的な評価につながりやすくなるのです。

<他者を通して自己になる>
 このように私たちは「他者を学習し、他者の視点に立って世界をみて」います。「その世界観が折り返されて自己に向けられるとき、自己像は把握され」ます。しかし、青年期になると、「反省的な思考能力が発達して、自己形成のダイナミクスが変わって」きます。

つまり、「人は他者の世界観にもとづいて形成したさまざまな「私」を、今度は自分なりの世界にもとづいて形成し直し」ます。「自分なりの世界観」といっても、結局は、他者を通して獲得されることに変わりはなく、その意味では、「他者を通して自己になる」基本法則は、人生のいつでもどこでも有効です。

※紹介者より:このように「他者の森を駆け抜けて自己」になる、とする本書のサブタイトルは説明されています。問題は、他者に反映された自己をまとめている自己側はどのような働きをしているのか、ということです。これは、次回以降にアイデンティ形成と自己構成の話題として取り上げることにいたします。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2017年04月17日

87号

jikokeisei.jpg
『自己形成の心理学――他者の森をかけ抜けて自己になる』
 著者:溝上慎一
 発行:世界思想社,2008年
 紹介者より-----------------------------------------------------------

・自己を二種類に分ける、という考え方
 私たちは社会のなかにうまれて、成長の過程で他者と出会い、ほかの人は違う自分を発見し、私らしさを形づくります。副題の「他者の森をかけ抜けて自己になる」が主旨をよく表現しているといえるでしょう。
 
 自己をあつかう心理学研究は、主体の私と、見られる側の客体の私の区別からはじまりました。その後は、おもに見られる私(客我)を対象にした研究を進めてきています。

・心理学に違和感を覚えたことはありませんか
 ヒトの心に関心を持って、心理学の本を紐解かれた方も多いかと思います。私もその一人で、特に大学生のころによく読んでいました。が、よく違和感を覚え、それをうまく言葉にできずに、もやもやとした気持を抱いていたことを思い出します。
 
 その違和感とは「私が読みたい内容が書かれていない」というものです。思い返せば、図書館で心理学の棚におかれていた本の多くは、客観的に観察したヒトの心理を研究したものばかりでした。

・人生の主人公の「私」を育てる
 私が学びたかったのは、イキイキとした人間像、自分らしく、よりよく生きる術でした。そのため、学生の頃は、こうしたことは心理学では学ぶことができないのだと残念に感じていました。
 
 それもそのはずで、私が学生のころは、実証主義の立場から「観察する」研究がまだ盛んだったからです。研究者は、できるだけ自分の気配を消して、対象を客観的に捉えようとしていました。もちろんその限界も唱えられはじめてはいましたが、今ほどメジャーではなかったように思います。
 そして、私が学びたかったものもまた、観察された自己ではなくて、人生の主人公としての自己でした。

・自己形成の心理学には、求めているものに近いものがありました
 そのような時代の流れなかで、「自己」研究をつづけてきた分野が自己心理学です。なかでも魅力を感じた考えかたに自己対話による自己形成論があります。
 
 主役の私と外から見られる私は対話を通じて自己を形づくっている、という考え方です。この考えは、自己は「関係のなかで発達する」ものとしてとらえることを基礎においています。
 
 もちろん、発達といっても、いくつものパターンがあって一括はできませんし、今回は紹介しきれませんが、「時間の経過とともに変化する」くらいの意味で考えてよいかと思います。

・自己形成論と「親学」
 そうなると、単なる自己の研究ではなくて、「自己を形成する」ことが対象になります。次に、そこで形成された「結果の自己」をみるか、形成される「プロセスにある自己」をみるか、また形成する過程の援助を扱うかどうかで、自己の心理学はさらに細分化されますが「他者との関わりのなかで自分が自分と対話を通して自分らしさを作り上げていく」、という考え方は、大学生の頃の私に教えてあげたくなるようなトピックでした。

・「親学」と自己形成論

 私は親学に関心をもって研究しています。そのせいか自然と、自己の形成プロセスとその援助に目が向きます。本書は、ジェームズの自己論(自己を主と客に分ける)から、エリクソンのアイデンティティ論(自己は発達する)、ハーマンスの対話的自己論(主と客は対話して自己をつくる)まで、いくつかの理論から自己形成を解いています。
 比較的薄い本ですが、何度も読み返すことができる内容の濃いものです。

・親学の視点からは、エリクソンの自己形成論が参考になります
 親学からは、とくにエリクソンが参考になります。
 エリクソンは、人は生まれてからself-development(自己発達)の時期を経て、青年期にはidentity forming(アイデンティティを形づくる)時期に進むと述べています。これはとても大切な区別です。教育に応用するときに、前者と後者では親や教師の関わり方のポイントが変わってくるからです。

・自己形成論を学ぶ意義

 たとえば、小学校に入って読み書き算もそこそこに、すぐに考える授業をはじめることや、青年期に入った学生をいつまでも児童(小学生)のように扱うことは、発達の段階を踏まえない例といえます。

 さらに、大人を対象にした生涯学習の場面でも時に目にしますが、まるで高校の授業のような一斉教育で、一方的に知識を伝達教授する教育者側の態度や、まるで学校時代の授業のように、セミナーを受講する学習者の態度にも、おとなの発達段階を踏まえない実像をみることができます。
 こうした姿勢や態度は、自己形成論を学ぶことによって変わっていくのではないかと考えられます。

・まとめ
 子供も大人も、どの発達の段階にあっても、自分が自分らしく生きるために時宜を得た教育と学習の態度を身につけることが求められます。そのためには、自己や私というものがどのように形成されて、育つものかを知ることは価値あることだと思います。
 
 とくに私のように、学生のころ心理学って数字ばっかりで面白くないなぁと感じたことがある方には、お勧めしたい一冊です。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2017年03月17日

86号

jison.jpg
『自尊感情の心理学 理解を深める「取扱説明書」』
編著者:中間玲子
発行:金子書房, 2016年

紹介者より-------------------------------------------------------------

 「自尊感情を高める」ことは本当にいいことなのか。本書は、この疑問に挑戦しています。
 では、自尊感情は低い方がいいのかというと、そうではありません。一概にはいえないのです。

 どのような問題意識をもって、何を目指すかによって違うものを指しているにも関わらず、同じものを指しているかのように「自尊感情」という言葉が使われていることに問題があるといいます。また自尊感情を「高める」ことがまるで万能薬であるようにいわれることにも、疑問を投げかけています。

 この本を読むと、自尊感情の負の部分が分かり、問題は「質」なのだと気づきます。そうなると「その子なりの」自尊感情を高めることが大切になりますが、現状はそうなっておらず、自己について「こう思わなくてはならない」という圧力が働いていて、そこに違和感があるというのです。
 自尊感情について詳しく知りたい方、「あの子は自尊感情が低いのでは?」と気になっている方にお勧めの一冊です。

本書より--------------------------------------------------------------

 「あなたのとらえた、気になる子供の姿はどれに近いでしょうか」
<「どうせ」「無理」と言う子。失敗経験が重なっていて自信をつけさせたい>
 自信をつけさせるというよりも、自分自身の実態を捉えられるように取り組ませて、その過程を自分の経験として積み重ねることが大事になるでしょう。

<無気力な子。最初から諦めてしまっていることが多い。前向きに取り組むことがまずない>
 今という時間を過去や未来とつながったものとして感じられないために、空虚感が広がっていることも考えられます。経験の基盤、感情の基盤を有した質のよい自尊感情を育むためには時間も必要です。その子の現在の様子をとらえながらじっくり向き合っていきましょう。

<いつも一人でいる子。人とのかかわりに対する否定的なイメージが強い>
 人に裏切られた経験、いじめられた経験など、人間関係に積極的になれないようなつらい過去の体験がある場合には、レジリエンス(回復する心)の観点をもつことが必要になるでしょう。

<自尊感情を高めるにはどうしたらいいですか>
 自尊感情を高めることでどのような未来が拓けると想像していますか。その未来について考えてみてください。あなたはどのような未来の実現を求めていますか。それに従って、本書を紐解いていただければと思います。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2017年02月15日

85号

womenslifelongdevelopment.jpg
『女性の生涯発達とアイデンティティ―個としての発達・かかわりの中での成熟―』
 編著者:岡本祐子
 発行:北大路書房 ,1999年(5刷2010年)

紹介者より------------------------------------------------------------

 ケアすることは、女性の生涯発達にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
 本書は、ケアのもつ意味について、ハイデッガーやメイヤロフ、エリクソンの説を紹介しながら、
次のように説明しています。
・「自己および他者への気遣いや配慮に生涯にわたって献身することが人間の本質である」
・「相手の成長をたすけることによって、自分自身も自己実現を遂げていく」
・「相手のありのままの姿を認め、受容することは、自分にとってむずかしい課題であり、時には負担にも試練にもなりうる。しかし、そういう課題に取り組むからこそ、ケアすることが自己を変革し、成長させる」
・「ケアすることでみずからのアイデンティティがしっかりとしたものに確立されていく」
・「ケアという関係性のなかで、人間の本来もっているポジティブな人間性が発現し、ケアされる側もケアする側も自己実現を遂げていくことができる」

 ここで大切なことは、自分でケアする生き方を選んでいるかどうかです。
したがって、そうせざるを得なかったケアは、この範疇には入らないことになります。ケアは主体的に選択するものであって強制されるものではありません。では、どのようにして主体的にケアする生き方を選ぶことができるのか、本書では関係性に焦点を当てて説明しています。

本書より--------------------------------------------------------------

 ケアすることによって何が発達・変化するのか。
・子育てによる親の発達の中身は次の6つの因子に見出すことができる(柏木、1995)。「柔軟さ」「自己抑制」「視野の広がり」「運命・信仰・伝統の受容」「生き甲斐・存在感」「自己の強さ」

・女性の人格形成には、配偶者役割そのものは、あまり影響しない。かなりのウエイトをもつのは、親役割と職業役割である。

・子育てと並行してわずかであっても自分のための時間や場が大切でアイデンティティを確認できる場をもつことが、家事や育児といった家庭役割や職業人としての役割をやり遂げていくうえでのエネルギーになる。

・それがないと多忙さのなかに自分を見失う危険がある。職業をもつことは、直接にアイデンティティの成熟につながるのではなくて、自分を自覚できる時間や場を持つことが成熟につながる。

・ケアすることが人格形成に影響を及ぼす場合でも、保育士、看護師、介護福祉士などは他者からの感謝だけではなくて、評価もされるためそれが自己の有用性を支えることになる。家庭内のケアでも、その重要性を認めてくれる他者や心理的な意味でのサポートがないと、自分を支える力にはなりにくい。

・非常にしんどい子育てをしていて大変でも、ちゃんと自分の時間を確保できている人がいる。それによって、ケアリングも質が高められる。だから、どういうライフステージであっても「個」の確保とケアリングへのコミットメントがあざなえる縄のごとく大事なのではないか。

・中年期のアイデンティティの危機を解決できるかどうかは、最終的に本人が主体的に納得できるかどうか。女性の場合は、男性に比べると納得を迫られる岐路が多い。だから、発達の節目でこれでいいのかと考えて、現実の自分とめざすところの自分を折り合いをつけようとする。
posted by oyagaku at 14:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2017年01月15日

84号

encouraging children to learn.jpg
 『Encouraging children to learn』
 著者:Don Dinkmeyer, Rudolf Deikurs
 発行:Taylor & Francis Group, 2000年(原書1963年)

紹介者より-----------------------------------------------------------
 本書は「子どもを勇気づける」態度に関する古典です。
 教育に携わる多くの人に共有されることを望んでご紹介いたします。
 年初は、基本の確認から始めましょう。

 ポイントは、その人(子供)がなろうとしている、理想の自分の方をその人自身だと認めて信じること。現在の子供の姿と、子供がなろうとしている理想の姿を両方ともみながら、その子がなろうとしている姿になることができると大人が信じること。信じていると伝わるような態度をとること。ここが基本です。

 その上で、挑戦する権利を与えること、挑戦した努力を認めること、が続きます。さらに、失敗は罪ではないことを子供と一緒に確認することも成長のためには大切なことですね。
 半世紀以上前から大切にされてきた教育に携わる人の基本的な態度だと思います。

 私も、自分の理想とする自分に近づけるように、自分を信じて今年も挑戦を続けていきたいと思います。本年もよろしくお願いします。

本書より-----------------------------------------------------------------
All children need to feel worthwhile (many call this feeling “secure”).
Edith Neisser lists six attitudes through which we can give “security”
to children:
1. You are the kind who can do it.
2. It’s all right to try. Failure is no crime.
3. Provide plenty of opportunities for successful achievement. Don’t
set standards so high children are constantly falling short.
4. Be pleased with a reasonably good attempt. Show confidence in their
ability to become competent.
5. Accept children as they are. Like him as he is so he can like himself.
6. Guarantee certain rights and privileges.
(引用:Edith G. Neisser, How to Live with Children, 1950より)

(訳:紹介者。拙い訳で申し訳ありません)
 すべての子供は、自分には十分な価値があると感じられることを必要としています。
(多くの人はこの感じを”安全な”と呼んでいます)
エディス・ネイザーは、子供に”心の安全(安心)”を与えることができる6つの態度を次のようなリストにしました。

1.あなたは、そのことができるタイプの人です(という態度をとります)。
2.やってみていいのですよ。失敗は罪ではありません。
3.成功が達成される機会を十分に提供します。子供にとって高すぎる標準を設けてはいけません。落ちこぼれてしまいます。
4.挑戦しようとした努力を認めてください。必ずできるようになると自信をもって接します。
5.ありのままの彼らを受け止めてください。彼がなろうとしている自分の方をその子だとみようとします。
6.ある程度の権利と特権を保障してください。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2016年12月15日

83号

大人になることのむずかしさ.jpg
『大人になることのむずかしさ』(2)
 著者:河合隼雄
 編者:河合俊雄
 発行:岩波書店, 2014年

本書より:母性社会日本の「永遠の少年」たち---------------------------

1.父性と母性の両原理のバランスによって、社会や文化の特性がつくられている。

2.母性原理「わが子はすべてよい子」「わが子であるかぎりすべて平等に可愛い」。子どもの個性や能力は問われない。「包含する」機能。しかし、「子どもが勝手に母の膝下を離れることは許されない。「場」の倫理。

3.父性原理「よい子がわが子」
「切断する」機能。強いものをつくりあげていく建設的な面と、切断の力が強すぎて破壊に到る面がある。個人の欲求を充足して、成長に価値を与える「個」の倫理。

4.日本型の「場」倫理では、どこに属するかが大切になる。
場の中に「いれてもらっている」かぎりは、善悪の判断を超えて救済の手が差し伸べられるが、場の外にいるものは「赤の他人」になる。

5.日本の「タテ」社会の背景には「場」の倫理が働いている。
場の倫理では、平衡状態を保つ方策として、場の中の成員に完全な順序づけを行う。全体の意思決定が行われるときに、個々の成員が欲求を述べ立てると場の平衡が保てないので、順序の上のものから発言することによって、それを避けようとする。
しかし、この順序は、あくまで場の平衡状態の維持の原則から生じたため、個人の権力や能力は関係がない。これが日本の「タテ」社会の背景にある。

6.「場」の倫理では全員が被害者意識を持つ
「タテ社会」は、下位にいる人が犠牲になると考えられがちだが、実は、上の立場にいる人も犠牲になっている。つまり、場全体の平衡状態の維持をするために、その人も自分の欲求を抑えなければならないことが多い。したがって、日本では上も下も全員が被害者意識に苦しんでいる。

7.「場」と「個」の倫理が求める態度の違い
場の倫理によるときは、その場に入れてもらうために、「おまかせ」する態度を必要とするし、個の倫理に従うときは、個人の責任や契約を守るなど態度を身につけていなければならない。ところが、この二つの倫理観の間を縫うようなあり方には、まったくの対処の方法が考えられない。

8.「個」の倫理では資格が求められる
これに対して、父性原理に基づく社会は、西洋の近代社会のように、上昇を許すけれど、そこは「資格」に対する強い制度があり、能力差、個人差の存在を前提としている。このため、各自は自分の能力の程度を知り、自らの責任においてその地位を獲得してゆかなければならない。

紹介者コメント------------------------------------------------------

 本書(1983)から30年以上が経った現在では、すでに日本も資格社会になっています。それは、欧米が経験してきた「個」の倫理を基盤とする資格社会ではなく、日本型「場」の倫理の上に築かれた新しい型だといえます。親学を考えるときに見逃すことができないのは、ほとんどの親がこのような時代に雇用されて中年期を過ごしているということです。

 かつて、日本では終身雇用などを特色とした「場」の倫理が働く日本型経営によって、安定した経済を築くことができました。その一部は今でも残っているものの、ほとんどは過去のものとなりました。現在の日本社会は、この日本型の「場」の幹の上に「個」の倫理が接ぎ木されたといえそうです。混乱が起こるのも無理はありません。

 河合は、1983年の日本を「場」にも「個」にも属さない、母性原理を基礎にもった「永遠の少年」型の社会といいました。そして、アメリカはそれまでに切り捨ててきた母性を取り戻すことを課題にしているのに対して、日本では、母性といかに分離するかが問題だといっています。

 翻って現在は、どうでしょうか。終身雇用が崩れて期間契約型の雇用が増え、今では正社員になることが子どもの夢として語られるようになっています。昨年(2015)アメリカで発表された報告では、アメリカ人は18歳から48歳までの間に平均で10回以上の転職をしているといいます(US Department of Labor, 2015)。

 こうした状況のなかで、21世紀の日本の子育て支援や親支援はどのようにあるべきなのでしょうか。

 環境の変化に晒されて、これまでの生き方が通じないと感じるとき、私たちのアイデンティティは「揺れ」を経験します。それは混乱ともいえますが、その時に求められるものはアイデンティティの書き換え、改訂作業、ヴァージョン・アップです。

 これまでは、一人で内省して自己に反省することで次のステップが見えましたが、現代はスピード化と多様化によって、すばやい書き換えと、高い頻度が求められるようになりました。一人、部屋に籠って考え込む時代から、援助者と語りながら、共に自分の人生を形づくる時代に入りつつあるようです。これをライフ・デザイン・カウンセリング(Savickas, 2011)といいます。

 本年、紹介者は、シカゴ(アメリカ)と東京でライフ・デザイン・カウンセリングの研修・研究会に参加して、人の生き方を援助する、世界の最前線を体験することができました。今は、日本で、ライフ・デザインが日本人に及ぼす影響を調査しています。

 これまでにも述べてきました通り、我が国の子育て支援は、これまで母子保健のガイダンスと、親の在り方を伝える親教育に重点が置かれてきました。学問の世界を見渡してみると、これは数年前までにキャリア・カウンセリング心理学が辿ってきた道と重なります。

 キャリア・カウンセリング心理学は、職業ガイダンスやキャリア教育に並ぶ第三の柱として、ライフ・デザイン・カウンセリングを設置することに成功しつつあります。21世紀の、日本の、親学や子育て支援を考えるにあっても、「個別」に来談者の「人生」を「共に」「設計」していくことが求められています。
 親学に新たな風を吹かせるべく、来年も研究を重ねて参りますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。本年も拙稿をお読みくださいまして、ありがとうございました。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介

2016年11月15日

82号

大人になることのむずかしさ.jpg
『大人になることのむずかしさ』(1)
 著者:河合隼雄
 編者:河合俊雄
 発行:岩波書店, 2014年

紹介者より-----------------------------------------------------------

 私たちが対人援助の場面で行っていることは、アイデンティティの再構成だといえます。自己やアイデンティティ形成は、「場の倫理」に足場を構えやすいことが指摘されています。それは日本の良さでもあるのですが、行き過ぎると真綿で首を絞めるような一面が顔を出します。

 本書が出版されたのは1983年ですが、河合の指摘は現代にも当てはまります。
文庫版で再版されていますので、この機会にお手に取られてはいかがでしょうか。
 来月は本書後半の「母性社会日本の「永遠の少年」たち」を取り上げます。

土井隆義(筑波大学教授)の解説より-----------------------------------

 今日の生徒にとって、教師からの評価は自分の大きな自信にはつながらず、むしろクラスメイトからの評価のほうが圧倒的な重さを持つ。かつて、学校の教師は、社会的な価値観のコンセンサスを体現した存在だった。だからその教師からの評価は、生徒にとって大きな自信の根拠となりえた。それは社会に認められたことに等しかった。

 しかし、今日では価値観があまりに多元化し、そこにコンセンサスを見出すことが難しくなっている。教師は乱立する価値観のごとく、一部を体現するにすぎず、相対的にクラスメイトからの評価が重みを帯びてくる。現代において大人になるとは、相対化の力を修得することであると本書は協調している。

 安易に善悪を判断せず、それらを相対化する眼差しを身に着けること。それが大人の条件だとするなら、特定の世界観を人びとに押し付けることなく、様々な価値観の併存を許容するようになった現代社会は、さしずめ大人の社会といってよいだろう。

 ところが、社会が成熟すると個人が成熟するのは難しくなる。現代の青年が大人になりづらいのは、価値観の多元化した現代社会で「単層的な人生観や、イデオロギーに絶対的に頼るようなことができなくなっている」ことがあげられる。

本書より:「大人になることのむずかしさ」-----------------------------

大人になるといえば、「自我の確立」ということを条件のひとつとして、誰しも考えるであろうが、実のところ、「自我」ということが西洋人と日本人では異なっていると筆者は考えている。

西洋人の自我は他と切り離して、あくまで個人として確立しており、それが自分の存在を他に対して主張してゆくところに特徴がある。それに対して、日本人の自我は、あくまで他とつながっており、自分を主張するよりも他に対する配慮を基盤として存在しているところがある。何もいわなくても相手の気持ちを「察する」ことができる人間になることが、大人になることなのだ。

日本人はその自我をつくりあげてゆくときに、西洋人とは異なり、はっきりと自分を他に対して屹立(きつりつ)しうる形でつくりあげるのではなく、むしろ、自分を他の存在のなかに隠し、他を受け入れつつ、なおかつ、自分の存在をなくしてしまわない、という複雑な過程を経て来なくてはならない。

しかし、その間において、他に対する配慮があまりにも優先すると、常に「他の人はどう考えているのか」、「他の人に笑われないようにしなければ」ということが強くなりすぎて、西洋人からいわせれば「自我が無い」というようなことになってしまいかねないのである。

われわれにとっても今もっとも大切なことは、従うべきモデルが無いことをはっきりと認識することではなかろうか。モデルが明確に存在するとき、ある程度ハウ・ツー式のことがいえるはずである。現在「大人になること」について、これほど語ることが難しく、ハウ・ツー式のことが述べにくいのも、結局はモデルが無いからである。昔からの日本流でも駄目だし、西洋流も駄目なの
である。

モデルが無いことを認識し、モデルの無いところで自分なりの生き方を探って行こうとし、それに対して責任を負える人が大人である、といえるのではないだろうか。大人になるという決められた目標があり、そこに到達するというよりは、自分なりの道をまさぐって苦闘する過程そのものが、大人になることである。

筆者としては、むしろ、世界観を明確にもつことによって大人になるというよりは、既成のモデルに頼らずに、自分なりの世界観を築こうと決定し、その過程を進み続けつつあることによって、大人になると考えるべきだと思うのである。
posted by oyagaku at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書紹介