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一般財団法人 親学推進協会の公式メールマガジンに投稿した
「図書紹介」を画像付きで掲載します。

2017年05月15日

88号

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自己形成の心理学――他者の森をかけ抜けて自己になる』(2)
著者:溝上慎一
発行:世界思想社,2008年

【本書より】
<自己が否定的になるメカニズム>
青年期になると、自己への評価が否定的になりやすくなるのは「自己の置かれる環境が変化することによって、数多くの新しい経験をする」からです。

これらの経験によって、私達はそれまで持っていなかった、新しい価値や理想像を取り込みます。しかし、新しい価値や理想を取り込んだとしても、それをすぐに現実に結びつけることはできません。

現実の自己は、理想の自己のように思うようにならないので、結果的に自己は否定的になりやすくなります。どうしても理想の自己から現実の自己をみる視点は、否定的になってしまいやすいのです。

経験は、それまでの自己概念や価値を「揺さぶるもの」として機能するとき、自己から自己への評価は否定的になります。理想の自己は、現実の自己の立場からみて、目指している場合には目標になりますが、その逆は自己への否定的な評価につながりやすくなるのです。

<他者を通して自己になる>
 このように私たちは「他者を学習し、他者の視点に立って世界をみて」います。「その世界観が折り返されて自己に向けられるとき、自己像は把握され」ます。しかし、青年期になると、「反省的な思考能力が発達して、自己形成のダイナミクスが変わって」きます。

つまり、「人は他者の世界観にもとづいて形成したさまざまな「私」を、今度は自分なりの世界にもとづいて形成し直し」ます。「自分なりの世界観」といっても、結局は、他者を通して獲得されることに変わりはなく、その意味では、「他者を通して自己になる」基本法則は、人生のいつでもどこでも有効です。

※紹介者より:このように「他者の森を駆け抜けて自己」になる、とする本書のサブタイトルは説明されています。問題は、他者に反映された自己をまとめている自己側はどのような働きをしているのか、ということです。これは、次回以降にアイデンティ形成と自己構成の話題として取り上げることにいたします。
【図書紹介の最新記事】
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2017年04月17日

87号

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『自己形成の心理学――他者の森をかけ抜けて自己になる』
 著者:溝上慎一
 発行:世界思想社,2008年
 紹介者より-----------------------------------------------------------

・自己を二種類に分ける、という考え方
 私たちは社会のなかにうまれて、成長の過程で他者と出会い、ほかの人は違う自分を発見し、私らしさを形づくります。副題の「他者の森をかけ抜けて自己になる」が主旨をよく表現しているといえるでしょう。
 
 自己をあつかう心理学研究は、主体の私と、見られる側の客体の私の区別からはじまりました。その後は、おもに見られる私(客我)を対象にした研究を進めてきています。

・心理学に違和感を覚えたことはありませんか
 ヒトの心に関心を持って、心理学の本を紐解かれた方も多いかと思います。私もその一人で、特に大学生のころによく読んでいました。が、よく違和感を覚え、それをうまく言葉にできずに、もやもやとした気持を抱いていたことを思い出します。
 
 その違和感とは「私が読みたい内容が書かれていない」というものです。思い返せば、図書館で心理学の棚におかれていた本の多くは、客観的に観察したヒトの心理を研究したものばかりでした。

・人生の主人公の「私」を育てる
 私が学びたかったのは、イキイキとした人間像、自分らしく、よりよく生きる術でした。そのため、学生の頃は、こうしたことは心理学では学ぶことができないのだと残念に感じていました。
 
 それもそのはずで、私が学生のころは、実証主義の立場から「観察する」研究がまだ盛んだったからです。研究者は、できるだけ自分の気配を消して、対象を客観的に捉えようとしていました。もちろんその限界も唱えられはじめてはいましたが、今ほどメジャーではなかったように思います。
 そして、私が学びたかったものもまた、観察された自己ではなくて、人生の主人公としての自己でした。

・自己形成の心理学には、求めているものに近いものがありました
 そのような時代の流れなかで、「自己」研究をつづけてきた分野が自己心理学です。なかでも魅力を感じた考えかたに自己対話による自己形成論があります。
 
 主役の私と外から見られる私は対話を通じて自己を形づくっている、という考え方です。この考えは、自己は「関係のなかで発達する」ものとしてとらえることを基礎においています。
 
 もちろん、発達といっても、いくつものパターンがあって一括はできませんし、今回は紹介しきれませんが、「時間の経過とともに変化する」くらいの意味で考えてよいかと思います。

・自己形成論と「親学」
 そうなると、単なる自己の研究ではなくて、「自己を形成する」ことが対象になります。次に、そこで形成された「結果の自己」をみるか、形成される「プロセスにある自己」をみるか、また形成する過程の援助を扱うかどうかで、自己の心理学はさらに細分化されますが「他者との関わりのなかで自分が自分と対話を通して自分らしさを作り上げていく」、という考え方は、大学生の頃の私に教えてあげたくなるようなトピックでした。

・「親学」と自己形成論

 私は親学に関心をもって研究しています。そのせいか自然と、自己の形成プロセスとその援助に目が向きます。本書は、ジェームズの自己論(自己を主と客に分ける)から、エリクソンのアイデンティティ論(自己は発達する)、ハーマンスの対話的自己論(主と客は対話して自己をつくる)まで、いくつかの理論から自己形成を解いています。
 比較的薄い本ですが、何度も読み返すことができる内容の濃いものです。

・親学の視点からは、エリクソンの自己形成論が参考になります
 親学からは、とくにエリクソンが参考になります。
 エリクソンは、人は生まれてからself-development(自己発達)の時期を経て、青年期にはidentity forming(アイデンティティを形づくる)時期に進むと述べています。これはとても大切な区別です。教育に応用するときに、前者と後者では親や教師の関わり方のポイントが変わってくるからです。

・自己形成論を学ぶ意義

 たとえば、小学校に入って読み書き算もそこそこに、すぐに考える授業をはじめることや、青年期に入った学生をいつまでも児童(小学生)のように扱うことは、発達の段階を踏まえない例といえます。

 さらに、大人を対象にした生涯学習の場面でも時に目にしますが、まるで高校の授業のような一斉教育で、一方的に知識を伝達教授する教育者側の態度や、まるで学校時代の授業のように、セミナーを受講する学習者の態度にも、おとなの発達段階を踏まえない実像をみることができます。
 こうした姿勢や態度は、自己形成論を学ぶことによって変わっていくのではないかと考えられます。

・まとめ
 子供も大人も、どの発達の段階にあっても、自分が自分らしく生きるために時宜を得た教育と学習の態度を身につけることが求められます。そのためには、自己や私というものがどのように形成されて、育つものかを知ることは価値あることだと思います。
 
 とくに私のように、学生のころ心理学って数字ばっかりで面白くないなぁと感じたことがある方には、お勧めしたい一冊です。
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2017年03月17日

86号

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『自尊感情の心理学 理解を深める「取扱説明書」』
編著者:中間玲子
発行:金子書房, 2016年

紹介者より-------------------------------------------------------------

 「自尊感情を高める」ことは本当にいいことなのか。本書は、この疑問に挑戦しています。
 では、自尊感情は低い方がいいのかというと、そうではありません。一概にはいえないのです。

 どのような問題意識をもって、何を目指すかによって違うものを指しているにも関わらず、同じものを指しているかのように「自尊感情」という言葉が使われていることに問題があるといいます。また自尊感情を「高める」ことがまるで万能薬であるようにいわれることにも、疑問を投げかけています。

 この本を読むと、自尊感情の負の部分が分かり、問題は「質」なのだと気づきます。そうなると「その子なりの」自尊感情を高めることが大切になりますが、現状はそうなっておらず、自己について「こう思わなくてはならない」という圧力が働いていて、そこに違和感があるというのです。
 自尊感情について詳しく知りたい方、「あの子は自尊感情が低いのでは?」と気になっている方にお勧めの一冊です。

本書より--------------------------------------------------------------

 「あなたのとらえた、気になる子供の姿はどれに近いでしょうか」
<「どうせ」「無理」と言う子。失敗経験が重なっていて自信をつけさせたい>
 自信をつけさせるというよりも、自分自身の実態を捉えられるように取り組ませて、その過程を自分の経験として積み重ねることが大事になるでしょう。

<無気力な子。最初から諦めてしまっていることが多い。前向きに取り組むことがまずない>
 今という時間を過去や未来とつながったものとして感じられないために、空虚感が広がっていることも考えられます。経験の基盤、感情の基盤を有した質のよい自尊感情を育むためには時間も必要です。その子の現在の様子をとらえながらじっくり向き合っていきましょう。

<いつも一人でいる子。人とのかかわりに対する否定的なイメージが強い>
 人に裏切られた経験、いじめられた経験など、人間関係に積極的になれないようなつらい過去の体験がある場合には、レジリエンス(回復する心)の観点をもつことが必要になるでしょう。

<自尊感情を高めるにはどうしたらいいですか>
 自尊感情を高めることでどのような未来が拓けると想像していますか。その未来について考えてみてください。あなたはどのような未来の実現を求めていますか。それに従って、本書を紐解いていただければと思います。
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2017年02月15日

85号

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『女性の生涯発達とアイデンティティ―個としての発達・かかわりの中での成熟―』
 編著者:岡本祐子
 発行:北大路書房 ,1999年(5刷2010年)

紹介者より------------------------------------------------------------

 ケアすることは、女性の生涯発達にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
 本書は、ケアのもつ意味について、ハイデッガーやメイヤロフ、エリクソンの説を紹介しながら、
次のように説明しています。
・「自己および他者への気遣いや配慮に生涯にわたって献身することが人間の本質である」
・「相手の成長をたすけることによって、自分自身も自己実現を遂げていく」
・「相手のありのままの姿を認め、受容することは、自分にとってむずかしい課題であり、時には負担にも試練にもなりうる。しかし、そういう課題に取り組むからこそ、ケアすることが自己を変革し、成長させる」
・「ケアすることでみずからのアイデンティティがしっかりとしたものに確立されていく」
・「ケアという関係性のなかで、人間の本来もっているポジティブな人間性が発現し、ケアされる側もケアする側も自己実現を遂げていくことができる」

 ここで大切なことは、自分でケアする生き方を選んでいるかどうかです。
したがって、そうせざるを得なかったケアは、この範疇には入らないことになります。ケアは主体的に選択するものであって強制されるものではありません。では、どのようにして主体的にケアする生き方を選ぶことができるのか、本書では関係性に焦点を当てて説明しています。

本書より--------------------------------------------------------------

 ケアすることによって何が発達・変化するのか。
・子育てによる親の発達の中身は次の6つの因子に見出すことができる(柏木、1995)。「柔軟さ」「自己抑制」「視野の広がり」「運命・信仰・伝統の受容」「生き甲斐・存在感」「自己の強さ」

・女性の人格形成には、配偶者役割そのものは、あまり影響しない。かなりのウエイトをもつのは、親役割と職業役割である。

・子育てと並行してわずかであっても自分のための時間や場が大切でアイデンティティを確認できる場をもつことが、家事や育児といった家庭役割や職業人としての役割をやり遂げていくうえでのエネルギーになる。

・それがないと多忙さのなかに自分を見失う危険がある。職業をもつことは、直接にアイデンティティの成熟につながるのではなくて、自分を自覚できる時間や場を持つことが成熟につながる。

・ケアすることが人格形成に影響を及ぼす場合でも、保育士、看護師、介護福祉士などは他者からの感謝だけではなくて、評価もされるためそれが自己の有用性を支えることになる。家庭内のケアでも、その重要性を認めてくれる他者や心理的な意味でのサポートがないと、自分を支える力にはなりにくい。

・非常にしんどい子育てをしていて大変でも、ちゃんと自分の時間を確保できている人がいる。それによって、ケアリングも質が高められる。だから、どういうライフステージであっても「個」の確保とケアリングへのコミットメントがあざなえる縄のごとく大事なのではないか。

・中年期のアイデンティティの危機を解決できるかどうかは、最終的に本人が主体的に納得できるかどうか。女性の場合は、男性に比べると納得を迫られる岐路が多い。だから、発達の節目でこれでいいのかと考えて、現実の自分とめざすところの自分を折り合いをつけようとする。
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2017年01月15日

84号

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 『Encouraging children to learn』
 著者:Don Dinkmeyer, Rudolf Deikurs
 発行:Taylor & Francis Group, 2000年(原書1963年)

紹介者より-----------------------------------------------------------
 本書は「子どもを勇気づける」態度に関する古典です。
 教育に携わる多くの人に共有されることを望んでご紹介いたします。
 年初は、基本の確認から始めましょう。

 ポイントは、その人(子供)がなろうとしている、理想の自分の方をその人自身だと認めて信じること。現在の子供の姿と、子供がなろうとしている理想の姿を両方ともみながら、その子がなろうとしている姿になることができると大人が信じること。信じていると伝わるような態度をとること。ここが基本です。

 その上で、挑戦する権利を与えること、挑戦した努力を認めること、が続きます。さらに、失敗は罪ではないことを子供と一緒に確認することも成長のためには大切なことですね。
 半世紀以上前から大切にされてきた教育に携わる人の基本的な態度だと思います。

 私も、自分の理想とする自分に近づけるように、自分を信じて今年も挑戦を続けていきたいと思います。本年もよろしくお願いします。

本書より-----------------------------------------------------------------
All children need to feel worthwhile (many call this feeling “secure”).
Edith Neisser lists six attitudes through which we can give “security”
to children:
1. You are the kind who can do it.
2. It’s all right to try. Failure is no crime.
3. Provide plenty of opportunities for successful achievement. Don’t
set standards so high children are constantly falling short.
4. Be pleased with a reasonably good attempt. Show confidence in their
ability to become competent.
5. Accept children as they are. Like him as he is so he can like himself.
6. Guarantee certain rights and privileges.
(引用:Edith G. Neisser, How to Live with Children, 1950より)

(訳:紹介者。拙い訳で申し訳ありません)
 すべての子供は、自分には十分な価値があると感じられることを必要としています。
(多くの人はこの感じを”安全な”と呼んでいます)
エディス・ネイザーは、子供に”心の安全(安心)”を与えることができる6つの態度を次のようなリストにしました。

1.あなたは、そのことができるタイプの人です(という態度をとります)。
2.やってみていいのですよ。失敗は罪ではありません。
3.成功が達成される機会を十分に提供します。子供にとって高すぎる標準を設けてはいけません。落ちこぼれてしまいます。
4.挑戦しようとした努力を認めてください。必ずできるようになると自信をもって接します。
5.ありのままの彼らを受け止めてください。彼がなろうとしている自分の方をその子だとみようとします。
6.ある程度の権利と特権を保障してください。
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2016年12月15日

83号

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『大人になることのむずかしさ』(2)
 著者:河合隼雄
 編者:河合俊雄
 発行:岩波書店, 2014年

本書より:母性社会日本の「永遠の少年」たち---------------------------

1.父性と母性の両原理のバランスによって、社会や文化の特性がつくられている。

2.母性原理「わが子はすべてよい子」「わが子であるかぎりすべて平等に可愛い」。子どもの個性や能力は問われない。「包含する」機能。しかし、「子どもが勝手に母の膝下を離れることは許されない。「場」の倫理。

3.父性原理「よい子がわが子」
「切断する」機能。強いものをつくりあげていく建設的な面と、切断の力が強すぎて破壊に到る面がある。個人の欲求を充足して、成長に価値を与える「個」の倫理。

4.日本型の「場」倫理では、どこに属するかが大切になる。
場の中に「いれてもらっている」かぎりは、善悪の判断を超えて救済の手が差し伸べられるが、場の外にいるものは「赤の他人」になる。

5.日本の「タテ」社会の背景には「場」の倫理が働いている。
場の倫理では、平衡状態を保つ方策として、場の中の成員に完全な順序づけを行う。全体の意思決定が行われるときに、個々の成員が欲求を述べ立てると場の平衡が保てないので、順序の上のものから発言することによって、それを避けようとする。
しかし、この順序は、あくまで場の平衡状態の維持の原則から生じたため、個人の権力や能力は関係がない。これが日本の「タテ」社会の背景にある。

6.「場」の倫理では全員が被害者意識を持つ
「タテ社会」は、下位にいる人が犠牲になると考えられがちだが、実は、上の立場にいる人も犠牲になっている。つまり、場全体の平衡状態の維持をするために、その人も自分の欲求を抑えなければならないことが多い。したがって、日本では上も下も全員が被害者意識に苦しんでいる。

7.「場」と「個」の倫理が求める態度の違い
場の倫理によるときは、その場に入れてもらうために、「おまかせ」する態度を必要とするし、個の倫理に従うときは、個人の責任や契約を守るなど態度を身につけていなければならない。ところが、この二つの倫理観の間を縫うようなあり方には、まったくの対処の方法が考えられない。

8.「個」の倫理では資格が求められる
これに対して、父性原理に基づく社会は、西洋の近代社会のように、上昇を許すけれど、そこは「資格」に対する強い制度があり、能力差、個人差の存在を前提としている。このため、各自は自分の能力の程度を知り、自らの責任においてその地位を獲得してゆかなければならない。

紹介者コメント------------------------------------------------------

 本書(1983)から30年以上が経った現在では、すでに日本も資格社会になっています。それは、欧米が経験してきた「個」の倫理を基盤とする資格社会ではなく、日本型「場」の倫理の上に築かれた新しい型だといえます。親学を考えるときに見逃すことができないのは、ほとんどの親がこのような時代に雇用されて中年期を過ごしているということです。

 かつて、日本では終身雇用などを特色とした「場」の倫理が働く日本型経営によって、安定した経済を築くことができました。その一部は今でも残っているものの、ほとんどは過去のものとなりました。現在の日本社会は、この日本型の「場」の幹の上に「個」の倫理が接ぎ木されたといえそうです。混乱が起こるのも無理はありません。

 河合は、1983年の日本を「場」にも「個」にも属さない、母性原理を基礎にもった「永遠の少年」型の社会といいました。そして、アメリカはそれまでに切り捨ててきた母性を取り戻すことを課題にしているのに対して、日本では、母性といかに分離するかが問題だといっています。

 翻って現在は、どうでしょうか。終身雇用が崩れて期間契約型の雇用が増え、今では正社員になることが子どもの夢として語られるようになっています。昨年(2015)アメリカで発表された報告では、アメリカ人は18歳から48歳までの間に平均で10回以上の転職をしているといいます(US Department of Labor, 2015)。

 こうした状況のなかで、21世紀の日本の子育て支援や親支援はどのようにあるべきなのでしょうか。

 環境の変化に晒されて、これまでの生き方が通じないと感じるとき、私たちのアイデンティティは「揺れ」を経験します。それは混乱ともいえますが、その時に求められるものはアイデンティティの書き換え、改訂作業、ヴァージョン・アップです。

 これまでは、一人で内省して自己に反省することで次のステップが見えましたが、現代はスピード化と多様化によって、すばやい書き換えと、高い頻度が求められるようになりました。一人、部屋に籠って考え込む時代から、援助者と語りながら、共に自分の人生を形づくる時代に入りつつあるようです。これをライフ・デザイン・カウンセリング(Savickas, 2011)といいます。

 本年、紹介者は、シカゴ(アメリカ)と東京でライフ・デザイン・カウンセリングの研修・研究会に参加して、人の生き方を援助する、世界の最前線を体験することができました。今は、日本で、ライフ・デザインが日本人に及ぼす影響を調査しています。

 これまでにも述べてきました通り、我が国の子育て支援は、これまで母子保健のガイダンスと、親の在り方を伝える親教育に重点が置かれてきました。学問の世界を見渡してみると、これは数年前までにキャリア・カウンセリング心理学が辿ってきた道と重なります。

 キャリア・カウンセリング心理学は、職業ガイダンスやキャリア教育に並ぶ第三の柱として、ライフ・デザイン・カウンセリングを設置することに成功しつつあります。21世紀の、日本の、親学や子育て支援を考えるにあっても、「個別」に来談者の「人生」を「共に」「設計」していくことが求められています。
 親学に新たな風を吹かせるべく、来年も研究を重ねて参りますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。本年も拙稿をお読みくださいまして、ありがとうございました。
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2016年11月15日

82号

大人になることのむずかしさ.jpg
『大人になることのむずかしさ』(1)
 著者:河合隼雄
 編者:河合俊雄
 発行:岩波書店, 2014年

紹介者より-----------------------------------------------------------

 私たちが対人援助の場面で行っていることは、アイデンティティの再構成だといえます。自己やアイデンティティ形成は、「場の倫理」に足場を構えやすいことが指摘されています。それは日本の良さでもあるのですが、行き過ぎると真綿で首を絞めるような一面が顔を出します。

 本書が出版されたのは1983年ですが、河合の指摘は現代にも当てはまります。
文庫版で再版されていますので、この機会にお手に取られてはいかがでしょうか。
 来月は本書後半の「母性社会日本の「永遠の少年」たち」を取り上げます。

土井隆義(筑波大学教授)の解説より-----------------------------------

 今日の生徒にとって、教師からの評価は自分の大きな自信にはつながらず、むしろクラスメイトからの評価のほうが圧倒的な重さを持つ。かつて、学校の教師は、社会的な価値観のコンセンサスを体現した存在だった。だからその教師からの評価は、生徒にとって大きな自信の根拠となりえた。それは社会に認められたことに等しかった。

 しかし、今日では価値観があまりに多元化し、そこにコンセンサスを見出すことが難しくなっている。教師は乱立する価値観のごとく、一部を体現するにすぎず、相対的にクラスメイトからの評価が重みを帯びてくる。現代において大人になるとは、相対化の力を修得することであると本書は協調している。

 安易に善悪を判断せず、それらを相対化する眼差しを身に着けること。それが大人の条件だとするなら、特定の世界観を人びとに押し付けることなく、様々な価値観の併存を許容するようになった現代社会は、さしずめ大人の社会といってよいだろう。

 ところが、社会が成熟すると個人が成熟するのは難しくなる。現代の青年が大人になりづらいのは、価値観の多元化した現代社会で「単層的な人生観や、イデオロギーに絶対的に頼るようなことができなくなっている」ことがあげられる。

本書より:「大人になることのむずかしさ」-----------------------------

大人になるといえば、「自我の確立」ということを条件のひとつとして、誰しも考えるであろうが、実のところ、「自我」ということが西洋人と日本人では異なっていると筆者は考えている。

西洋人の自我は他と切り離して、あくまで個人として確立しており、それが自分の存在を他に対して主張してゆくところに特徴がある。それに対して、日本人の自我は、あくまで他とつながっており、自分を主張するよりも他に対する配慮を基盤として存在しているところがある。何もいわなくても相手の気持ちを「察する」ことができる人間になることが、大人になることなのだ。

日本人はその自我をつくりあげてゆくときに、西洋人とは異なり、はっきりと自分を他に対して屹立(きつりつ)しうる形でつくりあげるのではなく、むしろ、自分を他の存在のなかに隠し、他を受け入れつつ、なおかつ、自分の存在をなくしてしまわない、という複雑な過程を経て来なくてはならない。

しかし、その間において、他に対する配慮があまりにも優先すると、常に「他の人はどう考えているのか」、「他の人に笑われないようにしなければ」ということが強くなりすぎて、西洋人からいわせれば「自我が無い」というようなことになってしまいかねないのである。

われわれにとっても今もっとも大切なことは、従うべきモデルが無いことをはっきりと認識することではなかろうか。モデルが明確に存在するとき、ある程度ハウ・ツー式のことがいえるはずである。現在「大人になること」について、これほど語ることが難しく、ハウ・ツー式のことが述べにくいのも、結局はモデルが無いからである。昔からの日本流でも駄目だし、西洋流も駄目なの
である。

モデルが無いことを認識し、モデルの無いところで自分なりの生き方を探って行こうとし、それに対して責任を負える人が大人である、といえるのではないだろうか。大人になるという決められた目標があり、そこに到達するというよりは、自分なりの道をまさぐって苦闘する過程そのものが、大人になることである。

筆者としては、むしろ、世界観を明確にもつことによって大人になるというよりは、既成のモデルに頼らずに、自分なりの世界観を築こうと決定し、その過程を進み続けつつあることによって、大人になると考えるべきだと思うのである。
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2016年10月17日

81号

10代脳.jpg
『10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか』(2)
著者:フランシス・ジェンセン
訳者:野中 香方子
解説:渡辺久子
発行:文芸春秋, 2015年

紹介者より-----------------------------------------------------------
 
前号に続き、渡辺久子先生(児童精神科医)が解説する本書です。先生ご自身の著書には、『子育て支援と世代間伝達』(2008)、『新訂増補 母子臨床と世代間伝達』(2016)(共に金剛出版)があります。いずれ本稿でもご紹介いたしますが、渡辺先生の研究から私たちが学べることは、母子保健の「ガイダンス」に当たります。

紹介者は、親学を大きく3つの領域で考えています。一つは保健の「ガイダンス」。これは母子の心身の健康を目的とするものです。二つ目が「教育」。いわゆる「親学」ですね。最後に、家族・保育・子育て「カウンセリング」です。今号でとりあげる本書はこのなかのガイダンスに当たるものでサイエンスによる知識の伝達を目的としています。

私たちは本書から得られる情報によって、固定観念から逃れて自由で余裕のある子育て、自分育てに向き合うことができます。

本書より-------------------------------------------------------------

「悪いのは、親でも子どもでもない。10代の脳は未完成」

・脳は、後ろから前に成熟する。したがって、10代では行動の計画や決定、判断、衝動をコントロールする「前頭葉」が未成熟なのだ。20歳になってもつながりの弱い領域は20パーセントも残る。つまり、前頭葉とほかの領域をつなぐ配線が完成していないのだ。

・10代へアドバイスをするときは、何度も繰り返すことが大切になる。特に10歳から14歳では、これからすべきことを覚えておく記憶能力が他の領域の成長に追いついていない。それだけでなく、複数のことを同時にする「マルチタスク」をやりたがるが、つながりが完成していないこの時期の脳にとっては、危険ですらある。

「タバコ、お酒がダメな科学的理由」
・喫煙はIQに影響する。一日にひと箱以上吸う若者のIQは、特に低くなっていた。10代は中毒になりやすい時期でもあるため、月に1本のタバコだけで中毒が始まることがわかった。それは、おとなの脳よりも強くニコチンに反応するためだと考えられている。

・10代でタバコを始めた人は飲酒にもつながりやすく、吸わない人よりもお酒を飲み始める割合が3割高いことが報告されている。アルコールは、記憶に使うシナプスの反応を弱めるため、泥酔すると記憶をなくす一因となる。アルコールによる記憶障害は、おとなよりも10代に起きやすい。どちらも長期記憶をつくる海馬の能力を損なってしまうからだ。

・たとえ頻繁でなく、たまの飲酒でも、大量の飲酒は記憶力テストの成績を悪化させる。10代の女子は計算や運転、スポーツなどの能力が低下し、男子では集中力が大きく下がり少しでも退屈になると注意を向けられなくなってしまう。

 「女子脳、男子脳の神話と事実」

・男女の脳には小さいが無視できない違いがある。13歳の時点では、女子の方が単語を思い出すテストが得意であった。言語処理とすばやい意思決定の領域は、女子の方が脳のつながりが強い。また、この性差は「段取り能力」に現れる。

・段取りをつけるには、単なる頭の良し悪しではなく、脳の各領域がしっかりと統合されている必要がある。脳におけるこの統合機能は、30歳近くになってようやく完成するため、青年期では男女差がはっきりと認められるのだ。近年の高校は、カリキュラムの過密化によって、すぐれた注意力、企画力、段取り能力が求められる。しかしながら、男子はそのいずれも成
長が遅い。

・結局のところ、脳の成長については、発達やホルモンなどが複雑に絡み合っていてはっきりとした性差を断定することはできない。今のところ、科学者にわかっていることは、とりわけ青年期においては、脳は生まれと育ちの両方の産物だということだ。そして、育ちには、環境による刺激や
ストレスのすべてが含まれている。確かなのは、良いことであれ、悪いことであれ、私たちが学び、経験することが私たちの脳を変化させていくということだ。
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2016年09月15日

80号

 10代脳.jpg 
 『10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか』(1)
 著者:フランシス・ジェンセン
 訳者:野中 香方子
 解説:渡辺久子
 発行:文芸春秋, 2015年

紹介者より-------------------------------------------------------------
 
 解説の渡辺久子先生(児童精神科医)は、『親学のすすめ』(モラロジー研究所、2004)で「子供の心はどのように成長するか」をテーマに執筆されるなど、親学の初期から関わりがあります。先生は、長年慶応義塾大学医学部にお勤めになられ、世界的なご活躍されました。現在は、渡邊医院副院長です。

 今回は、本書巻末にある先生の解説「親が対応できる問題、専門機関に相談すべき問題」から、本書の読みどころをご紹介いたします。本文は、来月号で詳しく取り上げますので、ご関心のある方はそれまでに手に取ってみてください。

解説(渡辺久子)より----------------------------------------------------

・この本は思春期の子どもをもつ親にとって、目からうろこの本と言えるでしょう。
思春期、反抗期にこれまで親子仲良く順調に暮らしてきたはずのわが子が豹変し、暴言を吐き、タバコや飲酒に走り、信じられないような無軌道なことをしてけがをしたりする。

 「死ね」とわが子に言われ、これまでの自分の子育てや人生はいったいなんだったのか、と途方に暮れる。それが反抗期、思春期の子どもを持った親の深刻な悩みです。

 しかし、この本は、最近10年間に急速に進んだ10代の脳に関する研究を紹介し、そもそも、脳が完全に完成するのは30歳になったぐらいであることを紹介しています。

 それまで脳はゆっくりと成長します。最後に成長が完成するのは、様々な感情のコントロールを抑制する前頭葉です。つまり、ガードが外れた状態で10代の脳は急速に成長するのです。この時期は、反復練習が重要な技術の習得(スポーツ)や学習に適している一方で、様々な刺激に中毒になりやすく、怒りをつかさどる扁桃体の制御がうまくいかないために問題行動が起きるのです。

 こうした因果関係がわかるだけでも、わが子がまったく別人になってしまったと嘆く親は冷静さを取り戻すことができるでしょう。そして目の前の問題に落ち着いて対処する気持ちになれる。この本は、そんな本なのです。

・本書の優れているところは、タバコや飲酒などの嗜好品がなぜ10代によくないのかということをはっきりとデータで示しているところです。若い時期の飲酒や喫煙はのちのIQ低下につながるなどの信頼すべきデータを提示し、だからこそ遠ざけておく必要を語っています。

・では、医療機関の介入なしに親の力で解決できる思春期の問題と、相談した方がよい問題は、どう見分ければよいのでしょうか。そのひとつの基準は、子ども自身がその行動や症状によってどれくらい困っているかということです。偶発的に手がでてしまう場合には様子をみますが、何度も繰り返し、エスカレートする暴力は相談機関の介入が必要です。

・ぜひ家庭医やかかりつけの小児科医を持っていただきたいと思います。子どもの心は体と一体です。現在の健康状態は小さいころから身近に診てきた小児科医が一番適切な診断をするものです。そして、もしも専門的な対応が必要な兆候があれば、家庭医から専門医を紹介してもらうのが一番よいでしょう。
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2016年08月15日

79号

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『経済は「競争」では繁栄しない 信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学』

 著者:ポール・J・ザック
 訳者:柴田裕之
 発行:ダイヤモンド社, 2013年

紹介者より-----------------------------------------------------------
 道徳の教科化が迫るなか、紹介者の所属する「道徳科学」研究センターにも世間の注目が集まりつつあります。道徳科学とは、社会や国家がどうあるべきかといった価値論から個人の生き方を問うだけではなくて、科学的な知見からも研究を進めています。「子供の発達を保障する」親学もまた主義・主張の「べき論」に偏らず、実証的な知見を積み重ねることによって、道徳的な社会づくりに貢献できるといえるでしょう。

 さて、今回取り上げるのは、そんな道徳科学の本です。「人は生来、道徳性が備わっているといえるだろうか、その理由とその場合の道徳は何を指すのだろうか」そんな問題意識を持って読み進めていきたいと思います。
 なお、本書原題は、Paul J. Zak「The Moral Molecule;The Source of Love and Prosperity」です。TEDでも視聴できますので、これから御覧になる方は著者名で検索してください。

本書より-------------------------------------------------------------
 
 化学伝達物質「オキシトシン」こそ、道徳的な行動のカギである。
 オキシトシン・レベルが上がると、赤の他人に対してさえも、気前のいい、思いやりのある対応をするようになることを示しました。そして、この「道徳的な分子」を始動させるには、信頼の合図を送るだけでよいのです。

 信頼を込めて人と接すると、相手のオキシトシンが急増し、関与をためらったり、人を騙したりしなくなります。こうした道徳は、めぐり巡って自分に還ってきて、いつしか「善の循環」になっていきます。そして、ついには道徳にかなった社会が誕生すると考えられるのです。したがって「信頼できる人が多い国家ほど繁栄する」といえるのです。

 もちろん、話はそこまで単純ではありません。体内の化学物質は単独で機能することはありませんし、本人の人生経験に由来する他の要因も絡んできます。しかし、人間の絆や相互作用の性質を正確に認識して、それに反応するオキシトシンの能力に焦点を当てることには大いに価値があると考えられます。

 オキシトシンは、信頼の合図を示されたときと、共感を何かによって引き起こされたときのどちらか、あるいは両方の場合にどっと分泌されます。オキシトシンが急増すると、人はいつもより優しく、寛大で、協力的で、思いやりのある行動をとることがわかりました。その恩恵は、健康や幸せの増進だけではなく、信じられないかもしれませんが、経済の繁栄にも影響を及ぶすのです。
これまで、経済の結果を決めるいちばん重要なものは、天然資源の有無や教育、医療の優劣や国民の勤労意欲などと考えられてきました。しかし、すでに実証されているように、これらの要因は幸福の直接の原因ではないことがわかっています。実際にそのカギを握っているのが、信頼性であり、道徳なのです。そしてこの信頼性に影響を与えているのがこのオキシトシンで道徳分子として私たちの幸福感に大きく関与しています。
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