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パパはしんだんじゃあ [2012年05月26日(Sat)]
「パパは死んだんじゃ」101回は言った。母に向かってい言った。少しムカついて言った。

母親に「パパ」と呼びかけられると腹が立つ。私は「パパ」に恨みをもっている。根は深い。「パパ」が死んだ今も、恨みは続く。解氷することはない。
ある時期、「パパ」への恨みが私の存在理由をつかさどっていた。

多分、母の介護よりも、父の死が、私には与えた影響は大きい。
いつの日か将来、ゆっくりと亡父と私との関係を思い返してみたいが、今はまだ感情的になるだろうなあ。

そんなこんなで、母に「パパ」と呼びかけられると、私の機嫌は途端に悪くなり、母に喋りかける口調は強くなり、語尾が上がり、声が大きくなる。で、母は、そんな調子の私を見て少しおろおろする。が次の瞬間には忘れている。

前にも書いたが、健忘薬がほしいなあ。麻薬よりも良いかも。こんなに被験者がいっぱいいるんだから、どこか製薬メーカーさん、作ってくださいな。

バー

明日は、笠岡市で「介護ってどんなん講座。野田明宏氏講演」がおこなれる。場所がら、時節柄、田植えの準備に忙しい地区なので、参加者がどうかな・・・・と、地元の世話人の方から連絡が入る。地元ケーブールTV「夢ネット」さん。山陽新聞さんが取材に来られるそうな。

時間があれば、井原市の「嫁いらず観音」にお参りをして帰りたいなあ。
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倉敷ねたきり・認知症家族の会in新渓園 [2012年05月25日(Fri)]
「新渓園」なんと素敵な言葉の響きだろう。今日、ここで「倉敷ねたきり・認知症家族の会」の談笑会があり、参加した。
小雨模様の「にわ」は、大原美術館別館へ向かう観光客から視線をはずすため、木々の枝が造作に伸びている。
座卓が苦手な母には今日は遠慮をしてもらったが、連れて来たとしても、喜ぶのはお弁当を食べる時だけだろう。

「新渓園」の由来を調べようと、ホームページを見るが、がっかりした。

DSC_0071.JPG                 楽しいひと時





先に老いる母 [2012年05月24日(Thu)]
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「住む家は決まった、次は何を決めるべきかな・・・」と母は人生設計に余念がない。
なんたって、「久奥さん。何歳」と問うと「30歳ぐらいかな」と応えるのだから、残りの人生は永い。
私よりも永い…。

ふくろ

「エンディングノート」と「デスノート」とを、よく間違える。「デスノート」の方がストレートでわかりやすい気がするが…。ストレートすぎるかな。

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ここんところ、私は母に優しい。気持ちが伝わるのか母もニコニコ。
でも、でも、母のニコニコ顔よりも、女のニコニコ顔の方が私は良い。
「一緒にするな」と声が聞こえてきそうだが、『共に歩む』。あるいは『共に老いる』相手がいることは素晴らしいことだなと、母の介護を通じて学んだ。

ダイヤ

6/17の「語る会」は「エンディングノート」の書き残し方です。
DON‘T TOUCH ME [2012年05月23日(Wed)]
本日は「大阪ほっこりサロン」へ参加の日。先月は参加できなかったので、今月は万難を排してGO!

ルートを変えて会場を目指すも、読みが甘く、時間までに到着せず、途中入席だった。

腰を掛けて皆さんの顔を見ると、初顔の方が2人いらっしゃる。大阪市社協さんの地道な努力の結果だろうと感心していると、「久奥さん。ブログを休まないでください。」と励まされる。
この場を借りて、すみません。

TV

男性介護者は「介護の年数と、要介護度数で上下関係が決まる」とK女史からご指摘を受ける。
「なるほど」と相槌をうった。確かに男はそうだ。私もそうだ。要介護度は必ず尋ねる。
が、今の20代30代が介護を始める未来には、『上下関係って何』と年寄HISAOKUは訊かれているかもしれないなあ。

車(セダン)

帰り道、助手席の母が私を触ってくる。以前から見られた行動だが、「何故に触る」と考える。
軽いタッチで、サーッ、サーッと触ってくる。
「不安を感じているのかな、寝てると思って起こそうとしているのかな」とあれこれ考えるが答えは出ていない。もしかしたら、死んでると思って、ためしに触っているのかもしれない。
とにもかくにも、触られる私としては良い気分ではない。

でも、母の不安の表れではないかなと思う…。
そしてSAで二人並んで夜飯を食う。

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サービス担当者会議 [2012年05月22日(Tue)]
本日はサービス担当者会議が我が家で行われる。
新しいケアマネさん。男性のケアマネさん。何となく、期待する。
よっぽど『いいケアマネの条件はなんですか』と訊きたがったが、他の方もいるのでやめた。

これからは男性のケアマネさんも増えてくると聞く。
うれしい。愚痴が言いやすい。

『こだわってますな、男の介護』と以前、野田氏に言われたが…、こだわっているのだろう。

いい気分(温泉)

『引っ越しは大変かいな』と松月(母の入居先)の管理者に訊くが『着替えと、衣類ケースだけでよろしい』とあっさりと返事。拍子抜けである。
今月末の31日に、ショートステイから、夜、連れて帰り翌朝、デイへ送って行きその夕刻、母は松月へと送られていく。ほんの少し、センチになった。

馴染んでくれればいいがなと、子供を送り出す気分だ。(多分こんな気持ちであろう)

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スパッとは、断ち切れん [2012年05月21日(Mon)]
子供を育てる『育児期』。
親、配偶者を介護する『介護期』。

『介護期』を終える今、少しズームを引いた、広角な視点で介護を見ている。
「介護は世の中にある出来事の一つさ」と某氏はのたまったが、介護ingの私には、意味が伝わらなかった。
今は思う。「介護は世の中にある出来事のひとつ」だと。

「じっくり聴かせて」は介護ingか、OBの方が対象になるので「介護」について説明は不要。
「NPO介護ん」は、before介護の方も対象となるので「介護」についての説明が必要。
これが難しい。

癌を対比として持ち出して、「怖いぞ、恐ろしいぞ、だから今から介護んに入会して準備をしておけ。」と脅かすのも手だろうが、癌ほどの知名度は介護にない。民間の介護保険もあるけど、癌保険ほどポピュラーでもないし。

飛行機

6月から施設へ入る母が死ぬまで、私の介護はing.
母の葬式を出して私の介護もend.

でも、昨日書いた内容と違うなあと気づく。

スパッとは、断ち切れんわなあ。
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あっさりと。さっぱりと。 [2012年05月20日(Sun)]
このたびの、ブログ中断を振り返って、心の変化が進んでいることに気付く。

介護が始まってから、最初はCANPANではなく、他のサイトを使って匿名のブログを書いていた。
その後『じっくり聴かせて』を始めて、たまたま出席した勉強会でCANPANを知り、団体のブログとして書き始める。
で、6月も目前に迫って、私の介護生活も終わり(予定)を迎える。これからの自分の人生の過ごし方に思いが向く。
向いた先には、このブログもある。
「久奥さんは介護よりも、会の運営に関心が向いていますね」と後輩に言われるが、ここ3日、4日で
社会復帰に私の関心の比重が傾いた。
先日の、介護んセミナー&交流会の司会をして、以前の職業で感じていた充足感、高揚感を思い出し、それがきっと、尾を引かせたかと思う。
その結果、ブログを書くのを逡巡した。こうもアッツサリと、介護が後へ押しやられるとは思ってもなかったが、自分の中ではそうなっている…らしい…。ならば、そうしよう。潔く介護を後ろへ押しやろう。

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本日の「語る会」です。あっさりと、さっぱりと。




もも塾へ入塾 [2012年05月19日(Sat)]
すいません。何となくかけなくて、書きませんでした。すみません。


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「ふるさとづくりももたろう塾」の入塾式に参加。石井県知事から許可証を受領する。
第16期生、総勢36名の入塾。

ハート

明日は「語る会」。前回は多くの方が来てくれたので、今回は反動でこじんまりかな。





第2部 交流会 [2012年05月14日(Mon)]
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パネラーの皆さん。右から
倉敷市保健福祉局保健部 介護保険課主任        池田康幸さん
倉敷北ケアセンター施設長 NPO法人介護ん副理事長  山本達己さん
NPO法人介護ん理事長                 井上きよみさん

「介護への準備を始める時期について教えてほしい」との参加者からの質問で、第2部交流会は始まる。
たぶん、質問者の方は井上さんの講演を聞いて、抱いていた介護に対する漠然とした不安が、介護への危機管理意識へと変わって行かれたのでしょう。
この質問には山本さんが「そのように感じられた時が、介護への備えを始める時期です」と明確に答えられた。もしかすると、質問者の方は「もっと先の準備で大丈夫ですよ」と答えてもらいたかったのかもしれないが、リアルに現場を知る山本さんの答えはストレートだった。

続く





「失敗だらけの介護だからこそ、見えてきたもの」 [2012年05月13日(Sun)]
第1部 井上きよみさん講演「失敗だらけの介護だからこそ、見えてきたもの」

父の急死を受けて、突然に始まった母の介護。当時、東京で会社を経営していた井上さんは遠距離介護の生活に入るが、すぐに帰郷を決意する。

「ある日、東京のオフィスに入った電話は、実家のお隣さんから父の死を知らせる電話でした。驚き、急ぎ実家へと向かいました。」

喪主として亡父の葬式を慌ただしく取り仕切りる一方で、母に時間はさけないと判断し、市役所へ救いを求めて電話を入れる。
「葬式の日に市役所に電話を入れ、母を預かってほしいとお願いをしまくりました。そしたら、高齢者支援センターから職員がやって来て、次の日には別な職員の方がやって来ました。その人がケアマネージャーでした。」

介護保険の申請をして、認定調査を受け、黄色い介護保険証が郵送で届く。
介護保険は、すべてがケアマネージャーを通さないと動かないし、前へ進まない。
「医療保険は直接、私と病院とのやり取りですが、介護保険制度は私と施設との間に、ケアマネージャーが必ず、ワンクッションとして入ります。」

IT企業の社長として、自らの決断で部下に指示を出し、自身の生き方を決めていた井上さんにとっては、疑問の残る介護保険制度であり、疑問の象徴がケアマネージャーであった。また、その結果、保険料を納めているにもかかわらず、介護保険利用者とケアマネージャーとの間に歪な関係を生み出した。
「よく聞くのが、受けるサービスに不満や文句があっても『お世話になっているから』や『私が我慢すればいいんだだから、波風を立てんでおくれ』といってケアマネージャーに『お世話になります』と一任してしまうケースです。」「また逆に、一任されたケアマネージャーも、戸惑ってしまうと思います。」

介護保険制度は国の制度で変えようがない。ならば私たち自身が、どのような人生を過ごすか自分で決める事の重要性を井上さんは説く。
「自分がどの様に暮らしたいかを、はっきりと持つことが大切です。」
と言って、井上さんは講演を終えられる。

時間にして25分と、いろんな方の講演を聞いてきた中で、一番ショートな講演だった。わかりやすくて良かったです。

第2部の交流会は明日書きます。

蛇足です。
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