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魚を守る漁師[2011年11月24日(Thu)]
ブログで親しい人の事を書くのは、時として適切でない場合もあると思う。ましてや、それが悲しい知らせであればなおの事、書くべきではなのではと何度か自問した。

先週、岡山県備前市日生町の漁業組合長でいらっしゃった本田和士組合長の訃報を受けた。

本田組合長には、以前勤めていた海洋政策研究財団の総合的な沿岸管理に関わる事業の関係で知り合いになり、常に暖かく接して頂いた。同事業で、日生がモデルサイトになり、その担当を私が受け持たせて頂いた関係で、日生には何度もお邪魔し、本田さんには陸でも海でも瀬戸の海について、経験と思いの詰まった話をして頂いた。

最初、岡山県水産課の田中さん(現在は海洋建設水産環境研究所の所長をされている)と鳥井さんに本田さんをご紹介頂いた時には、半日岡山県庁前の図書館で日生の漁業史を読み、付け焼き刃で訪問をした私に「宜しくお願いします」と頭を下げて頂き、本当に恐縮したのを覚えている。

それからも、「海の計画を作りましょう」とか「日生のアマモ増殖について海外に発信しましょう」とか、どちらかと言うと直接的とは言えない私の提案について常に熱心に耳を傾けて下さった。お身体の調子もあり、遠出は苦手でいらっしゃったのに、総合的な沿岸域管理の事業に関わる会議の為に東京までお越し下さった時には、本当にお礼の言葉もなかった。

私は、海外での現地調査が多く、日本の海について十分な経験がない。しかし、本田さんは逆にその経験のなさを新たな視点として受けとめて下さった。

私が、自分勝手にも仕事半ばでカナダに向かう時にも、「日本の為に、いい仕事をしてください」と新たな出立にお祝いの言葉を下さった。「また、帰国の際はぜひとも日生に、今度はご家族で来てくださいよ」と言って頂いた。

一度、ダニエルポーリー教授に謎掛け半分で、「漁師がいないといなくなってしまう魚もいる」と話し、「何を言っているのだ」と笑われた事がある。自然海岸が激減し、すり減った生息域に長い年月をかけてアマモを植え、魚のすみかを作ったのは日生の漁師と本田さんのリーダーシップである。この例を挙げると、「一度、その漁師とお会いしたい」とポーリー教授が話していた。

魚を守る漁師、矛盾しているようで、そうあるべきである海と人との関係を本田さんは体現されていた。

どうぞ安らかに。
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http://blog.canpan.info/otanereus/archive/13
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