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海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


海のジグソーピース No.125 <海洋情報の発信と海洋危機ウォッチ> [2019年04月10日(Wed)]

 笹川平和財団海洋政策研究所で取り組んでいる海洋情報の発信は、例年、年始から3月末にかけて業務のピークをむかえます。2019年も「万葉集と海」という新しい元号を予感させるタイトルの寄稿を掲載した「Ocean Newsletter」新年特別号を皮切りに、2月の『海とヒトの関係学』シリーズの発行、3月の『海洋白書2019』発行まで、3回の海洋フォーラムをはさみながら取り組み、無事に新年度を迎えることが出来ました。海洋の問題は幅広く、また、様々なステークホルダーが関わることから、総合的・横断的な視点での情報発信が欠かせません。

 昨年度(2018年度)、『海洋白書2019』を企画するにあたって過去の記事を読み返したのですが、2004年の創刊号『海洋白書2004』の当時から、既に、人間活動が海洋の環境や資源に無視できないほど大きな影響を与え、私たちの生存基盤を脅かしていることが明らかになってきたことなど、海洋の危機への警鐘が鳴らされています。そして、その問題は解決するどころか、近年ますます大きくなっています。地球温暖化は、北極の海氷減少や気象の極端化、サンゴの白化といった地球規模の問題を引き起こしています。水産資源の減少や海面水位上昇による島嶼国への影響なども懸念されています。海洋酸性化やマイクロプラスチックといった新たな問題も加わり、その対策は待ったなしの状況にあります。

<海洋危機ウォッチ(プロトタイプ版)の公開>
 このような海洋環境の問題は、意外と自分ゴトとして捉えることが難しい問題でもあります。国連の持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の17目標のうち海洋問題を扱ったSDG14は、関心調査で最下位となることが多いです。海洋という現場に行くことが難しいというアクセス面の課題や、科学的な予備知識を必要とする問題も多いことなどがネックとなるようです。

 特に後者に着目し、2015年度から当研究所で取り組んでいる「温暖化・海洋酸性化の研究と対策」事業の一環として、主に海洋酸性化(SDG14.3)の問題に注目し、一般向けに分かりやすく、かつ専門家にも活用可能な情報基盤として「海洋危機ウォッチ」の構築を、国立研究開発法人海洋研究開発機構の協力のもとで進めてきました。ウェブページでは、科学研究が進む海洋酸性化をはじめとする海洋環境の諸問題を最新のニュース記事を交えて紹介するとともに、将来予測シミュレーションの結果や観測データを掲載しています。

 昨年12月に公開したプロトタイプ版のウェブGISを利用して見ることが出来る、2100年の将来予測の例としてアラゴナイト飽和度Ωの分布の比較を紹介します。

角田1.png
2100年4月の海面のアラゴナイト飽和度Ωの分布
※クリックして拡大

 左の図は温室効果ガスの排出をこのまま継続した場合のRCP8.5シナリオの結果、右の図は排出削減に取り組んだ場合のRCP2.6 シナリオの結果です。海洋酸性化が進みΩが1よりも小さくなると、有孔虫や貝類など炭酸カルシウムの骨格を持つ生物が骨格を作りにくくなるのですが、RCP8.5 シナリオではΩが1より小さな赤色の海域が広がることが分かります。一方で、排出削減に取り組んだRCP2.6シナリオではΩが1より小さくなる海域を抑制できることが分かります。すなわち、温室効果ガスの排出を抑制すれば、将来の海洋酸性化の影響を最小限に出来る可能性があることが分かります。

 プロトタイプ版では、このような将来予測に加えて、日本周辺の高解像度シミュレーションモデルを活用した予測結果やモニタリングの様子をインタラクティブに見ることが出来ます。まだまだ試行錯誤をしながら構築を進めているプロトタイプ版の段階ですが、是非、活用してみてください。

<『海洋白書2019』の発行>
 最後に、冒頭で紹介した『海洋白書2019』について少し紹介をします。今回の海洋白書では、例年通り過去1年間を中心に、70年ぶりの大幅な漁業制度改正や台風と高潮などの国内外の海洋に関する出来事や動向を幅広く横断的にまとめています。また、「なぜプラスチックが海の問題なのか」と題した巻頭特集を初めて導入し、6月に大阪で開催されるG20でも議題となる海洋プラスチック問題を取り上げました。表紙や目次デザインを刷新し、図解を導入するなどの新たな試みもしています。今年も、4月15日頃から書店に並びはじめます。是非、手に取ってみてください。

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『海洋白書2019』で初めて導入した巻頭特集ページ
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図解:海洋モニタリング(『海洋白書2019』より)
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海洋政策研究部主任研究員 角田 智彦