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海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


海のジグソーピース No.87 <北朝鮮の外交戦略の変化をランチェスター戦略から読み解く> [2018年07月04日(Wed)]

 2018年6月12日、シンガポールで史上初となる米朝首脳会談が開催されました。これに先立ち、2018年4月27日には、2000年、2007年に続き、約11年ぶりとなる通算3回目の南北首脳会談が開催されました。また、金正恩北朝鮮国務委員会委員長は中国の習近平国家主席とも、2018年に入ってから、3月下旬、5月上旬、そして米朝首脳会談直後の6月下旬と、短期間のうちに3回も首脳会談を実施しました。

 2018年の春は、これまで国際社会からの批判を受けながらもミサイル発射や核実験を強行してきた金正恩委員長が見せる新たな外交戦略にこれまでにないほどの注目が世界中から集まった時期だったと言えるでしょう。

 両首脳会談の成果については、さまざまな評価が行われておりますので、ここでは割愛しますが、いずれにしても、日本を取り巻く海洋安全保障環境は今後も混迷を深め、かつ、緊迫度を増していくことが予想されます。しかしなぜ、金正恩委員長はこうした首脳外交を積極的に展開し始めたのでしょうか。その真意を正確に読み解くことは難しいのですが、1つの理由として、北朝鮮と同国の同盟関係である中国との関係がこれまでにないレベルまで冷却化したことが挙げられます(中朝関係の変化について、私はこちらで論じています)。

 1961年に結ばれた中朝友好協力相互援助条約により、中国と北朝鮮は一方の締約国が武力攻撃を受けた際には、他方の締約国は直ちに全力を挙げて軍事上の援助を与える(同条約第二条)ことが義務づけられています。しかし、2000年代に入ると、中国国内では同条約の意義や必要性について疑問視する意見が出始めており、2021年の同条約の更新(20年毎)に向け、金正恩委員長としても冷え込んだ中朝両国関係の改善を図るタイミングを探っていたのではないでしょうか。米国のトランプ大統領からの軍事的圧力を受ける金正恩委員長としては、危機的状況を迎える前に、是が非でも、米国だけでなくこの機会に中国とも関係を正常化させる必要があったと考えられます。

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機械構造として捉えた極東アジアの政治情勢(イメージ)
イラスト出展:iStockphoto

 それでは、同条約を含めた軍事同盟の理論的な意義はどこにあるのでしょうか。なぜ、国家は軍事同盟を結ぶのでしょうか。そのヒントを与えてくれるのが、英国のエンジニア、フレデリック・ランチェスターの理論(ランチェスター戦略)です。

 ランチェスターは、戦争における損耗予測などを理系的な観点から数式化し、兵力の大きさの重要性などを解き明かしました。もちろん、剣や弓矢などで戦う古典的な戦闘と、銃器やミサイルなどで戦う近代的な戦争を同列には語れません。そこで彼は、古典的な戦闘には一次法則を、近代的な戦闘には二次法則を用いるというアイデアを示しました。

 詳しくは省きますが、ランチェスターが導き出した2つの法則が教えてくれるのは、仮に自軍と相手軍との間で兵器や戦闘員の能力が等しい場合には、人数の多いほうが圧倒的に有利になるということです。そして、自軍と相手軍との間に兵器や戦闘員の能力に差がある場合には、人数差だけの場合よりも、さらに大きな優劣が生じることになります。

 つまり、国家は他国と軍事同盟を結ぶことによって、自国単独の場合よりも兵器や戦闘員の能力、そして人数を飛躍的に増加させ、戦争時に少しでも有利な状況を形成することを期待するのです。そして、ランチェスターの着想に刺激を受けた英国の数学者のルイス・リチャードソンが数式を示して証明したように、国家間の軍事的な摩擦の増大は一定の段階で小康状態(軍事同盟の増加を含む自国軍事力の拡大には限界があるため)となり、やがて表面上の安定状態を作り出します。

 ランチェスターの法則に照らし合わせると、北朝鮮にとって、このタイミングでの中国との軍事同盟を含む外交関係の見直しが極めて重要だったことが、より理論的に理解できます。そして同時に、リチャードソンの考え方によれば、現在の、一見すると協調路線へとシフトしたかに見える北朝鮮の外交戦略は、中国との同盟関係を前提とする、あくまで軍事力の均衡と不均衡との都合が生み出す一時的な小康状態の顕現に過ぎないことになります。

 私は文系の研究者ですので、これまでブログ(第1回目では囚人のジレンマモデル、第2回目では経済学のSCPモデル)で紹介してきたように、基本的には海洋安全保障構造を文系の視点から考えてしまいますが、今回取り上げたランチェスターやリチャードソンのような理系の研究者の知見を借りることも重要だと考えています。いずれにせよ、ランチェスターやリチャードソンの導き出す協調は、あくまで軍事力の数式的バランスによるものであり、平和を希求するものではありません。

 今後、私たち海洋政策研究所では、海洋は人類共通の財産であるとの認識をもとに、新規性と独創性のある着眼、分析、考察によって、協調を基本とした新たな海洋安全保障の考えを示していきたいと考えています。

客員研究員 倉持一