• もっと見る

海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


海のジグソーピース No.107 <古代からのメッセージ―紀元前12世紀、グローバル経済を崩壊させた海上交通路の破壊−> [2018年11月28日(Wed)]

 紀元前1200年以前の昔、北アフリカから地中海を挟み、南欧・中東まで広がるグローバル経済圏が栄えていたそうです。そのグローバル経済圏は、B.C.1177年を境に突如崩壊しており、その要因が謎の「海の民」による破壊活動であったとの説を唱える歴史学者も多いそうですが、まだ定説はないようです。2018年1月、その崩壊の謎に挑んだ考古学者のエリック・H・クラインの著書『1177B.C:The Year Civilization Collapsed』の邦訳版(B.C.1177古代グローバル文明の崩壊)が出版されました。クラインの分析は、現在のグローバル経済の脆弱性を示唆しており、物流の大動脈である海上交通路の安全保障の重要性を再認識させるものがあります。

 後期青銅器時代に当たる紀元前1500年頃からおよそ300年にわたり、地中海域を中心としてミケーネ、ヒッタイト、アッシリア、バビロニア、キプロス、そしてエジプトの古代国家や民族の間で活発な交易活動が営まれ、様々な物品が売買されるという、言わば古代版グローバル経済圏があったことは、ある地域の特産品が他の地域の遺跡で発掘されるなどから、歴史学的に認められているようです。その古代グローバル経済圏では、国家や民族間で絶え間なく武力紛争や略奪が生じていましたが、そのような中でも民族間の婚姻による姻戚関係の構築や経済交流は維持・促進されていたようです。例えば、紀元前1274年にエジプトとヒッタイトがカデシュで戦闘を始めますが、地域での経済活動は続いており、やがて世界最古の和平条約を交わしています。

image001.jpg
カデシュの和平講和(イスタンブール考古学博物館所蔵)(著者撮影)

 ところが、そのようなグローバル経済圏が突如として歴史から姿を消します。紀元前1177年、グローバル経済圏を構成していた多くの古代都市に大規模な破壊の痕跡があり、その後、交易の証となる考古学的発見は途絶えているそうです。古代都市の大規模な破壊の原因としては、各地で連鎖した内紛、大規模な地震、気候変動など幾つかの説がありますが、当時地中海沿岸を跋扈した「海の民」によるものであったとの説もかなり有力なようです。しかし、その「海の民」とは何者か、何処から来たのか、何故破壊活動を繰り返したのか、まだ定説はなく謎に満ちています。クラインは著書の中で、破壊の原因はおそらく幾つかの仮説の複合によるものであろうと述べています。グローバル経済は、実はかなりの複雑系構造世界であり、ある要因が生じると連鎖的に様々な状況を創り出し、それがシステム破壊を生じさせる危険性があることを指摘しています。クラインは、複合要因の1つとして、他の学者が指摘する次のような「海の民による交易ルート断裂説」を挙げています。

 つまり、支配地域を越える経済活動の主体が領主・国王から商人へと移り変わり、その過程において海上交通路の安全を守るという意識が希薄になっていき、そこに領域と既得権益を持たない「海の民」が入り込み、利益略奪を試みた、とする説です。

 複雑系としてのグローバル経済構造世界では、1つの要因が歯車の回転を変え、構造の破たんを引き起こすのみならず、一旦破たんすれば回復が難しいのかも知れません。「海の民」は海上交通路の安全確保の重要性を訴える「古代からのメッセージ」かも知れません。

 笹川平和財団海洋政策研究所では、グローバル経済を支える物流の大動脈としての海上交通路の安全確保のあり方について、さまざまなアプローチによる研究事業を展開していきます。
特別研究員 秋元 一峰

コメント