• もっと見る

海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


海のジグソーピース No.79 <輪廻の海:インド洋> [2018年05月09日(Wed)]

 今、グローバル経済を支える大動脈(シーレーン)が通るインド洋が世界の政治・経済、そして安全保障をめぐる中心舞台となっています。日本外交の柱の1つである「自由で開かれたインド太平洋」も、そのようなインド洋地域とアジア太平洋地域とを結びつける戦略であると言えましょう。これから先、日本そして国際社会はインド洋にどのような舞台を描いていくべきでしょうか。それを思考するには、まず、人類のインド洋への関わりの歴史をたどってみることが必要でしょう。

 インド洋における海洋利用のパラダイムには、幾度かの変遷を見ることができます。歴史の初めに現れる南越やドラヴィダ、あるいはアラビアの商人が自由に行き交うコスモポリタン的世界のインド洋には、やがて中国(明)の国家事業として鄭和が主導した南海大遠征によって、1つのシーレーンが生まれます。その後、オスマントルコの隆盛によって、西洋と東洋を結ぶ陸路が阻まれる間、スペインやポルトガルを先駆けとする大航海時代が始まりましたが、レパントの海戦でオスマントルコ海軍が消滅すると、今度はキリスト教世界の海軍艦船が地中海を出て商船隊に同行するようになり、シーレーンと海外市場への橋頭堡を確保するシーパワーがインド洋の覇権を握ることになりました。以降、インド洋はポルトガル、オランダ、イギリスのシーパワーに南アジアと東アジアの植民地と市場を得るためのシーレーンを提供する舞台となっていきます。やがて、第1次世界大戦を迎えると、第2次世界大戦とそれに続く冷戦の時代まで、インド洋は大国による軍事的優位を競う場となりました。

 古典地政学に倣えば、おそらくは有史以前からの「コスモポリタン的海洋世界」に、15世紀初頭、明帝国による「ランドパワー国家がチャレンジする海洋世界」が交わり、その半世紀後に迎える大航海時代によって、「シーパワーが競う海洋世界」が現れ、第1次・2次大戦と冷戦の時代の「軍事的対立の海洋世界」へと、インド洋舞台はパラダイムシフトを繰り返してきました。

 冷戦後に発生した経済活動のグローバル化の中で、インド洋は域内外の多くの国家あるいは国家の枠組みを超えたアクターによる経済活動の表舞台となる様相を呈しています。しかし、インド洋には海洋利用を律するシステムやレジームは必ずしも確立されてはいません。安全保障の面を見た場合も、広大なインド洋には「パワー」の空白域が存在します。インド洋は「自由」と言うよりも「無秩序」、「活気」と見るよりは「流動」とそれぞれ捉える方が適切です。

 そのようなインド洋には、中国が「一帯一路」構想に基づき活発に進出しており、パワーシフトによる安全保障環境の不安定化が危惧されています。「一帯一路」構想は国際経済活動の活性化を標榜するものであり、軍事的影響力を及ぼすものではないにしても、受益国が既存する経済域に新たな国が経済的利益を求めて参入すれば、そこに国家間の軋轢が生じることもあるでしょう。一方、日本は「自由で開かれたインド太平洋」戦略を打ち出し、それにアメリカ、インドそしてオーストラリアが協調する姿勢を示しています。

 今、インド洋は、「コスモポリタン的海洋世界」と「ランドパワー国家がチャレンジする海洋世界」と「シーパワーが競う海洋世界」が入り交じっているように映ります。歴史を顧みれば、次に現れるのは「軍事的対立の海洋世界」でしょうか?

 特定の国に保護主義的傾向が見られるものの、経済活動のグローバル化と国際社会のボーダーレス化は陰りを見せておらず、海洋空間もまた、太平洋、大西洋、インド洋といった各海洋が密接に繋がり、地球海洋という1つの総合体として捉えるべき時代を迎えています。北極海の融氷が進み、仮に通年航行が見込めるようになれば、ユーラシア大陸をぐるりと周回する航路が開け、更には地球上のすべての海洋をノンストップでつなぐことも夢ではなくなります。

インド洋と世界の海洋との交わり(名言集).JPG
歴史上の人物によるインド洋と世界の海洋との交わりへの評価(名言集)
(クリックして拡大)

 そのことはつまり、インド洋に生じてくる海洋世界が地球海洋全体に影響を及ぼすことを意味しており、仮にインド洋が「軍事的対立の海洋世界」となれば、地球海洋全域の安全保障環境が不安定化することにつながるのです。これからのインド洋は、単にインド洋地域として捉えるのではなく、広く地球海洋世界の回転軸としてその利用のパラダイムを人類社会が主体となって創造していくべきでしょう。そこにインド洋を「軍事的対立の海洋世界」に戻らせないためのヒントがあるように思えます。では、具体的方策はあるのかと問われれば、未だ回答が描けないのですが、海洋利用秩序を律する普遍的ルールをインド洋世界に取り込んでいく国際的取組みが必要と思います。その意味において、「自由で開かれたインド太平洋」戦略は、「一帯一路」構想に対立をするのではなく、人権・民主主義・自由貿易といった価値観、質の高いインフラ整備、信頼性ある投資、等々の魅力、そして普遍性ある国際海洋法の遵守の重要性を示すものであるべきと思慮します。

 笹川平和財団海洋政策研究所では、インド洋を含む地球海洋を1つの総合体と捉えて様々な研究に取り組んでおります。そこにおいて、歴史を顧みることは重要だと認識しています。歴史は流れているのではなく、積み重なっているのだと思います。歴史は繰り返されると言いますが、歴史は繰り返されるのではなく、足下にあって歩行に影響を与え続けていると考えるべきでしょう。日中関係、日韓関係についてみても、そのように思えるのです。
インド洋世界にどのような舞台を設定すべきであるか、あるいは設定できるか、それは、そこで繰り広げられたパラダイムシフトを詳細に分析することが肝要と考えております。そういえば、南アジアは「輪廻転生」の宗教観が生まれたところですね。

特別研究員 秋元 一峰


コメント