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海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


Ocean Newsletter No.425 [2018年04月20日(Fri)]
No.425が完成いたしました。

『Ocean Newsletter』は、海洋の重要性を広く認識していただくため、
海洋に関する総合的な議論の場を皆様に提供するものです。 
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●海洋生物レッドリスト 〜沿岸生態系の保全に向けて〜
熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター教授◆逸見泰久

2017年3月に、「海洋生物レッドリスト」(環境省)が発表され、56種の海洋生物が絶滅危惧種に指定された。
絶滅危惧種の指定が56種に留まったのは、絶滅が心配される種が少なかったためではなく、
現状が不明な種が多かったためである。今後は、特に絶滅危惧種が多く指定された干潟を中心に、
沿岸生態系保全の取り組みと、各種の絶滅危険性に関する調査を進める必要がある。


●グリーンランドとヤップ島−直面する海の環境変化
特定非営利活動法人ECOPLUS代表理事、早稲田大学教授◆高野孝子

調査や環境教育で訪れる北極地域や太平洋の島々では、海の変化が如実に現れ始めて久しい。
地理的には遠く離れているが、直面する海の環境変化の課題は共通する。
原因とされることには日本も関わっていると同時に、海の環境変化は日本にとっても大きな課題だ。
将来にわたって少しでも改善するよう、様々な努力が必要である。


●高専・産業界連携による海事人材育成プロジェクト〜高専海事教育の再生と変革を目指して〜
富山高等専門学校 名誉教授、第10回海洋立国推進功労者表彰受賞◆遠藤 真

5高等専門学校の商船学科と4海事関連団体が連携して、10年間にわたる海事教育の改善に取り組んだ。
長い不況により疲弊し、方向性を失っていた海事教育機関の教育力の再生と変革を目指し、
教育力の向上とともに、海運分野における人材育成のための産学連携ネットワークの構築なども行ない、
今後の海運界を担う海事技術者を育成する新たな教育システムの実現への途を開いた。


●編集後記
同志社大学法学部教授◆坂元茂樹


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Posted by 五條 at 11:40 | Ocean Newsletter | この記事のURL | コメント(0)
海のジグソーピース No.76 <日本版シーグラントの構築に向けて@> [2018年04月18日(Wed)]

 本稿では、米国や韓国で行われているシーグラントの取組みについて、日本において類するシステムが出来ないか、2回に分けて考えてみたいと思います。第1回目の今回は、米国の取組みの概要紹介に続いて、簡単な考察をしたいと思います。

<米国のシーグラントの取組み>
 皆さんは、米国の沿岸域で50年以上も続けられてきた「シーグラント」という地方大学による取組みを御存じでしょうか。1966年に制定されたシーグラント・カレッジ・アンド・プログラム法という法律に基づく連邦政府の支援策で、大学において海洋に特化した教育・研究・普及(エクステンション)などが推進されています。当初は水産資源開発が主なターゲットでしたが、近年では洋上風力発電などの再生可能エネルギーの開発(洋上風車)や災害対策(高潮、油流出事故ほか)、観光振興など地域毎の特色に応じて、沿岸域の課題解決に向けた活動の幅が広がっています。アラスカ・ハワイなども含めて、全米に33のプログラムが存在しています。連邦政府の予算は年間6,800万ドル(2015年、1ドル100円換算で68億円)で、その約8.5倍の経済価値を地方に生み出していると試算されています。

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全米に広がるシーグラント・カレッジ・プログラム
(出典:米国・海洋大気局HP)

 この地方大学の沿岸域における取組みは、科学に基づくいわゆるサイエンス・ベースの取組みであることが一つの特徴となっています。すなわち、地域毎の課題に対して最新の科学技術を活用した解決策を提示すること、そして、様々な利害関係が生じる沿岸域の課題に対して、客観的な科学情報を提供することが重要な特徴となっています。潮流や水質、生物活動、海底地形などの科学情報が基盤として必要となる沿岸域において、大学の役割は大きいのです。洋上風車の設置など、新たな海域の利用が始まるなか、大学が様々な課題解決に取組み、自治体や企業、地域住民の活動を結び付ける役割を担っています。

 米国のシーグラントの取組みは、政府からの6,800万ドルという予算規模によく目が向けられるのですが、地域の活動を結び付ける役割や、地域と地域を結び付ける全国ネットワークの役割など、必ずしも大きな予算を必要としない取組みも評価されています。このようなネットワークにより、ひとつの地域の取組みの経験が全国に共有されて広がっていくのです。

*米国のシーグラントの取組みの詳細については、「Ocean Newsletter No.419号」もあわせて御覧ください。

<日本の沿岸域へのシーグラントの展開に向けて>
 日本において米国のシーグラントに類するシステムが出来ないか、必ずしも大きな予算が無くても出来ることがあるのではないかという仮説のもと、産業利用や安全保障、環境保全の面から新たな動向を踏まえて少し考察をしてみたいと思います。

 まず産業利用ですが、米国同様、洋上風車の導入が日本でも本格化しつつあります。先月(2018年3月)に「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律案」が閣議決定されるなど、一般海域における洋上風車の導入に向けた法整備の検討が進んでいます。このような新たな海域利用に対して、地域毎の特性を踏まえてどのように議論を進めるのかが課題になりますが、法律案では関係者の意見徴収のための仕組みとして協議会の設置が可能とされています。シーグラントに類するシステムがあれば、協議会における客観的・科学的な議論の実施などにも大きく貢献することが出来そうです。

 次は安全保障です。有人国境離島法の成立を受けて2017年4月に策定された「基本的な方針」(**)では、わが国の領海等の保全のためには特定国境離島地域の地域社会の維持の重要性を示していますが、その重要性は国境離島地域に限らず過疎化が進む沿岸域においても当てはまります。北朝鮮からと思われる木造船の漂着等が相次ぐ昨今、沿岸域の保全・管理をどのように進めて行くのか、シーグラントのシステムを活用し、地域毎の知恵を可視化し、共有する仕組みづくりへの期待が高まります。

 最後の環境保全ですが、国際的に議論が進む「持続可能な開発目標(SDGs)」を少し紹介したいと思います。2015年9月に国連で定められたSDGsですが、海洋および海洋資源の持続可能な保全・利用に係る目標がSDG14として示されています。このSDG14の取組みは国際的に盛り上がりを見せており、2017年6月に初の国連海洋会議が国連本部で開催されるなど、海洋環境保全の議論が進んでいます。その中でも地域連携、科学技術に基づく取組みの重要性が指摘されています。更に、ユネスコの提案で国連が「持続可能な発展のための海洋科学の10年(2021-30)」を2017年12月に決定するなど、海洋環境の保全における海洋科学の重要性が注目されており、まさにシーグラントのような地域支援システムが求められている状況と言えると思います。

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海洋のSDGs(SDG14)のオリジナルアイコン
(出典:「海洋白書2018」)

 まだまだ十分な考察とは言えませんが、最近の新たな動向を見てみると、シーグラントに類するサイエンス・ベースの地域支援システムを構築する必要性はありそうだと思われます。我が国には、伝統的に水産業の振興を目的としたネットワークが存在し、長く機能してきています。このような都道府県の水産試験場や水産系の大学が連携した素晴らしい仕組みとの協働などを視野に入れ、今後も検討を継続したいと思います。そして、米国のシーグラントの取組みのように、地域毎の課題解決を目指したイノベーションが新たな価値を創造していくような、そんなシステムについて次回に示すことが出来ればと考えています。

**「有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する基本的な方針」(2017年4月)

謝辞:本稿は、日本海洋政策学会の課題研究「海洋政策学的アプローチを用いた地方沿岸域の活性化に向けて」(2016年10月~2018年9月)の検討結果を参考として作成しました。


海洋政策チーム長 角田 知彦

海のジグソーピース No.75 <魚はどこから 〜「水産物トレイサビリティ」を巡る動向〜 [2018年04月11日(Wed)]

 今年(2018年)4月2日、アメリカが中国の輸入品を対象とする制裁関税対象品目を発表したことに対し、4日には中国が報復関税を発表、その翌日5日にはトランプ大統領が追加関税を発表しました。両国の工業製品、そしてアメリカの農産物が関税の対象となっており、両国間の摩擦は加熱の一途を辿る様相で、その世界経済への影響が懸念されています。一方、水産物貿易政策を取り扱う研究者にとっては、そうした米中の貿易紛争が勃発する前から今年に入り注視しているアメリカの動きがあります。それは「水産物輸入監視プログラム(Seafood Import Monitoring Program、以下SIMP)」です。

 このSIMPは今年1月から実施されているもので、アワビ(*)、タイセイヨウタラ、ワタリガニ、シイラ(マヒマヒ)、ハタ類、タラバガニ、マダラ、タイ、ナマコ類、サメ類、エビ類(*)、メカジキ、マグロ類(ビンナガ、メバチ、カツオ、キハダ、本マグロ)の13種の水産物を輸入するにあたって、輸入業者は水産物漁獲船名と船籍、漁業許可証、漁具、漁獲日、水揚げ港および水揚げ業者等に関する情報をデジタルデータとしてアメリカ税関・国境警備局に提出することが義務付けられています。違法(Illegal)、無報告(Unreported)、無規制(Unregulated)、いわゆるIUU漁業由来の水産物のアメリカ市場への流入を抑止する目的で実施されている措置で、アメリカ海洋大気庁(NOAA)が所管しています。注目すべきは、SIMPは今年1月1日から実施されていたものの、3か月間の対応準備期間が設けられたことにより、4月9日から本格的な実施が始まったばかりである点です。

*「エビとアワビに関する法令遵守は追って通知があるまで猶予される」とNOAAから発表がありました(詳しくはこちら)。

 2017年11月にカナダ・ダルハウジー大学、また、12月にドイツ・持続可能性高等研究所で行われたセミナーに参加しましたが、このSIMPの動きについても様々な議論がありました。なぜ、そんなに注目されているのでしょうか。

 実はIUU漁業が水産物資源の枯渇や不公正貿易、さらには脱税や労働搾取などの様々な問題の温床になるとして、その取締りの強化が国際的課題となっているものの、その取り組みについては効果を認める見解が多数を占める一方で、恣意的な運用を懸念する声も出ているのです。国際的には、2009年に国連食糧農業機関(FAO)で違法漁業防止寄港国措置協定(PSMA)が採択され、2016年に発効しています。それに先駆け、欧州連合は2008年から水産物輸出国に対し、IUU漁業の疑いがある場合には改善を求め、それでも改善がなされない場合には輸入禁止措置を取ることができる理事会規則を採択し、これまで7か国に対し、禁輸措置を発動しています。こうした背景もあり、アメリカ政府がSIMPをどのように運用していくのかが注目されているわけです。

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カナダ・ハリファックス市場の魚売り場。
主に切り身が量り売りされています。

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ドイツ・ベルリンのスーパーの魚売り場。
包装され、MSC認証ラベルが付いています。

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神奈川県逗子市の魚屋。
地場の魚が丸1尾で売られています。

 SIMPは今年1月、つまりトランプ政権下で実施が開始されましたが、SIMPに関する大統領令は2016年12月にオバマ政権下で発せられました。2017年1月にアメリカの水産会社と関連団体がこのSIMPを実施する商務省を相手取り訴訟を起こしましたが、連邦地方裁判所が同年8月29日にその訴えを退けました。この訴訟に関しては、水産業界団体代表は、SIMPによりアメリカ水産業界は5300万ドルの追加経費を負わされると主張しました。一方で、オセアナ、モントレーベイ水族館、および自然資源保護協議会(**)は、アメリカ市場に輸入される水産物の20〜30パーセントがIUU漁業由来であると推察する調査結果を引き合いに出し、連邦地方裁判所の判決を評価するコメントを発しています。

 アメリカ市場の水産物の9割が輸入で支えられており、その年間輸入額は100億ドルと見積もられています。このSIMPがどのように運用され、対米貿易にどのような影響があるのでしょうか。また、アメリカ市場への販路を失ったIUU由来の水産物が日本やアジア市場に流れてくるリスクはあるのでしょうか。

 こうした疑問点を念頭に、巨大水産物輸入国によるIUU漁業対策を目的とした施策であるSIMPの運用やその効果、影響を見極めていく必要があるわけです。そして、流通や商習慣の違いがあるにせよ、2017年6月にPSMAの締約国となった日本が、自由貿易の施策を堅持しながら、IUU漁業対策で欧米と今後どのように協調し、説明責任を果たしていくのかといった点にも思いを馳せていかなければなりません。消費者が食べる魚が、水産資源の未来を考える責任感ある漁業者が適切に獲ったものであるということをわかりやすく説明するにはどうしたら良いのでしょうか。魚を獲る人、売る人、食べる人、皆が知恵を出し合っていくことが益々重要になっています。

海洋政策チーム主任研究員 小林 正典

**補足情報
1)オセアナ(Oceana):ワシントンDCに本部が所在する海洋問題に特化したNGO。

2)モントレーベイ水族館(Monterey Bay Aquarium):カリフォルニア州モントレーに所在する水族館。年間200万人が訪れ、海洋生物研究プログラムを実施している。また、魚の資源推定量に応じてレストランやスーパーに並ぶ水産物を「とても良い」、「良い」、「避けるべき」の3段階に格付けするシーフードウォッチというプログラムを実施している。

3)自然資源保護協議会(NRDC):ニューヨークに本部が所在し、科学者や実務家などを含む300万人を超えるメンバーが参加する環境NGO。

Ocean Newsletter No.424 [2018年04月05日(Thu)]
No.424が完成いたしました。

『Ocean Newsletter』は、海洋の重要性を広く認識していただくため、
海洋に関する総合的な議論の場を皆様に提供するものです。 
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●海洋と気候の行動ロードマップ(ROCA)イニシアチブ
グローバル・オーシャン・フォーラム代表、デラウェア大学教授◆Biliana Cicin-Sain
元グローバル・オーシャン・フォーラム代表補佐◆Meredith Kurz

国際社会は今、海が気候調整のうえで重要な役割をもつものであること、
海の生態系に対して気候変動がきわめて深刻な影響を与えていることに関して、
その認識を一層高めつつある。
そうした中、海洋・沿岸域に関する諸問題を持続的かつ科学的根拠に基づく
気候変動政策の実施を促すことをめざして、「海洋と気候の行動ロードマップ(ROCA)」
イニシアチブが創設された。
海洋と気候の問題には、未だきわめて多くの課題が着手されないままに残されており、
ROCAイニシアチブは、パリ協定によって生まれた行動の機運を失速させず、これを確実に継続させていく。


●超深海まで拡がっていたPOPs汚染
東京大学名誉教授、第10回海洋立国推進功労者表彰受賞◆蒲生俊敬

水深10,000mを超える西太平洋の海溝底に棲む端脚類(たんきゃくるい)から、
最大905 ng/gという、驚くべき高濃度のPCBが検出された。
超深海にまで海洋汚染が確実に浸透している。
海洋を漂うマイクロプラスチックにPCBが吸着・濃縮され、海生生物による
誤食と食物連鎖を経て海溝底にまで到達した可能性がある。
海洋の汚染防止への取り組みを強化するとともに、世界で最も多くの超深海を
EEZ内に保有するわが国として、超深海の物質循環研究にも一層の進展が望まれる。


●自律船開発の国内外の取り組みについて
(国研)海上・港湾・航空技術研究所海上技術安全研究所知識・データシステム系上席研究員◆丹羽康之

自動車の分野では自動運転の研究が進められているが、船舶の分野でも国内外で
自律船(自動運航船)の研究が進められている。
特に、海外ではヨーロッパを中心に複数のプロジェクトが立ち上がっており、
本稿ではこれらについて紹介する。
また、日本でも海外に遅れぬようプロジェクトが立ち上げられており、
日本による自動運航船実現に向けた取り組みの一部を紹介する。


●編集後記
東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター特任教授◆窪川かおる


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Posted by 五條 at 12:03 | Ocean Newsletter | この記事のURL | コメント(0)
海のジグソーピース No.74 <海洋教育パイオニアスクールプログラムの実施状況について> [2018年04月04日(Wed)]

 今回は日本財団、東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター、笹川平和財団海洋政策研究所が2016年度より学校への助成制度として実施している「海洋教育パイオニアスクールプログラム」の実施状況をご紹介します。

 2年目にあたる2017年度は、初年度である2016年度の67件から大きく増え、全国35の都道府県で136件の活動を助成しました。助成プログラムは、複数校が共通のテーマの下に連携して行う取り組みを支援する「地域展開部門」と、海を主題とする学習活動を幅広く支援し海洋教育のモデルカリキュラムとなるような新たなアイデアや実践を発掘する「単元開発部門」の2部門からなっています。助成した活動としては、干潟・海岸実習、漁港・港湾施設・水産加工場等の見学、定置網・乗船体験といった実地学習だけではなく、防災、魚食、気象、観光などの切り口をはじめ、サンゴ・ウニ・サケなど生物を中心としたもの、地元の地形や産業、文化に関するもの、気候変動、海洋酸性化、マイクロプラスチック、磯焼けなど環境に関するもの、川や森を通して内陸とのつながりを学ぶものなど、各地域に応じた多種多様な学習が行われています。

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2017年度参加校の一覧(クリックすると大きく表示されます)

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海洋教育パイオニアスクールプログラム参加校による実践活動の様子

 2017年度には新たに教員研修プログラムも始まり、35名の参加者が1年間を通して学び合いました。教員研修のこれまでの実施の様子は、こちらこちらの記事でご紹介しています。

 そして、2018年2月3日には東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センターが中心となって毎年開催している「全国海洋教育サミット」の第5回となるサミットが開催されました。サミットでは、パイオニアスクール参加校が集まり事例発表やディスカッションをしながら交流を深める成果報告会、教員研修の成果発表会が行われました。(第4回サミットの紹介についてはこちらをご覧ください)

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第5回全国海洋教育サミットの教員研修成果報告で発表する先生たち

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ディスカッションの様子

 当日配布された発表資料集には、2017年度海洋教育パイオニアスクールプログラムのすべての学校の取り組みがまとめられています。興味のある方はぜひご一読いただけると幸いです。

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2017年度海洋教育パイオニアスクールプログラム成果報告会資料の
こちらからからダウンロードできます)

 パイオニアスクールプログラムに参加している学校では、教育委員会、社会教育施設、近隣の大学・NPOなど地域を巻き込んだ複数校の取り組みや、県を跨いだ遠隔校同士の交流が始まっているところもあります。学習指導要領の改訂では「社会に開かれた教育課程」の実現がキーワードとされましたが、海が学校と地域を繋ぐきっかけとなる学習題材であることを示しているのではないでしょうか。

 なお、2018年度は148件の活動が行われる予定になっています。参加校の一覧は近日中にウェブサイトに掲載する予定ですので、今後ともよろしくお願いいたします。

海洋教育チーム 藤川 恵一朗

海のジグソーピース No.73 <ブルーカーボンのポテンシャル> [2018年03月28日(Wed)]

 ブルーカーボン、という言葉を聞いて何を想像されるでしょうか。

 ブルーカーボンとは、海洋生態系に蓄積される炭素のことで、森林などの陸域生態系に蓄積される炭素(グリーンカーボン)の対をなす言葉です。2009年に公表された国連環境計画(UNEP)の報告書(Blue Carbon: The role of healthy oceans in binding carbon)で命名され、一気に世界に広まりました。広まった、と言ってもそれは海洋や気候変動分野の専門家の間のことで、一般の方にはまだほとんど知られていない言葉だと思います。

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UNEP報告書(2009)

 UNEPの報告書では、マングローブ林、塩性湿地、海草藻場の3つをブルーカーボンの吸収源であると位置づけています。ブルーカーボンによる炭素の吸収・固定については、科学的情報の集積がはじまってから日が浅く、まだはっきりとしないことも多いのですが、マングローブ林に関しては、陸域の樹木と同様、気候変動枠組条約の下で従来から認識され、開発途上国におけるマングローブ林の減少・劣化の防止などの吸収源対策がとられています。それに加え、近年の日本の研究では、アマモなどの海草が生える海草藻場(アマモ場)によっても炭素が固定・蓄積されているということが明らかになってきています。

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図:日本の海草場における炭素の流れ(出典:港湾空港技術研究所ウェブサイト

 さらに、先日、「沿岸の藻場やマングローブ林など日本の海の生態系が、年間173万トンもの二酸化炭素(CO2)を吸収しているとの初の試算を、大学や国の研究機関の専門家で作る研究会が5日まとめた」との報道がありました(毎日新聞2018年3月5日付記事)。

 同報道によると、「試算では、港湾工事で出た土砂で藻場を新たに造成するなどの対策を取れば、2030年までに総面積は32万ヘクタールに増え、吸収量も204万〜910万トンに増やせると見込んでいる」とされています。

 試算によって算出された推計値は、204万〜910万と数値の幅が大きいですが、日本におけるアマモによる炭素吸収・固定効果のポテンシャルを具体的に示したという点で、今後の日本の沿岸域における吸収源対策を考える上で、非常に重要な発表であると言えるでしょう。このことによって、我が国における藻場の保全・造成の機運が高まることが期待されます。

 前述したUNEPの報告書によって、国際社会におけるブルーカーボンに対する関心は飛躍的に高まりました。2017年11月、世界各国の政府関係者などが集まって気候変動対策について議論する「気候変動枠組条約(UNFCCC)第23回締約国会議(COP23)」において、当研究所が主催団体の一つとなって開催した特別イベント「オーシャンズ・アクション・デー」でも、海洋と気候に関する重要課題の一つとして「ブルーカーボン」をとりあげ、多くの来場者の下で活発な議論がおこなわれました。

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UNFCCC/COP23 オーシャンズ・アクション・デーにおける
ブルーカーボンセッションの様子
(出典:IISD/ENB | Herman Njoroge Chege

 同セッションでは、国際自然保護連合(IUCN)やコンサベーションインターナショナル(CI)といった、かねてよりブルーカーボン推進に取り組むIGO/NGOとともに、豪州政府(司会)と5か国の途上国政府(フィジー、エクアドル、インドネシア、セネガル、コスタリカ)関係者が登壇し、ブルーカーボンにかかわる自国の取組や国別目標(NDCs)などを紹介しました。

 ただし、登壇した国から紹介されていた事例はすべて、(適応の面で沿岸生態系全般に触れているなどを除いて)マングローブ林の再生・保全に関する取組で、海草や塩性湿地に言及する発表はありませんでした(マングローブ林による炭素蓄積は既にREDDプラスや土地利用(LULUCF)セクターの森林部門の中でカウントしている国もあり、必ずしも新規の吸収源ではありません)。

 その意味で、今般のアマモ場などの海草藻場に関する日本の最新の研究や取組について、国際的な場で情報発信し、知見の共有を進めていくことも重要であると考えます。

 なお、このオーシャンズ・アクション・デーは、「グローバルな気候行動のためのマラケシュ・パートナーシップ(GCA: The Marrakech Partnership for Global Climate
Action)」と呼ばれる、UNFCCCが設立したプロセスの一部を構成しています。GCAは、各国政府だけでなく非政府主体を含むあらゆる関係者による気候変動対策を推進するため、2016年に設立されました。成功事例の紹介や、対策推進の障壁を打ち破るための取組などを議論し、その成果をCOPに報告することになっています。

図2.PNG
   (左)GCAのロゴ      (右)GCA年次報告書(2017)

 私も海洋政策研究所の一員として、海洋と気候をめぐる課題の把握・解決に向けて、オーシャンズ・アクション・デーなどを通したGCAや2020年から始動する「パリ協定」の前に各国に温室効果ガス削減目標の上積みを促す対話プロセスであるタラノア対話への参画を含め、引き続き積極的に取り組んでいければと思っています。

参考文献・ウェブサイト等:
・United Nations Environment Programme, BLUE CARBON: The role of Healthy
Oceans in Binding Carbon (2009).
・堀正和・桑江朝比呂編著『ブルーカーボン―浅海におけるCO2貯留とその活用』(地人書館)(2017年)
・港湾空港技術研究所ウェブサイト「ブルーカーボンと沿岸環境の保全・再生
・みなと総合研究財団ウェブサイト「ブルーカーボン研究会
・笹川平和財団海洋政策研究所ウェブサイト「沿岸域総合管理

海洋政策チーム 藤井 麻衣

海のジグソーピース No.72 <ユーラシアブルーベルト第3回国際会議に参加して> [2018年03月22日(Thu)]

 本ブログをご覧のみなさまはよくご存じのこととは思いますが、当研究所は我が国のみならず、世界の海洋政策の発展に貢献すべく、所長以下の役職員が日夜調査研究に励んでいます。この調査研究の中でも、「新しい概念(思想)を生み出すこと」が最も難しく、かつ最も意欲をかき立てる取り組みの1つです。ということで、当研究所も今後の海洋安全保障の発展に貢献する新しい概念(思想)を生み出すべく、2015年度から3年計画で「ユーラシアブルーベルトの安全保障とシーパワー」と題する調査研究を実施してきました。そして、その取りまとめをする会議を先月(2018年2月)開催しました。

 この調査研究は、昨今具体化しつつある気候変化・変動の影響や北極海航路の開発を踏まえ、ユーラシア大陸を周回する海上交通路(ユーラシアブルーベルト)の包括的な安全保障、特に海上交通路における脅威や変化の様相・事態(国際紛争、犯罪行為、気候変化の影響など)と安全確保への取り組みの主体(周辺国の防衛・警備態勢、国際機関、同盟関係など)に関する知見を集積し、新たな海洋安全保障概念を提示することを目指したもので、これまでに韓国、オーストラリア、中国、ドイツ、フランス、トルコ、英国、アメリカ、カナダ、ノルウェーの各国から研究者や実務家をお招きしてきました(この調査研究の詳細については、こちらをご覧ください)。

 今回、第3回となる当該会議では、我が国から南シナ海やインド洋における海洋安全保障を取り扱った第1回(2015年開催)、地中海から北大西洋における海洋安全保障を取り扱った第2回(2016年開催)に続いて、北大西洋から北極海、そして北太平洋における海洋安全保障のあり方を議論するとともに、今後の我が国や関係各国の海洋安全保障のあり方の方向性を提示することを目指して開催されました。

 この会議は、チャタムハウス・ルール(会合の参加者が会議中に得た情報を外部で自由に引用・公開することができるが、その発言者を特定する情報は伏せなければならない規則)が適用された招待者のみが出席・発言できる形式のものでしたので、議論の詳細をお伝えすることはできないのですが、気候変動に伴う北極海航路の開発により、これまでの地政学的な概念が大きな変化を迎えていること、また、その変化の影響が経済的なものにとどまらず、安全保障のあり方にも大きな影響を与えていることなどについて、非常に活発な議論が行われました。

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会議の様子

 このような国際会議を開催するとなると、準備段階から非常に手間がかかる上に、今回は私も報告者として参加したため、より準備が大変でしたが、国内外の専門家と議論をしたり、今後の海洋安全保障のあり方を一緒に考えたりするというのは、何物にも代えがたい貴重な経験であり、このような苦労が吹っ飛んでしまうというのも事実です。今後もこのような国際会議に関わる機会があれば、積極的に参加するだけでなく、報告者として議論に参加し、海洋政策や海洋安全保障に携わる研究者として、「新しい概念(思想)を生み出すこと」に貢献したいと思います。

海洋政策チーム 小森 雄太

Ocean Newsletter No.423 [2018年03月20日(Tue)]
No.423が完成いたしました。

『Ocean Newsletter』は、海洋の重要性を広く認識していただくため、
海洋に関する総合的な議論の場を皆様に提供するものです。 
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●海が鍵を握るアフリカ南部の気候変動(国研)海洋研究開発機構アプリケーションラボ研究員◆森岡優志

アフリカ南部の気候変動は、食料や水不足、感染症の流行などを通して、
人々の生活を脅かしている。
気候変動の背景には、熱帯太平洋のエルニーニョ・ラニーニャ現象のほか、
南インド洋と南大西洋の海面水温に見られる亜熱帯ダイポール現象が強く関わっている。
これらの気候変動現象を数ヶ月前から予測し、その影響を受ける農作物の収量や
マラリアの発生率までを予測する、日本と南アフリカの2国間で行われた研究活動を紹介する。


●国連大学「能登の里海ムーブメント」〜日本の沿岸管理から世界の海洋問題につなぐ〜

国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)研究員◆Evonne Yiu

国連食糧農業機関(FAO)が世界農業遺産(GIAHS)として認定した石川県能登半島
「能登の里山里海」の研究、保全のための啓発活動として、国連大学は2015年から
「能登の里海ムーブメント」を実施している。
里海の概念、能登の里海の魅力、里海に関わる人々の生業、里海保全の重要性について、
シリーズ講座 、研究調査、保全活動への協力といった里海づくりの活動に取り組み、
国内外で「里海(SATOUMI)」について発信し、里海づくりの輪を広げている。

●世界貿易機関における漁業補助金交渉の行方
笹川平和財団海洋政策研究所海洋環境部長◆Wilf Swartz

世界貿易機関では水産資源の乱獲につながる漁業補助金の禁止を目指す交渉が続いているが、
昨年12月にブエノスアイレスで開催された第11回閣僚会議では、閣僚宣言を採択できなかった。
2019年の次回会議まで交渉は続くとみられるが、たとえ実施されたとしても漁業資源の
保護に対して極めて効果の低い内容だと言わざるを得ない。
本当の意味での漁業補助金改革は、沿岸漁業に焦点を当てた水産政策として検討することが望ましい。

●インフォメーション
『海洋の環―人類の共同財産「海洋」のガバナンス』の刊行について

●編集後記
同志社大学法学部教授◆坂元茂樹

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Posted by 五條 at 21:58 | Ocean Newsletter | この記事のURL | コメント(0)
海のジグソーピース No.71 <尖閣諸島にあった三つの古賀村について> [2018年03月14日(Wed)]

 それまで無人島であった尖閣諸島は、明治期、古賀辰四郎によって開拓が行われている。久場島(黄尾嶼)、魚釣島、南小島・北小島の三島に開かれた開拓村は、みな古賀村と呼称された。
 本稿では、この三つの古賀村それぞれで営まれていた生活について、わずかながらご紹介したい。

1.古賀村のはじまり
 明治26(1893)年、沖縄県は日本国政府に、尖閣諸島の所管について3回目の上申を行っている。日清戦争の終結した明治28年、政府は尖閣諸島を正式に日本国に編入することを閣議決定した。その年、古賀辰四郎は「官有地拝借御願」を提出し、尖閣諸島の30年間無償借地の許可を受けた。

【古賀村追想01】
──腹の底に響くような太い汽笛が長く、長く鳴って、石垣港を一隻の汽船が出航しようとしていた。明治31年(1899)。ここ石垣島は、那覇から南西に約430Km、八重山諸島と呼ばれる島のひとつだ。港まで見送りに来ていた那覇の海産物商、古賀辰四郎は出航の汽笛を聞きながら感慨にふけっていた。
 (ここまで来るのにずいぶんかかった。これでやっと本格的に開拓が始められる)

 古賀はこれまでにも何度も、海鳥に埋め尽くされた絶海の孤島、尖閣諸島に渡り、夜光貝や海鳥の羽毛の採取のために短期契約の労働者たちを送り込んでいた。
 (これからはちがう。あの島々に人を移住させて、新しい村をつくるんだ)
 今回は、移住を視野に入れた労働者25名を大阪商船の汽船、須磨丸(1563t)で、尖閣諸島の久場島(黄尾嶼)に送り込む。須磨丸は日清戦争後に割譲された台湾と大阪を結ぶ定期航路の貨客船だが、いつものルートを少しだけ北にそれて尖閣諸島に寄港する契約だ。

 「おーい!辰叔父ぃ!」
 ゆっくりと石垣港の岸壁を離れていく船の甲板で、手すりから身を乗り出した男が口に手をあてて、声を張り上げる。労働者たちの監督として同行させる甥の尾滝延次郎だ。続けて何事かを叫んだその言葉は、重なった汽笛にかき消された。
 (延二郎のヤツ、何て言ったんだ?アイツは兄貴に似て妙にいろいろ才の有るヤツだからなあ。島で何かやりたいって言ってったっけが何か思いついたのか?)
 まあ、なんでもいいが、監督だけはしっかりやってくれよ、と古賀はため息をついて港を後にした。

 半年ばかり後、古賀は甥が作った久場島(黄尾嶼)の詳細な地図を見せられて、ひどく驚くことになる。──

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久場島(黄尾嶼)地図。南南西の一辺に古賀村がある。
(宮嶋幹之助「黄尾嶼(承前)」『地学雑誌』第13巻2号、1901)


2.久場島(黄尾嶼)の古賀村
 古賀辰四郎が最初に村を拓いたのは久場島(黄尾嶼)だった。久場島は面積0.87㎢のおおよそ正三角形の火山島である。基層は溶岩であり保水力に乏しく、島中には湧水もなく、生活用水はすべて雨水に頼っていた。水が豊富にある魚釣島ではなく、久場島に先に村を拓いたのが何故かはよくわかっていない。久場島という名は島全体がクバ(蒲葵/ビロウ)という植物に覆われていたところからつけられた。

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ビロウに覆われた山々/与那国島(筆者撮影)

 湧水は無いが土壌は肥沃で降雨も多く植物の生育には適し、耕作可能な土地が尖閣諸島の島々のなかでは最も広かった。明治40(1900)年に行われた東京帝国大学の宮嶋幹之助の調査報告によると、古賀村の人々は久場島を広く開墾し、サツマイモやサトウキビ、芭蕉布の材料である芭蕉、煙草などを作っていたという。1939年の農林省資源調査では、柑橘類やパパイヤが目視され、ほかにも椿や蜜柑、文旦、バナナ等が確認されている。また、1980年に行われた調査では、はっきりした耕作地跡が確認され、サツマイモが掘り出され、半ば野生化したサトウキビを試食して、あまり甘くなかった、と感想が残されている。

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黄尾嶼古賀村写真(宮嶋幹之助撮影)
久場島の古賀村は、島の中央にそびえる美しい円錐形の山、千歳山の西南麓にあり、
村内には日章旗が翻っていたと、宮嶋は撮影した写真に添え書きをしている。
(宮嶋幹之助「黄尾嶼」、『地学雑誌』第12巻11号、1900)


【古賀村追想02】
──真伎(まき)、と名を呼ばれて幼い少女は振り返り、母のもとへと駆けていく。去年生まれた妹を背負った母は少女と手を繋ぐと、島の小さな港、ハニトハ泊へと短い坂を降りていく。久場島で生まれたこの少女は、当時、古賀に雇われていた伊澤弥喜太の長女だ。

 荒れていることの多い久場島の四囲の蒼海は、今朝は珍しく凪いでいた。青く晴れ渡った空は幾つかの白い雲を浮かべ、眩しさに目の上に手をかざして沖を見晴らせば、快晴の日にだけ姿を見せる幾つかの島影が遠くに見えた。

 右手に見える一番大きな島が魚釣島は、山の真ん中がMのかたちに落ち込んでいる。左手にはもっと小さな島々が浮かび、なかでも目立つ二つの島が南小島と北小島だ。

 母が、ハニトハ泊の沖で波に揺れている一艘のサバニ(小舟)を指さして、あれに父が乘っていると言う。糸満や八重山の海人(あまんちゅ)たちはこんなサバニや丸太船で尖閣諸島の島々までやってくるのだ。サバニには赤銅色に日焼けした男たちが乗り込み、足元には泡盛が入っていた大きな空の甕が載せてある。このところ雨が降らず、水が尽きそうになったので、魚釣島まで水を取りに行くのだ。

 サバニのなかで振り返った父がこちらを認めて大きく手を振ったので、真伎も大きく手を振り返す。往きは大変だよ、と母がぽつりと言葉をこぼした。魚釣島から久場島へと流れてくる黒潮に逆らって魚釣島まで漕いでいくのは時間がかかるのだ。帰りは風に恵まれれば二、三時間で着くような距離なのだが。

 男たちは左右の船べりからエークと呼ばれる細くて平たい櫂を突き出して、息を合わせて漕いでいく。凪ではあれど、驚くほど高く立ち上がる波頭に船首を乗り上げ、また波底に落ち込み、次の波をまたとらえて浮き上がる。サバニは魚釣島目指して、矢のように進んでいく。──

 久場島の古賀村では主に農業と鳥糞(グアノ)採取が行われた。住居跡を囲んで残る石垣は広範囲に広がり、三つの貯水槽や拝所跡などが残っている。明治47(1907)年、古賀は球新報に久場島(黄尾嶼)在勤医師の募集広告を出している。

3.魚釣島の古賀村
 明治33(1900)年に久場島で調査を行った宮嶋誠之助と同行した那覇師範学校教諭、黒岩恒が、真伎の父である伊澤弥喜太を案内人に、魚釣島を一周して調査記録を残している。その時の魚釣島には、冬場に島へと渡ってくる大型の海鳥、アホウドリの捕獲のための、クバで屋根を葺いた小屋が3つばかり建っているだけだったという。


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魚釣島の船着き場
(藤田宗久氏撮影、旧沖縄開発庁資源開発可能性調査、1979)

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1907年頃の魚釣島の古賀村
(『季刊沖縄 特集尖閣列島第2集』63号、1972)


 魚釣島の古賀村が大きく発展したのは、明治38(1905)年、古賀が鰹漁業に進出してからだった。尖閣諸島の周辺海域は、黒潮に乗って回流してくる鰹の一大漁場であり、古賀が鰹漁船を購入し、宮崎県から鰹節製造業者を呼び寄せて魚釣島で操業を開始すると生産高は一気に増加し、翌年1906年にはすでに県下有数の鰹節生産地となっていた。

 サンゴ礁をダイナマイトで爆破して細長い水路が作られて船着き場になり、1910年には52人居たという漁夫、鰹節製造業者、賄い婦、丁稚たちの住居や倉庫、納屋がつくられた。

4.北小島・南小島の古賀村
 尖閣諸島の中で人が住める島は魚釣島、久場島(黄尾嶼)の2島だと、明治33(1900)年に久場島で調査を行った宮嶋が述べているが、南小島と北小島の間の200mほどのイソナの瀬戸と呼ばれる海峡に面したわずかばかりの南小島の平地にも古賀村がつくられた。北小島が屏風のように北風を防いでくれる場所である。

 南小島にも湧水は無いが、古賀村からすこし上った洞窟のなかに真水が滴る場所があり、この水を一滴ずつ貯めて唯一の水源としていた。洞窟の外にはレンガで作られた水囲いが残っている。強風に悩まされた南小島では、2mほどの高さのしっかりした石垣が、船の着く海浜から村へ、そして水源の洞窟までと山の斜面を長く這い上っている。

 北小島、南小島には、数えきれないほどの小型の海鳥が営巣する。前述の「イソナ」とは、クロアジサシを呼ぶこのあたりの方言である。明治33年、北小島に上陸した黒岩は、幾十万羽ともいわれる海鳥について「其、空中を飛翔するや、天日為に光を滅するの観あり」と記している。

 【古賀村追想03】
──(あそこだ、あの天辺まで行ってみたい)
 天が暗くなるほどの海鳥の群れに魅せられて、黒岩は北小島の 崖をよじ登っていく。突然の侵入者に、幾万の海鳥は巣を離れ、攻撃の声を発しながら頭上を激しく飛び交っている。

 たどりついた岩頭に腰をおろした黒岩に、海鳥たちはなおも鋭く鳴きたてながら取り巻き、群がり、体をこするほどの近さで飛び交っていく。視界のすべてが飛び狂う海鳥で覆われるような、あり得ない光景に心を奪われ、呆然として黒岩は呟いた。
 「人として恍然自失、我の鳥なるか、鳥の我なるかを疑はしむ」──

 古賀は、明治43(1904)年、横浜で16人の剥製職人を雇用して、南小島・北小島で鳥の剥製業を始めている。当時のヨーロッパでは美しい鳥の剥製が高値で売買されていたのである。

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カツオドリの子供(藤田宗久氏撮影)
(旧沖縄開発庁資源開発可能性調査、1979)

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北小島のセグロアジサシの群れ
(正木任「尖閣群島を探る」、『採集と飼育』3巻4号、1941)


5.古賀村とは何だったのか。
 台湾の東岸を北上する黒潮は、尖閣諸島のあたりで東へ、日本本土へとその向きを変える。黒潮の衝する尖閣の島々は周辺を荒々しい波涛に囲まれ、年に何度もやってくる台風や南岸低気圧の暴風雨に晒される、人が住むには厳しい場所であった。

 尖閣諸島を上空から眺めれば、そのうち三つの島に、八重山諸島の各所で見られるような人の手で積み上げられた石垣を今も見ることができるはずだ。

 そのグックと呼ばれる琉球石灰岩の石垣は、南西諸島を襲う暴風雨を避けるための風防壁であり、石と石の間にわずかな隙間を残す、という独特の技法で積まれたものだ。この石壁ごしなら風速70mの風もほぼ無風になるという。台風の通り道にある島々の、生きていくための知恵である。尖閣諸島でもこの石垣は堅牢に作られて今も崩れず、ここに古賀村があったのだと、日々働き、物を食べ、お互いに助け合って生きていた、日本人が築いた村があったのだという歴史の証左となっている。

 明治37(1907)年、尖閣諸島への船便は年11回となり、琉球新報は、尖閣諸島の開墾面積は約60ヘクタール、住民は99戸240余名と報じている。そしてこの頃が、三つの古賀村の全盛期であった。大正7年に古賀辰四郎が亡くなり、跡を継いだ長男善次は、徐々に鰹節製造事業を尖閣諸島から石垣島へと移し始める。そしておそらくは太平洋戦争中に、尖閣諸島の古賀村は消滅した。

 明治期の日本の貿易収支は常に赤字基調だった。輸出産品は主に生糸に頼っていて(明治期の輸出額の約30%を占めている)明治政府は国策として輸出できる産品を強く求めていた。古賀辰四郎が尖閣諸島から送りだした資源は、大阪で貿易商を営んでいた兄たちの古賀商店によって広く海外に輸出され、西洋列強のなかを歩き出したばかりの日本経済を支える一助となったのである。
(文中敬称略)

島嶼資料センター 鍋倉 英美


【主要参考文献】
宮嶋幹之助「黄尾嶼」、『地学雑誌』第12巻11号-第13巻2号、1900-1901
宮嶋幹之助「沖縄県下無人島探検談」、『地学雑誌』第12巻10号、1900
黒岩恒「尖閣列島探検記事」『地学雑誌』第12巻8-9号、1900
平岡昭利「明治期における尖閣諸島への日本人の進出と古賀辰四郎」『人文地理』第57巻第5号、2005
尖閣諸島文献資料編纂会「尖閣諸島写真資料集」2014(当稿への写真掲載なし)
正木任「尖閣群島を探る」『採集と飼育』第3巻第4号、1941

海のジグソーピース No.70 <北極ガバナンス国際ワークショップ雑考 北極分野における日本への期待> [2018年03月12日(Mon)]

 笹川平和財団海洋政策研究所は2018年2月8日、9日の2日間にかけて、日本財団政策研究大学院大学(GRIPS)と共同で「北極ガバナンスに関する国際ワークショップ 2018」を開催しました。これは海外から北極問題の専門家をお招きして、多角的な視点からアジアそして日本の北極域へのかかわり方について考えることを目的としたものです。本ワークショップは昨年に引き続き2回目の開催ですが、今年はよりハイレベルな人たちが集まりました(本ブログでの開催記事についてはこちら)。この背景には北極分野で日本への期待がいままで以上に高まってきていることがあるのではないかと思います。

 今回招へいした専門家の中で一番のキーパーソンは、オーラブル・ラグナル・グリムソン前アイスランド大統領でしょう。グリムソン氏は現在、北極版ダボス会議とでもいうべきArctic Circle(北極サークル)という国際会議を主宰されており、この分野では世界で最も影響力のある人物といっても過言ではありません。筆者は昨年10月にアイスランドで開催されたArctic Circleにはじめて参加し、幸運にもグリムソン氏と個別に面会する機会を得ました。その時グリムソン氏は「Arctic Circleにおいて日本の存在が希薄だ。他のアジアの国々のようにもっと積極的に出てきてほしい。」と強く仰っておられました。決して日本からの参加がなかったわけではありませんが、中国や韓国などほかのアジア諸国に比べれば日本が前面に出たセッションは少ないこともあり、存在感が薄いという印象を持たれていたのでしょう。特にここ最近は、中国の一帯一路政策と北極との関連に世界中の関心が集まっていましたから、中国の話題ばかりが目立ち余計にその印象を強くしていたのかもしれません。

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「北極ガバナンス国際ワークショップ2018」にて講演する
オーラブル・ラグナル・グリムソン前アイスランド大統領


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Arctic Circle ブロシュア(表紙)


 そこでグリムソン氏に対し「当研究所は2月に北極ガバナンスに関する国際ワークショップを東京で開催する予定なので、ぜひ来日して日本の関係者と直接議論をする機会を持たれてはいかがか?」と提案したところ、即座にポジティブな返事をいただきました。グリムソン氏参加の見通しが立ったことで、他の国からもハイレベルな方々が関心を示してくれるようになり、本ワークショップは結果的に非常に内容の濃いものとなりました。残念ながらワークショップは関係者限りのクローズド会議だったので、その内容の詳細をここで紹介することはできませんが、日本が北極にかかわる意義について北極圏諸国がどうとらえているのか、私が感じたことをここで書いてみたいと思います。

 結論から先に言えば、北極域の安定、これが北極圏諸国の関係者に一致した優先課題のように思います。北極が平和で安定していることは北極圏諸国に限らず域外の国にも重要なことですが、国によって視座は異なります。日本にとって北極は遠く離れた場所であり、いわば他国の庭先であるがゆえに、利用者側としての見方に陥りがちですが、北極圏諸国の立場、それも大国だけでなく小国の立場も踏まえて考えると、日本の役割は異なる意義を持っていることに気づかされます。北極は南極と違って域内に幾つもの国が存在するため、これらの国同士の関係が北極域の安定に大きく作用します。冷戦期は米ソという超大国のパワーと氷に覆われた海が他国のアクセスを阻み、これが長らく北極の安定に大きな役割を果たしてきました。しかし冷戦の終結によってこの地域の安定のメカニズムは北極圏8か国によるガバナンスの仕組み、即ち北極評議会へと変容していきます。また温暖化によって海氷が減少していくにつれ北極海は誰でもアクセスできる普通の海へと変化し、それがアジアをはじめとする域外国の関心を呼び起こします。

 現在、北極のガバナンスは国連海洋法条約をはじめとする国際法に基づいて問題解決を図っていくというのが一般的な認識となっています。しかし北極域の安定のメカニズムについての考え方は、8か国それぞれの立場によって相違があるように見受けられます。今回のワークショップには8か国から関係者が参加していましたので、それぞれの立場での考え方をうかがい知ることができました。もちろん国としてではなく個人的な見解も入っていると思います。ただ総論としては、米露が建設的な協力関係を維持することの重要性が共通認識としてありました。その一方で、北極での米露のバランスが以前とは変化しつつあるのではないか、という懸念の指摘もありました。これについてはそうではないとする意見もあり一致を見ませんでしたが、それによって生じるバランスの変化にいかに対応していくのか、アジア諸国をどう取り込めばいいのかなど様々な考え方が示されました。アジアに関して言えば、やはり中国の一帯一路政策に伴うアイスシルクロード構想が注目を集め、期待とともに警戒があったのも事実です。

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ワークショップの公開セッションの様子


 その中で筆者が感じたのは、北極の安定を考えるには、@北極域内でのバランス、A北極域とアジアとのバランス、Bアジア諸国内のバランス、という3つのバランスが重要であるということです。北極評議会という現在のガバナンスの仕組みについての評価はさておき、8か国の中には大国もあれば小国もあり、また北極海に面する国とそうでない国など内訳は多様で、それぞれ北極の安定に対する視座は異なります。北極のガバナンスは域内国だけで決めるべきという国もあれば、米露という大国の北極への関与のバランスに変化が生じそうな場合は域外国を取り込むとことで安定を維持させようと考える国もありますし、取り込んだ域外国の中から突出した存在が出てくれば、それを中和させるため別の域外国を取り込みたいと考える国もあります。またもっと民間の枠組みをうまく活用してはどうかという考え方もあります。いずれにせよアジア諸国のかかわり方というのは、すでに北極に大きな影響を与えうる要素になっていると言えます。

 日本では間もなく新しい海洋基本計画が策定され、その中に北極に関する独立した項目が新たに柱建てされる方針と聞いています。日本がこれから北極にどうかかわっていくのか具体的な計画を打ち出すとき、上であげた3つの要素にどう位置づくのか、あらためて北極諸国それぞれの視座に立って考えてみることは意義があるように思いました。どの国と何を協力して何が得られるのか、北極を一括りではなくそれぞれの国との関係性の中で全体ビジョンを描く必要があると思います。北極でアジアの存在感がますます高まる中、そのバランスを保つためには日本のさらなる参加が必要であり、またそれを期待している国があることをしっかりと受け止める必要があることをあらためて感じた次第です。

 グリムソン氏がなぜあれほど強く日本の参加を訴えてきたのか、なぜ今回はるばる日本までやって来たのか、アイスランドがいま置かれている立場を踏まえながら議論を聞いていくと、氏の意図というものが見えてきた気がします。

海洋事業企画部長 酒井 英次



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