CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


Ocean Newsletter No.413 [2017年10月20日(Fri)]
 No.413が完成いたしました。

『Ocean Newsletter』は、海洋の重要性を広く認識していただくため、
海洋に関する総合的な議論の場を皆様に提供するものです。 
********************************

●新たなる海洋スペシャリストの育成を目指して〜東京海洋大学海洋資源環境学部の紹介〜

東京海洋大学海洋資源環境学部長◆岡安章夫

東京海洋大学は2017年4月に新学部「海洋資源環境学部」を開設した。
新学部は「海洋環境科学科」と「海洋資源エネルギー学科」の2つの学科から成り、
質保証を伴った統合的・実践的なカリキュラムにより、大気から海底までの
総合的な海洋科学の理解をベースに、海洋環境・海洋生物の調査や研究、
海洋資源・エネルギーの探査や利用などにおいて、国際的に活躍できる
海洋スペシャリストの育成を目指している。


●スルメイカを通して診る 重要海域(EBSA)としての知床の海

(一財)函館国際水産・海洋都市推進機構/函館頭足類科学研究所所長◆桜井泰憲

知床半島およびその周辺海域は、世界自然遺産地域に登録されて2017年で12年目を迎える。
しかし、地域経済を支える沿岸漁業では、ホッケやスルメイカの大不漁など予測
できない事態が起きている。
地球温暖化に伴う右肩上がりの海水温の上昇という"不可逆的な時空間変化の流れ"に
対して、知床の海の生態系の保全と持続可能な沿岸漁業の共存には、
東シナ海と知床のEBSA(生態学的・生物学的重要海域)をつなぐ海の回廊を含めた
グローカルな視点からの診断と適応が必要な時代に入っている。

●海上自衛隊の南極地域観測協力
海上自衛隊砕氷艦「しらせ」航海科3等海曹◆新田千秋
海上自衛隊砕氷艦「しらせ」機関科3等海曹◆成田枝里香

私たちは、南極観測隊の輸送を担当する砕氷艦「しらせ」初の女性自衛官の
乗組員として第57次と翌年の第58次南極地域観測協力に参加した。
「しらせ」での砕氷航行や昭和基地での支援作業に携わり、過酷な環境下では
団結した力がいかに重要であるかということが理解できた。
艦艇を動かすには、さまざまな職域の乗員による団結が必要であり、
今後も女性自衛官の活躍の場を広げることに貢献したい。


●編集後記

同志社大学法学部教授◆坂元茂樹

ご購読のお申し込みはこちら
Posted by 五條 at 11:49 | Ocean Newsletter | この記事のURL | コメント(0)
海のジグソーピース No.51 <世界海事大学(WMU)の女性たち> [2017年10月18日(Wed)]

 女性の活躍が成長戦略の中核と位置付けられ、海洋・海事分野における人材育成も女性に焦点が当たりつつあります。当財団も女性の活躍に注目して、『海洋白書2017』(注1)では、初めて「女性の活用と活躍」の項目を設けました。

 海洋・海事の教育・研究などの巨大なジグソーパズルに女性はなくてはならない大きなピースです。国際海事機関(IMO:International Maritime Organization)の大学院大学である世界海事大学(WMU:World Maritime University)でも女性が活躍していますので、今日は、その御紹介をします。

 先ず、WMU学長のDr. Cleopatra Doumbia-Henry。WMU初の女性学長です。海事関係の方には国際法の博士・専門家というより、前職のILO勤務時代に、あの2006年の海上労働条約をまとめ上げた責任者と言った方がわかりやすいかもしれません。

 2015年夏に就任した同学長は、就任後間もなく「世界海の日パラレルイベント2015」で来日し、当時の関水事務局長との特別セッションに登場、その積極的な人柄と大学運営に関する意欲的な発言が印象的でした。

 WMUの教授陣では船員社会学が専門の北川桃子先生(注2)が、日本財団の支援を得て、海事教育訓練(MET:Maritime education&Training)や海事エネルギー管理(MEM:Maritime Energy Management)の修士課程専門コースで助教授として活躍されています。ちなみに、WMUでは教授陣26名中6名が女性です。

 一方、生徒・卒業生の方に目を向けると、海事・海洋分野のリーダーたるべき人材を育成するため、WMU笹川奨学生制度が、1987年から行われています。現在は、日本財団の「海事行政等に関する人材育成プログラム」として笹川平和財団海洋政策研究所が運営しており、これまでに笹川奨学金を得て581名が卒業(笹川フェロー)していますが、その内123名(約21%)は女性です。日本からも女性5名が海上安全・環境行政コース(MSEA:Maritime Safety & Environmental Administration)を修了し、我が国の海事分野で活躍しています。

 また、10月11日にはスウェーデンの未来のクィーン、ヴィクトリア王女(Crown Princess)がWMUを訪問されました。王女は、国連事務総長から国連の17の「持続可能な開発目標(SDGs)」を推進する提唱者(SDG Advocates) の1人に任命されており、特に「目標14:海洋・海洋資源の保全、持続可能な利用」(SDG14)に関心を寄せられていることが、今回のWMU訪問に繋がったと思われます。

 さらに幅広く、層厚く、十分な女性の参画が得られていくための取り組みについては、まだまだ、議論のあるところですが、現在WMUでは、笹川グローバル海洋研究所(WMU-Sasakawa Global Ocean Institute)の設立に向け準備が進んでいます。海事から海洋へと、その役割を拡大しつつあるWMUの一翼を担うのは女性の力です。今後の活躍を大いに期待したいと思います。

image001.jpg
左から筆者、北田助教授、Henry学長、日本財団寄付講座のOlcer教授(出典:WMU)

注1 北田桃子「第7章 人材の育成と海洋教育 第1節2(2)女性の活用と活躍」笹川平和財団海洋政策研究所監修『海洋白書2017』134-137頁。
注2 『海洋白書2017』執筆者の1人であり、『海のプロフェッショナル〈2〉楽しい海の世界への扉』(東海大学出版会、2013年)でも紹介されている。著書にグローバルに海事分野の女性に焦点をあてた初めての本として、『Maritime Women Global Leadership』(Springer社、2015年)がある。

特任調査役 秋田 務

海のジグソーピース No.50 <“安全保障(Security)”って何?> [2017年10月11日(Wed)]

 “安全保障(Security)”は、私たちに身近で馴染みの深い言葉ですが、その意味するところは結構曖昧に捉えられることが多く、人それぞれ思い描く概念に相違があるように見受けられます。会議などで“安全保障(Security)”を話し合うときは、その用語の定義をしっかりと共有しておく必要があります。そうでなければ、議論がかみ合わなくなる事態が生じます。そこで、今回は“安全保障(Security)”という用語の概念整理をしてみたいと思います。

 この世界には、「安全ではないが安心」ということがあります。例えば、泥棒がいて安全とは言えない町だが警察が守ってくれているから一応は安心、通勤・通学で利用する道には熊が出没して危険だが猟銃を持った警護員が見張っているので概ね安心、といった状態です。これを“安全保障(Security)”と比喩することができるでしょう。つまり、「一定の状態で安全を守る」ことと言えます。

 「国の安全保障」という言葉があります。これは、国の領域・主権と国民の生命・財産、もっと幅広く捉えると人権や信条・宗教・言論の自由等を守ることであり、守るべきものを脅かす危険を排除して安全な状態を政治が責任をもって保障することです。ただ、そこには限界があります。何故かというと、完全に安全な状態を創り出すことは不可能だからです。世界には、日本国憲法の前文にある「平和を愛する諸国民」ばかりではなく、泥棒もいれば熊もいて、それらを完全に排除することは理想ではあっても現実的ではないからです。前言したように「一定の状態で安全を守る」いう保障が必要となるのです。

 “防衛(Defense)”と“安全保障(Security)”の関係について話を進めていきましょう。“安全保障”の英語表現“Security”は、ラテン語の“Securitas”を原語としており、安心な状態を保障するという意味です。古代ギリシャやローマでは、“防衛(Defense)”は“Security”のための必要不可欠な一つの要素として考えられました。つまり、“防衛(Defense)”は“Security”を確保するための機能の一つでした。“防衛(Defense)”の主体は軍事力です。

 第一次世界大戦前まで“Defense”とは“National Defense”つまり国家の防衛を意味していました。しかし、第一次世界大戦以降、ヨーロッパではドイツを抑えこむための同盟国による集団防衛態勢が唱えられ、“National Defense”の他方で“Multinational Defense”の概念が生まれました。この“Multinational Defense”の概念は“Security”と表現されました。ここから、“Security”の用語の定義に混乱が生じます。“Multinational Defense”(集団防衛態勢=軍事主体)としての“Security”と国家の安全保障(軍事力主体のDefenseはその一部)としての“Security”、つまり“Security”の定義に二面化が生じます。この情況は第二次世界大戦後も続きます。

 冷戦後、この“安全保障(Security)”の定義の二面化は更に二重構造化を生むことになります。冷戦の終結によって大国間の武力紛争の危機は回避できたものの、テロや内戦のボーダーレス化、更には海賊の横行など脅威が多様化する中で、国連や地域的取組みあるいは同盟や有志連合を基礎とした外交・軍事・警察・NGO等を織り交ぜた重層的手段による安全状態の確保への国際的取組みが慣行化するようになりました。ここに、広義の安全保障と狭義の安全保障という概念が生まれます。軍事・非軍事を織り交ぜた広義の安全保障の中に、軍事主体の防衛と非軍事的主体の狭義の安全保障があるという、“安全保障(Security)”の概念の二面化と二重構造化です。この概念の詳細を示す前に触れておきたいことがあります。実は、広義の安全保障概念を正式な形で最初に示したのは日本なのです。 

 冷戦最中の1978年、当時の大平内閣が国家政策として「総合安全保障」という考えを示しました。これは、米ソ対立という緊張状態によって固定されている戦略環境の中で国の安全と経済発展を維持するためのものであり、国際相互依存関係の促進と地域安全保障環境の安定化を目指す施策でした。これが冷戦後の世界にマッチして、“Comprehensive Security”(総合的安全保障=広義の安全保障)の名のもとに世界共有の安全保障概念として発展していくことになります。広義の安全保障、防衛、そして狭義の安全保障の区分は概ね以下のように図示することができるでしょう。

安全保障の概念整理.png
安全保障の概念整理(著者作成)

 国際的な呼称で説明した方が誤解を招かずまた理解もしやすいように思いますので、英語表記で図示してあります。“安全保障(Security)”と言えば、一般的には広義の意味合いを持つComprehensive Securityを指します。そこには、伝統的な国家間紛争を想定した個別的あるいは集団的な防衛(Defense)がその一部として含まれます。また、主として警察力(Constabulary)による治安維持(Order)、国連安保理決議に基づく平和構築・維持等(Peace Settlement)、社会インフラや航行等の安全確保(Safety)、人道支援(Human Security)、環境保護(Environmental Security)など主として非軍事的手段をもちいる安全保障への取組みがもう一方にあり、それもまた“安全保障(Security)と表現されることが多いのです。つまり、”安全保障(Security)を議論するときは、広義の安全保障(Comprehensive Security)なのか、或は非軍事を主体とする狭義の安全保障なのか、予め定義づけして臨む必要があります。ここで、我々日本人は注意しなければならないことがあります。大平内閣の次の鈴木内閣の時代、政府が「日米同盟は軍事的側面を含まない」旨の答弁をしたことから、“安全保障(Security)”を狭義の意味としてだけで捉えることがありますが、これは国際的には通用しません。

 笹川平和財団海洋政策研究所では、海洋における安全保障に関する研究にも積極的に取り組んでまいりました。そこでは、海洋の資源・環境の保護に貢献する安全保障施策といったユニークな研究事業もありました。言わば、“海洋の総合的安全保障(Maritime Comprehensive Security)”、広義の安全保障でしょうか。

特別研究員 秋元 一峰

Ocean Newsletter No.412 [2017年10月05日(Thu)]
 No.412が完成いたしました。

『Ocean Newsletter』は、海洋の重要性を広く認識していただくため、
海洋に関する総合的な議論の場を皆様に提供するものです。 
********************************

●苫小牧沖でのCCSの取り組み
日本CCS調査株式会社技術企画部長、技術士(応用理学部門)◆田中 豊

北海道苫小牧市において、国のCCS実証試験事業が2012年度から2020年度に
かけて行われており、2016年4月より二酸化炭素の地中貯留が開始され、
2017年7月末までに約6.6万トンが貯留された。
CCSは、既存技術で大量に二酸化炭素を削減することが可能であり、
「次世代の新しいエネルギー社会への橋渡し技術」と言われている。
本稿では、苫小牧CCS実証試験事業の取り組みを紹介する。


●地域社会・経済と港湾の機能継続
前京都大学防災研究所教授、阪神国際港湾(株)取締役副社長◆小野憲司

事業継続は現代ビジネスの重要な経営課題の一つである。
グローバル物流が世界のビジネスを支える今日、港湾物流のような
一企業の経営にとどまらない社会インフラにおいても、その物流機能の継続は、
地域のビジネスコミュニティが共有する経営課題となりつつある。
自然災害や人為的な災害の発生リスクが高まる中で、港湾物流の分野においても
機能の継続性と信頼性が強く問われる時代となっている。


●グローバル化に対応した水産海洋教育 〜焼津水産高等学校が取り組んだSPH事業〜
静岡県立焼津水産高等学校校長、全国高等学校水産教育研究会会長◆古木正彦

焼津水産高等学校は、平成26〜28年度には文部科学省研究指定である
スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(SPH)事業にも取り組み、
漁業・水産業および、水産物流通の高度化・グローバル化に対応した、
わが国の水産業界をリードする専門的職業人の育成をめざしている。


●編集後記
東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター特任教授◆窪川かおる

ご購読のお申し込みはこちら
Posted by 五條 at 22:50 | Ocean Newsletter | この記事のURL | コメント(0)
海のジグソーピース No.49 <泥だらけのブルーカーボン> [2017年10月04日(Wed)]

 去る9月29日、第144回海洋フォーラムを開催いたしました。当研究所長が交代してから初めての開催でありました。実に3か月ぶりの開催で、準備する側もドキドキでした。今回は、今年6月の国連海洋会議でも話題になっている「ブルーカーボン」を取り上げました。皆さんは「ブルーカーボン」をご存知でしょうか。「海の生物や生態系による炭素固定」で、気候変動の緩和策や適応策として注目されているものです。

 今回は、国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 港湾空港技術研究所沿岸環境研究グループ長の桑江朝比呂氏に「地球温暖化対策としてのブルーカーボンの可能性〜研究と実践の最前線〜」と題してご発表いただきました。ブルーカーボンとして、従来から言われていたマングローブ林などによる泥炭の蓄積以外に、海底泥なども含めて考えると海草(アマモ)場が、下水処理とセットで閉鎖性内湾域が、さらには、新海域への輸送を考えると海藻(コンブ・アラメ・カジメなど)がブルーカーボンとして考えられるそうで、想像力を大いに働かせて理解に努めました。

 さて、本日のメインテーマは、その中で出てきたマングローブ林です。皆さんは、マングローブという植物を、そしてそれが生えるマングローブ林をご覧になったことはあるでしょうか。マングローブは、主に熱帯・亜熱帯の海辺、潮間帯の上半分、平均潮位から高潮位までの間を主な生息域とする耐塩性の植物です。多くは、支柱根や気根というユニークな根の構造を持ちます。日本では「ヒルギ」と呼称されることが多く、「ヤエヤマヒルギ」「オヒルギ」「メヒルギ」などが有名です。

 その構造のおかげで、軟弱な砂泥域にも生息できます。海岸があると、種が小さく広い範囲に拡散できるパイオニア種のマングローブ(例えば、マヤプシキ等)が入り込み、その気根の周りに砂泥や落葉が堆積し地盤が上がってきます。すると、タコ足状の支柱根を持つヤエヤマヒルギや、膝根(しっこん)と呼ばれる独特の根を持つオヒルギなどが広がります。

スライド1.JPG
マングローブの根っこ(左:支柱根、中:膝根、右:気根)

 その成長過程で、大量の根が地中に広がり、余計な塩分を輩出するために常に大量の葉を林床に落とし、台風や落雷などのイベントで倒木となります。こうしたダイナミックな生態系の変化に伴い、気中の二酸化炭素起源の炭素が地中に埋没し、やがて泥炭となっていきます。この間、数百年から千年単位のサイクルですが、早くより、目に見えるブルーカーボンとして位置づけられています。

 今年の9月、南山大学の藤本潔先生率いる調査隊に同行させていただき、ミクロネシア連邦のポンペイ島(旧和名:ポナペ島)に観測に行ってまいりました。ミクロネシア連邦は、1986年に米国の信託統治領から独立を果たし、ヤップ州、コスラエ州、ポンペイ州、チューク州の4つの州を持ち、それぞれ独特の文化・風習を残しております。

 ポンペイ州の中心は、首都パリキールを擁するポンペイ島であり、早くよりマングローブ林の伐採を禁止してきた関係から、世界でも有数(おそらく世界一:藤本先生談)のマングローブ林が保全されています。どこがすごいかというと、おそらく、その生産性の高さだと思います。稠密な根、高い樹高、豊かな葉、どこを見ても圧倒的です。林床は有機物いっぱいの真っ黒な土壌で、まさにブルーカーボンの宝庫と言えます。

スライド2.JPG
ポンペイ島のマングローブ林(遠景)

スライド3.JPG
ポンペイ島のマングローブ林(内部)

 藤本先生らのグループは、20年以上ポンペイ島のマングローブ林をくまなく調査し、その種の組成、生産量、蓄積炭素量の測定などを行ってきました。ところが、近年、ある林において、深刻な林床の侵食が発見されました。その場所はリーフに守られた閉鎖的な湾の奥にあり、航行船舶もなく、人為的な影響もほとんど受けていない場所でしたので、地球温暖化による海面上昇の影響が疑われました。すなわち、海面が上昇することで林床の奥まで水深が上がり、引き潮時の侵食力が大きくなり、せっかく蓄積した泥炭が海に持ち出されているのではないかということです。

 沿岸域の物理過程を研究する者として、居ても立っても居られない思いを抱き、藤本先生のグループに加えていただき、マングローブ研究者としてフル装備で観測に乗り込みました。しかし、地下足袋で固めた足も、踏み場もない程の支柱根・膝根・気根に阻まれ、10 m先が見通せない状況で観測区のくい打ちやロープ張りをし、幹の太さを図るために地表から2 m以上の支柱根を上る・・・、人間の(私の)想像力の陳腐さを高笑うかのような、ポンペイ島のマングローブ林に圧倒され、気づくと、脛の傷と筋肉痛を残し、今年の調査が終わっていました。

 これから、大急ぎで、観測の結果整理、研究のまとめをし、今後の対策や方針を考えなければなりません。世界中のブルーカーボンが危機に陥る前に、科学者としてできることをしなければ、という焦りに近い想いが湧いてきます。これからも、泥だらけになりながら、その泥だらけになれる幸せをかみしめ、研究に勤しみたいと思います。その泥がなくなる前に・・・。

スライド4.JPG
マングローブ研究者(使用前)

スライド5.JPG
マングローブ研究者(左・中:使用中、右:使用後?)

海洋研究調査部長 古川恵太

海のジグソーピース No.48 <EUにおけるIUU漁業対策> [2017年09月27日(Wed)]

 IUU(IUU:Illegal(違法)、Unreported(無報告)、Unregulated(無規制)の頭文字を取った用語で、以下「IUU」とします)漁業への対応は、世界各国において喫緊の課題となっています。当研究所では2016年度に実施した「各国および国際社会の海洋政策の動向に関する調査研究事業」において、欧州連合(EU)のIUU漁業に関する取組みについて採り上げたり、寺島紘士当財団参与も所長在職中に自身のブログで紹介されたりしています。そこで、今回はIUU漁業対策について、水産資源やその資源管理の基本的な考え方と併せて、その取組みと特徴について、取り上げてみたいと思います。

 持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)における目標14.4にも2020年までの撤廃目標を掲げられたIUU漁業ですが、IUU漁業はその性質上、総漁獲量又は総漁獲高を計ることは困難なものの、Agnew, D. J., Pearce, J. etc. (2009) によると、世界全体の漁獲量に占めるIUU漁業の割合が13〜31%あり、約100−235億ドルの損失額に相当するとされています(*)。水産資源は鉱物資源等とは異なり、漁獲量を適正に管理すれば、生物資源として自然繁殖により再生産され、持続的に利用可能であるという特徴があります。その考え方は、一定の利率の銀行にお金を預けて、元金はそのまま手を付けずに利息だけを使っていくことで持続的に利用していくことができるという「銀行預金」に古くから例えられます。資源管理を話し合う「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」などの国際会議においても、このような規制を決めるために、資源総量(=預金総額)や資源分布などから元金相当の量と利息相当の量を科学委員会等で推定した上で、それらの推定されたデータから利息相当にあたる漁獲可能枠をどの程度に設定し、配分するかについて議論されました。

 もちろん、複雑な自然や人間社会を背景にして一筋縄ではいきません。自然界の生物の再生産力の大きな変動に加えて、昨今の気候変動や人間が与える漁獲圧力や環境圧力、国家間のパワーバランスなど、非常に複雑な外的あるいは内的要因が絡んできます。そのため、実際はいくつもの前提やパターンなどを当てはめながら資源量を推定した上での議論となるため、もっと複雑ではありますが、まずは水産資源の特性のイメージとして捉えていただければと思います。

 水産資源の管理を考える上では、上述した「元金に手をつけない利息分」としての漁獲可能量をできる限り精緻に「算出・推定」することに加えて、その漁獲可能量を「適正に管理」することが必要となります。これらの管理手法にはいろいろな方式や手法があり、それぞれに一長一短があります。また、対象魚種や対象漁業の特性などによっても適切な管理手法は変わってきます。このような管理手法の詳細は、今回は省略させていただきますが、ここでの管理対象は人間の活動である漁業をどのように適正に管理するかということにポイントが置かれることになります。

 そもそも、市場経済の価格の決定は、「需要と供給」のバランスで決まります。漁獲規制は「供給」側に対するアプローチとなりますが、「需要」側でのアプローチの代表的なものは、エコラベルのような認証制度です。認証ラベル取得による取組みと付加価値に対して、消費者が購入・消費することを通して、流通を含めた供給側の適正な漁業活動への支持が表明され、供給側に対する責任を高めることにつながるのです。このようなこれまでの資源管理に対するアプローチの概念から大きな転換を図り、世界最大の輸入国(圏)であるという「需要」側の立場から、大規模な対策に取り組み始めたことがEUのIUU漁業対策の特徴です。

 EUはIUU漁業を海洋生物資源の保護および持続可能な漁業に対する深刻な脅威であると位置づけ、適切に対処する必要があるとの方針を示してきました。そのため、EUでは2008年以降、IUU漁業を防止、抑止及び廃絶するために、IUU漁業規則を政策レベルでも導入・運用することで、EU圏内だけでなく世界に対する新たなガバナンスを展開してきました(IUU漁業規則関連については、当研究所の過去の報告書をご参照ください)。EUのIUU漁業規制(2010年施行)は、EUの漁業政策の「3本の柱」の1つであり、以下の3つの原則から成り立っています。

 1つ目として、EU圏内の国やビジネスにおいて、何らかの形でIUU漁業に加担した場合、最大でIUU漁業に関連して得た利益の5倍、再度摘発された場合はその利益の8倍の罰金が課せられるという、EU圏内に向けたIUU罰則ルールが設定されています。

 2つ目として、EU圏内への輸出にあたって、EUのIUU漁業規則に基づき正当に漁獲された水産物であることを漁船籍国が証明する「漁獲証明書」書類の提出が求められます。なお、EUの規則に従い、自国の漁船管理を行っていることを法的に証明するための「旗国通知」についても報告・提出しなければなりません。この「旗国通知」を報告し、EUから受理された国が発行する漁獲証明書のみが有効とされています。

 3つ目として、IUU 漁業を防止、抑止及び廃絶するための義務を果たさない国に対して「非協力的第3国」として公開され、「IUU漁業の改善取組み状況に応じた追跡ルール」が導入されています。この規制は、1.リスク分析、2.トレーサビリティ分析、3.評価・問題特定、4.コメント、5.非公式対話、6.公式対話というプロセスを取ることが規定されています。もし、5の非公式対話を通して検討を進めた上で、協力が得られない場合、6の公式対話に移行し、当該国に対する警告(イエローカード)を与え、改善に向けた協力及び支援を実施します。イエローカードを受けた多くの国は自国の水産業に対する信用を損なうことを防ぐため、規制の見直しや強化を行います。とはいえ、一定期間内(通常は6ヵ月〜1年)に問題が解決しない、もしくは取組みが行われない場合などは、レッドカードが与えられ、当該国からEUへの水産物輸入が禁止されます。イエローカードおよびレッドカードともに問題点や課題が改善された場合にはグリーンカードが発行され、非協力的第3国のリストから除名されます。

藤重.png

EUのIUU漁業対話プロセスにおける追跡ルール(Tackling IUU Fishingより抜粋加工)

 既に50カ国以上が2国間及び多国間レベルでEUとの間のIUU漁業対策に関する国際協力体制を強化するに至っており、91カ国におよぶEU以外の国が、EUに対し、自国漁船に対する証明制度を実施するための「旗国通知」について報告しています。

 2017年7月に公表された資料によると、イエローカードは延べ24カ国に提示され、10カ国はイエローカードからグリーンカードへ移行し、8カ国はイエローカードの状態のまま、そして、6カ国はレッドカードに移行しています。レッドカードに移行した6カ国のうち3カ国はその後の対応状況に応じてリストから除外されており、現在は3カ国(2017年7月時点)がレッドカード対象国となっています。

 このように、EUによるIUU漁業対策は、「需要」側の立場から規制という形でIUU漁業由来の水産物がEU圏内に流れ込むことを防ぐだけでなく、EUへの輸出を主力産業とする世界の国々に影響を及ぼし、IUU漁業廃絶に向けた各国の意識を高めて対策を促すことにつながっているのです。世界的にIUU漁業対策が進められる中でEUの取組は、需要側の責任と対策の1つの在り方が示されており、今後の世界的な潮流として、我が国を含めた輸入国における責任ある対応の規範として注目すべき取組みではないかと思います。


海洋政策チーム 藤重 香弥子


* Agnew, D. J., Pearce, J., Pramod, G., Peatman, T., Watson, R., Beddington, J. R., & Pitcher, T. J. (2009).
Estimating the Worldwide Extent of Illegal Fishing. PLoS ONE 4(2): (e4570, 8 p.).



Ocean Newsletter No.411 [2017年09月21日(Thu)]
 No.411が完成いたしました。

『Ocean Newsletter』は、海洋の重要性を広く認識していただくため、
海洋に関する総合的な議論の場を皆様に提供するものです。 
********************************

●海外まき網漁業と資源管理
(一社)海外まき網漁業協会会長◆中前 明

海外まき網漁業は、日本食のベースとなっているカツオ節や調味料の
加工原料の70%以上を供給する重要な遠洋漁業である。
その漁獲対象となっているカツオなどについては国際管理が行われているが、
これまで成果は十分あがっているとは言えない。
今年末には管理機関において規制措置の見直しが行われるが、
この重要な資源の持続的利用が確保されるような適切な管理が
導入されることを期待している。


●日本最東端南鳥島への渡島
(国研)海上・港湾・航空技術研究所港湾空港技術研究所 
沿岸環境研究領域沿岸環境研究グループ長◆桑江朝比呂

排他的経済水域等における天然資源の開発などの主権的権利等を行使するとともに、
海洋環境を保全する義務を果たすため、本土から遠隔に位置する南鳥島に、
活動拠点としての港湾施設が建設中である。
本事業に関する調査研究のために南鳥島に渡島した際の様子を報告する。


●ナホトカ号重油流出事故から20年〜21世紀の環境災害とわれわれの使命〜
NPO法人日本環境災害情報センター会長◆大貫 伸

ナホトカ号重油流出事故から20年が経過した。
以来、日本では環境災害と言えるほど深刻な油流出事故は発生していない。
人類が石油と持続的な共生を維持するためには、万が一の事態に備えた
次世代への教訓の伝承が極めて重要となろう。
とくに、ナホトカ号重油流出事故を経験したわれわれに与えられた使命は、
今のうちに、同事故の正確な教訓を次世代に確実に伝えておくことである。


●インフォメーション
第10回海洋立国推進功労者表彰


●編集後記
同志社大学法学部教授◆坂元茂樹


ご購読のお申し込みはこちら
Posted by 五條 at 09:34 | Ocean Newsletter | この記事のURL | コメント(0)
海のジグソーピース No.47 <海洋の主流化にむけて〜UNFCCC COP23「オーシャンズ・アクション・デイ」開催について> [2017年09月20日(Wed)]

 2017年11月6〜17日にドイツ・ボンにて、第23回国連気候変動枠組条約締約国会議(UNFCCC-COP23)(議長国:フィジー)が開催されます。海洋政策研究所は、パリでのCOP21、マラケシュでのCOP22において、グローバル・オーシャン・フォーラム(GOF)、UNESCO政府間海洋学委員会らとともに、海洋と気候に関わる政策提言のためのサイドイベントを2年間連続で開催し、政策提言書「Roadmap to Oceans and Climate Action (ROCA)」を作成・発表しました。今年のUNFCCC-COP23においても、11月11日(土)に政策提言イベント「Oceans Action Day」をGOFらと主催いたします。当該イベントでは、世界の首脳や大臣、有識者、実務家を含むハイレベルな登壇者らが、海洋と気候に関わる課題、今後の具体的な行動、パリ協定の実施状況などについて議論し提言します。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)を含む科学の取り組み、漁業、ブルー・カーボン、資金調達、生態系ベースの適応策、気候起因の移転問題、能力構築などのテーマを取り上げ、終日のワークショップをCOP23のメイン会場にて開催します。

image002.png
政策提言書「Roadmap to Oceans and Climate Action (ROCA)」は、
36のパートナー団体によって作成されました。

 海洋関係者にとってはすでに常識となっているかもしれませんが、海洋は、気候に対して重要な役割を果たしています。海洋は地球の気候と天候を左右する主たる要素として、大気中に占める酸素の50%を生成し、地球全体における一次生産の50%を担っています。海洋はとりわけ、大気中の二酸化炭素量および熱量の調整を通じ、気候に影響を及ぼしています。現在、海洋は人為起源による二酸化炭素排出量の約30%に加え、ここ数十年の間に地球システムの温暖化により生成された熱量の90%以上を吸収し、さらに融氷により生じる全ての水を取り込んでいます。しかし、温室効果ガスの排出量が十分に削減されなければ、海洋がこれらの重要な機能を今後も果たし続けていくことは難しくなります。パリ協定で合意されたように、産業革命前からの地球の気温上昇を2℃より十分低く保ち、1.5℃以下に抑える努力をするためにも、海洋が果たす役割は極めて重要です。海洋の機能を損なわないよう適切に海洋を管理していくこと、さらには気候変動対策の一環として海を上手に活用していくことの両方のアプローチが必要になるでしょう。一例を挙げると、パリ協定達成のためには、海底でのCO2回収・貯留(CCS)を拡大、展開することが必要不可欠であるとの指摘もあります。

パリ、マラケシュ、フィジー(ボン)への道のり.jpg
パリ、マラケシュ、フィジー(ボン)に向けての道のり

 しかし、海洋にかかわる活動は、海運、漁業などのセクター別の取り組みが中心で、総合的な管理が難しい面もあります。また、世界の海はつながっていますから、国際的な連携も不可欠です。ただ、国連においても、海洋問題を総合的に所管する機関はありません。そこで、世界的な持続可能な開発の議論の中で海洋に関わる課題がしっかりと位置づけられるよう、海洋の問題を総合的に扱うことの重要性を訴え、当研究所は、世界の海洋関係者らとともに、寺島前所長のリーダーシップのもと、持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)を契機に重要な国際会議の場などで、継続的に提言活動に取り組んできました。当研究所によるUNFCCC-COPへの参画は、このような今までの「海洋の主流化」のための努力の一環であるといえます。

 当研究所による海洋の主流化の活動の中でも、特に私が印象に残っているのは、パリのCOP21でのパリ協定採択までのロビー活動です。当研究所は、パリ協定の交渉一週目も終盤に差し掛かった、2015年12月4日に「海洋と気候に関わるサイドイベント」をGOFや仏・NGO「海洋と気候のプラットフォーム」らとともに開催し、その会場で、主催団体の一人から以下のような呼びかけがありました。「パリ協定の草案から、【海洋】という文言が抜け落ちており、気候変動対策の中で海洋を考慮に入れる根拠が失われては大変です!皆さん、すぐに締約国の交渉担当者にテキストメッセージを送って働きかけて下さい!」という趣旨でした。その翌日は土曜日で、当研究所の職員は夕方の関連イベントがあるまでは、自由行動となっていました。私は、前日の呼びかけが気になっていたため、ホテルの部屋からUNFCCC事務局ホームページ上に新しくアップされたパリ協定草案の最新版を確認したところ、文書中のどこを見渡しても、「海洋」の文字は見当たりませんでした。すぐに寺島所長の携帯に電話をかけお知らせしたところ、「それは大変だ!今晩の予定はキャンセルしすぐにホテルの一室で作業をしよう。」とのご指示でした。草案の改訂版を前に、寺島所長、ドーラン研究員、小林研究員および私の4名で、「海洋」の文言を復活させるための具体的な案文とその位置を考え、主にNGOの海洋関係者のとりまとめをしていたグローバル・オーシャン・フォーラムのビリアナ・シシンセイン教授はじめ関係者一同にメールにて提案しました。

 はじかれた様に関係者が動き始め、シシンセイン教授は米国上院議員に面会し、文言修正の必要性を訴え、当研究所も現地の日本の政府外交団の方々に情報提供し、気候変動対策における海洋の重要性と草案からその視点が抜け落ちてしまっている事実と危機感をお伝えしました。そして、2015年12月7日のサイドイベントでは、交渉担当者を中心とした限られた参加者しか入場することができないブルーゾーンにて、具体的な修文案として、@前文に「温室効果ガスの吸収および貯留源としてのバイオマス、森林および海洋の保全と強化の重要性を認識する」という記述を挿入する、または、A海洋に関する新しい条項を挿入し、「地球の気候システムの中で海洋の重要性を認識し、すべての締約国は、緩和、適応、そして、科学、技術、資金、能力構築を含む実施手段について、計画し対策を講じる際に海洋の役割と機能に十分に配慮することとする。」 と記すことを提案しました。


image013.jpg
ブルーゾーンでのサイドイベント(2015年12月7日開催)(筆者撮影)

 そして、最終的にはCOPの会期は一日延長され、前文に「重要な生態系としての海洋」という文言が挿入され、12月12日に無事「パリ協定」が採択されました。複雑な交渉過程の中で何がどのように作用したかその全容を解明するのは困難ですが、海洋の重要性については、小島嶼開発途上国(SIDS)諸国のからの強い主張があったと聞いています。また、開催国フランス政府の調整、そして、フランス政府に粘り強く働きかけていた仏・NGO「海洋と気候のプラットフォーム」によるロビー活動も有効だったのではないでしょうか。それらの様々な動きが一つの流れを作り、修文の原動力となり、そして最終的にあのようなパリ協定がまとまったのだと思います。少なくとも海洋への言及に関しては、1992年に採択された気候変動枠組み条約にもともと記載されていたものと同等の表現が確保されたといえます。

image015.jpg
パリ協定交渉の模様(筆者撮影)

 この経験を通じて感じたのは、COPに至るまでの交渉をつぶさにウォッチし、多様なステーク・ホルダーとのネットワークを構築し、志を同じくするグループ(Like-minded groups)を特定し連携すること、さらには開催国のリーダー的NGOとの協力が重要だということです。そして、その根底にあるのは科学的根拠に基づいた息の長い政策提言活動の継続と蓄積です。現在は、パリ協定の実施という重要な段階に入り、海洋の主流化を文言以上のものとし、着実に実施していく必要があります。気候変動に立ち向かうために、そして海洋の持続可能な管理のために、多様なレベルでの取り組みと連携が必要です。是非、今後のドイツでの動きにも注目していただけると幸いです。

Oceans Action Day at COP 23 Leaflet.jpg
次回会合(COP 23)でのサイドイベントの開催案内

海洋政策チーム長 前川 美湖

海のジグソーピース No.46 <国家管轄権外区域の海洋生物多様性(BBNJ)をめぐる外交交渉の現状と展望(その2)> [2017年09月14日(Thu)]

 2017年の7月10日から21日にかけて、ニューヨークの国連本部において、BBNJ準備委員会(Prep Com)の最後となる第4回会合が開催されました。その結果、Prep Com 3の段階で112ページあった「議長のノンペーパー」(注)が、57ページという約半分の量まで減りました。しかし、実際のところ、BBNJの国際文書案(以下、便宜上「協定案」)の構成に関して、Prep Com 3の段階とそれほど大きく変わっているわけではなく、依然として様々な意見が列挙されている状況です(議長の総括ノンペーパー)。

注:「ノンペーパー(non-paper)」=「非公式文書」。今回の場合、現時点で内容についてコンセンサス形成が難しいため、「議長の個人的な見解」として、両論併記のまとめとなっている。

 今回は、前回の記事に引き続き、Prep Comを終えてのBBNJ協定案の全体像について若干の分析し、今後の展望を考察してみたいと思います。ただし、BBNJ協定案の構成は、「前文」や「総則」、「実体規定」、「組織規定」含め、12のセクションに分けられており、条文(article)を構成する要素としては50前後と数が多いため、今回は主要な論点に絞って解説いたします。

BBNJ協定像2.jpg

BBNJ協定案の全体像

1.前文
 前文は、「海洋生物多様性の保全と持続可能な利用の重要性」や「国連海洋法条約(UNCLOS)及び既存の法的枠組みの尊重」等について確認する内容となっており、これらについてはコンセンサスがあります。他方で、条約として基礎を置く原則・アプローチをめぐっては、「人類の共同財産」や「公海自由の原則」、「途上国に対する特別の考慮」等の案が提起されており、それぞれの関係や位置づけに関しては未だ意見が対立したままです(パラ1〜6)。

2.総則
 総論規定のセクションは、@「用語」、A「適用範囲」、B「目的」、C「UNCLOS及び他の条約との関係」のサブセクションに分かれております。

 「用語」のサブセクションでは、「国家管轄権外区域」をはじめとしてBBNJに関する24の用語が提案されています。特筆すべきは、BBNJに関する基本的用語である各トピックそのもの(「区域型管理ツール」「環境影響評価」「(海洋)遺伝資源」「海洋保護区」「海洋技術移転」等)について複数のオプションが提示されており、依然として意見の収れんが見られないことです(パラ7〜9)。

 「適用範囲」では、「地理的範囲」「事項的範囲」「人的範囲」の3つについて整理がされています。そのうち、特に「事項的範囲」に関しては、8つのオプションが提示されていますが、大別すれば、対象となる活動が「国家管轄権外区域におけるすべての活動」か、管轄権の外か内かに係らず「海洋生物多様性に影響・損害を与える可能性のある活動」か、「既存の条約が対応できていない活動」に限定するか、で意見が対立しております(パラ10〜15)。なお、興味深いことに、名古屋議定書の交渉の際に問題となった、「時間的範囲」(遡及効の有無等)については言及されていません。

 「UNCLOS及び他の条約との関係」のサブセクションでは、BBNJ協定が「他の条約に基づく国家の権利・義務を変更するものではないことを確保する」という案(without-prejudice clause)と、UNCLOS第208条のように「国際最低基準を下回らない」ことを義務付ける案(国際ミニマムスタンダード)が提起されています。後者の場合、BBNJ協定を通じて、他の条約で定められた規則・基準を適用するという解釈も考えられる点に注意しなくてはなりません(パラ18〜21)。

3.国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全と持続可能な利用(実体規定)
 実体規定のセクションは、BBNJ協定案の根幹となる部分であり、@「一般原則・アプローチ」、A「国際協力」、B「海洋遺伝資源(利益配分を含む)」、C「区域型管理ツール(MPAを含む)」、D「環境影響評価」、E「能力構築・海洋技術移転」が提案されています。

 「一般原則・アプローチ」では、43の原則・アプローチが列挙されていますが、公海自由の原則や人類の共同財産原則、汚染者負担の原則といった既に確立した法原則をはじめとして、予防原則・アプローチや生態系アプローチといった政策上の指針、世代内・世代間衡平や透明性、利害関係者の関与といった未だ内容が未確定の概念等が混在しており、それらをどのように調整するのかについては未整理のままです(パラ22〜26)。

 「国際協力」は、いわゆる国際法上の「協力義務」に関する要素ですが、ここでは具体的な「結果確保の義務」が課されている訳ではなく、特定の行為(共同作業や協議等)の実施を求める内容となっています(パラ27〜38)。

 「海洋遺伝資源(利益配分を含む)」のサブセクションは、BBNJ協定案の交渉において最も意見が対立しているパートです。「範囲」に関しては、場所的に「深海底と公海の両方」か、「深海底のみ」を対象とするのかで対立しております(パラ39)。また物的対象としても、「生息域(in-situ)」(自然環境上)の海洋遺伝資源から、ジーンバンクや研究室等で保管されているものを意味する「生息域外(ex-situ)」のもの、更には合成されたものを含む、データベース上の情報を意味する「コンピュータ上(in-silico)」の海洋遺伝資源を対象とすることが提案されています。重要な点は、もし、in-silicoの海洋遺伝資源が対象となれば、例えば、データベース化したゲノムデータやメタゲノム解析のための海水の収集も対象になる可能性もあり、現代的な海洋生物学全般が影響を受けることになります。この他に、名古屋議定書の時と同じく、いわゆる生物が生み出す化合物を意味する、「派生物(derivatives)」も対象とするか否かで意見が対立しています(パラ40)。

 海洋遺伝資源にかかる「指導原則」については、従来と変わらず、人類の共同財産原則と公海自由の原則で対立をしていますが、この相反する意見の対立を調整するためか、「人類共通の懸念(common concern of humankind)」や「明示をしない」という意見も提示されています(パラ41)。

 興味深い点は、「公海に隣接する沿岸国に対して資源の保全、管理、規制に関するより大きな役割を付与する」という提案がされている点です(パラ44)。これは、「隣接性の原則(principle of adjacency)」と呼ばれており、「沿岸国の特権(coastal privilege)」と呼ばれることもあります。隣接性は、元々、1950年代頃から大陸棚や排他的経済水域の管理の文脈で主張されていたものですが、今回、公海・深海底の海洋遺伝資源の管理の観点から主張をされています(同様の主張は、区域型管理ツール(MPA)や環境影響評価のサブセクションにもあります。パラ116、131、185)。

 海洋遺伝資源への「アクセス」に関しては、「フリーアクセス」と「アクセス規制」が提案されており、規制の類型としては、海洋の科学的調査以外のアクセスを「バイオプロスペクティング」として規制、または、海洋の科学的調査か否かに関係なく「深海底の海洋遺伝資源」は規制するという提案がされております(パラ55〜56)。

 次に「利益配分」に関しては、「金銭的利益及び非金銭的利益」と「非金銭的利益(のみ)」という案で分かれております(パラ64〜70)。「金銭的利益」に否定的な見解としては、公海・深海底の遺伝資源の商業化に至っていない段階で規制することへの疑問や、公海・深海底の調査費用、研究・開発費用、少ない市場化の可能性の観点から、金銭的利益配分の要求は、研究者の研究意欲を阻害するしかないことへの懸念等が言及されます(なお、1日当たりの研究船運航費は、概算で300万〜600万円、無人探査機は200万円、有人探査船となると400〜1000万円です。)。この他にも、金銭的利益の徴収方法、割合、管理、配分等の観点から、殆どの先進国(研究者)は、金銭的利益配分に否定的です。他方で、研究成果の共有や教育訓練、技術移転といった非金銭的利益配分については、これまでのスキームで対応が可能であるとして肯定的です。

 海洋遺伝資源における最も厄介な問題は「知的財産権」の扱いです。これは、名古屋議定書の交渉でも非常に揉めた問題であり、今回も激しく対立しております。Prep Comでは大きく分けて、@「BBNJ協定では扱わない」(=WIPO等の権限ある国際機関で対応)、A「義務的開示」(=特許出願等における海洋遺伝資源の入手先・場所の開示)、B「知的財産権の行使の禁止」の3つの見解で対立しております(パラ73〜75)。

 次に、「区域型管理ツール(MPA含む)」のサブセクションに関して、基本的に全ての項目が「海洋保護区(MPA)」を念頭に置いています。主要な論点としては、MPAの形式(性質)、基準、指定方法、意思決定、主体、期間等の「決定過程(プロセス)」に関してが上げられます。

 形式(性質)に関して、主に、@「グローバルモデル」(=国際レベルの新しい指定メカニズム)、A「ハイブリッドモデル」(=基準・指針を国際レベルで設定、実施は地域・分野別)、B「地域・分野別モデル」(=基準・指針を国際レベルで設定するが、管理・実施は地域・分野別機関の判断)の3つで意見が分かれており、この他に、「ケースバイケース」(=一律の基準は設定できないので、国際機関で都度検討)という方式も提案されています(パラ94〜97)。また、提案者については、@「締約国のみ」、A「科学技術委員会」(新規設置)、B「関係国際機関」(FAOやRFMOs等)、C「NGO含む」と、非国際法主体に対してのトリガー権限を付与する提案もされております(パラ101)。また、指定された区域の有効期間については、「無期限」か「期限付き」か、で見解が分かれています(パラ119)。

 最も意見が対立しているのは、区域型管理ツールとして指定される区域の内容(誰が、どこを、どのように、何の目的で、何を課すのか。)であり、基本的に、上記の設定形式(モデル)に従った提案がされています。グローバルモデルとしては、国際的に、空間範囲、保全・管理措置を、原則コンセンサスであるが、多数決で決定することが言及されています。ハイブリッドモデルに該当するものとしては、各機関が調整・協力をした上で、自己の権限の範囲内で設定・管理をすることが提案されています。地域別・分野別モデルに該当するものとしては、特段の調整メカニズムは設定せず、地域海条約の下で設定されるとしております(パラ121〜125)。

 次に、「環境影響評価(EIA)」のサブセクションでは、特に、EIAの対象、手続、報告内容について意見が分かれています。既にEIA実施の義務については、UNCLOSの第204条から206条に言及されていますが、その実施は国家の裁量に委ねられていることから、今回は、それよりも厳しい基準・要件を課すことが提案されています。

 たとえば、EIA実施の基準となる閾値(threshold)に関して、「あらゆる活動が義務的にEIAを実施する」(mandatory EIA)という案と、「特定の場合のみEIAを要する」という案が提案されており、後者に関しては、@「UNCLOS第206条と同様」、より厳しい「あらゆる有害な活動」や「軽微又は一時的影響以外全て」等が提案されています。ただし、閾値の具体的内容についてはまだ整理されておりません(パラ160)。EIAの手続に関しては、いわゆる、環境アセスメントに即した流れになっておりますが(スクリーニング、スコーピング、評価、報告、見直し・監視。場合によっては、パブリックコメントも。)、これを公海・深海底における海洋の科学的調査や漁業活動等に毎回適用するのは、実施者としては相当に負担が大きいと思われます。

 次に、「能力構築及び海洋技術移転」のサブセクションに関して、主な論点としては、この要素は分野横断的であるとして「各トピックのセクションごと」で扱うか、「単独のセクション」で扱うかで意見が分かれています(パラ206)。また、ここでも「知的財産権」が重要な論点となっており、@「知的財産権の保護の確保」、A「妥当な考慮を払う」、B「保護と促進・普及のバランス」の3つの案で対立しています(パラ211)。また、特に「能力構築」については、その種類を「リスト化」するか、「一般的要件のみ(非リスト化)」とするかで意見が分かれており(パラ213)、「技術移転」については、その条件・要件を、@「公正かつ合理的条件及び(途上国に)好ましい条件」とするか、実施については任意として、A「相互に合意する条件で(知的財産権等の尊重)」か、B「(相互に合意する条件での、途上国にとって)好ましい条件」とするか、で意見が分かれています(パラ219)。また、セクションIVの「資金」と関連して、「能力構築及び海洋技術移転」に関する資金供与メカニズムとして、@「任意拠出基金の設置」、A「(世界銀行の)地球環境ファシリティなどの既存のメカニズムの活用」、B「特別対策基金の設置」、C「任意及び強制拠出基金の設置」が提案されています(パラ228)。

4.総括
 以上、簡単にではありますが、BBNJ協定案の全体像について主要論点を中心に整理をしてみました。このように整理してみると、Prep Com3の段階から分量が半分になったとはいえ、依然として、主要論点についての意見収れんは出来ておらず対立したまま、もしくは、同床異夢のままで議論を終えた感が否めません。もちろん、現在は条約交渉の前段階であり、精緻な文言交渉よりも、各国の意見を出し尽くすことが重要であります。しかしながら、これほど両極の意見が含まれた議論を収束させるには、議長の強いイニシアティブか各国の思い切った妥協が必要です。

 とはいえ、前例がないわけではありません。名古屋議定書の場合、条約としての「枠組み案」(21〜81ページ)の段階で、「合意されていない」ことを示すブラケット([角括弧])入りの部分が3000カ所以上あり、合意達成は不可能と考えられていたところ、条約交渉に入る直前でブラケットなしの統合文書として「共同議長草案(議定書案)」(44〜60ページ)が提案され、その結果、締約国会議での交渉含め、実質4週間の交渉で合意に達しました。これには、2006年に生物多様性条約の締約国会議自身が、「(2010年の)第10回締約国会議までに可及的速やかに作業を完了させる」ことを決定しており、この「時間制限」があったことにより条約作成の政治的・外交的なモチベーションが維持、決定が促進されたという背景があります。

 BBNJ協定案の交渉も、政府間交渉に入る前に、国連総会での決議を採択することから、今回も、交渉期限を設ける可能性があります(そうでなければ、議論が長期化し空中分解する可能性もある。)。いずれにせよ、今後、どのような総会決議が採択されるか注視していく必要があるでしょう。

海洋政策チーム 本田 悠介

海のジグソーピース No.45 <少子化と海上安全> [2017年09月06日(Wed)]

 私は北方領土に近い根室で生まれ、初夏は沖捕りのサケ・マス、初秋はサンマ、そして冬はタラと忙しく漁期が展開するなか、頻繁に起こる漁船海難を見聞きして育ちました。隣近所の漁業者には我が家と同じく何人もの兄弟が育っていた時代です。不幸にして長男が海難に遭えば次の漁期には次男、三男が代わりに沖に出て行きました。石炭産業は戦後の我が国の復興に一役買ってくれましたが、炭鉱爆発での5人死亡は北海道新聞の一面トップを占め、片や5人の漁船員海難死亡は地方版にひっそり掲載されるという現実を見て、人の命の扱いのギャップに子供ながらに不思議さを感じました。長じて、中学校の同級生が漁船員として、高卒の銀行員の何倍もの給金をもらえることを知り、世の中のバランスというものが分かった気がしました。

 その後、運輸省や海上保安庁での勤務において、海上の安全や環境保護、そして船員問題を議論する国際海事機関(IMO)の会議に出席する機会を得たのですが、北欧が極めて厳しい安全基準を提案することに度々出くわしました。一足先に少子化に入っていた北欧、特に漁業、海運、海洋(石油)産業を主産業とするノルウェーでは、陸上労働とほぼ同じ労働安全が担保されなければならない必要があったわけです。

 当研究所の客員研究員である北川弘光先生が本稿のために数多のデータから我が国とノルウェーの産業別就業者死亡率について、比較分析して頂いたのが【表1】です。高所作業を伴う建設を含めた陸上の全産業については、両国ほぼ同じ安全レベルと言えますが、漁労従事者については、断トツの差が出ています。

ジグソーピース1(工藤参与).png

 同じく北川先生と当研究所の秋田務調査役にまとめて頂いた【図1】をご覧ください。この半世紀、我が国では少子化が進む一方、労働安全関係の法整備や死亡損害保険(≒人の命の値段)の高額化により、産業事故死亡率は劇的に改善されました。しかしながら、我が国における海上労働、とりわけ漁労従事者の安全向上は、まだまだ大きな課題と思っております。私も署名に加わったトレモリノス漁船安全条約議定書 がなかなか発効せず、これを促進するべく、2012年にはケープタウン協定が決議されますが、漁船安全に関する国際規則はまだ発効に至っておりません。

ジグソーピース2(工藤参与).jpg

 2015年から厚生労働省は安全衛生優良企業公表制度を制定し、都道府県の労働当局はこれを推奨し始めました。世界で最も少子化が進んでしまった日本で、たった一人の我が子にたとえ高額報酬でも危険な職種への就労を勧めるでしょうか?この制度が大幅に活用される日が間もなくやってくると確信しています。そして、「少子化と海上安全」のテーマを追いかけてくれる研究員が出てきて欲しいと願っています。

参与 工藤 栄介


| 次へ