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無意味な口先政治〜〜〜自殺者3万人 [2010年10月25日(Mon)]

日本のいろんな社会制度が、いかに機能していないか。

それは自殺者3万人超という現実を直視すれば、分かることです。



国会制度・大学制度・公務員制度・・・・・

農業従事者が多かった時代は、

今のように  「金がないこと=即、死 」 ではなかった気がします。



しかし今日、だれも助けてはくれないのです。

「 羅生門 」の時代と、どう違うのでしょうか。







(朝日新聞10月24日「ルポ アメリカ 戦傷者 社会置き去り 」から引用)

8世紀の墾田私有法から、はっきりと社会制度として小作制度が始まり、格差が身分制度として、脈々として現代に引き継がれている。










阿久根の問題 は、こういう社会の怨嗟 が、大きく影響しています。



社会制度が、どれだけ機能不全になっても、


既得権者が、自ら進んで利益を分けるということは、


現実にはあり得ないからです。



総理大臣経験者であっても、そうでしょう。



討ち死に覚悟で上訴したような


封建時代の姿さえ、浮かんできます。



政治は、単なるショーを見せているだけのようなお遊びなのでしょうか?


無駄に時間は過ぎ、毎日100人前後の人が、


絶望の末、いのちを絶っているのです。






◇◇◇

◇◇◇◇◇◇

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Posted by けんたろう at 00:56
阿久根市政と制度崩壊 [2010年09月22日(Wed)]


社会制度が、永遠に続くことなどありえない。



明治以来の公務員制度は、

いまや目的(市民のため)と手段(公務員制度)が、逆転し

手段が目的を食いつぶしている。







制度崩壊と、人の生物学的反応は、止めようがない。



公表された公務員の退職金・給与実態の事実には、だれもが、眉をひそめ

嫌悪感を催してしまう。



もう公務員法が、正しい/正しくないの範疇を、越えてしまっている




安心して職務に打ち込めるようにという趣旨の公務員法は、

単に給与を保障するためだけの制度に、成り下がっている。










旧社会が存続するのは、一国を一家承継する某隣国に見られるように、


まわりでたかっている 既得権者 がいて、


しっかりガードしているからだろう。




目的・手段のバランスをコントロールするのが政治であって、寄って集ってするタカリ政治は、衆愚政治と呼ばれるものだ。




住民が貧困にあえぎ、国民が何万人も自殺するような世の中でも、


それでもなお、既得権者には、改革というのは恐れられる。



ひとを命として、見ていない。


不良品を選別する感覚かもしれない。





◇◇◇

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また、公務員には、面白い習癖があって、どんなつまらない論議でも、永遠に続け、いつまでも結論を出さない。


公務員には、急を要する事案か/そうでないかは、関係がない。


つまり、給料には関係ないので、結論は出さなくても、生活には全く困らないのだ!



したがって、彼らを動かそうと思うなら、給料自体を不安定にしないと、

動かないのではないか?・・・とさえ思われる。
Posted by けんたろう at 12:06
枯葉剤と生物多様性 [2010年09月22日(Wed)]

朝日新聞9月21日(火)1面。


地球異変  壊れる命の干潟 有明海 細る生物多様性


小さい頃、有明海沿岸で育ったものとして、

大量に撒き続けられて、いまだ止む事のない 「 除草剤 」 について、

ひとことも伝えられていないということに、違和感を覚える。






日本の森林・田畑・工場用地・駐車場・公園・芝生など、あらゆる場所に

農業者・漁業者・その他により、

撒き続けられている現実がある。




マスコミも、あたり障りのないところに焦点を置くのではなく、

もっと本質的な部分に、目を向けて欲しいものだ。





新聞社・放送局が責任を持って、

一つの課題を、責任を持って解決してゆくということも、

あっても良いのではなかろうか?




枯葉剤を浴びたベトちゃんドクちゃんの苦しみを、

物言わぬ植物・生き物たちは、

いまなお味合わされ、

地球上から、少しずつ、消えて去っているのではないか?





◇◇◇

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Posted by けんたろう at 09:33
転載の転載〜〜〜阿久根市職員給与 [2010年06月27日(Sun)]

転載の転載だから真偽のほどは、分からない。


しかし、もし本当のことだったら、そら恐ろしい話になる。



◆平成18年度 勧奨退職者分の退職金データ




山田 勝のいきいき日記


阿久根市ホームページ

Posted by けんたろう at 03:50
地球の最大の敵は”人間” [2010年03月27日(Sat)]
人の心(魂)は、視覚的には、見えない ものの、

絵や音楽のように、形あるものとして、表に出ることも あります。



また、動物以外の植物になると、その苦しみ・喜びなどは、

推し量りがたいものです。

しかし、「 ベトちゃん ドクちゃん 」に見られるように、

ベトナム戦争で使用された

枯葉剤による影響で奇形児が、多く生まれたことは、記憶に生々しく残っています。


 
人間や動物なら、その苦しみを訴えることができますが、植物はどうでしょうか?

それは、死ぬる程の、苦るしみなわけです・・・・・「枯葉剤」ですから。

平たく言えば「草枯らし」。その「 ベトちゃん ドクちゃん 」の苦しみは、

植物の苦しみを、目に見える、人間に分かる形で表現している という見方も

出来ます。 残酷な話ですが。





 海岸に押し寄せる韓国・中国の生活・産業ごみ(毎年19万トン)は、

近隣国の人の、心の中身を、形あるものとして表した ものとは、

言えないでしょうか。



 しかしそれは、外国から漂着するごみだけの話でしょうか。

振り返れば、日本中も、ごみだらけでは、ありませんか?

熊本空港から5キロほど離れた、阿蘇の水源地近くの吉無多高原という所の途中には、

「天の川」ならぬ「ごみの川」が、あるそうです。

水の代わりにごみが流れているらしい のです。

これは取りも直さず、日本人の心の現われ 

ではありませんか。



人が撒き散らすごみの中身は、

食関係のもの、

○タバコ○ガム○お菓子の包装紙○弁当の殻○爪楊枝

○コーヒージュース缶○ティッシュペーパー○輪ゴム


産業廃棄物

○農家のビニールシート○肥料袋○農薬瓶○家電製品

○建築関係の取り壊し物○建築廃材○側溝のU字溝ブロック

○家畜のし尿○工業汚水


その他の生活ごみ

しかも、これらのごみは、自宅に捨てることはないというところに、

日本人のずる賢さ を覚えます。





地球を危機に陥れるのは、何なのでしょうか?

それは、人間ではありませんか?

地球の最大の敵は、人間ではありませんか?

かつて、東大出のある首相が、

「核廃棄物は、太平洋に捨てれば良い」 というていどの国です。

それを選ぶ民衆の心も推して知るべし、です。



「日本中がごみだらけ」ということは、

日本人の「心の中も、ごみだらけ」 ということで、

「日本人は、なんらの恥を感じていない」 ということになるのでしょうか。



日本人は 、かつてGNP世界一の国が、いまや精神的には、

「恥知らずの、もっとも貧しい国民 」 になったようです。


次回は、 「 こういった人の魂のコントロール力 」について、考えます。





◇◇◇

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Posted by けんたろう at 21:07
精神最貧国民への2冊の本 [2010年03月11日(Thu)]
世界に冠たる経済大国の名もはがれ、たかり放題だった政治の世界にも、寒風が吹き荒れている。

政治家/財界/国民の意識は地に堕ち、そのために自殺者は後を絶たない。

この失くしてしまった 「人としてのこころの荒廃」 を、一国民の観点から、下記の2冊の本を出発点として、考えてゆきたい。



怒りのコントロール



この本をつくったスタッフ

2004年3月20日第1刷発行 2005年3月25日第4刷発行 1890円
著者 ジュディス・ピーコック
訳 者 上田勢子(AM―USA)
監修 汐見稔幸(東京大学大学院教授)/田中千穂子(東京大学大学院教授)
企画 高野和恵(アムコーボレイション)
デザイン 安達尚弘/高橋宏美(ズアン)
協力 大谷道彦(アムコーボレイション)

発行所 株式会社大月書店
〒113‐0033東京都文京区本郷2-11-9
電話 [代表]03‐3813-4651








だいじょうぶ 自分でできる怒りの消去法 ワークブック



[イラスト版子どもの認知行動療法2]
2009年9月30日 初版第1刷発行 1560円

[著者]
ドーン・ヒュープナー博士 Dawn Huebner,Ph. D.
アメリカ・ニュー八ンプシヤー州エクセター在住の臨床心理学者。子どもと親の治療を専門とする。心理学のヘルスサービス提供者として国に登録されており、アメリカ心理学会、不安障害協会アメリカ支部、強迫神経症財団、選択無言症団体など、数々の心理学関連団体に所属。著書には本シリーズのほかに『Sometimes I Worry Too Much, But Now I Know to Stop (ときどき心配になるけど、もうだいじょうぶ)』[未邦訳]などがある。

[イラストレーター]
ボニー・マシューズ Bonnie Matthews
多くの児童書や100冊を超える雑誌のイラスト、包装紙、カード、缶詰のラベル、「ランズエンド」の子ども服カタログなどのイラストを手がける。アメリカ・メリーランド州ボルティモア在住。

[訳者]
上田勢子(うえだせいこ)
東京生まれ。1977年、慶應義塾大学文学部社会学科卒。79年より、アメリカ・カリフォルニア州在住。カーメル写真センター理事。写真評論などに従事しながら、児童書、一般書の翻訳を数多く手がける。主な訳書に「子どものセルフケアガイド」全2巻(東京書籍)、「学校のトラブル解決シリーズ」全7巻、「心をケアする絵本」シリーズ3点、『自分とまわりのことがよくわかる本』『学校と生活がたのしくなる本』『なぜ自分を傷つけるの?』「10代のメンタルヘルス」全10点、『学校と勉強がたのしくなる本』、共訳「トレポー・ロメインこころの救急箱」全6点(共に大月書店)などがある。


[著者] ドーン・ヒューブナー
[絵] ボニー・マシューズ
[訳者] 上田勢子
[ 発行者] 石井昭男
[ 発行所] 株式会社明石書店
〒101-0021東京都千代田区外神田6-9-5
電話 03(5818)1171 FAX 03(5818)1174
[A D] 山田武
[装丁/組版] 明石書店デザイン室
[印刷] 株式会社文化カラー印刷
[製本] 協栄製本株式会社
lSBN 978-4-7503-3064-8
Posted by けんたろう at 09:11
すべての人が障碍者だ [2009年12月20日(Sun)]


いったい障碍者という基準は何であるのか? 

該当ならば生きる権利はないのか?


阿久根市長竹原信一さんの発言は、おおいに誤解を生む。






「健康」ということの定義を、どのようにいってみたところで、それが個別特殊の一人一人にとって、具体的な生き方そのものとならない限り、それは宙に浮いた観念に過ぎず、生きることにとって全く意味はない。


結論を先にいうならば「完璧という意味での健康は幻想に過ぎず、事実としては存在しない」ということである。私の「人間中途半端説」という考え方からするならば「すべての人間は身体障害者であり、すべての人間は精神障害者であり、すべての人間は老人である。したがって、すべての人間は健康ではなく病人である」ということになる。本人が「私は健康である」と思っていたとしても、必ず何らかの疾病がある。また、逆に「あなたはこのような疾病がある」と医師にいわれたとしても、生きている限り、その人の生き方によっては健康と呼ぶこともできるのである。


即ち 「健康という病気」という考え方も成り立ち、「健康という死」もまたあり得る。・・・・・


      ( おもさに貞く 野口三千三著 春秋社 \1,800 )






政治を、「たかり集団」から奪い返した、

阿久根市長竹原信一さんの功績は、大きい。


ほんの少し、改革の速度を緩めても、その功績は、いささかも揺らぐものではない。

ここで潰れてしまうには、いかにも惜しい人材と思う。


◇◇◇

◇◇◇◇◇◇

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Posted by けんたろう at 23:48
日本人の「口関係」は汚い [2009年11月19日(Thu)]



 さる公共施設の管理人をしていて、朝晩清掃に努めているが、大人も子どもも、その「口の汚さ」に閉口している。

 子どものサッカー観戦に来ている親が、タバコをぽんぽん捨てる。弁当ガラを自販機の空き缶入れに押し込んで平然としている、評価しようのない親が居る、何人も。まるで、パチンコやコンビニに来たような感じである。子どもは親の真似をしないのか。

 どうやら、近代サッカーでは、勝つことだけ教えて、人間としてのマナーは、二の次三の次らしい。 

 また、遊具場の子どもは子どもで、ガムをあちこちに吐き出し、お菓子の空き袋を、捨て散らかす。

  川に面した駐車場には、どこかの工事関係者が乗合わせ場所にしているらしく、朝な夕な弁当やつまみ、ワンカップ焼酎の残骸を、桜木の下に投げ捨てる。どうやら飲酒運転したり、酒の匂いをプンプンさせて、仕事しているのだろう。やりたい放題である。

 よーくごみの中身を分類すると、ほとんどが、「口関係」のものである。爪楊枝、弁当ガラ、赤とか青の弁当の輪ゴム、使用済みティッシュ、タバコの吸殻、ロッテのガム、お菓子の袋、ジュースの空き缶、はたまた使用済みサロンパス。

 衣食足りて、礼節を忘れる。むかし、「太った豚より痩せたソクラテスになれ」といった学長がいたが、いまは、自己中心の「我が欲丸出し」で、理性のかけらもない。

 

かって中流意識に酔いしれた日本人の、終の姿だ。なんともやりきれない。



 しかし近時、男女共同参画で、にわかに取り上げられている、熊本の猛婦・四賢夫人は、江戸末期に、母親に、次のように育てられている。





「・・・・・・・・・・

いつも子供等に注意して、食物については


一、多く食べさせませんでした。制限は決してしませんでしたが、間食は
出来る丈させられませんでした。

一、夏向きは決して井戸の水を飲ませませんでした。然し冷たいものが欲しい事は良く知ってくれまして、いつも湯さまししたものを用意して与(*)へてくれました。母の始終申した言葉に、人間は食べそこなひはあるが食べない傷ひはないと云って、大層飲食に注意させました。それで八人の同胞が一人として胃腸を患った事はない。私の處にマスサアジをする人が来て、私の腹部を見て、こんな丈夫な腸 胃を持って居る人は恐らくは男にもあるまい、と申しましたが、かうやって今日迄働いて居られるのは全く母のお蔭だとつくづく有難く思ふのです。一心はおそろしいもので、衛生学も育児方も聞いた事のない人が、ちゃんと天理に叶ったことを行って居るのです。

・・・・・」

        
   ○ 徳富健次郎 述  「竹崎順子」 大正12年4月出版 P27/矢嶋楫子の話
   ○ 「与へて」の「与」は、旧仮名遣い





Posted by けんたろう at 00:47
村の政治 [2009年08月18日(Tue)]

   たかり政治〜〜たかり派閥・・・・・



・・・・・親族政治






  政権選択選挙と銘打たれた今回の総選挙に、各党のマニフェストが出揃ったことは、曲がりなりにも分かりやすいことで、歓迎すべきものだ。


 ところが、一歩村の政治となると、町長派閥 VS 反町長派閥 という構図があり、善良な村民の税金を、自派閥だけで食いつくそうという露骨な政治が、はびこっている。


 今後は、村の政治でも、マニフェストなるものを出してもらい、自派閥だけのたかり・親族だけのたかりから、脱却してもらいたいものだ・・・・・・。



・・・・・・中央も地方も公務員の天下り・・・・・年金問題に見られる組織的官庁の犯罪・・・・・・集めた税金は商工団体が自由に使う・・・・・邪魔するな・・・・・・・・・人のものは俺のもの・・・・・

自由に自殺する自由・・・・・失業する自由・・・・・脱落する自由・・・・・


               資産家の政治・・・・・・死ぬまで論議する国会・・・・・・死んでから出る判決・・・・・・・・・・軽い刑罰・・・・・・・



・・・・・身分保障でやるきのない公務員・・・・・・保身だけの労働組合に支援された政党・・・・・・庶民は数万円の年金暮らし・・・・・医者にも行けない・・・・・・閉じこもりっきりの生活・・・・・・



TVショッピング・・・・・・・お笑い/大食い番組・・・・・・無用な経済学者達・・・・・・


・・・・・・・こどもの”ポイ捨て”  ・・・・・生産拠点の海外逃亡・・・・・・・作ったキャベツは自分では決して喰わない善良な農民・・・・・・・・・・・・わずかな出資金も返還は1年後というある農協・・・・・野辺で焼くビニール・・・・
・・・・・儲かる偽装・・・・・儲かる整形・・・・・・振り込め○暴・・・・・泥棒が泥棒を取り締まる・・・・・賄賂でなった先生が教える道徳教育・・・・・・・


・・・・・・・都会の真ん中で、轢かれたイタチ・・・・・・・バスセンターで夜鳴きする見たこともない南方の鳥・・・・・・外人のやけに登場するNHKの教育TV・・・・・・・・・



なだれを打って、勝ち馬に乗ろうとする古参政治家・・・・・・主義主張の放棄・・・・・勝てば良い・・・・・・・・・・またタカレバいい・・・・・



   ずるい国 にっぽん〜〜〜二枚舌の日本〜〜〜たてまえを前面に打ち出して勝利しよう!!!!
Posted by けんたろう at 11:08
全国に共通する阿久根市の問題 [2009年06月12日(Fri)]


  鹿児島県阿久根市の市長に再選された竹原信一市長が、職員組合に市庁舎からの退去を通告したという。(朝日新聞6月12日)



  「 市長と議員が職員組合と癒着していきた結果 」とか、「 52歳で早期退職した給食センターの女性職員の退職金が3800万円・・・・・ 」 などというのは、おそらく  全国の自治体に共通すること ではないか?


  自治労だけでなく、 日本の労働組合は、改革勢力としては余りにも守旧的で、社会改革にかける実行意欲は、ほとんど感じない。



  阿久根市長が不信任を受けても再選されたということは、それだけ 住民の心が疲弊し、それに対して社会が、ちゃんとした回答ができなくなっている  のだと思う。



  「 年収700万円以上の職員が54%・・・・ 」 ということは、非難されるべきことではないが、 それに見合った成果が、市民に感じられないということ、 である。



  全国共通のものであり、この行方は、 竹原信一市長と同様の怒りや情熱を、阿久根市職員組合が持つことができるかどうかに 、懸かっている。 



  国民が、公務員に対して抱く感情は、 「 横柄・傲慢・仕事の割には保障されている・・・ 」 ということであり、 「 情熱でなく求職のため、・・・議員のコネで・・・・ 」 というところに、最大の悲劇がある。 



 このことについて、跋扈する中央政党すら、今の所、なんら回答能力も存在しないので、孤立無援の阿久根市職員は、実に可哀想極まりない。



 阿久根市のことは、阿久根市だけの問題ではなく、  日本人全体の精神に対する問いかけ  のようでもある。 



阿久根市長竹原信一ブログ 

Posted by けんたろう at 06:28
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