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2019年06月30日

その昔、どんなヤキモチ、オヤキが食べられていたのか

どこかで読んだのだが思い出せない。「へえ〜。仁多にもあったのか。そりゃあっただろうけれど」という記憶のみ。そう、仁多に、かつてオヤキ=ヤキモチがあっても不思議でもなんでもない。全国どこでもそうだろう。しかし仁多では早くから米食の比率が高まり、麦・雑穀の食制が他の山陰地方より早くなくなっているだろうから、「オヤキをよく食べた」と語る人が昨今まで存命だったというのは驚きではある。たとえ、いらしたとしても、それが活字になって残るためには、「そう語ってもよい」という、発語者と受話者、そして活字となってひろまる地域の受容性がなくてはならない。※1)訂正後述

 その前提からすると、郷土食ブームが過ぎさった後、昨今の「商品開発」の流れのなかで、浮かんできたもののようにも思える。「オヤキ」はいまや売れ筋なのだ。流れとしては中に入る具の種類がふえ、サイズが小さくなり、といったところ。小麦粉にベーキングパウダーをまぜふっくらとした生地となっていることもある。
 
 安曇野チヒロ美術館で食べたオヤキ。小さなふたつだが、大人のお腹を満たすのに十分。「具」は野沢菜とキンピラ。生地は薄め(かな)。



小学館「デジタル大辞泉プラス」では2017年12月更新として、オヤキを次のように説いている。
《長野県の北信地方発祥の郷土料理。炒めて味噌で味付けしたナスなどの野菜の餡(具材)を小麦粉の皮で包み、蒸し上げたもの。古くは囲炉裏の灰で焼いて仕上げたことから「お焼き」の名がついた。「焼餅」とも。現代では県内全域に見られるが、北部ではお盆に食べ、南部では11月のえびす講で小豆餡のおやきを供えるなど、地域により異なる風習もある。近年では野沢菜、カボチャ餡、キノコ、切り干し大根など餡のバリエーションも増え、カレー味などの変わりおやきも作られる。》
 古い事典の類には、「長野発祥」という記述は管見の及ぶかぎり見られず、おそらく郷土食の商品化の流れのなかで全国的に「おやき」という名称が一般化したものだろう。それというのも、ここでも北信地方発祥とする「おやき」は北信地方ではかつて「おやき」ではなく「やきもち」という名称が一般的であったからだ。

 昭和59年発行の「長野県史・民俗編 第四巻(一)北信地方 日々の生活」では、一般名を「ヤキモチ」とし、別名として以下のものをあげている。
・おやき
・こねつけ
・ちゃのま





 皮の材料も北信地方のなかで多種、食制も朝に、昼に、夕に、おやつにといろいろ。ともかく、「焼く」食料の代表ともいえる存在だろう。小麦粉が主ではあるが、クズ米の粉と他の粉との組み合わせの類型も多い。ひろいあげてみよう。
・小麦粉
・米粉(くず米)
・そば
・あわ
・ひえ
・きび
・とち
・もろこし

 
瀬川清子,1968『食生活の歴史』(講談社)には、新潟の小林存翁が取材した食生活をひいて当時の主食がなんであったかを問うている箇所がある。そこでは、カテメシ、雑炊より「ひどい」ものとしてヤクモチがあげられている。
《魚沼郡・頸城郡の山村にゆくともっとひどい、粃米に雑穀の粉をまぜた団子の中には餡の代わりに葉っぱの油煎に味噌あじをつけたものを入れた人頭大の焼餅をつくって、藁火・柴火でじかに焼き、手で灰を払って食う、これをアンプ又はヤクモチといったが、それで茶を飲めば朝飯は終わりだから、朝に人に逢えば必ず”茶あがらしたか”という。昼飯に山にもっていくのもそれである》


さて、※1の訂正について。
 仁多にヤキモチ、なかったよねと、農文協の『聞き書 島根の食事』を開いてみれば、奥出雲にしっかり見出しつきで掲載。もし島根にあるのだとしたら、石見山間部だろうという思い込みが見事に外れたわけで、ほんとに愚考・愚見だなと反省する。
 石見地方よりむしろ出雲地方にみられるのだ、ヤキモチは。
 まず奥出雲のヤキモチについては、米の項目のうち「米の粉でつくるもの」として4つあげられるもののなかのひとつ。
ヤキモチ
 米の粉二合にそば粉八合と熟柿一〇個を加えてぬるま湯でこね、だんごにする。これを浅い鉄なべで焼いて味噌をつけて食べる。十一月から十二月に食べるもちで、年によっては針供養のとき、このpもちに針をさして川に流すこともある。》

 興味深いのは「米の粉でつくるもの」として挙げられている他の3つ、すなわち「八日焼き」「笹巻き」「あこ見だんご」はともに儀礼食であり米粉を主原料としてつくられるものであるのに対して、「焼きもち」だけが、そば粉を主としてつくられる「日常食」として挙げられていること。
 ここには、何か、ありそうだ。


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追記1
大田直之『出雲新風土記』に焼餅の記述がある。

《…弁当にはエンドウ飯に塩さばをそえてお昼ごろ主婦が山へ届けまたオヤツ用に夏豆餡(そらまめあん)の石糠餅(いしぬかもち)も作る。》

 この石糠餅が「焼餅」なのである。
 なぜ石糠なのか。つづけてみてみよう。出雲地方における、焼餅=オヤキの古態を、肝要にまとめている。
《石糠餅は、死米や青米の混った屑米を石臼でひき、よくこねたものを拳大にまるめてホウロクにかける。従って「焼餅」ともいうが、腹もちがよいので農繁期には不可欠の間食、いな主食でもある。しかし御馳走ぶりに作る時は季節のもの、即ちサツマイモ、ソラマメなどを餡に入れたり、また粉によもぎや柿をまぜたりする。柿は渋い生マ柿をつきまぜるのだが、焼くと不思議に渋味が去って甘くなる。これをカキゴという》


大田は明治23年の生まれ。緒に「自分の体験から幾分かでも血の通った記録を残す」ものとして、年代を明治中期から大正初期にかけての一部落のものだとしている。すなわち大田の郷里たる能義郡飯梨村。

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陸稲苗の定植

 6月29日の土曜日、陸稲苗・ネリカの定植をした。育苗箱2つぶんである。6月5日前後に播種した同じネリカの種の様子はといえば、かなり成育が悪い。裏の畑の隅の日陰に植えた種と比べても、高さにして半分以下である。荒れ地では根が張るまではこんなものなのかもしれない……というレベルを超えているようだ。今日、定植をその成育の悪い場所の上方でやり始めたところ、あぁ、と今更ながら気づいたことがあった。
 これまで、牧場地内の焼畑も春に夏にいくつかの場所でやっており、それぞれ土質が異なっていたものだが、今回はどことも一線を画するような違いがある。通称でナラヤマと称している場所の北東傾斜部は礫が目立つ。目立つどころが礫しかないようなところさえある。火入れの前は一面、孟宗竹だったはずなのだが、同じ北東傾斜部でも上部にはかなり多様な植生が竹林下層部にあり、伐開後に続々と再生していたものだ。それに比して、下層の礫が多いところについては、再生竹と葛が出始めているのみ。火入れ前もそうだったろうか。
 そう、表面部だけみれば北東傾斜部はそうなのだが、冒頭にあげたネリカの成育が悪い場所も、今回、苗を定植しようと鍬をいれてみれば、真砂になる前のような砂粒が多かったのだ。植物の成育にはきびしいだろう、これは。
 てなことを考えつつ、定植予定の場所を変更して、東部の上方へ。こちらは赤っぽい、やや粘土質の土壌だ。陸稲にはいいかもしれない。ただ、この場所は9月をまわると日照が悪くなる。
 あぁ、そうそう。この場所、もともとは半分やけになりながら稗を鍬入れして条蒔きし、モチアワをダメ元でバラマキしたところでもある。
 稗はいまだ発芽せず、モチアワも同様。
 ダメ元はやはりダメであったことがわかったのだが、1本も芽が出ていないというのは、こたえる(た)なあ。
 雨が降り始めたので、13時40分できりあげた。


▲種から植えたネリカ(陸稲)。なんとか生きてくれ。結実したとしても粃が多くなるだろうなあと思いながら。


▲高知のモロコシもがんばれ〜。


▲島大で播種したモチアワは、ホンリーよりも出芽がよいようだ。こちらの斜面はもともと土の条件もよい。ここはホンリー、モチアワ、ツルアズキ、ハタササゲ、サツマイモの混植。


▲礫の多いナラヤマ北東部斜面
posted by 面代真樹 at 06:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼畑

2019年06月27日

シコクビエを育てるにあたって

 今年の焼畑でシコクビエを撒いてみるのだと。そう思い立ったのは1年ほど前だったと思う。理由は大小いくつかあるのだが、なぜこれほどまでに顧みられていないのか、それが気になっていたことが存外に大きいのかもしれない。
 この項、のちほど加筆するとして、とある資料をはっておく。

横浜市立大学記者発表資料 H29.9.5〜雑穀シコクビエのゲノムを高精度で解読食料安全保障と健康食品開発への貢献に期待

○出雲地方ではなんと呼ばれていたのか
 「出雲国産物帳名疏」を何度かみているものの、わからない。たとえば、アワ、ヒエ、キビ、ソバなどと比べるまでもなく、いまや、その存在すら知らない人が大半である。作業仮説的に、「出雲国産物名疏」中、ヒエの筆頭にある「赤稗」がシコクビエであったのではないかと、そうしておく。
 事典の類にも、記載はわずかである。小学館『日本大百科事典』『国語大辞典』、平凡社『世界大百科事典』からいえることは3つ。
・インドまたはアフリカ原産で、日本へは中国を経由して「かなり古い時代に」渡来した穀類。オヒシバと近縁。
・呼称は、こうぼうびえ、のらびえ、からびえ、かもまたきび。現在一般名となっているシコクビエは四国で多く栽培されていたから(という説もある程度か)。
・山間地域で捕食的に栽培されてきたが、現在ほとんどみられない。
○呼称いろいろひろってみる
 wikiからひいたものでは以下。
・岐阜県…チョウセンビエ(朝鮮稗 徳山村と郡上八幡)、アカビエ(徳山村)コウボウビエ(弘法稗)、タイコウビエ(太閤稗 荘内村)
・富山県…マタビエ、ヨスケビエ(与助稗 利賀村)
・他にヤツマタ、エゾビエ、ダゴビエ、カモアシビエ、カラビエ

 自分が知る限りで以下。
・コウボウビエ…静岡県井川地方
・カマシ(カモアシビエの転訛か)…石川県白山山麓(『聞き書 石川の食事』)
・カーラベ(カラビエの訛りか)…飛騨高山(特産種苗 第18号 シコクビエの栽培機械化)


○追記予定のもの資料
・石川の食事〜
・広島の食事〜
・井川の雑穀文化〜





2019年06月25日

山で仕事をする人

 昨日は奥出雲町チェーンソー研修。ベテランコースは3人組で深い森の中へ。珍しげな鳥の鳴き声が響く木もれ陽のなか、「きこり」さんたちの話がとっても面白かった。「ひとりでやるのがいちばん安全だね、じぶんのペースでできるから」「ふたりのほうが効率はあがるけど、ゆとりがなくなるんだよ」「なんかしらんけど、あぶないとかいやな予感とか、危機察知というのは、ゆとりがないと感知できんからね」…などなど。

 こうした言葉の端に、すーっと、糸のように細くはあるけれど何かがそこに流れ続けているような、そんな線を感じることができる…ような気がする。



タグ:山人
posted by 面代真樹 at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

森の中のドクダミ

 庭や畑では、のび放題やりたい放題で、少々の抜き取りをものともせず拡大するもの、ドクダミ。その臭いは鼻につき、悪臭の類に入るのだろうが、そんなにひどいものでもないと私は感じる。薬草として重宝される(た)身近な植物であって、葉を乾燥させて炒り、茶として飲むことは、子供の頃には「美味しい」とさえ感じていたのだから、悪い印象はないのだ。
 かつて裏の畑はドクダミ畑かと見紛うほどのはびこり方であった。ずいぶんと縮小したとはいえ、少しでも地下茎が残っていれば、小さなほんの目立たぬ葉を地上に出し、少しずつでも再増殖をはじめる。そうしたところは手がやける厄介ものだ。茶にしようとしたこともあるが、けっこうな量の葉を集めねばならないことが、やってみてわかり、爾来、手をつけずにいる。
 今では、その白い花(構造上は花弁ではなく、本当の花は黄色く見える部分であるのだが)を摘んで飾るくらいのものにとどまっている。
 そのドクダミ。先日、奥出雲のチェーンソー研修の折、杉林の中で出会った。庭や畑では「猛威」をふるう強い存在感をもっているドクダミは、森の中では多くの「仲間」と共生する、ひとつの植物にすぎない。あぁ、この違いはなんなのだろう。



 

2019年06月22日

スペルト小麦の刈り取り

 スペルト小麦については、遅い梅雨入りとなっていることが幸いして、昨日、6月21日の午後、裏の畑ぶんを刈り取った。もう4日〜5日あればなあという色づきだった。ひと束半くらいはまだ青さが濃く残るものだったので残している。一畝ぶんだけなので微々たるもの。昨年の3分の1〜4分の1くらいではなかろうか。今年は山の畑に多く蒔き、その全部が牛に食べられてしまったので、まあ、種とりと少しがとれたくらいだろう。
 来年どうなるかは見えないところ大。まずは昨年の籾をねずみに食べられる前に脱ぷすることだ。
 あれこれ、考えるに、、、、とここから脱線する。

 いや目の前だけのことをやるのに精一杯であることの劣勢ぐあいが、ほんとに手におえなくなっているようで、やらないことをどんどんつくっていかねばと、こうして「やること」をあげるたびに思うのだった。
 そうすると、あぁ、夏焼だなと思う。
 とはいえ、まったく「焼かない」わけでもない。
 火入れという次元のものでなく、小さく、いくつかの区画を「燃やす」予定に切り替える。
 ざっと3〜4箇所あるし、そのうち2つくらいは、柵をつくれば、蕪の種をわずかばかりならまけそうである。つまり、「ひとりでもできる」範囲である。

 閑話休題。
 さてスペルト小麦に戻る。
 えー、去年種まきしたのはいつだったかと。ブログの履歴をたどってみると、、、。
 2017年…10月26日
 山畑にスペルト小麦の種を蒔く
 2018年…10月25日頃
 カブと小麦
 
 ほぼ同時期なのだね。確か昨年はもっと早めようと予定しつつ、結果同じ時期になったのだった。
 今年の秋はもう1週間早めて10月18〜20日ごろとしよう。山の畑については10月15日でいいだろう。
 




 


posted by 面代真樹 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年06月17日

レジ袋有料化へむけて、夏休み自由研究のすすめ

意味不明というのではない。どうなっているのだろうということでもやっとしているのです。
それはたぶんに、新聞を定期購読していない(ふだん読まない・読む価値を認めていない)、テレビもふだん見ないことによるのです。なので、ときどき目にするものに違和感を覚えてしょうがない。
題にあげたものはたまたま、目の前で新聞をひろげている人がいて、その記事が一面トップか次点くらいに大きな見出しで入っていたから。
そんなに大きなことなのでしょうか?
バーゼル条約、廃プラ輸出入、リサイクル法、廃棄物処理法……、いくつかの用語が浮かんではくるものの、はっきりはしないので、与太話として少々。
朝日新聞デジタルの記事をひいておきましょう。
2019年6月15日づけです。
見出し:レジ袋、来年4月から有料義務化 対策迫られるコンビニ
《経産省によると、容器包装リサイクル法の省令改正を念頭に置く。同法の所管は環境、経産、財務、厚生労働、農林水産の5省にまたがるため、調整を進める。対象となるレジ袋の大きさや素材、業種、中小企業への配慮策なども検討していく。》

記事には、同法の所管が各省にまたがるとありますが、容リ法は厚労省が主管です。わかりやすく下世話的なものいいをすれば、公益財団法人・日本容器包装リサイクル協会は、厚労省が容リ法制定とともにつくってOBを天下りさせる団体です。しかもかなりえげつないことは、「ここ金だけとるんかあ、ほんとになにもしないよ、ここ」と、某官僚があきれて言ったのをいまでも覚えています。
そしてリサイクル法のなかにあって、省庁的な価値観では「劣等生」です(「でした」なのかもしれない。容リ法が崩壊するのではないかという混乱の時期以降については追っていないので不明です)。
そこに、経産省が手をつっこんでくるということですよね、これは。
すでにスーパーのレジ袋の多くは有料化されているわけで、朝日新聞のこの見出しにも「コンビニ」がターゲットであることが記されていますが、これね、どうなんでしょう。ドラッグストアとかコンビニとか。有料化ってコストのつけかえでしょうけれど、コンビニやドラッグストア利用者にとってのレジ袋は必須だと思いますし、コンビニの収益にのっかる可能性もある(販売員の手間がふえるぶんトータルではマイナスか)。
うーん、でも経済成長至上主義の政権・経産省的にはこれ、マイナスなのかな。
そこに、バーゼル条約やら、資源争奪競争やら、さまざまなものがかかわっているのでしょう。

与太話でした。

余談かつ本題かもしれないーその1。
これ、国家的な物流の問題でもあるんでしょうね。梱包費、梱包資材費、それらふくめて、そりゃ経産省が「やらねば」と頑張りたくなる気持ちはよくわかる。
容リ法の奪還をてこに、次はダンボール、そして、「物流」改革へ乗り出すのか。その程度は目をこらしておきたいものです。

余談かつ本題かもしれないー2。
〈株式会社みんなの農業〉から次の記事をひいておきます。
http://bit.ly/2wVEL9s
《例えばトマト等の農産物の場合には種苗の購入代や、ハウス等の施設の償却費、圃場作業をする人々の人件費(または農家所得)等の生産コスト、そして選別・包装等のコスト、卸売市場や小売店まで運ぶ輸送コスト、JAや卸売業者、小売業者(スーパー等)等のマージン、等々です。

これらのうち生産コスト以外のコスト、すなわち前文の「そして」以下のコストは、一括して「流通コスト」といえます。小売価格のうちどれだけが生産コストで、どれだけが流通コストかとなると、価格を見るだけではもちろん分かりません。

しかし、価格の中に生産コストと流通コストが含まれていることは誰もが知っています。それゆえ、少なくとも生産コストと流通コストは表示価格以下であると認識できます。

ただし、ここで留意しなければならないことは、小売価格の中の流通コストは消費者が購入する時点までのコストだということです。当然と言えば当然のことでありますが、実はこのことがほとんど理解されていません》
 そう、ここから先に、お店までの交通費、自動車を利用する場合にはその償却費、書物に行く人の人件費、をあげているのです、藤島さんは。

 そして、です。藤島さんがあげなかったもうひとつの重要なコストがあります。そう、なぜレジ袋=容リ法にこの話がつくのか。私たちは商品を買うときに、商品そのものだけを買うのではありません。容器ごとかうのです。そして容器は棄てられるものとして、その処理費負担、捨てる手間(分別する手間)がかかっています。容器の大半は自治体が負担しているので、さらに見えにくいのですが、見えなくはありません。調べてみてもおもしろいかも。こういうの夏休みの自由研究にいかがでしょう?

2019年06月15日

飛ぶのが下手な鳥たちの季節

飛ぶのが下手な子燕を水たまりの前で(わかりますでしょうか?小さい黒いの)。みっともなかろうが馬鹿にされようがそうやって飛んでいるうちにどんな風にものれるようになるさ。

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初夏のこの季節はひな鳥たちが巣立ちする季節。ウグイスも「ホ…キョ」のようなつまった鳴き声だったのが、日に日にうまくなるころにはどこかへ旅立つようだ。
posted by 面代真樹 at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年06月12日

6月12日のイネとムギ

 遠州、信州への旅から帰り、苗が生きていたことにほっとした昨日の晩。来週はこの苗を植えに山の畑へ。といきたいものの、これをどこにという問題もさることながら、いつものことで、やることが山盛りとなって立ちふさがる。ふみわけかきわけ少しは歯をくいしばり、微笑みながら前に進みたい。
 ポット苗はネリカ。今年はじめての試み。火入れの3日後であったか直まきでまいてもいる。この苗はその日からさかのぼること10日は前のものだと思う。
長粒種なので、精米機での籾摺りがうまくいくかはやってみないとわからない。

 ポットの苗をはさむようにしてあるのは、イセヒカリ。熱帯ジャポニカの血をひくものと認識しているが、今年は休むつもりだったのを、藁がほしいなという動機で少しだけつくることに。



 今週はハダカムギの脱穀を晴れた日にと予定していたのだが、明日になるのかな。
 スペルト小麦はようやく色づいてきた。2周間後くらいなのかな。雨とうまくタイミングがずれるとよいのだが。




posted by 面代真樹 at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年06月05日

火入れの翌日に

竹株が水を地下から吸い上げている(であろう)ものですが、こうした株の周囲に炭化物が多いと糸状菌なのか放線菌なのかが大量に発生することが春焼きではよく起こります。
可能であれば、採取して、少なくとも放線菌なのか糸状菌なのかを知りたい。







posted by 面代真樹 at 06:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼畑