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2017年09月27日

9月26日の焼畑〜カブの状況とタカキビ、アマランサス取り込み

 9月26日。明日から雨が降るようなので、焼畑の雑穀を取り込めるものは収穫した。また、カブの状況と追い蒔きについて。

◉カブの状況
†. 中山裾の火入れ地
 前回(1週間前か)よりも、発芽がみられる。ただ、ところどころに虫食いあり。
 発芽が見られないところに追い蒔きする。5ml×5程度。
 なんとなくよくない感じがする。なんだろう。この感じは。
 虫食いについては、面積が少ないことで、周囲の草むらに生息する虫たちの生息数が多いことが影響しているのではないか。過去2年とくらべて、裾の最下部であることからも虫の害は多かろう。面積も最小である。(※正確な面積:のちほど記入のこと)

†. 蕎麦栽培地の下部と上部
 前回(1週間前か)追い蒔きしたものは発芽していないようだ。時期からして播く時期の限界として最期の追い蒔きを行った。15ml×10。
 発芽しているところも虫食いがひどい状態である。前述の中山裾よりは虫の影響は少ないはず。これは時期の問題か。コオロギの姿は相変わらず目立つ。黒炭の地面がひろがっていていることで、目視しやすいこともあるにしろ。

†. 今後の追い蒔き
 日曜日に発芽の確認と、春焼地のアワを刈り取った後に、草を取り去って撒いてみようと思った。
1. 牛が食うかもしれないので、アワが立ち並ぶその中心部にまず種蒔き。→アワ畑の外側は2週間後にはすべて刈り取り柵をもうける。
2. 蕎麦地については、牛がまだ入っていないことから、これから冬にかけても登りきらないのではと思われる。蕎麦地のさらに竹に近い箇所については、ソバも含め発芽が見られない。ここに鍬を入れてから蒔いてみることをためそう。

◉中山のアマランサス、大豆の状況
 大豆はあらかた花の段階で牛にぱっくり全部平らげられていた、、、はずだったが、多少は残っていたのか、小さなさやに豆ができはじめている。種として残そうか食べてしまおうか、経過観察。
 中山東のアマランサスは倒伏が多い。茎が細いのは中山西裾もそうだが、東の方が日照はより悪い。日照が得られていないことが原因だろう。茎が細ければ実のふさも小さく、倒伏の度合いは太いものとさほどは変わらないかと思っていたが、さにあらず。9月に入ってからの雨は次々と倒すのだなあ。倒れた状態からでも上に上にと穂を出し続けている。
 今年の収穫は小なりといえども、小さな穂をひろいあつめていこう。
 この日は大きなものを集めた。
 種取り用のものをどうしようか。来年どうしようかと紙の上と頭の中で思案を重ねている。

◉春焼地のタカキビ、アワ、ヒエの状況



 タカキビが今年は一定の収穫を得られたというのは救いである。昨年、カブの跡地斜面で育てたものよりはずっと状態がよい。一度は牛にがぶりと食われたあとからの再生であるのにね。
 アワは、ほんとにどうしたものか。
 下の写真は9月21日、すなわち1週間ほど前のものだが、状態はあまり変わりはない。
 優先順位を後にまわしつつ、とれるだけでもとっておこうと心を落ち着かせる。





 それにしても。
 牧場のエノコロ草がすごい。一面の”エノコログサ”の草原。
 これ、全部とって干して、取り出したら、そこそこの量にはなる。
 やってみようか。
 夕陽を受けてきらめきながら、風にゆれる穂の群れをみながら、夢想がかすかにうごめくのであった。



posted by 面代真樹 at 14:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2017年09月25日

美しい畦焼き

 秋らしいおだやかで過ごしやすい日が続いている。たいがいの田の稲刈りもおわり、干されていたはでぎの稲もおろしはじめの頃である。忙しさも一息ついて、運動会と、草刈りと野焼き(畦焼き)の季節。そんななかで、奥出雲のとある田圃の畦で美しい畦焼きを見たので記しておく。
 小さなけたではあったが、きれいに草をおろしながら、焼き漏れやむらが見られない。火の動きも、ちょうど斜面を斜め上から下にむかっていた。先端はかまぼこ型。つまり両端の火が先行し中央部が後攻している形。
 日本の焼畑の技術でもよく見聞する、延焼のリスクをおさえながら、よく焼けるための火回しである。火を見ながら、無駄のない動きで草をならしている動作も美しいものだった。煙もほとんどたっておらず、いいかげんに燃えており、そこから1キロも離れていないケタの焼きはもうもうと煙をたてていたのとは対照的だった。

 野焼の風景は出雲市(旧斐川町)ではまったく見られなくなったと、数年前にきいた。奥出雲でもずいぶん少なくなったという。斐川町では除草剤の使用がふえるのと同じ流れなのだろう。まきたくない人もまわりの目があるから、まかざるを得ないというほどだ(ただし伝聞)。そうそう。商品名ラウンドアップで知られる除草剤が数年前に特許がきれて、安価で大量に売られるようになったことと同じ「動向」なのだ。
 除草剤ラウンドアップの環境への影響について、調べたことはなく、ただ、土壌系の農化学にも詳しい元大学教員に質問したことがある。「荒廃地で適量を一回だけ使うのなら、効果のほうがうわまわるのでは」という見解であった。どんな薬であれ、適量を使うことは当然であると、ふつうの人は思うだろうが、実際に現場に入れば、そうはなっていない。またどんな薬であれ、10年20年続けて使用した場合の帰結など予測はできない。スーパーコンピュータを駆使しようが台風の進路も天気予報も「当たらない」ようなものか。自然とひとことでいうが、そこで働く諸要因の数はあまりに膨大だ。

 焼畑も野焼も日本では上越・信州・東北に伝わるもののほうが得るものが大きいのではないか。農にまつわる技術もそうではないのか。そんなことを最近考え始めている。
 畦焼の話に戻せば、竹内孝功さんが、春の風物詩【田んぼの春起こし&野焼き(畦焼き)】と題して、畦焼を「師匠について野焼きを仕込まれている」と書かれている。
 出雲地方には野焼きを仕込んでくれるような師匠はもはや0であろう。だが、その断片はDNAの断片のようにあちこちに散らばっているのだと思う。
 「最近の若いもんは、火の扱いを知らんからのお。遊びからやればいいが、遊びもできんし」という言葉の意味をやりながら探ることであったり、数日前に目にした美しい畦焼きの動作を焼き付けておくことであったり、ということから拾い集めておくことが、いまできることである。




 

 
posted by 面代真樹 at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼畑

2017年09月24日

セイタカアワダチソウとソバの花

 9月24日のソバなのだが、写したかったのは黒い炭の部分。2度くらいはソバを追い蒔きした。カブも2度は蒔いている。やけくそまじりにホウレンソウやニンジンの種をばらまいたりもした。
 しかし、一向に芽が出ない。なんでだろう。
 今度、ビートかなにかを土中に入れてみようと思う。
 


 昨年のセイタカアワダチソウの写真をみると、10月中旬に花を咲かせている。
 今年は心してみていこう。
 下の写真についていえば、ここ、こんなに繁茂していましたっけ?
 人の手が再三入っているところで、おもしろい。
 向かって右手奥には民家があったところだ。建設残土が埋められているのだが、この谷間には山の水が流れ込んでいたはずのところだ。3面水路が見事なまでにその水の流れをとめているので、湿地化していた。が、その上に更に土を盛る工事がされたのかな。そしてセイタカアワダチソウと。
 
 20170923-P126098302

 参照:2016年10月22日ススキとセイタカアワダチソウの棲み分け?



posted by 面代真樹 at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2017年09月21日

竹の焼畑2017-sec.30

9月21日(木)晴れ。最高気温26℃(朝方の最低気温は12℃,朝露多し)
火入れ後最初の活動報告です。
○参加者:島大から3名、教員1名、地元1名(午後〜)の計5名。
○時間:10時〜16時
○内容
・次年度火入れ予定地の竹林伐採作業
・春焼地草刈り、雑穀生育確認と一部収穫
・夏焼の蕎麦、カブの生育確認

色づいたホンリーも徐々に立ち枯れがはじまっています。収穫の準備すなわち、干す場所を探すかつくるかせねばなりません。ホンリーに関してはつくります。
アワ、アマランサスなどをどうするか、、、ですね。同じようにつくるか。



台風と先日の豪雨で倒伏したタカキビが5本程度あり。
食害にあっていないヒエ(ごく一部ですが)を収穫しました。




posted by 面代真樹 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2017年09月19日

秋、野生のあずきを探しに、6000年前の記憶を探しに

 焼畑で2年目となるヘミツルアズキの収穫が進んでおります。焼畑地でのそれは島根大学里山管理研究会におまかせ。私めは、自宅の庭と裏の畑でいたずらまじりにまいておりましたが、ぼちぼちととれています。
 今日あらためて、焼畑地(2年目)のものと菜園畑地のものとをくらべてみました。焼畑地の方が鞘も実も大きいですね。





 左が庭と畑のもの、右が焼畑(山畑)のもの。
 なぜこんなにもちがうのか。興味深いところです。
 
 いろいろと考え、古い資料をひっくり返したりしてみました。そう。もともとアズキはとてもおもしろい豆ですし、日本で研究・調査する価値の高い生物資源でもある。
 素人の疑問として、栽培アズキが日本起源であるという説はDNA解析の進展とともに有力さをましているようですが、他の多くの作物、イネ・ムギ・アワ・キビ・が中国大陸からもたらされたものであるのに対し、なぜアズキは日本から大陸(東アジア)へ伝播していったのか。

 日本思想の特質とも重なるようで、これ、大変刺激的なヒントをはらんでいると思うのですが、いかがでしょうか。

●ツルアズキを植えてみるその準備メモに追加する参照資料として、《山口裕文「照葉樹林文化が育んだ雑豆”あずき”と祖先種」2003,〜『雑穀の自然史』北海道大学図書刊行会所収》をあげつつ。

 日本でもっとも古いアズキ出土は滋賀県の粟津湖底遺跡(6000年前)ですが、他をみても軒並み日本海側、山陰〜北陸に分布しているのはこれまた興味深いことです。鳥取県の桂見遺跡では、4000年〜5000年前の炭化したアズキが出ています。桂見遺跡といえば、6mをこえる長さの丸木舟2槽が出たことで知られますが、人とともに種や豆が海を越えて行き来したことを夢想せずにはいられませんね。

 さて、これから10月にかけて、野のあずきを探しにでかけてみませんか。5000万年の記憶を探しに、秋の野に。





 

2017年09月17日

未来の思い出とは〜『あなたの人生の物語』(本の話#0008)

 年内刊行予定の『本とスパイス』。出せるかどうかはともかく。出す意思と日々の営みをもって進んでいることは確かです。そのひとつが夜のカフェで今回8回目となるこのトークライブ。
 今回はテッド・チャンの『あなたの人生の物語』をとりあげます。

 あなたがカフェを出たのは、夜の9時半をまわっていたのだけど、これまで味わったことのない知的な充実感で、心がいっぱいになっていたことでしょう。
 SFってマニア向けで面白くないかもとか、時間の話なんて難しそうだとか、そんな不安にまどわされることなく、直感的に参加を決めたあなたの判断は大正解だったわけ。それでも、この日知った物理学の原理が、避けられないあなたの運命を変える力になろうとは、思いもしないでしょうね。

………こういう書かれ方を下手に真似るしかないような、複雑でありながら美しい織物のような作品です。
 どう扱ったものか。
 あと2週間。精出してとりくみましょ。

 参加申込などはこちらから。
◉未来の思い出とは〜『あなたの人生の物語』(本の話#0008)


posted by 面代真樹 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2017年09月16日

台風到来前の焼畑にて

 平成29年の9月15日。台風の暴風域圏内に奥出雲が入る模様。ここ数年間はなかったことで、焼畑をはじめてからは初。刈るにはまだ早い時期のものが大半だが、刈れるものだけでもと少々作業した。
 食害にあったモチアワとヒエは登熟こそしたものの、脱粒がひどく、1割以下、いや、あっさり放棄したほうがよいと判断した。数本を刈り取り。





タカキビはまだ早い。迷うところ。うれしかったのは、タカキビの後ろにこぼれたヒエとホンリー1株が実をおおきくつけていること。



 今年の夏焼きで蒔いた小そばが花をつけている。実はない。倒伏はするだろうけれど、天にまかせるよりほかない。



 2つの地点のアマランサスのうち、日照が劣るほうは熟し方が足りず、こちらはなりゆきとしよう。台風通過後の早朝、倒れたものを救い出す予定で。

 

 小そばが発芽しなかった地に蒔いたカブの発芽はその後もよくない。出ているところはコオロギの類にかなり食されている。発芽しているところは斜面下部だが、中部と上部については発芽は認められなかった。小さじ5杯ぶんの種を追い蒔きした。

 風はふわりともしないおだやかな日。嵐の前の静けさというものなのだろうか。明日、またきてみよう。
posted by 面代真樹 at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼畑

2017年09月15日

じゃんがら念仏踊りの記憶

 いわきのじゃんがら念仏踊りのことを、思い出して、動画をあたってみるものの、、、ない。あるにはあるのだが、記憶とは異なるのものだ。
 たとえば、これは比較的近いものであるのだが、それでも違和感をおぼえるほどには遠い。
 
 なにかが変わったように思う。こんなに腰高かったけ? 膝が折れて地面をはうような姿勢だったはずなんだけど。青年男女の動画が多いからなのか。他の動画の中にはずいぶんパフォーマティブなものも多く、こりゃそう簡単に観ることもできんのだなと思った。

 さて、本題。
 じゃんがら念仏踊りにおいて、太鼓を叩く手の動きと、撥をもった手をくるくるとまわす所作は、技術的な連関をもっている。撥をもつその握りの遊びと運動(軌跡・リズム)でもって、太鼓を叩くことで生じる響きやリズムが、この踊りの要なのである(但不確かな記憶)。
 想起ついでにもうひとつ。
 撥が空をくるくると舞うその時、太鼓の音は片手が刻むかすかなものとなり、太鼓に伴奏していた鉦のリズムが時空を満たす。その中に再び、空を舞っていた撥が太鼓に到達するだが、体感的・身体的には、その繰り返しは上昇感なのである。シャーマニスティックなそれと言ってもいいのだが、むしろ弁証法的? ……とここまでいうと世迷い言だなあ。

2017年09月14日

竹の焼畑2017ー夏焼9月火入れ

9月13日(水)。おかげさまで今夏2回目の火入れを終了いたしました。
次回活動日は9月21日。ボランティア参加歓迎。
竹の焼畑2017夏
ーー記録(速報)ーー
9月13日(水)
ダムの見える牧場林地(通称中山の裾、仁多郡奥出雲町佐白)
気温26℃、晴れ、北西からの微風。
14時15分着火、1530分延焼終了、15時45分鎮火、16時40分消火確認。
16時45分播種(2016年6月佐白採種温海カブ/15mg)。
焼面積約0.2a
従事者:7名



20170913-P126089602

20170913-P126089902

20170913-P126090002





◉小考1
これまででもっとも小面積の火入れです。燃材は3年前に伐った竹。前日までの雨天で地表はまだ湿っている状態でしたが、乾ききった竹が過半をしめていました。着火から延焼開始まで30分ほどかかりましたが、その後は順調に推移しました。
→3年経過すると枝部分は腐朽が進んでいますが、モウソウチクのような肉厚のあるものの本幹だと燃材として有効でことがわかります。
竹の焼畑の進め方のバージョンアップにつなげていきましょう。伐って半年からはじめ、3年まで火を入れるのであれば、竹を柵や蔓の支柱&横わたしに利用するなどを、うまくサイクルに組み込めそうです。
◉小考2
草を燃やすことも試みまして3点。
1. 雨の後なのでさすがに燃えない(延焼までしない)。
2. 山ですから蔓性のものも多く、刈りきるのが難。今回準備も含めて実感したのは、山の草焼きは笹や茅のような単一植生を優先させている場所でないと「刈る→伏せる(乾燥)→火入れ」までうまくまわらないのだと。
3. 牛の嗜好が高い草をうまくおりまぜて経過を観察してみよう。カブは大好きになってしまったようなので、柵を頑丈につくらねばならんのですけれど。
posted by 面代真樹 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼畑

2017年09月12日

バター作りワークショップのお知らせ

 9月24日の日曜日はバター作りのワークショップです。
 内容と申込はfacebookのこちらのイベントページから。
◉バター作りワークショップ by 森と牛と畑とーダムの見える牧場

 フレッシュバターを生クリームからつくるというのは、食育というキーワードを加えると多発しています。なにせ方法は簡単。生クリームを容器にいれてふるだけ。
 それじゃあつまんないなあと、思ってしまうのは私だけではないはず、、と思う。生クリームと牛乳とのつながりが実感しにくいのです。生クリームってどうやってつくるの?ってことが加わるし。牛乳だって工場で殺菌やパック詰めの工程をへているとはいえ、搾ったミルクとのつながりが感覚にでもって得られる。生クリームではそれが弱いかほぼない、と私には思えるのです。
 そして、牛乳から手作りで、バターがつくれないわけではないのです。かかる時間が生クリームでは10分〜15分かかるのが、20分〜30分にふえるというくらいのことで。

 また、ガイドページにも書いたのだけど。これは野菜を中心としたマーケットで開催されるワークショップです。
「バターは工場でつくられるもの。いまの当たり前も、ここ数百年の常識。50年後に野菜は工場だけでつくられるものになり「野菜って土で栽培できるの?」という時代がきてもおかしくはありません」
 スリランカで水牛のヨーグルトが素焼きの鉢に入れられて売られていたのを思い出します。日本の牛乳は大半が乳業会社の製品であり、個人経営酪農家の牛乳はきわめて稀だ。製造プラント建設だけで最低1億円はかかるときく。そら個人じゃ無理だ。

 そういう世界から少し離れて、牛やミルクを見てみるためのWS。そのためには牛乳からせっせとバターをつくる経験がよい。と、私は思う。


 
 


posted by 面代真樹 at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々