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2019年09月17日

正月とカブ

 正月にカブを供する儀礼といえば、七草粥があるのだが、その起源をたどろうとすると、途端に錯綜した渦に翻弄されることになる。
 まあ、いろいろ諸説あるんだけどね、と言いたく(まとめたく)なるのをおさえつつ、シンプルにとらえてみようと思ったときに、『丹波の話』に出てくる「若菜迎え」が鍵になるのではと直感したことが、この書を借りてくるきっかけである。
 磯貝勇『丹波の話』、昭和31年刊行。
 

 私がこの書の存在を知ったのは、小学館の国語大辞典、方言大辞典で「若菜迎え」をひいたときであって、丹波・丹後のいくつかの文献、そして島根県方言辞典を用例の出所としていた。おそらく外の地方にもあったのだろうがと思いつつ、いや、ひょっとしたらこのふたつの地域にのみ、明治から大正にかけて採取できただけかもしれないな、とも。島根の方言という点から若菜迎えをもう少し調べてみようと思う。

 さてその『丹波の話』は6つの章からなるが、若菜迎えが出てくるのは「由良川風土記」においてのみであり、その記述もきわめて少ない。
 地域は由良川上流部の何鹿郡(いかるがぐん)、船井郡、天田郡といった郡部と綾部市であり、現在ほとんど綾部市内に入っている。
 1950(昭和25)年の筆記である「正月の行事など」という一節は、「正月にまつられる神様は、由良川沿いの村里でもトシトクサン、あるいはオトシサンなどと呼ばれている」という一文からはじまる。穀物の霊、農耕神の性格をもつ神であることは一般に知られていることだがとして、その特徴がはっきりあらわれているものとして、まつる”場”について一見とりとめもなくあげている。私のほうで整理しなおした箇条書きを以下に記す。

1. 俵の上にまつる(綾部市和木)
2. 一升枡、斗升、升掛など枡を司る神様で枡にまつるものだといっている(綾部市星原)
3. 歳徳神の軸を床にかけ、その前に種モミの俵をおいて祭る(天田郡川合村)
4. 米俵の上に松をさし、ヘヤの中で祭る。松は三段五段のもので松かさの多いものを選ぶ(船井郡和知地方)

 





posted by 面代真樹 at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年09月13日

中秋節に火を入れて

今日は仲秋節。月に願いを。地には平和を。…というわけで焼畑の近況をば。

・今日のお昼すぎに、昨年春に残った竹積み箇所を焼きました。カブを蒔く予定。
・春焼き地のホンリー、アワ、ツル小豆等混植区はそれぞれ色づいてきました。収穫準備。鳥たちも虎視眈々と狙っているようですが、ホンリーのカラフルな色が迷彩のように効果を発揮しますかどうか。
・大豆はまあまあの出来具合。枝豆が楽しみです。
・陸稲はようやく出穂。実が入ってくれるかな。
・ナスはわずかですが、ぼちぼちとっています。
・トマトは収穫に入ってます(加工食向きですが、甘み酸味ともにいい感じ)。量は少ないですが、美味。
・サツマイモは茎とって喰うべし。猪に先を越される前に、と思っていますがどうなりますか。













posted by 面代真樹 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年09月09日

9月8日の草刈り雑感

 この日の最高気温は35℃ほど。日差しの強さは8月のそれと比べればやわらかで、また時折雲がさえぎることもあり、「やってできなくはないか」とはじめたのでした。
 はじめて数十分で、汗の流れが尋常でないことに気づきます。なぜだろう。体調の問題なのか。いつもより休みの頻度も長さもとって、水分補給もこまめにしたものの、消耗ははげしく、2時間弱で切り上げることになりました。刈った場所はここと、2年畑を少々。
 
 写真中ほどに残っているクズのからんだ竹は、このあと、ばっさりと切り倒しています。

 さて、作物の様子です。
 ホンリーは色づきが鮮やかになってきました。






オカボはいまだ出穂みられず。菜園畑ではではじめているので、来週にはみられると思います。出穂から収穫まで60日として、11月上旬の刈り入れかあと。



 トマトはようやく勢いづいてきました。実は小さくとも真っ赤になるほどに熟したものだと酸味がしっかりあって、加工食用として「使える」ものになってます。





 タカキビは10月初旬から収穫できるかなあと。柵を補修しておかねば。


posted by 面代真樹 at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年09月01日

2018年8月31日、焼畑に猪

 イノシシにモロコシを食われてしもうた。

 

 タカキビも数本倒されていたが、まったくといっていいほど食べてはいない。が、モロコシは口にあうのか、ガシガシとやっている。最初、牛がここまであがって、食べたのかと思ったが、いやイノシシだと。
 まず、牛であれば、タカキビの茎や葉を倒すことなく上からがぶりと食べる。かじって放置ということはない。モロコシはわからないが、タカキビと同様だろう。
 そして、もう実をつけているとはいえ、牛が大好きなヒエがまったく手つかずだったのだ。
 あわせて、サツマイモを掘ったあともある。



 焼畑でモロコシはつくれんということがわかった。こうも選好されてしまってはね。
 イノシシは牛が苦手なのか、牛が入るところには入ってこない。

 

 今年焼いたここの急斜面は礫土が多くもあり、牛もとりつくことすらしていないようだ。
 ここ(下写真)のアマランサス。いつか食われるだろうなあと思っているがまだ手つかずだった。
 もっとも下方にみえる、ちょうど道の横にあるアマランサスは茎を残して葉をすべて食われてしまっていた。どちらも一週間前にヨウシュヤマゴボウに覆いかぶさるようにしてあったものを露呈させたものだ。
 


 その様子を、竹藪からのぞいていたウリ坊。「よし」と鼻息をあげたかどうかはわからないが、思い切って畑に踏み込んだのだろう。やり放題とわかれば、ほかのものにも手を出すだろう。

 うむ。どうしたものか。
 牛の糞をおいてみようか。
 
 

posted by 面代真樹 at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年08月24日

出雲の山墾り〜2019年の8月24日

 8月の振り返りをと思い、記録をみたら、4日しか動いておらず、意外な感に打たれる。
 やったことはほぼ草刈り、ひたすら草刈り。1日3時間までが活動限界なのは、ともかく暑かったことによる。どんなに水分を補給しても足りない。体重にして2kgほど毎回消耗する。そんなことを延々と毎週やっていたような感覚だったのだがと、記録を見直してみれば、あぁ、そうだったねと。今年は梅雨の時分も雨が少なく、7月初旬から結構うごいていて、草刈りロードともいえる、毎週草刈りをする状態に突入したのは7月7日からだった。そこから数をかぞえてみれば、今日で10回目である。納得。
 なんでこんなに草を刈っているのだろうと思えば、そう、今年は収穫量をふやさんとして、ケタ地にも火を入れているし、2年目の畑にも手を入れているのだった。

 さて、何はともあれ、畑の状況を。



 春に焼いた山。向かって右手から広がる緑、その大半はヨウシュヤマゴボウ。白い花を咲かせ始めていて、実になる前に刈り取ってしまおうかどうか、少々きめかねている。火入れ後のパイオニアプランツとして優勢な種ではあったが、ここまで群生したのは今年の春焼きがはじめてだ。行く末を観てみたいという好奇心と、放牧牛の侵入防止に多少は寄与するのではないかという期待と、急斜面の礫質土壌にとって、被覆効果も一定あるだろうという効能、などなど。これら期待面に抗するのは、「ひろがるとやっかいだ」という先入観だろうか。その生態についてよく知っているわけではないが、実も葉も根も「食えない毒」で、強健な外来植物ということからも、つべこべ考えずに「駆除」というわけだ。
 だからこそだろうか。問答無用で駆除されるものにシンパシーを抱きがちな心性をもつ我が身には、まあ、ちょっと様子をみてみようやという気持ちもそこそこある。宙ぶらりんでの状況放置なのだが、実際刈り取る時間がないということがそうさせているのだ。
 また、毒だの食えないだのという言説が過剰に流布する昨今の事情に鑑みれば、ひょっとして食えるかもしれない、試してみようかというのもある。食えたらいいだろうなと。
 岡山理科大の波田善夫教授はこう書いている。
「有毒植物に分類されており、若葉をおひたしにして食べたりすると下痢・嘔吐・ジンマシンなどの軽度の中毒症状が出るという(硝酸カリやサポニン)。有毒であることは知っていたが、先般イタリアの植生学者が果実を食べたことがあるといって実を口にした。みんなで止めたが食べてしまった。調べてみると果実は毒ではないとのこと、納得である」

岡山理科大学・旧植物生態研究室(波田研)〜「植物学事典」 
 また、こういうのもある。
ざざむし_有毒なヨウシュヤマゴボウを上から下まで食べ尽くしてみる
 ざざむし氏はこう書いている。
「毒がどうのこうの以前に、味見程度の5粒でもう結構です。ほんのり甘いが僅かな青臭い風味があり、喉越しからじわじわとエグ味を感じ後を引く。……中略……実10粒くらいは問題ないという話なので5粒くらいは平気だろうと噛み砕いて飲んでしまったが、とりあえず問題はなかった。
しかし度々比較に挙げるウナギのレクチンがO型の赤血球を特異的に凝集するように、特殊な成分は誰にでも同じ症状が出るとは限らない。人によっては少量でも酷い症状になる可能性があるから生食は避けたほうが無難だろう。逆に、ウナギを白焼きする程度で無毒化できるのと同レベルの植物レクチンなら加熱するだけで問題ないはずなのだが果たして?」

 
 さて、当方はといえば……。
 1週間ばかり前だったろうか、鳥が熟したヨウシュヤマゴボウの実をついばんでいるのを観た。「へえ、鳥は食べれるんだ」と。人は豆を生食できないが、鳥は食べるのと同じ理屈かとも思ったが、調べてはいない。人は体内にそうしたものの分解酵素や抵抗性をもたなくても、加熱という手段で無毒化をひろく行える。つくづく人間にとって火とは大きな存在だなあと思う。そんなことなどもこのヨウシュヤマゴボウ群落の行く末とともに考えてみよう。2年目からは他の種に圧倒され、小さく埋もれていくだろうことを予想しながら。
 このへんで次へ。ヨウシュヤマゴボウについてはまた改めて。



 おわかりだろうか。アマランサスである。種を撒いた記憶はないが、牛が持ってきたとも思われない。鳥は食べないはずだが、何かをついばんだ拍子にここにこぼれていたのか。
 斜面を登るために、ヨウシュヤマゴボウを倒した陰から出てきたのだ。本当に偶然。この後、ちょくちょくとのぞいてみたのだが、ここだけのようだ。
 夏の終わりにこの伸長ぐあいだと、収穫できるほどの結実までいくかは微妙。赤穂と黄穂がまじっている。生育具合をみて間引きが必要であれば、赤穂を残すことにして要観察とする。



 タカキビは出穂。茎の直径も、高さも、例年より低いものだが、焼いているとはいえ、礫土の場所なので、むしろ上出来ともいえようか。いや、上出来というのは間違い。今年は栽培量をふやそうとして失敗している。ここにしても播いたもののうち1〜2割程度の発芽だったかと思う。発芽率がなぜに落ちているのか、2つ3つ考えられる。昨年の種子、未熟なものが多かった。牛に食われたものの再生茎からなんとか実をつけたものと、菜園畑で数本からとったものを播いている。
 来年は苗からの移植もまじえて、種子を絶やさぬようなやり方をとることとする。3段構えくらいかな。実生、苗植え、古い種からの種子群と、栽培地を2ヶ所で。昨年の反省から、条件として日照を重視することを忘れずに。



 焼畑のトマト。3年目の種継ぎ。加工食用のサンティオ。実のつきが少なく、果実も小さく、どうなんだろう。根がつきにくいのだろう。昨年(2018年)の火入れ地では藪を形成するように地を這って根をつかせがら大きくなっていったのだが、そうした状態にはほど遠い。1〜2週間前までは葉が枯れそうにやせ細っていた。
 八月の終わりにしてこの茎の太さでは、よう実をつけんだろう。



 陸稲(ネリカ)。
 ※この続きはまた加筆します。








これ。















posted by 面代真樹 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年06月25日

山で仕事をする人

 昨日は奥出雲町チェーンソー研修。ベテランコースは3人組で深い森の中へ。珍しげな鳥の鳴き声が響く木もれ陽のなか、「きこり」さんたちの話がとっても面白かった。「ひとりでやるのがいちばん安全だね、じぶんのペースでできるから」「ふたりのほうが効率はあがるけど、ゆとりがなくなるんだよ」「なんかしらんけど、あぶないとかいやな予感とか、危機察知というのは、ゆとりがないと感知できんからね」…などなど。

 こうした言葉の端に、すーっと、糸のように細くはあるけれど何かがそこに流れ続けているような、そんな線を感じることができる…ような気がする。



タグ:山人
posted by 面代真樹 at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年06月22日

スペルト小麦の刈り取り

 スペルト小麦については、遅い梅雨入りとなっていることが幸いして、昨日、6月21日の午後、裏の畑ぶんを刈り取った。もう4日〜5日あればなあという色づきだった。ひと束半くらいはまだ青さが濃く残るものだったので残している。一畝ぶんだけなので微々たるもの。昨年の3分の1〜4分の1くらいではなかろうか。今年は山の畑に多く蒔き、その全部が牛に食べられてしまったので、まあ、種とりと少しがとれたくらいだろう。
 来年どうなるかは見えないところ大。まずは昨年の籾をねずみに食べられる前に脱ぷすることだ。
 あれこれ、考えるに、、、、とここから脱線する。

 いや目の前だけのことをやるのに精一杯であることの劣勢ぐあいが、ほんとに手におえなくなっているようで、やらないことをどんどんつくっていかねばと、こうして「やること」をあげるたびに思うのだった。
 そうすると、あぁ、夏焼だなと思う。
 とはいえ、まったく「焼かない」わけでもない。
 火入れという次元のものでなく、小さく、いくつかの区画を「燃やす」予定に切り替える。
 ざっと3〜4箇所あるし、そのうち2つくらいは、柵をつくれば、蕪の種をわずかばかりならまけそうである。つまり、「ひとりでもできる」範囲である。

 閑話休題。
 さてスペルト小麦に戻る。
 えー、去年種まきしたのはいつだったかと。ブログの履歴をたどってみると、、、。
 2017年…10月26日
 山畑にスペルト小麦の種を蒔く
 2018年…10月25日頃
 カブと小麦
 
 ほぼ同時期なのだね。確か昨年はもっと早めようと予定しつつ、結果同じ時期になったのだった。
 今年の秋はもう1週間早めて10月18〜20日ごろとしよう。山の畑については10月15日でいいだろう。
 




 


posted by 面代真樹 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年06月15日

飛ぶのが下手な鳥たちの季節

飛ぶのが下手な子燕を水たまりの前で(わかりますでしょうか?小さい黒いの)。みっともなかろうが馬鹿にされようがそうやって飛んでいるうちにどんな風にものれるようになるさ。

P1290252

初夏のこの季節はひな鳥たちが巣立ちする季節。ウグイスも「ホ…キョ」のようなつまった鳴き声だったのが、日に日にうまくなるころにはどこかへ旅立つようだ。
posted by 面代真樹 at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年06月12日

6月12日のイネとムギ

 遠州、信州への旅から帰り、苗が生きていたことにほっとした昨日の晩。来週はこの苗を植えに山の畑へ。といきたいものの、これをどこにという問題もさることながら、いつものことで、やることが山盛りとなって立ちふさがる。ふみわけかきわけ少しは歯をくいしばり、微笑みながら前に進みたい。
 ポット苗はネリカ。今年はじめての試み。火入れの3日後であったか直まきでまいてもいる。この苗はその日からさかのぼること10日は前のものだと思う。
長粒種なので、精米機での籾摺りがうまくいくかはやってみないとわからない。

 ポットの苗をはさむようにしてあるのは、イセヒカリ。熱帯ジャポニカの血をひくものと認識しているが、今年は休むつもりだったのを、藁がほしいなという動機で少しだけつくることに。



 今週はハダカムギの脱穀を晴れた日にと予定していたのだが、明日になるのかな。
 スペルト小麦はようやく色づいてきた。2周間後くらいなのかな。雨とうまくタイミングがずれるとよいのだが。




posted by 面代真樹 at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2019年05月28日

ハダカムギの収穫

 昨日のことなので、それは5月27日の「仕事」である。山畑と事務所(とこれから呼んでみる樟舎の小部屋)の裏の畑からハダカムギを刈り取った。どれほどだろう、背負籠に2杯分くらいだとは思う。夕方から雨の予報が出ていたし、ハダカムギの名の通り、籾から実が顔をのぞかせているものもあったので、こりゃ雨にあたったらいかん、是が非でも今日中にはとりいれようと決めていた。
 ハダカムギは昨年の秋にはじめて撒いたもの。のうけんから購入したごく普通の種子である。
 ●平成30年産「イチバンボシ」六条裸麦(うるち麦)種子 100g/480円
 動機というほどのものではないが、雑穀MIXに入れてみたかったのと、脱穀がスペルと小麦よりは簡単そうに思えたのと、ほかさまざまな理由によるが、このイチバンボシ、うまいということを聞きつけ「食べてみたい」という好奇心にかられたのが大きいのだとおもう。振り返ってみれば。
 登熟・出穂、ともに早い。スペルト小麦がどうしても梅雨にかかるのとくらべると、長雨にあたるリスクはここ、出雲地方のやや山間部よりの地域でもほぼ0に近いものだとわかった。後作に豆類、あるいはナスやトマトをも想定した場合でも、組み合わせやすい。
 と、いいことづくめのようではあるが、スペルト小麦とくらべれば、根の張りは弱く、山の畑には弱い。茎をみても、ちょっとした風や他の草にはすぐに負けて折れてしまう。そこはやはり近代栽培種らしい性格といえよう。



 山畑についてはもっと密植でよかった、、ように見えるのだけど、丈が伸びてない未熟なものがまじっているのだ。裏の普通の畑だとこんなにはならないのだが。春先4月の頭くらいまでは、同じ山畑でもここと、より山際の陸稲の後作地とではこの写真にあるところのほうが草勢がよかったのだが、最終的にはほぼ同じくらいにはなっている。根のはりかたと関係するのだろうが、麦作一般にいわれている多肥に向くのかなあとは思う。牛が侵入して糞を落としたところの周辺だけは稔り方があきらかに違う。この傾向は種を継いでいってもそう変化はしなさそうな気はする。

 一方、山畑のスペルト小麦はすべて牛に根元まで食われてしまったのだが。だが。しかし。この日、そのカブから数本ほど茎をのばし出穂しているものを発見。ちがうよなあ。スペルト小麦の魅力というか力。それは土壌をつくっていく力でもあるはずで、そこに着目・期待しているのだった。あらためて、課題となっている脱穀・脱ぷに挑戦する気持ちをその姿にもらった。

 奥出雲山村塾のfacebookページでのハダカムギのはぜ干しの姿をシェアしている。http://bit.ly/2Kc4eTV「ゴーゴー剣山&にし阿波」でアップされている剣町貞光の三木栃集落のものだ。

 脱穀・脱ぷについては、来週、火入れ後の作業として予定している。




 
posted by 面代真樹 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々