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戦国のろし祭り準備【6】 [2009年06月17日(Wed)]
今回、大町(魚津城)から、初めてのろしを上げました。

で、この“のろし”も、予行演習をしました。

そこは、“こだわり隊”の大町地区です。燃やす“物”にもこだわります。
ということで、↓は、のろしの材料のひとつです。何だと思いますか?
答えは、「オオカミのう○こ」です。
富山市ファミリーパークより頂いて、大町公民館の屋上で干しました。
大変な、臭いでした。臭いのなんのって・・・。
扱った人は皆、「おぇ〜っ!」「うぉぁ〜!」と吐きそうになりました。
掃除のおばちゃんは「誰か、公民館でカキ貝でも食べて始末せんと帰ったん?」と言い、またMFさんは「アミノ酸の臭いがする」と言ってました。アミノ酸の臭いって???


さて、「のろし」予行演習です。
とにかく、着火。

そして、例の“ブツ”を入れます。
なんか、「う○この燻製」を作るみたいです。

なんか、しょぼいです。


隣の“発炎筒”の方が、がんばって煙を出しています。
戦国のろし祭り準備【5】 [2009年06月15日(Mon)]
さて、こだわりの「物」に続いてこだわりの「人」

【こだわり隊】@
向かって右が、“こだわり隊長”こと“ジオラマ隊長”のOSさん。この方のお陰で、立派なジオラマが完成しました。
で、真ん中が、先ほどの“こだわりの設計図”を描いたIKさんです。本人が忙し過ぎのため、「橋」の制作になかなか来ることができず、しかも、本人が“超こだわり人間”であるがため、誰も橋の制作の続きができなかったので、橋の完成に大変な日数を費やしました。
そして、向かって左が“右甚五郎製作所”ことMFさんです。細かい物をサクサク作ります。先ほどの鐘楼の中の釣鐘と、金を打つ棒を作ったのはこの方です。


【こだわり隊】A
この人が、大工さんのHNさん。

そして、HY館長。


こだわり隊の仕事は、まだまだ続いています。
はい、「大町歴史館」のジオラマは、今も進化し続けています。・・・ホントです。
戦国のろし祭り準備【4】 [2009年06月15日(Mon)]
さて、ジオラマは大変細かい作業がたくさんあります。
で、なぜか、ジオラマには“こだわり人間”が群がってきました。

そこで、“ジオラマ隊”の「こだわり」の仕事を紹介します。

【こだわり】@ 設計図
これは「橋」の“設計図”です。
わずか10cmほどの幅の川に架ける橋のために、設計図まで描きました。しかも、書くために使った定規が尺寸だったため、書いてある寸法が○寸○分・・・・・。


【こだわり】A 物見櫓
本職の大工さんであるHNさんの、こだわりの作品。高さは5cmほどしかありません。
さすが大工さん、筋交いまで入れてあります。


【こだわり】B 田んぼ
なんと、ピンセットで“田植え”をしています。
さて、植えている苗は、何を使っているでしょう?


【こだわり】C 鐘楼(鐘撞き堂)
なんと、釣鐘は、ちゃんとくり貫いてあるのですよ。
上の方にチラッと写っているライターがわかりますか?
この後、屋根を完成し、着色されました。


【こだわり】D 看板
「ときわの松」に看板が・・・!
これは、HY公民館長のお仕事。他に、神社や寺院にもあります。
戦国のろし祭り準備【3】 [2009年06月15日(Mon)]
さて、5月の連休が明けると、“ジオラマ隊長”だけでなく、大道具や小道具担当の人たちもにわかに忙しくなってきました。
そして、5月中旬からは、ほぼ毎日大町公民館へ通って作業をしました。
なんと、5月18日からは、区長さんたちや体育振興会・文化振興会の役員、それに有志の方たちが、毎晩公民館で準備作業をしました。




5月も末になってくると、皆さん疲れが出始めてきました。
そのころでも、SKさんはにっこりと「兜の紐掛け作業、楽しいね」と作業してくださり、なんだかとても癒されました。


そして、
こんなところで、地味〜にロールペーパーの切断作業をしている人たちがいたことを、忘れてはいけません。
ああ、参加者及びスタッフの皆さんがかぶった「折り紙兜」は、この人たちのお陰で作ることができたのです。はい。
戦国のろし祭り準備【2】 [2009年06月11日(Thu)]
さて、5月になると、いよいよ準備活動は本格化しました。

“ジオラマ隊長”が、本格的に動き始めたのも、5月からでした。
これは、ジオラマの土台を作っているところです。
“ジオラマ隊長”は、“こだわり人間”なので、ある程度方向性が見えてこないうちは、誰も手伝いたくても手が出せませんでした。

ここまでは、“ジオラマ隊長”が一人で作り上げました。
真ん中にお城があります。「魚津城」です。
魚津城について、設計図や絵などが残っていないため、これは全くの想像です。(でも、姫路城をモデルにしたようですよ)

・・・なんか、本丸の大きさに比べて、城が大きいな〜、と感じるのは、私だけですかね?
戦国のろし祭り準備【1】 [2009年06月11日(Thu)]
さて、魚津市役所より「戦国のろし祭り」の件を振られてから、何度も会合をしました。
写真は、第2回大町のろし祭り実行委員会の様子です。
実行委員長は、松倉城会場・舛方城会場との打ち合わせを終えて、その報告をしています。

大町は、どうしても参加型イベントにしようとする傾向がありまして、他会場とは少々温度差があるようです。

このような会合が、この後も数回行われました。他にも、5〜6人だけでの会合も数回ありました。

こうやって、何度も打ち合わせをしているのに、いざ、募集チラシなどを作ろうとすると、はっきりと決めていないことがあったりして、不思議です。

こうやって、会合のたびに内容が膨れ上がっていってのでした。
第18回戦国のろし祭り [2009年06月11日(Thu)]
先日、5月31日(日)に、第18回戦国のろし祭りがありました。
例年ならば松倉城と舛方城だけで行っていたのを、今年は、某国営放送大河ドラマ「天地人」で魚津城にもスポットが当たったため、魚津城も参戦しました。

ということで、魚津城の「のろし祭り」を担当したのが、NPO法人大町地域振興会でした。

始めは、「のろし」を上げて、例年公民館行事として行っていた「ウォークラリー」を、のろし祭りの日に魚津城下町の史跡を訪ねるということで、大町地域振興会が担当してこの日に行う、というもいのでした。

ところが、この大町地区で、地域のボランティアに関わっている方々は、会合のたびに話が膨らみ、考えが変わり、スケールがどんどん大きくなっていく傾向にあります。

で、のろし祭りのために5月は休む暇がありませんでした。

のろし祭りの、“のろし”は、誰かが「狼煙(のろし)って、昔は“狼の糞”を燃やしたいって」と言えば、富山ファミリーパークにお願いして“狼の糞”をもらい、乾燥させて使用するこだわりよう。
ウォークラリーのテーマが「魚津城の戦い」と言うことに決まれば、手作りで兜を作ってしまう。
「天地人」放送の影響で、観光客が来るようになると、小学校の空き教室に「大町歴史館」という展示室を作り、戦国時代の魚津城周辺のジオラマまで手作りしてしまう始末。

スタッフの皆さんは、毎日毎日「休む間ないじゃあ・・・」と言いながらも、嫌な顔せずに毎晩公民館に通って、準備作業をしてくれました。

大町のろし祭り実行委員長は、心配の余り「毎晩悪夢を見るんやぜ」と言い、ジオラマ隊長も「何か、毎晩うなされて、夜中に目がさめてしまう」と言っていました。


そんな思いをしながら準備をしたのに、当日は『雨』
それでも、300人以上の人がウォークラリーに参加してくれました。


ということで、ぼちぼち準備作業の模様を載せて行く事にします。