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ワクワク・ドキドキする感動を街の中でいっぱいしたい。
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山の恵み(天然のマイタケ) [2006年10月29日(Sun)]
 「てるはの森の会」の野崎がニコニコしながら部屋に入ってきた。見ると薄汚れたビニール袋と電話の子機を持っている。なにか話したくてたまらないことがあったらしい。

 「てるはの森の会」は綾町の照葉樹林の保護や復元を目指して活動している団体で、ニュース23などで何度も取り上げられてご存知の方も多いだろうが、国、県、町、企業、市民団体、研究者などが一緒になって活動している団体である。設立の経緯や運営形態、活動内容など真に「協働」が行われている。照葉樹林のガイドボランティア養成や、山道の修復作業なども行なっている。

 だいたい野崎がニコニコして、しかも話したくてウズウズしている時は要注意である。さっと身構えたが今日は安全そうである。す〜っと緊張を解き「コーヒー飲むか?」と聞くとすぐに「ワァ 嬉しい」と応えた。どうも今日は危害を及ぼすつもりはないらしい。先々週は「見てみて!!」とでっかいダニの写真を見せ、ついでに小生にダニの糞か何かを感染させたので、1週間程発心がとれず薬を塗りつづけるはめに陥っていた。先週は幸いな事にNPOの講座で事務所にいなかった為に難を逃れられたのだが、「ダニっ子」状態になっていておすそわけしようと小生と石田を探し回ったらしい。
 野崎は事務局員として月に何度も綾の森に行っているのだが、綾の森は基本的に雑木林なので当然のようにダニや山ヒルとお友達になっていて、油断も隙もないどころか非常に危険な存在になっている。

 先週、ダニっ子になりながらガイドボランティア養成講座をやっていた野崎達一行は神社の近くででっかい天然のマイタケ(専門家も同行しており間違いないと断定したそうだが)を見付け、「すごいね。おいしそうだね」などと言いながら下山したそうである。そして昨日、また山に入った野崎は神社の宮司さんのお友達からそのマイタケのおすそ分けをしてもらったのである。

 「私、絶対山の恵みだと思って手を合わせたわよ」と話していると「おやこ劇場」の古賀チャンがやってきた。しばらくすると石田も長崎の視察から帰ってきて雑談をしていたが、古賀チャンが帰ると急に「私ね、古賀さんにも山の恵みをと思ったんだけどキノコでしょ。ヤバイ時は本当にヤバイんで我慢したの。なにかあった時は身内じゃないとまずいでしょ。3人で分けよう。ハイ、おすそわけ。山の恵みなんだからちゃんと食べてね!!」

野崎は昨日天ぷらにして食べたはずである。今から電話してみよう!
ブログ休憩中の出来事B [2006年10月27日(Fri)]
 40年ぶりの邂逅

 10月の3日の西都市で開催されたグリーン・ツーリズムのシンポジウムに参加した時の出来事である。

 県主催の事業であったが、西都市でGTに関わってる知人も多いし、NPOの関係も議論したいとの事だったので参加したのだが、直前の打ち合わせでパネリストの一人が「私は話すことが苦手でして10人以上の人前で話したことがない」(100人を超す聴衆を予定)と言い出した。「私は以前は話した事があるけど中学時代のことですからね〜笑顔」と笑っているのは70歳過ぎのKさんである。Kさんには今年銀鏡神楽(しろみかぐら)の見学でお世話になっており一宿一飯の恩義がある。「大丈夫ですよ。具体的なストライクの質問をして、お話ししやすいようにしますから。そうだ!!今日はパスも認めますよ」「パスは何回までいい?」「パスは3回までですよ。頼みますよ困った

 打ち合わせが終わるとすぐに課長補佐がニコニコしながら「シンポの成否はコーディネーターにかかるそうですが期待しています」とプレッシャーをかけついでに名刺交換にやってきた。また如才なく「以前お会いしたことがあるとは思うのですが・・・」。人の顔や名前を覚えない僕は恐縮しつつ「申し訳ありません、記憶力が悪いものですから・・・」

 前日に東京での会議に出席し夜中まで飲んでいて朝一番の飛行機で戻った小生は、鼾をかく自信があったので民泊でも一人部屋がいいな〜と思っていたのだが、この課長補佐と同室であった。  
 農家だし部屋はたくさんあるだろうからひょっとすると個室かなと淡い期待を持ってたが、12畳の部屋の真ん中に夫婦布団みたいにぴったりくっつけて2組の布団が敷いてあった。ちょっとこれは・・・などと言いながら布団を離しつつ世間話が始まった。

 年齢が一緒で、しかも両方とも父親が転勤族であったなどと基礎データを交換した後、

「同年齢なら本当にどこかでお合いしてたかもしれないですね」
「いや多分それはないですね。私は鹿児島の出身で宮崎には小学校の3・4年の2年間しか住んだことがないんですよ。江平小学校に通ったんですが、転勤族なので友達も仲が良かったのは2人しかいなかったからですね」
「奇遇ですね。僕も転勤族で3年の2学期から4年までは江平だったんですよ。先生は覚えてらっしゃいます?」
「いやぁダメですね。友達の一人は副知事の弟で・・・」
「タッキョン? ですか?」
「何で知っちょっとですか?」
「中学の同級生やっちゃけど、もう一人は誰ね?」
「Uって奴で・・」
「兄貴が県庁におるやろ?」
「じゃっとよ。何で知っちょっと?」
「同級生よ。同じクラスやが」
「あぁ?!」

彼の記憶力が正しかった。確かに僕らは以前に会っていた、40年前に。
NPO出前相談と青パト体験記 [2006年10月27日(Fri)]
 昨日、今日とNPO出前相談を行なった。場所は県北延岡市と県南日南市である。

 昨年は僕が宮崎以外の場所で講座を行なった時に合わせて、出前相談を開いて設立相談などを行なったのだが、考えれば余計な事をしてしまった。今年はそれが委託業務の中に入っている。県も一人で相談業務を行うのは大変だと考えてくれて、認証業務担当者と支援センターの2者で協力して行なう事になった。

 NPOの基礎講座と認証手続きの説明と個別相談の盛りだくさんの内容で行なった。特に延岡市では飛び入り相談や行政からの参加者も多く盛況だった。相談が少なく自分の仕事をしようとPC持参で参加したがそれどころではなかった。

 出前相談の現地への行き帰りは青パトに乗って移動した。車体は警察のパトカーとまったく一緒で車上の回転灯の色が青色ということだけが違う。県内の市町村に配備され、地域の安全パトロールなどに活用されているが、今回は安全パトロール兼青パト周知の宣伝活動兼公用車としての使用であった。

 運転は現在県に出向中の現役警部補で柔和なTさんが行なった。運転は慎重かつ法定速度厳守である。二車線でも抜いていく車はなく後ろに車の列が出来る。パトカーならしないのだろうが、後ろに列が出来ると車を路肩に寄せて後続車を先に行かせてのドライブだった。僕は後部座席に座っていたが、もし3人で乗ってなおかつその真ん中に座ったら、間違いなく護送されていると思われただろう。

 「走っている青パトの助手席から身を乗り出してVサインを送るから、写真撮って」と言うと無視されてしまった。
九州知事会西都原視察 [2006年10月26日(Thu)]
 24日に九州各県の知事や経済界のお偉方が西都原を視察した。

 VIPな人が集まると行政の人は大変だなぁ〜といつも思う。到着時刻から出発時刻の綿密なスケジューリング、導線の確認、お出迎えからお見送りetc・・・。

 考古博物館のガイド・アテンドはNPOが委託されボランティアで運営されているため、館の運営スタッフの一員として同行してくれと言われたので、九州の大物の最後尾をチョロチョロ歩いていたのだが、あまり興味がありそうには見えなかった。宮崎県の安藤知事とちょっと話をして、佐賀の古川知事(九州一人の革新系知事なのでちょっと興味があった)と言葉を交わしたくらいだったのだが、興味のないとこを歩き回るのも疲れるんじゃないかな?とよけいな心配をしていた。

 一人の知事(名前は伏せるが)は、単独行動をしており「体験館はどこ?行けないのか?」などと質問し、随行者がその度に走り回っていた。綿密なタイムスケジュールは刻一刻と変更され、それなら最初からアバウトなスケジューリングでいいんじゃないの?は民間の感覚なんだろうなと思って見ていた。

 いくつかの県はわざわざ公用車を持ってきていたが、これも??? よく意味がわからないことの一つだったが、佐賀県の公用車はワゴンタイプ(黒塗りではあるが)でこれも他県とは違っていた。


 今、西都原古墳群はコスモスが満開である。
 
 写真は、コスモスの群生から、「鬼のいわや」と呼ばれる横穴式古墳(西都原で最も新しい古墳)を見た景色である
爆笑問題の日本史原論偉人編 [2006年10月21日(Sat)]
 多分そうだと思うけど、このブログの読書というカテゴリーは「NPO論」だとか「市民社会論」がテーマなんだろうが、僕の場合は初めから外しているからしょうがない。

 多分皆一生懸命頑張ってるから、ちょっと箸休めというか休憩しましょう。

 ということで、『爆笑問題の日本史原論偉人編』 なんでそこまでくだけちゃうかなと思う方がいるかもしれないが面白い。実は僕は学生時代は日本史を専攻したんです。結構難しい本も読んだのですが、お勉強の入り口は○○新書というパターンが多かったと思います。でも好奇心なら入り口は多い方が良いと思うのでこの本です。

 ボケとツッコミのマンザイ仕立てなんだけど、ツボは押さえてる感じです。「これはちょっとなア〜」と思う部分もあるけど、気にしない。 歴史上の人物にスポットを当てた(編集だけど、)実は名もない人々が日本の歴史を創ってきたんだぞ!(カッコ書きは僕)という意識が感じられるのが良いですよ。

 プロローグでこんな事を言ってる「つくづく思ったのは、偉人と呼ばれる人物っていうのは、皆、たしかに凡人とは違う感覚を持った人物で、そういった人たちがこの日本の歴史を創ってきたというのは事実なんだけど、その一方でもう一つ大切なのは、その人物とその時代の出会いっていうことだよね。(中略)人が歴史を創ったのか、それとも時代がその人物を創ったのかわからないなって思うことがある。」

 大切なのは面白く、そして新たな発見があったという事で、僕は平賀源内が発作的に殺人を犯して、獄中で飲食を絶って自殺したなんて知らなかった。

エキストラの勧誘 [2006年10月20日(Fri)]
 文化本舗周辺は油断も隙も無い。昨日打ち合わせの後に昼飯を誘いに事務所に寄った。スタッフには全員振られたが、丁度県から研修に来ていた今年度入庁者と意見交換しながらランチを食べていた。そこへスルスルとスタッフが寄ってきて「土曜の午前中空いてませんか?」と言ってきた。

 「 ・・・何?」「韓国映画のロケをやってるんですけど、エキストラに急用が出来て穴が空きそうなんです。なんとかなりませんか?」「なんの撮影?」「パパラッチの役なんです」「???」「事務所でその役なら井上さんしかいないから頼んで来いと言われたものですから・・・予定入ってます?」

 拘束時間に日曜日行なうマネジメント講座の講師が、前乗りで空港に着く時間だったので断ることが出来たが、さもないと大変な目に会うかもしれないところだった。事務所に戻ると「パパラッチ役だから役者に密着できたかもせれませんよ。もったいないと思いませんか?」などと罠をしかけてくる。「悪いけど役者に興味ないから」と捨て台詞を残して退散した。

 実は3年前にエキストラをやったことがある。全編宮崎でロケをした映画で、「宮崎ロケ統括」とタイトルロールにも僕の名前が出てくる。当然プロデューサーや監督とも無駄口をたたく関係でいたのだが、ある時しゃれで「スケベな教頭先生役があったら出て良いよ」と言ったのが運のつきでハイライトの運動会のシーンで3日間拘束されてしまった。1月に9月の設定で撮影したので、カメラが回っている間はTシャツ1枚で震えていた。何回か運動場を全速力で走ったりもした。

 いい経験をさせてもらったと感謝している。きれいな女優さんとも話をすることができた。でも出来上がった映画には0.2秒しか映っていなかった。
ホームホスピス宮崎の受賞 [2006年10月19日(Thu)]
 「2006年毎日介護賞」(毎日新聞社主催、厚生労働省など後援、アフラック協賛)で、みやざきNPOハウスの仲間(NPO)ホームホスピス宮崎(通称HHM)が大賞に次ぐ「アフラック賞」を受賞した。

 HHMは終末期患者やその家族を支援する活動を地道に行ってきた団体だが、「病院で最期を迎えたくないが、自宅では家族に負担がかかり、病状が変化したときは不安だ」という患者や家族の声をきっかけに「母親の懐のような空気の中で最期を迎えてほしい」という思いを込めて「かあさんの家」という終末期の患者の家を設立した。

 理事長の市原さんは小柄なおばちゃんである。そして「思い」の人で頑固ものでもある。ニコニコしながら、熊本弁なまり(宮崎に住んで何年になるのか知らないが、熊本なまりが時々顔をだす。)で「だいたい国がいろいろしてることは患者さんの立場に立っちょらんけん腹が立つったい」とまくしたてる。思い込んだらてこでも動かない。

 「かあさんの家」設立前には終末医療と言う事で家を貸してくれる人がなく、不動産屋さんからも白い目で見られ悪戦苦闘していた。自身も病に倒れた。それでも「患者さんには心から安心して死をむかえられる家が必要」と走り回っていた。

 先月、NPOハウスの定例会でHHMの活動紹介をしてもらった。その時に「かあさんの家」で最後を迎えたいという市原さんの長年の友人の話を紹介してくれたが、「みとりは家族のもの。スタッフはあくまでそれをサポートする存在」という言葉が強く印象に残っている。家族が看護することで、「家族も部屋で一緒に寝泊まりしながら最期に備えることで命を引き継ぐ期間を共有し、死も共有する。ありがとうという言葉が心の底からわきあがってくる。それが患者にとっても家族にとっても最も大切」という事をたんたんと話す声に参加者は聞き入っていた。

 「かあさんの家」は宮崎市の住宅街にある普通の一軒家だ。24時間態勢でヘルパーが付き添い、容体が変化したときは訪問看護ステーションや協力病院と連携し対処するシステムができているが「最後は家族だ」という基本理念は揺るがない。

 今回の受賞には心から拍手を送りたい。
『運のいい敗北者』E・S・ガードナー(ハヤカワ文庫) [2006年10月17日(Tue)]
 ミステリーが好きである。古本屋でせっせこせっせこ持ってない本を探しては買い込んでいる。先日は小林市の古本屋を物色し、30冊程購入したがその中にペリー・メイスンシリーズの『運のいい敗北者』があった。

 内容はさておき、まえがきに心を動かされてしまった。(本文はまだ読んでない)

 アメリカはテキサス州の検事総長が「順法運動の次の大きな発展は、警察側からではなくて市民の間から起こるでしょう」と予測した一文から始まっている。
出版は1956年だから50年前の話で、インターネットでは当時のテキサスの「順法運動」とはどのような運動だったのかは分からなかったのだが、上記の一文が引っかかった。

 作者のE・S・ガードナーは順法運動の目的は「市民に法律に従う公民としての義務を認識させることにある」と記しており、運動は市民不在の真空地帯では機能を発揮できず(中略、運動に)活力を与えるためには公衆の理解と協力が必要なのです」と結んでいる。

 
昨今は「地域安全安心」流行りである。僕も一応県民会議の一員に名を連ねているが、活動報告であまりにも旧態依然の報告が多くて驚いた。行政からのお仕着せ活動が何の成果も挙げていなかったことの反省の上に立っての活動だろうが、そうであれば「年に○回パトロールしました。」のような自己満足型の報告はやめて欲しい。それともそのような活動を報告しなければならない理由が他にあるのだろうか? 市民不在の真空地帯での活動で成果が期待できないのは、あらためてガードナーの言葉を借りる必要は無いはずである。
アヒル隊長と飛行機の整備不良A [2006年10月17日(Tue)]
 講座が無事に終了したら当然美味しいビールである。今年3月の川北、荻上、宮本各氏との打ち上げは映画監督の花堂氏や、丁度会議していた橋の開通祈念イベント実行委員が合流し怒涛の宴会に突入したのだが、今回は静かな打ち上げだった。静ではあったが熱い議論が展開されたのは言うまでも無い。

 助成制度についての講座が終わってからの質疑応答が活発でなかった理由として
@ NPO活動団体にとって身近ではない
A 助成についての縛りなどで積極的に活用していない
B 活用している団体(積極的に動いている団体)の不参加
等が考えられるが、助成の性格からミッションが明確で行ないたい活動がはっきりしていてこその助成であり、活動資金ほしさの団体も散見されるのではないかと言うのが僕の見方である。

 今回の参加者は前向きに検討している団体であったと思うが、一般的には上記のように資金獲得が目的化している現実も指摘されているので、今後NPO側も考えていかなければならないと思っている。

 まじめな議論の後の懇親会的話題の中心はまたしても宮本=アヒル隊長だった。
 もしタクシーで宮崎入りしてたら、1万円ごとの料金メーターをアップするなどして、貴重な体験をライブ配信するなど、生き生きとしたブログの活用事例が報告できたのではないか?それを報告すれば受講者の掴みは完璧だったはずだ。などの意見が続出した。
 
 とどめは公立大の辻先生の発言だった。先生は学生の就職活動支援の一環で企業回りをした時にタクシー券を渡され、3時間の移動をしたそうである。「次の訪問先が遠いのがわかってたけど、是非お使いくださいと言って渡されたので使ったのですが、普通には出来ないことだからこの際いいかと思ったんですよ。20年くらい前の話ですけどまだ飲み座で使えますよ。 話題の耐用年数というか賞味期限を見誤りましたね」
コスモスが咲いてます [2006年10月16日(Mon)]
 西都原古墳群の秋はコスモスで始まります。

 西都原考古博物館の運営スタッフは、秋の団体予約対応でテンテコマイしています。

 博物館では古墳祭りに合わせ、4日の開館時間を19時まで延長し、3階展望ラウンジでは学芸員の考古トークショー&デナーの特別プログラムも開催します。


 古墳群内に7ヘクタール300万本のコスモスが咲き、秋の行楽シーズンが始まります。学校関係の団体予約も多く、歴史と自然を心から満喫できる季節です。古墳群最大のイベント「西都古墳祭り」も下記の日程で開催されます。写真は金曜日のコスモスです。

 
○日付:平成18年11月4日(土)・5日(日)
○時間:初日午前10時から午後10時・2日目午前10時から午後5時
○場所:メイン会場西都原御陵墓前広場・都萬神社〜西都原(記紀の道)
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