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ワクワク・ドキドキする感動を街の中でいっぱいしたい。
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都市伝説(シェーン) [2010年04月02日(Fri)]
 好き者映画小僧が集まると、あの映画の主人公が逃げるシーンでは影が逆方向になってるよねぇ〜とか、あのラストの筏のシーンはアクアラングのスタッフが写っているよねぇ〜(ちょっと詳しい映画ファンなら即座に映画の題名が言えますよね!!)とか言い合ったものである。

 そんな中で一種の都市伝説にまでなった話が、誰でも知ってる名ラストシーンで有名な『シェーン』である。

 A曰く「シェーンのラストは単なる別れだけではない。あのラストは主人公シェーンの将来を予感させるシーンである」・・・。
 B曰く「それだけじゃない。実は映画の最後の最後、映画館の照明が点けられるから観客にはわからないが、実はシェーンの将来は表現されている。俺はある映画館で照明を点けるタイミングがワンポイント遅れたときに偶然観た!!」etc・・・。

 なんかすごいでしょ?知ってましたか? 実はこの話題はシェーンは撃たれたのか?という伏線があるのですが、そこは割愛。

 予定された会議があまりにも早く終わった小生は、まっすぐ事務所に戻っても書類の山にゲンナリするだけなので、古本屋さんに寄ってミステリーを物色してきました。お金を払おうとレジに向かうと『シェーン』のDVDが400円で「買ってよ!!」と声をかけてきました。当然小生の頭の中は前述の都市伝説が蘇りました。

 そして今、確認しました。Aは○、Bは×。

 すぐに、映画の大先生であるダーヒョーリジに報告しました。「知っちょーよ」「本当に知っちょったか?自信があるか?」「確認はしてないけど知っちょーよ。それより師匠何しちょっと?えらい余裕があるっちゃないと?こっち手伝わん?」
「ラストの1分32秒を観ただけやから余裕はない!!」あわてて電話を切った。このクソ忙しい時に変な電話してくるな!!とダーヒョーリジはちょっとおかんむりであった。(で、このブログ書いてるからあきれてるかもしれない)

 ところで、『シェーン』のラストに写ってるのって何?という方にはなんの意味もなさない内容なのでちょっと解説。

 「シェーン、カンバック!!」というジョーイ少年の声を背に、馬にまたがり静かに立ち去るシェーンは山の稜線を越えようとしているが、そこはただの山肌ではなく墓地の中を去っていくように撮影(ただし、墓碑とかが読めるわけではなく、墓石のような石がいくつか写っているだけ)されている。
 そこで「ガンマンの将来を暗示している」というA説が語られていたわけである。B説はその一歩先がまことしやかに語られるのだが、残念ながらそのシーンは少なくとも市販のDVDにはなかった。

DVDが7枚、観たい!! [2010年03月12日(Fri)]

 今、NPO活動支援センター長の机(僕の机だけど仕事雰囲気ではない!)の上には映画のDVDが7枚ものってます。

 どれも観てないのです。昨夜からちょっと頑張ったから自分にご褒美をあげたいのですが、明日は今年度最後の講座があります。僕は昼からワークショップをするのです。その準備ができてないのです!!

 だから観れないのです。でもさっきちょっとだけ「ウッドストック」を観ました。ジョーン・バエズもジョー・コッカーもすごくいいのです。ちょっとだけどジャニス・ジョップリンも写っています。でも明日の準備ができないと皆さんにすごく迷惑をかけるので自制心を発揮して消しました。なんてエライんだろうと思いつつ、机の上いっぱいにDVDを広げたら当然仕事はできないのです。やっぱりエラクないと思います。

 でも、宮崎キネマ館のナダッチマネージャーから「是非感想を聞かせてください」と預かった映画まであるのです。『苦い蜜〜消えたレコード〜』という作品です。BEATLESの音楽が全編に流れるそうです。僕が観なくて誰が観るんだ!!という、タイトルからそそる映画のデモまであるのです。

 こんなこと書いてないで仕事して明日はゆっくり映画を観ます。
『歓喜の歌』を見る [2009年07月04日(Sat)]
 ダブルブッキング! こわいですねぇ〜、実は僕も一度やったことがあります。

 映画の主人公みたいにいい加減でやったわけじゃないんですよ。スケジュールの転記ミスだったんですけど・・・(それがいい加減と言うんだ! とお叱りの声が聞えそうですが)、たまたまお偉いさんとのスケジューリングで再調整をかけて事なきを得たのですが、ヤバイじゃすまないですよね。代役を立てるという訳にもいかないですからね。

 その昔、平気でダブルブッキングしてスタッフを派遣する人(けっこう業界では有名人ですが)もいましたが・・・。

 この映画、立川志の輔の、同名新作落語の映画化だそうで、知ってればちゃんとキネマ館(スタッフから聞いていたような気もする)で見たんですが、今回DVDで見ました。原作者の志の輔もちょっと顔を出してます。それどころか師匠の談志までチョイ役で顔見世してますが、落語好きにとっては非常に得した気分になります。

 小林薫演じるホール主任はすべてにおいていい加減。責任はとらず、のらりくらいと相手を煙に巻く。どこかのホールにも居ました、こんなホール関係者。もとい行政マン。
 逆ギレしないだけマシという窓口業務員とは僕も何度も闘いました。よって、この合唱団の責任者の憤懣はよくわかる。口では「すべて私どもの責任です」と言っても、その実責任は決して取らない。仕事に対する愛着なんてものは欠片もないし、結局誠意がないんですね。

 義理も人情もない輩にかぎってフランス料理かイタリア料理のフルコースはありがたがるが、ホクホクしたじゃがいものコロッケ(映画では餃子)なんてどうでもいいんです。でも人生そんなもんじゃない。笑いあり涙ありのこれぞ落語の人情話の世界。

 脇役が良かった。万事にいい加減で小市民で小役人の夫に愛想をつかした妻を演じる浅田美代子が良い。ダメ亭主に心底愛想尽かしをしていたはずだけどおっぽり出せないんですね。姉さん女房的な役どころをしっかり演じてます。

 でも、僕の一押しは下町おばちゃん合唱団のサブ・リーダーの根岸季衣!
 もう30年前、つかこうへい劇団が新宿「紀伊国屋ホール」で芝居をしていたときから変わらない女優さんです。気の強さと下町的なけなげさを持っている人だったけど、ちょっとした仕草に可憐さが加わってます。

 エンディングテーマがまたいいんです。クレイジーケンバンドが歌う「あの鐘を鳴らすのはあなた」。人生けっこう捨てたもんじゃないです。泣けます。
「未来を写した子どもたち」 [2008年12月05日(Fri)]
 明後日、人権啓発のフォーラムでコーディネートを行う予定なので、事前にテーマである売春窟で生まれ育った子どもたちを追ったドキュメンタリー映画「未来を写した子どもたち」を見た。



 インドの売春窟で目に入るのは子どもたちの姿。その場所で生まれ育った子どもたちは外の世界を知らず、夢を持てず未来を描けない。

 売春婦たちの取材に訪れた女性カメラマンが、売春窟を取材するだけではなく子どもたちにカメラを渡し写真を教える。思い思いに写真を撮る子どもたちの作品は力強く感銘を受けた彼女は子どもたちに多くのチャンスを与えようと奔走し、彼らを売春窟から救い出そうと活動する。

 写真という表現手段(初めての自己表現であり、外の世界との接触でもあった)を手にした子どもたちの表情がすばらしい。

 印象的なシーンがあった。母親がお仕事をする時、子どもは家を追い出され屋上で遊ぶ。男の子は凧揚げをしている。空高く上がっている凧には糸がついている。

 10歳くらいの少女が言う。

「ママみたいな大人になるのが怖い」

「貧乏でも幸せになれる、受けいれなきゃ。悲しいことも苦しいことも人生だから」

 普通の映画館で上映される映画ではないだろう。まして地方都市の映画館ではとても採算はとれないと思う。
 もしこの映画に長蛇の列が出来たら気持ち悪い。もしこの映画に満杯のお客様が入る世の中ならそもそもこのような映画が作られるような現実は消えてしまっているだろう。
 
 だからこそ誰かがこの映画を上映する意義があると思う。
劇団『地点』(三浦基 演出)「ワーニャおじさん」 [2008年12月03日(Wed)]
 劇団『地点』(三浦基 演出)の「ワーニャおじさん」を見に行った。あまりにも有名なチェーホフの4大戯曲の一つである。劇団ではこの4大戯曲を連続講演して、この「ワーニャおじさん」は宮崎公演が楽だそうだ。

 芝居は演劇ホール(キャパが1000余り)の舞台上に客席も作った特別舞台が作られ、周囲を暗幕で覆って独特な芝居空間を作っていた。舞台中央には草が生えた古いグランドピアノが置かれ、主要人物のソーニャとワーニャはこのピアノの上から動かない。その上空には雲状のオブジェが吊るされ、地図などが投影されているので、舞台空間は完全な小宇宙でもある。

 ホールには小さなホールもあるのだが、わざわざ大きなホールの舞台の上に特設舞台を作って上演したのも必然性が感じられない。

 古典を上演する場合、演出家がどのようにその素材を料理するか、役者がその味付けをどのように表現しているかが大きな興味なのだろうが、今回の芝居では台詞が通常の会話言葉で行われない。
 この劇団(演出家)の他の芝居を観たことが無いのだから何も言えないのだが、この芝居に関する限り台詞は僕たちの思い浮かべる言葉としては成立していない。ミュージカル(僕は好きじゃない)などで台詞がメロディーにのって表現され話し言葉として成立していないのと一緒なのだが、全編会話として成立しない台詞(芝居自体が台詞によって成り立っているにもかかわらず)の芝居を見て楽しめたかという思いが強く残った。

 僕は楽しめなかった。役者は顔を真っ赤にして無理な台詞回しに頑張っていたが、それによっての効果は正直疑問だった。正直退屈でもあった。

 芝居は演出家も言っていたが、ある意味全編ワーニャの愚痴で成立している。そのワーニャに対してラストで姪のソーニャが「生きていこう。片時も休まずに人のために働こう。そうして最後のときが来たら受けいれよう。その時に至福の時が訪れる(思いっきり僕の大意)」という台詞で閉められるのだが、この時にソーニャは横たわるワーニャの背中を何度も何度も何度も蹴る。

 ソーニャはこの台詞の為に存在すると言ってもいいぐらいの人物なのだが、この演出にも僕は大きな疑問。楽しめなかった。

PS.この芝居自体は楽しめなかったが、帰りに『ワーニャおじさん』の文庫本を買った。何十年ぶりかでチェーホフを読んでみようと僕に思わせたのだから演出家の術にはまったのかもしれないが・・・。
 
「宮崎映画祭」本日開幕!! [2008年07月05日(Sat)]

 「第14回宮崎映画祭」が本日宮崎キネマ館で開催!!

 7月5日(土)〜11日(金)@宮崎キネマ館、
 7月12日(土)@オルブライトホールで
 「みんな幸せになれ。」をテーマに14本が上映されます。

 映画祭HP を是非ご覧下さい。

 特別企画「Asian列車で行こう!」は注目企画。なんか今年の企画はゴッタ煮でポイントが絞れないとも思ってたけど、実際にプログラムを見ると結構楽しめそうです。
 
 でも、オープニング上映が『いのちの食べ方』というのは・・・シュールですね。この辺が良い意味でも悪い意味でも一般の「映画をみてみようかな?」的観客とのズレなんでしょう。

 クロージング作品の「第七天国」は是非是非見たかったんだけど、この日から長崎!!残念。

 今年も1日オフにして映画の日とします。


 写真は映画『伊藤の話』の秋原正俊監督と主演俳優(宮崎出身)温水洋一さんを囲む宮崎映画祭のスタッフ
説法中 [2008年07月05日(Sat)]


 宮崎映画祭のオープニングはお坊さんの説法付きです。いい企画だと思います。

 本日開催、第14回宮崎映画祭。

 オープニング上映はオーストリア・ドイツ映画『いのちの食べ方』

 「食」を提供する現場にスポットをあてたドキュメンタリー映画です。台詞もナレーションも音楽も一切ありません。字幕もなし!相当にシュールですが、だからこそ「食」について考えさせられる映画です。

 浄土宗の岩崎住職の説法では、私たちがなにげなく使っている「いただきます」という言葉の重みについて語られています。
第9回「ドキュフォト宮崎」 講演会 [2008年05月29日(Thu)]
第9回「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎」 講演会

 いよいよ明日開催です。

 招待写真家のスライドショーや講演会。スライドに合わせての演奏会と盛りだくさんの内容です。写真という表現に出会う絶好の機会です。

 我等が仁さんは多分会場を走り回ってるはずです。

日 時:2008年5月30日(金)午後7時開場 
     
   午後7時30分開 演〜9時30分

会 場:宮崎県立芸術劇場 イベントホール

入場料:1500円(当日も同じ・高校生以下無料)


第1部 ショートスピーチ・Rio・Helmi氏(通訳:椙田直美)
    スライド上映「魂のバリ島」 
    作品のイメージに合わせて、音楽家の米良奈甫子さんが作曲し
た曲をステージで音楽ぐるーぷ「日向ぼっこ」(米良奈甫子・塩屋龍也)が生演奏

第2部 スチールムービー「今を生きる人を知る旅」朗読:平田暁子
(45分間)
    講演・橋口譲二氏

真っ正面から若者たちと向かい合い、ポートレートと言葉を記録してい
る。
若者たちの姿と言葉を通じて現代社会が抱える課題が鮮明に浮かび上が
る。 
人間の存在を見つめる写真家橋口譲二の話を聞いて下さい。

西都でエキストラ大募集 [2008年05月08日(Thu)]
宮崎発映画「三十九枚の年賀状」
6月8日(土)〜9日(日)エキストラ 800名募集


 時代設定は昭和24年夏です。エキストラの皆さんの服装・履物は自前になります。女性は浴衣、白いブラウス、あればモンペ姿など。男性も浴衣、白Tシャツやランニング、開襟シャツ。茶髪や金髪な現代風のスタイルでのご出演は申し訳ありませんができません。

当日の出演者  夏未エレナ・美木良介・松本明子・東国原知事 ほかだそうです。

 以前このブログに書いたが、昭和が終わって20年しか経っていないが、昭和という時代はすごく遠くなったように思う。特に今回の撮影は戦時下の昭和24年。エキストラの服装や髪の色をとっても現代とは全然違う事に今更ながら驚かされるが、良い映画は地元の応援がなければ難しい。
 記念品もあるそうなので、是非是非ご参加下さい。

 あらすじを転載します。

四十枚目の年賀状は届かなかった。

 体力には人一倍自信があり、 山が大好きで誰にも負けない健脚だったと言う友の訃報を知ったのは、 昭和六十年の秋であった。

 今年もやがて終戦の日が巡ってくる。 半世紀を経て風化していく人々の戦争の記憶。 でも私には、 あの日の思いが今も鮮やかに蘇えってくるのです。

 昭和二十年八月十二日、 つまり太平洋戦争終結の三日前のこと。 通りに面したわが家の前を、 重々しい軍靴の音を響かせて、 部隊の移動はひっきりなしに続いていた。何処からどこに行かれるのか、 勿論私たちは知る由もなかった。 その頃は本土決戦にそなえ、 山間の小さな村々まで軍隊が駐屯していた。

 トントン。 夜更けに戸を叩く音がした。

「行軍の途中です。 お湯を少し下さい。 戦友が倒れまして…」 灯火管制のほの暗い光に照らされた長身の若い兵隊さんは、 重装備の肩に掛けていた水筒を差し出された。

 父母の背中越しの対面。 思えばそれが忘れ得ぬ友との出会いであった。

 驚いた父母は三人を家の中に案内した。 ぐったりとしている人達を横に寝かせると、 母は早速兵隊さんの飯はんごうに残っていた固い高粱こうりゃんめしの代わりに、とっておきの配給米を全部はたいて柔らかい御飯を炊いた。

 当時は食糧事情も悪く、 配給の米も腹を満たすには程遠かった。 千切り大根や、 から芋等を切り込んで量をふやして食べた。 そんな物の無い時代だったから、その夜兵隊さんの椀に母が盛った白い御飯が、 まぶしかったのを覚えている。

 食事中にも警戒警報のサイレンは鳴った。

 私は何かを手渡したくなり、 悲愴な気持で毛糸の人形を作った。 当時の少女達は、 毛糸をくくって作る五センチほどの素朴な人形を、戦場に向かう青年達に贈った。 安全の祈りを込めたその人形は特攻人形と呼ばれていたけれど、 思えば悲しい名前である。

 休息の甲斐あって、 動けなくなっておられた一人も元気を取り戻された。 夜明けとともに三人は感謝の言葉を残して出発された。重たい背嚢にはそれぞれ人形がゆれていた。 村はずれ迄、 後ろを振り返りふりかえり、 山鼻に消えても、 もう一度あと戻りして、手を高く振られた長身の姿が目に焼きついた。

 所も知らず名も知らず、 ただその凛々しい面影が十五才の心をふっとよぎる事はあったが、 敗戦の混乱のなかで忘れるともなく忘れていた。

 半年が過ぎたろうか。

 はるばると岐阜県から分厚い封書が届いた。 憶えのない差出人の名前に、 もしやと思って封を切った。 あの時の兵隊さんだった。肩にしていた防空頭巾に、 大きく書いてあった私の名前を記憶しておられたらしい。 親切が忘れられないとの丁重な礼が、 端麗な字で書かれてあった。すぐに返事を書いた。

 振り返ると、 昭和史のなかで最も大きな混乱の時期を乗り越えて、 働き、 結婚し、 三人の子どもを育て、 私なりに精一杯の日々を送って来た。その間も、 年賀状と近況を知らせあう便りは絶えることはなかった。 私はすがすがしい友情の絆を感じた。

 時々岐阜の産物や、 家族の写真が送られてきた。 私の送った南国の果実等は大変喜ばれた。 御礼の便りにはいつも、 年令を重ねてゆく私の母への思いやりがにじんでいた。

 戦のさなかの束の間の出会いは、 人の心の温かさを深く教えてくれたように思う。

 その母が病に倒れ、 県立病院に入院した時、 友は見舞いに遠路足を運んでくださった。 二十六年ぶりの再会だった。

  遠き日の面影残し訪れし
    人のこゝろは永遠(とわ)に忘れじ

  名残り尽きずなごりつきずと母の手を
    握りし人の目のうるみかな

 大川にかかる橋まで見送った私に 「また来ます。 お母さんをうんと大事にしてあげてください。」 振り返って手をあげる仕草が遠い日の姿に重なった。

  また三たびまみゆる事はあらざらむ
    橋のたもとの短き握手

 翌年の三月、 母は逝った。

 友ももういない。

 かえりみれば、 私達の友情は時代の大きなうねりに翻弄された青年と多感な少女との心をつなぐ長い一筋の絆で支えられていた。

 山を愛した友らしい雪山の写真から始まる三十九枚の年賀状と、 折りにふれては舞い込んだ便りの数々は、 今も私の心に暖かな余韻を残してくれている

アイム・ノット・ゼア [2008年04月27日(Sun)]

 いよいよ生きたボブ・ディランを映画化した『アイム・ノット・ゼア』が公開される。

 生きた伝説とか、ピュリッツアー賞の特別賞を受賞とかノーベル文学賞の有力候補者だとか、世の識者はいろんな事を言っているようだが、この映画にそんな事は関係ない。ボブ・ディランという天才ミュージシャンを感じる映画である。

 映画ではケイト・ブランシェットが本当にすごい!!

 キネマ館のスタッフ猫バスからこの映画やりたいんですけどと声をかけられ、是非見てくださいとプレス版を渡された。興行的にはきつい気もするんですけどとの声も聞いた。でも絶対にやるべきだと小生は強く主張した。

 ブルースをやるときの寂寥感、ロックをやるときの突き抜けた疾走感。なによりも映像をバックに流れる曲の持つパワーと存在感はすごいの一言。言葉を失ってしまう。
 小生、一応はディランのオフィシャルアルバムは全部持っている。日本公演の度に一度は会場に行っている。名盤『武道館』は会場で聴いた。そんなおいちゃんが改めて曲のすごさにうなってしまった。

 ROCKっていいよねという若者!ディランを聴け!! 拓郎や陽水や岡林や・・・なんでもいい。昔フォーク聞いてたよという親父!映画館に行け!!
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