バイオグラフィ
| 2000年6月 | 「まちがシアター まちがミュージアム」を旗印に、ワクワク、ドキドキまちと文化・芸術の幸せな関係を目指して、わがままなおじさん・おばさんが宮崎アート&ミュージック協会(通称MAMA)を設立 |
| 2001年6月 | 100 GOLD FINGERS 宮崎公演
打ち上げがすごかった。会場のピアノを出演者のレイ・ブライアント、サイラス・チェスナット、ジュニア・マンス、ベニー・グリーンらが弾きまくった。ソロあり、連弾あり、ダンスありで盛り上がり、会場を追い出された。 |
| 2002年11月 | マンハッタン・トランスファー 宮崎公演
さすがに世界一のコーラス・グループ。素晴らしかった。 当日、メンバーの一人が声が出ず病院に走ったことはスタッフも知らない。 プレ・クリスマス コンサート。会場入り口には風船で作った巨大なツリーをかざり、その特設ステージでは高校生のアカペラコーラスグループによるウェルカム・ライブを行った。その様子を見ていたティム・ハウザーがコンサート終了後に高校生を楽屋に招待し、しばしの交流が実現。 |
| 2003年11月 | ソニー・ロリンズ セクステット 宮崎公演
終演後一人会場に残ったロリンズは、楽屋口に残ったファン(およそ80人)ひとり一人と握手をし、名前を聞いてコメントをいれたサインをしていた。後方にいたファンからは 「充分です。ホテルに帰って休んでください」という声。 「私の気持ちです。アリガトゴザイマス。カンシャシマス」と、ロリンズ。 |
| 2005年5月 | 谷川賢作 & パリアソ & フレンズ 宮崎公演
アンコールはオープニングアクトとして演奏した、ピアニストを目指す青年やコールスグループも一緒にステージにあがり、感動のフィナーレ。その余韻は打ち上げまで持ち越し、またしても会場を追い出された。興奮を引きずる続木力は交差点をハーモニカを吹きながら渡り、ヴォーカルのさがゆきはラーメン屋で歌いだして怒られた。 |
| 2005年11月 | スコット・ハミルトン&ハリー・アレン 宮崎公演
観客はジャズの生き字引、85歳のジョン・バンチのピアノに驚愕し、スターダストの名演に涙した。 |
| 2000年4月〜 | (NPO)宮崎文化本舗 理事(現在、副代表理事)
(NPO)NPO事業サポートセンター 理事 (NPO) i さいと 代表理事 宮崎県NPO活動支援センター長(H17,7月〜) |



