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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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最後の出張が終わる [2016年12月04日(Sun)]
12月4日(日曜日)
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<凍てつくハバロフスク上空>

土曜日の夕方、吉田君と別れた新田さんと私は、ホテルの前からタクシーに乗りシャルルドゴール空港へ。
そして、現地時間午後7時、日本時間では日曜日の深夜3時発の羽田行きに乗り込んだ。
いつものように、乗り込むと同時に腕時計の針を日本時間に合わせた。そして、食事も断り眠ってしまった。
11時間のフライトの後、無事羽田に到着。こうして、今年で最後、13回目の出張が終わった。
そして、これはまた私にとって日本財団での最後の出張が終わったことを意味していた。
私は12月18日付で日本財団を退任することになった。
このブログも、これにて一旦、終わりとしようと思う。
長い間有難うございました。
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<羽田も良い天気だった>

14時55分 羽田着







吉田稔君と会う [2016年12月03日(Sat)]
12月3日(土曜日) 
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<ホテルの前のクリスマスツリー>

昨日でパリでの予定していた行事は終わったが、夕方の帰国便まで少し時間がある。
この時間をどうやって潰そうかと考えていたところ、数日前に同行の新田さんにベルギーに出向中の日本財団職員、吉田君から連絡があった。時間があればブラッセルから私たちに会いに来ようと思うがどうか、と。
「勿論、大歓迎」と返事をしてもらい、今日の昼前に落ち合うことになった。
吉田稔君は最近まで日本財団で障害者公共政策大学院(IDPP)の担当として活躍してくれていた若手職員。自身も、聴覚障害者ということで手話通訳者の蓮池さんとコンビを組み、国際部では私の下で主に、障害者事業を担当してくれていたのだが、その後、審査本部に異動。そして、今年の10月から欧州議会事務局に出向している。
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<吉田稔君>

今回は、彼とホテルの近くで落ち合った後、私が贔屓にしているリブゴーシュにある中華料理店で新田さんと三人で昼食を取りながらブリュッセルの仕事ぶりを話してもらった。
吉田君は37歳。聴覚に障害はあるが、いわゆる口話法というテクニックを身に付け、よほど複雑な話でない限り、普通に会話し読唇術でこちらの会話も聞き取ってくれる。
彼が日本財団に入ってくれたのは8年前。障害者支援に力を入れる日本財団にとっては、障害当事者という立場から貢献してもらえる人を、ということで彼をスカウトしたのだった。
彼は幼いときに病気ににかかり、聴覚障害者になったが、ご両親の方針で口話法を身に付け、小中校とも一般学級で学んだ。しかし、小学校高学年の時、親に内緒で手話サークルに入り手話も身に着けた。さらに、米国で英語と米国手話を習い、ロチェスターにある国立聾理工学院(NTID)ではITを専攻。さらに大学院に入り公共政策で修士号を取ったと言う輝かしい経歴の持ち主。
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<シャンゼリゼの両側にクリスマスマーケット>

彼が席を置いているのは欧州議会事務局にあるハンガリー出身の自身も聴覚障害者というアダム・コーシャ議員のオフィス。主に使うのは国際手話だと言う。文書はハンガリー語が多くて読めない、とこぼしていたが楽しそうだ。国際部時代は、部内でもぴか一の素晴らしい英語力の持ち主で、彼の書く英文にほれぼれとしたものである。
昼食の後、三人でシャンゼリゼのクリスマスマーケット見物に向かった。人ごみに中に異常に背の高い男性を発見。
吉田君のNTID時代の恩師であるデカロ教授の言葉を思い出した。「障害は相対的な関係を表す概念に過ぎない。自分のようにとても背が低い人間は、米国では一種の障害者である」
1年半の出向という契約でこの正月は赴任間もないので帰国せずに頑張ります、と言う吉田君にエールを送りたい。
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<人混みの中に異常に背の高い人物を発見>

11時半 吉田稔君
12時 昼食
16時10分 ホテル出発
19時00分 パリ発
UNESCOで [2016年12月02日(Fri)]
12月2日(金曜日) 
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<今日のパリは曇り空>

目を覚まして時間を見ると、夜中の3時だった。しかし、日本はもう昼に近い11時だ。今日、UNESCOで発表する3つの事業の内容や狙いについて朝日新聞の市川さんに説明するメールをやりとり。
そうこうするうちに、目が冴えてしまったので、そのまま起きて仕事。
10時になった。道路を隔てて向かいの場所にあるホテルに、新田職員、チャパルさん、ジョンハニー弁護士と一緒に、行く。
ウィンミャッエー大臣一行と、会議室でミーティング。私の方で、トレーニングセンターの運営に向けて、社会福祉省と詰めておかないといけない幾つかの問題について説明し、大臣の意向を確認した。
私の後は、チャパルさんが彼の事業について大臣らに説明。
その後、ミャンマー大使が加わり、彼らの立ち会いのもとで、私がICT事業計画書にサイン。
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<ミャンマー大臣、大使立ち会いのもと、ICT事業計画にサイン>

その後、我ら三人だけで一足先にUNESCOへ。世界障害者デー記念のこの日、最初の行事は関係者を招いての昼食会。開始予定時間ぎりぎりの12時半数分前に会場となっていたUNESCOの来客食堂に行くとすでに、50-60人ほどの人でテーブルはほぼ埋まっていた。
定刻を少し過ぎたところで、本日の行事を担当する知識社会部のバネルジー部長の司会で昼食会が始まった。日本財団がスポンサーと言うことで、私が短いスピーチ。昨年のこの日、日本財団とUNESCOの間で、障害者支援に向けた協力協定が締結されたが、既に4,5件の共同事業が実現に向けて進行中、午後のセッションで報告するとコメント。
昼食の後は、一階の会議場に移動。午後2時半から世界障害者デー記念のイベントが始まった。出席者は150人くらいか。
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<世界障害者デーを記念するUNESCOでのイベント>

ここでは、UNESCO側の挨拶の後、昨年、UNESCOと日本財団との間で結ばれた協力協定を紹介する形でミャンマーの社会福祉大臣、ウィンミャッエー博士が登壇、ヤンゴンで来夏オープン予定の情報通信技術トレーニングセンターについて報告した。
その後、私の方からは、その他の二つの共同事業、即ち、来年度から始まる「傑出した世界の障害者を顕彰する制度」、再来年にシンガポールで開く予定のアジア太平洋障害者芸術祭についても説明し、昨年の協定に基づきこれらの3つの事業を日本財団がUNESCOと組んで行なう予定になったとして報告した。
我々二人の報告の後は、クウェイト政府がスポンサーになっている情報技術を活用して障害者支援を行なう活動を顕彰するジャベル・アルアーマド・アルジャベル・アルサバ賞という異常に長い名前の賞のコーナーになり、審査員によるパネルのあと、今年の受賞者2組に対する表彰式となった。
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<スピーチするウィンミャッエー大臣 > 

障害者を描いた短編映画や、障害を持った音楽家による生演奏などを挟んだイベントが終わったあと、チャパルさん、ハニーさんを含む私たちはウィンミャッエー博士一行と別れ、一旦、ホテルに戻った。
そして、チャパルさんの奥さんも交えて、パリの街に繰り出した。クリスマスイルミネーションに彩られたシャンゼリゼの通りを抜けて、昼食時に日本大使館の方から教わった日本人シェフが数ヶ月前に開店したばかりと言うフランス料理店に向かった。
小さいが清潔感の漂う店で、出されたフルコースのフランス料理はどれも繊細な味付けと優雅な盛り付けでチャパルさんご夫妻、ハニーさんにも大好評。感極まってチャパルさんが唸りながら言った。「これはフランス料理ではない。繊細な日本人でしか出来ない素晴らしい別の料理だ!」この店がミシュランの星を獲得する日もそう遠くないことを願わずにはいられなかった。
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<クリスマスイルミネーションが美しいシャンゼリゼー通り>

10時 ウィンミャッエー大臣   
12時 ホテル出発 
12時半 UNESCO昼食会
14時半 イベント
19時 ホテル出発 
19時半 夕食
2ヶ月ぶり、再びパリへ [2016年12月01日(Thu)]
12月1日(木曜日) 
今年に入って13回目、遂に最後の出張はパリへの単純往復になった。
朝8時前、家を出るときに雨が降っていたので、家人に駅まで送ってもらう。いつもの電車に乗り羽田空港へ。荷物はキャリーバッグと小型のガーメントケースのみという軽装。4日間という短い出張なのでスーツケースは不要だ。
12月3日は世界障害者デー、昨年のこの日、日本財団とUNESCOの間で、協力協定が締結された。
その中身は、情報通信技術を使った障害者支援、それと2020年に向けて世界障害者芸術祭を企画推進していく、というもの。それに沿って、話し合いを進めてきた結果、3つの事業がまとまった。今回は、それを、今年のUNESCOの世界障害者デーのイベントで発表しようということになったもの。
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<雨の羽田を出発>

今回発表する事業の中の目玉が、ミャンマー政府社会福祉省の支援を受けてUNESCOと連携して設置するICTトレーニングセンターであるということで、ウィンミャッエー大臣をお招きすることになった。
当初は、笹川会長に行ってもらう予定であったが、都合で取り止めになり、私が代理で出ることに。同行者は日本財団の新田職員一人。
前回、WHOのチャパルさんと会った際に、今回、ミャンマーから社会福祉大臣に置いでいただくことになっていると話したところ、是非、彼の主導で進めているある事業のミャンマーでの導入について、大臣に直接お話しできる機会を作って欲しい、と頼まれた。了承すると、パリに出て来るという。
それならその序でに、ロンドンからジョン・ハニー弁護士にもパリまで来てもらい、三人で前回の出張の際、それぞれ別々に相談したばかりの、バリアフリーに関する国際認証制度事業の具体化に向けての相談をすることにした。
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<パリのホテルは工事中>

飛行機は、凍てついて真っ白になったシベリアの上空を横切り、12時間のフライの末、定刻より少し早くパリに到着。
パリ到着時の気温は6度。空港からタクシーに乗り込んだ。車中で、ジョンさんとチャパルさんに連絡を取り二人がすでにホテルに入っていることを確認。
到着してみると、パリのホテルの入り口は閉鎖されていた。改装のための工事中。しかし、臨時に作られた入り口がわかりにくく、タクシーを降りた後に、レセプションへの入口を探して右往左往する羽目に。
そこで、当初はホテル内のカフェで予定していた明日午前の打ち合わせの場所を、彼らが泊まっている道路を隔てて向かい側のホテルに変更。
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<夜のパリ>

WHO チャパルさん、ロンドンから駆け付けたジョン・ハニー弁護士と打ち合わせ。
その後、ジュネーブからパリへチャパルさんに同行して来ていた奥さんも加えて5人で近所のレストランで夕食することに。
そこで、ホテルの近所のレストランをネットで検索したところ、評判の良さそうなところが、すぐ近くにあったのでそこを予約しようとすると、予約は受け付けていないので7時の開店すぐに来て欲しい、と言われた。
不思議に思いながらも5人揃って7時5分頃にレストランに向かうと中に入る人の行列が出来ていた。幸い、中に潜り込むことができて賑やかな夕食となった。
その後、明日の場所を確認のため、大臣一行が泊まっているホテルに行く。こちらは工事もなく、広々としたロビーで安心。

10時50分 羽田発
15時10分 パリ着
17時 ハニー弁護士、チャパルさん 打ち合わせ
19時 夕食

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