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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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スーツケースの破損再び [2016年09月24日(Sat)]
9月24日(土曜日) 
朝5時に目を覚ました。日本との時差が2時間あるので、日本時間では7時。いつもなら起きている時間だ。
昨夜眠る前に冷房は切っていたのだがうすら寒い。部屋が広すぎるからかも。何と今回の私の部屋はジュニアスイートなのだ。
昨日は、渋滞のせいでカーソンさんとの約束に大幅遅れてホテルに到着したので、顔なじみのボーイさんに荷物を部屋に運ぶよう頼み、私はホテルの部屋に入ることなく、そのまま彼とレストランへ。
食事を終わってからホテルの部屋に入ってびっくり仰天。何と、満室だったせいか、アップグレードされてジュニアスイートの部屋になっていたのだった。しかし、夜帰って一晩眠っただけ。せっかくのジュニアスイートも宝の持ち腐れであった。
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<アップグレードでジュニアスイートの部屋に>

外が明るくなってきたので、ホテルの部屋から窓の下の高速道路の混雑状況をチェック。今日は、土曜日なのでスムースに流れているようだ。
チェックアウトして、朝7時、ホテルを出発。渋滞は無いと安心していたら、空港に向かう高速道路に入ってしばらくすると、なんと突然、土砂ぶりの雨になったではないか。
そして途中、高速道路の合流地点でついに渋滞。昨日のことを思い出して、ヒヤッとさせられたが、結局のところ、そこまで遅れることはなく8時過ぎに空港に無事到着。
こんな心配はしたくないので、出来る限りコストも安い電車を使いたいとはいつも思うのだが、エレベーターなどの配置が悪く、スーツケースを持っての利用は事実上無理。これは、バンコクでは、車椅子の人にとっては、公共交通機関であるはずの電車の利用が事実上不可能であることを意味する。盲目の上院議員のモンティアンさんが嘆いていたことを思い出す。
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<突然、土砂ぶりの雨になった>

さて、朝の10時過ぎにバンコク空港を飛び立った飛行機は、6時間ほどのフライトの後、ほぼ定刻の夕方6時前に無事、羽田に到着した。羽田は晴れ。気温は22度であった。
荷物の受け取り場で、バンコクでチェックインしたスーツケースをコンベアベルトに見つけて一安心したのもつかの間、ころがして運ぼうとして異常にがたつくのに気が付いた。スーツケースの底を調べてみると、果たせるかな、4つの車輪のうち3つが破損していた。
スーツケースの破損事故は、これで何回目だろうか。恐らくは、10回は下るまい。航空会社のカウンターでいつものように補修を申請。次の出張までは丁度一ヶ月ほどあるので、それまでには修理が済んでいるはずなので、淡々と手続きを済ます。
それにしても。今回は、消耗することの多い旅だったなあ、と一人ぼやきつつ家路についたのであった。
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<スーツケースの車輪破損という落ちが付いた>

07時 ホテル出発
09時45分 バンコク発
17時55分 羽田着
飛行機の便を変更したのに [2016年09月23日(Fri)]
9月23日(金曜日) 
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<MILIの本部前の横丁にも食べ物の屋台>

今日はヤンゴンを発ってバンコクへ向かう日。バンコクでは、アジア5カ国で義肢装具士学校事業を展開するパートナーであるExceedのカーソン代表と落合い、事業計画について協議することになっている。そのために、当初の予定では朝の便でバンコクに向かうつもりであった。
ところが、ヤンゴンでもう一つ片付けておきたい重要な用件があったので、その相手との会合の時間を確保すべく、直前になって午後のフライトに変更したが、結局、その会合は実現せず空振りに終わってしまった。
そこで、空港に行く途中、MILIに立ち寄り次期CEOに内定したユヤトゥさんとの打合せを設定。さらに、その前の時間も有効に使おうと、ダイアナさんに紹介された現地のNGO の代表者に急遽、面談を申し込んだのだった。そして、朝、ホテルを出るギリギリまでそのメールを待ったが、ついに返事が来なかったのでMILIに向かった。
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<MILIの本部スタッフの役割分担も見直しの対象>

最初にアウンコさんと、来年度以降のビジネス部門の運営方針について改めて話しあい、基本的な考え方を確認した後、その後は、専らユヤトゥさんと二人だけで話しあう時間を持った。来年度に向けてMILIの本部スタッフの役割分担の見直しなどを話し合う。
そうこうしているところへ、NGOからのメールが届いた。ダウンタウンでなら会えるのだが、とのことだが、これから戻るのは無理。
こうしてお昼の打ち合わせの可能性がなくなったので、ギロギリまでMILIでの打合せを続ける。ネイリンソーさんが、途中から彼も打合せに加わりたいとの連絡が入ったが、渋滞に捉まったとかで、結局、彼と会えないまま空港へ向かうことに。
今回は、最後の最後までスケジュールの変更に振り回された旅であった。当初設定したスケジュールの一部を変更せざるを得なくなることは珍しくはないが、今回ほど、変更、再変更に振り回されたことはない。
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<ヤンゴン空港で雨が降り出した>

本当は、チェックインする大きい荷物は東京までスルーチェックインにして、バンコクでは空港からは小型のキャリーバッグだけでBTSでホテルへ向かいたかったのだが、結局、先月と同じく、スルー出来ない便に変更してしまったので、やはり、空港からホテルへはエアポートリムジンタクシーで向かうことに。
ところが、空港から市内に向かう高速道路に入ったとたん、最近では経験したことのないほどの極端な渋滞にはまって身動きがつかなくなってしまった。
このままでは、Exceedのカーソンさんとの約束には間に合わなくなってしまう。慌てて彼の携帯に電話を入れると、のんびりした声。ビールでも飲んで待っているので心配ないよ、と言う。
結局、普段なら45分で十分着いてしまうところを、今回は何と1時間半もかかって到着。
6時半の約束を大幅に遅れて、ホテルに着いたのは7時を過ぎていたが、カーソンさんは、ホテルのバーで一人ビールを飲んでいた。

09時 ホテル出発
10時 MILI本部訪問
15時00分 ヤンゴン発
16時55分 バンコク着
19時 Exceedカーソンさん
MILIの前途を祝して [2016年09月22日(Thu)]
9月22日(木曜日) 
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<道路際で一服する物売りの女性>

朝9時にホテルを出て、MILI本部に向かう。
主たる目的は、MILIに予め頼んで集まってもらっていた障害者の若者達でICTトレーニングに興味のある人たちとの懇談会。その前に、MILI付属の訓練センターに立ち寄り、コンピューターの基礎講習の担当者にヒアリング。丁度この日は、10人の肢体障害者が研修中だったが、その手を休めて私の質問に答えてくれた。
16人の人たちが集まっていてくれた。先ずは、構想の全体像を話した後、質疑応答となった。質問の口火を切ったのは、盲学校の教員をしていると言う視覚障害者の男性だった。視覚障害者用のコンピューターソフトについてだったが、かなり専門的な質問だったので、聞いてみるとコンピューターを教えている、という。「今回の企画は自分が長い間夢見ていたものだ。それが現実のものになるならこんなにうれしいことはない」と言ってくれた。
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<MILI本部でのITトレーニング>

彼のほかにコンピューター関連の仕事に既に付いている人がいるかと尋ねたところ、二人の手が挙がった。その一人、足の不自由な若い男性は、コンピューターグラフィックスをアルバイト的にやっているが、きちんとした教育を受けたわけではないと話した。もう一人は、やはり肢体障害者の女性で、スマートホンの販売に携わっているといい、簡単な修理もしているとのことであった。
こうした経験者には将来は、この学校の講師となってもらいたいし、そのような人には授業料を免除するだけではなく、手当てを出すことも考えていると説明した。最後に、この学校に申し込みたいと思った人、と尋ねると全員が手を挙げた。
その後、同じ部屋で始まったMILI地方支部の幹部を対象にした指導者養成トレーニングで挨拶してほしいと言うので、そちらにも30分ほど顔を出した。
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<地方支部の指導者養成コースの参加者たち>

スピーチの冒頭に、リオパラリンピックのプロモーションビデオを見せたところ、終わったとたん自然発生的に拍手が巻き起こった。
しかし、パラリンピックのことを知っているかとたずねたら挙がった手はぱらぱらと数えるほど。リオパラリンピックの期間中もここミャンマーでは殆どテレビでは放映されなかったそうだ。
その後、チョースワルミンさんの車でニューワールド養護学校に送ってもらった。ここは、日本財団に寄贈された遺産、1億5千万円をもとにして、建てられた知的障害児のための養護学校。
11月に日本財団の尾形理事長の案内でお連れする岸田さんによる講演会の段取りを打ち合わせた。
その後、再び、MILI本部に戻り、幹部の3人と、来年から始まる第2次5カ年計画についての打合せ。そして、夕方からは、場所をレストランに変えて夕食を取りながら懇談。新体制をお祝いするのが趣旨。今回は彼らの希望で日本料理。久しぶりに食べる日本料理に喜んでくれた。
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<MILIの録音スタジオは視覚障害者が担当>

09時 ホテル出発
10時 ICT訓練センター構想について意見交換
11時半 MILI全国リーダー研修会でスピーチ
12時半 ニューワールド養護学校訪問
15時 MILI本部訪問
18時半 MILI幹部との夕食会
二転三転 [2016年09月21日(Wed)]
9月21日(水曜日)
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<昨年末オープンしたミャンマープラザ>
 
今朝メールをチェックすると、昨日に続いて再び、マイクロソフトのダイアナさんから連絡が入っていた。午前11時に市内中心部でのアポが入ったので、会合の場所を私のホテルの近くに変更してはどうか、との提案。
残念ながら、昨日の連絡を受けて、私の方は養護学校での会議をずらしてもらって、その代わりにダイアナさんと一緒のデイケアセンター訪問の約束を取り付けていたし、その後は、内藤さんと一緒に、ミャンマー財界の重鎮であるウィンアウンさんとの面談も入っているので、事情を話し、ここは予定通り、彼女のホテルで面談することに。
それにしても、電子メールと携帯電話がどこにいても繋がるようになった結果、一旦立てた予定も容易に変更出来るようになった。さすがにマイクロソフト、そのメリットをフルに使うべく、頻繁に変更を提案してくるわいと感心する。
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<国立老人デイケアセンターの正門>

昨年末オープンしたミャンマープラザの前を通って、ダイアナさんが宿泊しているホテルへ。MILIのユヤトゥさんも間もなく到着。すこし約束の時間を過ぎてダイアナさんが現れた。息を切らせている。ホテルでクレジットカードでの支払いにトラブった由。
彼女は、マイクロソフト社がヤンゴンに事務所を開設することになり、その機会にシンガポールの地域本部から出張してきたのだが、今回がミャンマーは初めてとか。色々、面食らうことが多かったようだ。
彼女が席に着いたので早速、ユヤトゥさんからダイアナさんにMILiについての説明をしてもらう。彼女の到着時のフライトの遅れで実現しなかったMILI訪問の代わりだ。
その後、ICT訓練センター予定地であるデイケアセンターに移動する。
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<ICT訓練センター予定地に案内する>

元々は、この事業計画の現状について私が先ず説明してから、現地に案内することでデイケアセンター所長代行のケイティーチョー博士にはもっと遅い到着時間を連絡していたのだが、この後、別のアポでダウンタウンに行くというダイアナさんのために、運転手のチョースワルミンさんに道路状況を確認してもらったところ、かなり混雑しているようなので、予定を早めて訪問することになったもの。
予定時間より、大分早く着いてしまったので、国立老人デイケアセンターではケイティチョー博士は不在。無償提供される予定の建物の前で話をしているところにケイティチョーさんが駆けつけてくれた。そして、まだ、話し足りない様子のダイアナさんを急かすように車に乗せて出発。
途中で私とユヤトゥさんは車を降りて内藤社長に合流、一緒にミャンマー商工会議所へ向かった。
少し予定時間より早くついたが、ウィンアウンさんは我々を部屋に招じ入れてくれた。
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<ダウンタウンの映画館ではヨーロッパ映画祭が進行中>

彼は、政商といわれたダゴングループの総帥であるが、内藤社長とは数十年にわたる付き合い。今回のアポも内藤さん経由でお願いした次第。彼はミャンマー財界の重鎮としてミャンマー商工会議所会頭を長く務めてきた人物だが、つい最近、次回の選挙には立候補しないと表明したばかり。障害者ICTセンターと構想と狙いを話し、彼に協力を求めたところ、日本財団の笹川さんの依頼とあればと二つ返事で支援を約束してくれた。
商工会議所の後は、別のホテルでICTセンターの改修計画を検討してくれている日系の建設会社の社長の千葉さんらと意見交換。
そのあと、ホテルに戻り、MILIの経営改革プランでの指導をお願いしている経営コンサルタントのチチニェインさんらと会う。

08時 ホテル出発
09時 マイクロソフトダイアナさん
10時45分 デイケアセンター
11時半 間遠さん
12時 内藤さん
13時45分 ウィンアウンさん
14時45分 千葉社長
16時 平野さん
17時 ニェインイェインさん
バンコクでも雨 [2016年09月20日(Tue)]
9月20日(火曜日) 
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朝8時、雲行きが怪しいので傘を持ってホテルを出て、最寄のBTS(スカイトレイン)の駅に向かう。
戦勝記念塔駅へ行き、そこからは時間に余裕があったので徒歩でAPCDに向かうことに。日が射していないので比較的涼しかったのだが、さすがに歩いていると途中からは汗が出てくる。
APCD=Asia Pacific Development Center on Disability(アジア太平洋障害者センター)は2002年に、それまでの10年間にESCAP主導で行なわれたアジア太平洋地域の障害者支援のためのイベント「アジア太平洋障害者の十年」を記念して日本政府の支援で設けられたタイ内外の障害者のための支援訓練センターである。
日本財団とは当初から緊密な協力関係にあり、これまでも様々な障害者支援事業で連携してきた。そんな訳で、所長のニノミヤさん達には、しょっちゅうお会いしているのだが、センターにお邪魔するのは、昨年11月にミライロの垣内さんを案内しての訪問以来なので約10ヶ月ぶり。
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<APCDのパン屋さん>

汗を拭きながら25分ほど歩き、APCDに到着してみると、入り口に大きなベーカリーの看板がかかっていた。ニノミヤさんから何度も聞いていた、開店した障害者就労支援のための焼き立てパンの店である。シリントン皇女様の60歳の誕生日を記念して昨年末にオープンしたものだ。
時間が押していたので、取り敢えずは外側から写真を撮っただけでベーカリーの中には入ることなく、APCDの事務所に向かう。
3階の会議室で、ニノミヤ所長や佐野さんに、ノンラックさんやトムさんらタイ人やフィリピン人スタッフを加わって、来年の日タイ修好130周年とASEAN設立50周年を記念して開催するべく計画中の障害者太鼓フェスティバルについての打合せ。
開催の時期や、基本コンセプトについて確認のあと、プログラムの内容や、参加者の顔ぶれなどについて意見交換。
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<APCDでの会議>

APCDでの会議を終えて、ベーカリーショップを見学させてもらおうと、外に出ると外は大雨。大慌てで中に駆け込み、店舗やその後ろにあるパン焼き工房も見学させてもらう。20人ほどの男女がいただろうか。その殆どが障害者だと言う。障害の種類は様々だ。知的障害者の横で、聴覚障害者も。みんな仲良く働いていた。
販売店の棚には、点字でかかれた商品リストまで用意してあったのには感心させられた。
タイ国統計局の2012年のデータによると、タイでは15歳以上の障がい者数は約143万人。障がい者に対しての教育や訓練を行う施設はまだ少なく、また障がい者の雇用機会も限定的なため、障がいのある就業者は約37万人程度にとどまっているのだという。
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<みんな仲良く働いていた>

こうした中、JICAの資金援助と日本の製パンメーカーの技術面での協力を得て、APCDの敷地内に、障害者を対象とした就労支援のための製パン技術の習得のための訓練所を兼ねた製造拠点と販売所を整備することで、いろいろなタイプの障害者に就労支援を行なうことができるようになった。
佐野さんによると、プラユット首相自らがこの店のことを話題にしてくれたこともあり、客足は好調。さらに、UNESCAPが入る国連本部からも納品の注文が入っただと言う。今後、このシステムをさらに拡充させていくとのことで、タイでの障害者の就業・自立支援の効果を高めることが期待される。
ベーカリーの見学を終えて、雨の中を飛び出すと、丁度、戦勝記念塔駅へ行く路線バスが停まっていた。お別れの挨拶もそこそこに、バスに飛び乗る。
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<車掌さんは誰でしょう>

タイの路線バスは日本とは違って車掌さんが乗車していて現金を渡して切符を受け取る方式が一般的。ところが、この車掌さんと言えば、制服がない上、座席に座っていたりするので、一見すると乗客と見分けが付かない。今回も、乗ってから座っている人たちを見回していると、そのうちの一人の女性がのっそりと立ち上がって手を出したので20バーツ札を差し出し、切符とおつりをもらう。
一旦、ホテルに戻り、荷物を整理。今回は、帰りにもバンコクに立ち寄るので、ヤンゴンで用のないものはバンコクに置いていくことにする。
チェックアウトをして空港に向かっている車の中でメールをチェックすると、マイクロソフトのダイアナさんから連絡。スケジュールを再び変更することになり、あちこちに指示や依頼のメールを送る。
そして、夕刻6時半過ぎにヤンゴン到着。幸いヤンゴンは晴れ、気温は29度。
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<ヤンゴンは晴れ>

08時  ホテル出発
09時 APCD訪問
12時 パン工房見学
15時半 ホテル出発
17時50分 バンコク発
18時45分 ヤンゴン着
再びミャンマーへ [2016年09月19日(Mon)]
9月19日(月曜日)
朝8時半に家を出る。久しぶりに雨の中の出発。
スーツケースを持ったまま傘はさせないので、家人に最寄りの電車の駅まで送ってもらう。
今回の出張の目的はいくつかあるが先ずは、明日、APCDで行なわれる会議に参加すること。日本財団の資金援助によって現地で来年行われる障害者太鼓フェスティバルについての初会合だ。
もう一つの目的は、ヤンゴンで来年から始まるMILIの5カ年計画について詰めの議論を行なうこと。
MILIは日本財団の支援で急成長した障害者自立生活運動を展開する当事者団体。最初の5年間で、当初7人のメンバーでスタートした組織が3000人近い会員と約30もの地方支部をもつ組織に急成長。それによる歪も表面化して来ており、更なる発展に向けて、次の5年できちんと組織固めをする必要がある。また、ミャンマーで準備中のUNESCOとの共同事業である障害者用コンピュータートレーニングセンターの件で、ミャンマー商工会議所会頭のウィンアウンさんに会うのも重要な目的だ。
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<雨の中を電車が走る>

さらに、マイクロソフトのアジア本部で CSR部門の責任者を務めるダイアナさんがヤンゴン入りするというので、彼女と落ち合い、MILIの本部で中心メンバーを紹介することになった。
ところが、羽田空港でメールをチェックすると、マイクロソフトのダイアナさんがMILIのユヤトゥさんと交わすメールがCCで入っていた。彼女の飛行機の到着が遅れたために、MILI訪問がダメになった、というのだ。急いで、スケジュール再調整を依頼する。
雨の羽田空港で、バンコクへの飛行機に乗り込む。搭乗用のブリッジを放し、飛行機が滑走路に移動しようとした途端、雨脚が激しくなってきた。バンコクへ向かう飛行機の経路も気圧の不安定なところを避けて遠回りになるのかも。こちらも到着遅延かと身構える。
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しかし、そんな心配は杞憂だったようだ。飛行機はいつもと同じような経路を飛んでほぼ定刻にバンコクに到着した。
上空は厚い雲が覆っていたのだが、いざ降下してみると、暗に相違して地上の天気は曇り。なーんだ、雨は降っていないから安心だと、空港からリムジンタクシーに乗り込んだ。
実は、羽田空港でのチェックイン時に、バンコクでスーツケースは受け取らずに軽装で電車を使ってホテルに行こうと、ヤンゴンまでのスルーチェックインを申し出るも、断られてしまっていたのだ。スルーチェックインが効くのは24時間以内の乗り継ぎに限られている。確かに、今回はヤンゴンへの乗り継ぎは明日の夕方だったのにすっかりそのことを忘れていた。バンコクでは道路渋滞の危険があるので出来れば電車を使いたかったのだが、、、。大きなスーツケースを持って電車に乗るのはバンコクでは無理というもの。
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<空港を出たとたん豪雨に襲われる>

ところが、タクシーが空港を出た途端、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで雨が降り出した。しかも、瞬く間に、雨脚が強まり、ついには前がよく見えないほどの豪雨になってしまった。東南アジアの雨季特有のスコールだ。
これでは、ホテルに着くまで一体どれくらいの時間がかかるだろうかと身構える。しかし、高速路の初めこそ、少し、道路が混みあうところもあったが、その後は奇跡的にスムーズに進み、ホテルには何とか予定通りの時間に到着。
チェックインして、シャワーを浴びて着替えを済ませて、近所のホテルに向かった。内藤社長と会うためだ。彼は少し、遅れて到着。雨のためか道路が異常な混みぶりだとか。
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<激しいスコールの中を進む>

11時20分 羽田発
15時40分 バンコク着
19時半 内藤社長 
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