8月18日(木曜日)
朝8時半、ソルヤ君の車でホテルを出発、郊外にあるカンボジア義肢装具士学校(CSPO)に向かった。
診療所や寄宿舎を併設したここの校舎と事務所は、総て、日本財団の寄付によって6年前に完成したもの。当時は、畑や野原に過ぎなかったCSPOの周辺には、今や住宅や商店が立ち並び、結構賑やかな場所になった。
約束の時間の5分ほど前に到着して、診療所から入ると校長のシサリーさんが、患者たちとなにやら話し込んでいた。
壁の横に掛かったテレビには陸上競技に取り組み障害者の姿が。よく見ると、パラリンピックのロゴ。思わず、「えっ、リオですか」と聞いてしまった私に、シサリーさんは答えた。「いいえ、これは4年前のロンドンでの記録映像です。ビデオです。障害者たちの励みになると思っていつも流しているんです」
<カンボジア義肢装具士学校のシサリー校長と患者たち>
なにやら患者たちに声をかけると、シサリーさんは直ぐに立ち上がり、私を校長室に案内してくれた。彼女のスタッフも交えて、打合せが始まった。テーマは、CSPOからの提案で始めた障害を持った大学生に対する奨学金。今年で5年目となるこの奨学金を受給しているのは50名ほどの大学生。と言っても、この学校の学生たちではなく、彼らの専攻は、教育学、情報工学や、会計学、法律学など様々だ。にも拘らず、CSPOがそれを担っているのには訳がある。
そして、そこには、シサリーさん自身の熱い思いも反映されているようだ。彼女自身は障害者ではないが、このCSPOの第1期の卒業生だ。当時、日本財団の支援により、授業料は免除。成績優秀で将来を嘱望されたことから、彼女は、日本財団を含む様々なドナーからの奨学金に支えられて、英国の大学に進み、その後、海外での指導員の経験を経て帰国し、今では母校の校長に就任したと言う訳だ。このように、この学校の教員の殆どはこの学校の卒業生によって占められている。
<Bi-Salonで実習中の聴覚障害者たち>
私は、シサリーさんとの会議を終えると、市内にとって戻した。ケムラさんが営む美容スパ、「美サロンBi-Salon」へ。
そこでは、ニコニコ顔の若い女性たちが迎えてくれた。基礎コースのトレーニングを終えて、現在は実習中の聴覚障害者の女性たち5人のうちの4人であった。
彼女たちが所属しているDDP(Deaf Development Program)は、日本財団とは以前から長い付き合いの聴覚障害者支援組織。基礎教育を受けないまま就学年齢を過ぎてしまった聾唖の青年たちに、手話を通じてカンボジア語を習得させ、基礎教育を施してきた。最近ではさらに、理容技術などの職業訓練も実施している。
彼女たちは、最近、私の提案でDDPが始めた「美サロン」付属の美容トレーニングスクールでの聴覚障害者用コースに参加。それを終了し、このほどインターンを始めたと言う訳だ。彼女たちの活躍が聴覚障害者の若い女性たちの間で評判を呼び、間もなく、2期生の募集が始まるという。
<生まれて初めて、ネイルとヘッドスパを体験>
今回、私が「美サロン」を訪れたのは、日本財団が「夢の貯金箱」と名づけた自動販売機を通じての寄付集めで得た資金を使って、この美容トレーニングスクールを支援することになり、経営者のケムラさんとその打合せをしようというもの。
ところが、「美サロン」に着いて間もなく、ケムラさんの勧めで、私は、このインターン生たちに、ヘッドスパとネイリングをしてもらうことになってしまった。
勿論、総て、生まれて初めての経験だった。あまりの気持ちよさに途中で眠り込んでしまい、小一時間後に揺り動かされて起きた時には、頭から爪の先までぴかぴかになっていたと言う次第。
その後、昼食をとりながら、ケムラさんと今後の支援事業の進め方について色々と話し合った。
食事の後、私はケムラさんと一旦別れ、DDPに向かった。
DDPでは、チャーリー神父とソクリ事務局長に会い、ケムラさんとの打合せの報告をした。
<これが7月10日の惨劇の舞台となったコンビニ>
そして、DDPからの帰り道、すぐ近くのところにあるニョニュム編集部に責任者の山崎さんを訪問。少し、立ち話をしただけで別れ、シャワーを浴びて服を着替えるためにホテルに戻った。
途中、あるガソリンスタンドの横に併設されたコンビにの脇を通過しようとして、ソルヤ君が声を潜めて教えてくれた。「ここが、例の暗殺事件の現場です。警官がいます。カメラを向けないように。」
7月10日、この場所でジャーナリストのケムリーさんが男に銃で撃たれて死亡する事件があった。警察は犯人を検挙するとともに、動機が借金問題にあったと発表したが、市民の間には政府に対する不信感が高まっている。というのも、ケムリーさんが各方面からの再三の警告にもかかわらず政府批判のキャンペーンを続けていたからだ。彼の死の直前には、汚職問題告発で有名な国際NGOであるGlobal Witnessが、フンセン一族がカンボジア国内で総額2億ドル以上の資産を不正に溜め込んだ、という報告書を発表し、大きな話題になっていたという。
<フンセン首相の親族経営企業による豪華マンション建設現場>
彼の葬儀には、何と200万人もの人が参加したと伝えられている。これまで、野党のジャーナリストが暗殺されると言うような事件はいくつもあったはずのカンボジアだが、今回は、市民の受け止め方は大きく異なるようだ。
カンボジアは来年からは政治の季節に突入する。来年の統一地方選挙の後、再来年は総選挙なのだ。外国資本にとって、投資先としてのカンボジアの魅力は第一に、フンセン首相による超長期政権という政治の安定であった筈だが、それが損なわれたら一体どうなるのだろう。
6時半からはDPPのチャーリー神父、ソクリさんも交えてケムラさんらと打ち合わせを兼ねた夕食。
ところが、途中の道路が大混雑。普段なら15分ほどの距離が30分もかかってしまった。10分遅れで到着してみると、他のメンバーも渋滞にはまり今着いたばかり。プノンペンの道路事情は悪化の一途をたどっているようだ。
<一方で、庶民の生活は貧しい>
08時半 ホテル出発
09時 CSPO訪問
10時 MILI本部訪問
11時 Bi-Salonケムラさん
14時40分 DDP訪問
17時 ニョニュム編集部訪問
18時半 夕食会