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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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風邪を引いてヒヤヒヤの帰国 [2015年08月05日(Wed)]
8月5日(水曜日) 
804Singapore.jpg
<シンガポールを出発>

夜寝ていると、風邪で咳が出るので何度も目を覚ます。朝起きて、朝食をどうするか、暫し迷った末、ホテルの部屋に置いてあったフルーツ籠の果物を食べることにする。
普段は、ホテルに置いてある果物なんて食べることはないのだが、風邪対策には、何よりビタミンCを摂取することが必要だと考えたのだ。あまり切れないナイフに格闘しながら苦労して皮をむき食べてみると、ことのほか、甘くておいしかったので、5種類の果物を完食。
朝、6時。別の便で日本へ帰国する理事長を見送り、もう一度寝直した私が、9時ころにロビーに降りて行くと、理事長を見送ってくれた筈のニッポンマリタイムセンターのお二人が待っていてくれた。わざわざ、タクシーで空港まで送ってもらった。仕事の邪魔をして、本当に申し訳けありませんでした。
805Birdview.jpg
<美しい島々を越えて飛ぶ>

今朝のシンガポールは曇り。私の乗った飛行機は離陸後暫くすると雲の中に突入。そして、巡航速度になっても雲が切れず、機内は揺れが酷い状態が続いた。随分経ってからようやく、雲を抜け出した。
シンガポールからの飛行機の中で私は毛布をかぶっていた。普段はさほど冷房を感じることのない飛行機の機内だが、今回は、風邪をひいているためだろう、クーラーが堪える。
熱は余りないと思うのだが、毛布をかぶっているせいか、額からは汗が噴き出す。ふと、羽田の入国のゲートでは最近、MERS対策とかでサーモグラフィーによる発熱検査が行われていることを思い出して、ふと不安になる。それまで、熱が出るなんてことがありませんように。
夕暮れの中、東京スカイツリーを見下ろしながら着陸。幸い、サーモグラフィー検査にも引っかかることなく無事入国。やれやれ。
805SkyTree.jpg
<東京スカイツリーを見下ろしながら着陸>

09時15分 ホテル出発
10時50分 シンガポール発
19時00分 羽田着
理事長とシンガポールへ [2015年08月04日(Tue)]
8月4日(火曜日) 
804roundtable.jpg
<ラウンドテーブルが始まった>

昨夜は、ベッドの中で繰り返しくしゃみをしていた。朝起きてみると、身体中が痛い。熱があるようだ。8時過ぎに部屋を出てホテルの本部にある今日の会場に向かう。
今日は、Multi-stakeholder Roundtableと題した討論会。IDPP年次総会の場に、アジア地域を中心に各分野の関係者が集まる機会を利用して開かれるもの。
スポンサーにはマイクロソフト社が加わっている。この分野に関心を持つ企業や障害者当事者団体などに広く参加を呼びかけて開催したもので昨年に次いで2回目。
冒頭のスピーチは、マレーシアの車椅子の上院議員のクリシュナンさん。次いで、マイクロソフト・マレーシア社の社長、マルチメディア大学の学長がそれぞれ歓迎のあいさつ。そして、基調講演としてASEANの前事務局長でIDPPの名誉学長であるスリンさんがスピーチ。
804Dr.Surin.jpg
<名誉学長のスリンさんが基調講演>

その後、コーヒーブレークの短い時間を利用して、奨学金を授与されている学生たちとの懇親会が開かれた。
今年の入学生は14名。前年度の6名とあわせて20名が3つの大学で学ぶことになる。彼らの国籍は、マレーシア、フィリピン、インドネシア、ベトナム。なかでも、フィリピン人の数が圧倒的に多い。過去には、シンガポールやカンボジアからの参加者もいたが、英語力の問題のせいか、フィリピンやマレーシア以外の出身者が少数であることは否めない。国籍の多様化が今後の課題。
懇談会の後は、世界銀行の障害部門の責任者であるシャーロットさんの司会で、Roundtable会議が続いた。マイクロソフト、ヒューレットパッカード、アップルなど企業関係者も加わり、プレゼンテーションと質疑応答などが行われた。
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<奨学金を授与されている学生たち>

午前のスケジュールが終わったところで、参加者は昼食会に移ったが、私はシンガポールに向かうため、ホテルが手配してくれた車で空港に向かった。道路渋滞もなく、30分ほどで空港に着いてしまった。一足先に出発していた尾形理事長とは空港のラウンジで合流。
当初予定していたシンガポール行きの便がキャンセルになったのでもう一つ後の便で出発。
シンガポールでは、日本財団と関係の深いニッポンマリタイムセンターの白崎所長と木村副所長が理事長と私を出迎えてくれた。
当初の便より一本遅い便にしたため、シンガポール到着時間が遅くなっていたので、ホテルには行かず、そのまま、四川料理店に直行し、4人で夕食会となった。
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<クアラルプール空港を出発>

09時 Multi-stakeholder Roundtable
10時15分 IDPP奨学生との交流会
10時45分 Multi-stakeholder Roundtable
13時45分 ホテル出発
16時30分 クアラルンプール発
17時25分 シンガポール着
19時 ニッポンマリタイムセンター夕食会
5年目のIDPP [2015年08月03日(Mon)]
8月3日(月曜日)
朝、目覚ましではなくゲコゲコと言う鳴き声に起こされた。きっと、大きなトカゲか何かだろう。初めは、ベッドの直ぐ下にいるのではないかと思いぎょっとしたが、思い出した。私が泊まっているコテッジスタイルのホテルの前には池が拡がっていた。
ここは、クアラルンプールから南に30キロという緑豊かな場所に出来たサイバージャヤという未来志向の情報先進都市の中のリゾート風のホテル。
閉まっているカーテンをそっと開けて声の主を確かめてみようとしたのだが、ベッドから降りる時に誤って大きな音を出してしまった。この音に驚いて逃げたのだろう。カーテンを開けた時には、外にはもう何もいなかった。
トマスさんを誘って一緒にレストランへ行くと、別室でスリンさんがデリックさんと話していた。彼らに合流する。
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<リゾートホテルの朝>

今回のIDPPの年次総会が情報先進都市サイバージャヤで開かれたのは、今年の総会のスポンサーがサイバージャヤにあるマルチメディア大学になったためである。サイバージャヤは、アジアのシリコンバレー設立というマレーシア政府の野心的な国家計画によって1997年から開発が始まったニュータウン。
マルチメディア大学は、文字通りマルチメディアの分野でのキャッチアップを狙ってマレーシアで初めて認められた私立大学である。今では学術研究機関としては、サイバージャヤの中核的な存在だとか。
サイバージャヤは、1999年7月のオープン時には、アジア経済危機の影響などからの開発計画の遅れが懸念されたが、マレーシア政府が行った、外国人知識労働者の無制限雇用、5〜10年にわたる法人税免除、外資規制撤廃(外資100%企業の設立許可)などの優遇措置によって、海外企業の誘致に成功、今では、ヒューレットパッカード、デルコンピューター、エリクソンを始め、NTTや富士通などの日本企業も含む、多くの情報分野の国際的な企業が進出する情報拠点都市に成長している。
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<IDPP Advisory Board Meeting>

IDPP Advisory Board Meetingが始まった。会議には、名誉学長でASEAN前事務局長のスリン・ピスワン博士のほか、マレーシアのマラヤ大学、マルティメディア大学、タイのマヒドン大学、フィリピンのアテネオデマニラ大学、ミャンマー神学大学、ベトナムの社会科学大学院からはそれぞれ副学長が参加。その他、インドネシアからはインドネシア大学、国立イスラム大学、シンガポールのナンヤン工科大学の教授たち全部で10の大学の関係者が出席してくれた。
IDPPの活動報告の後、ASEAN University Networkへの加入問題などを中心の協議が行われた。
一日中、冷房の効き過ぎた部屋での会議であったため、夕方になった時点で、私は寒さにのどをやられたことを自覚した。東南アジア特有の冷房病にやられないようにと気を付けて、今日は長袖のシャツにジャケット姿で気を付けていたつもりなのに、ミャンマーでもらった風邪の菌に活躍する隙を与えてしまったようだ。
これはまずい。早く、寝てしまおう、と早々に床に就いたが、途中、鼻がむずむずして目を覚ますと、猛烈なくしゃみが襲って来た。くしょんくしょんと間髪を入れず、10回以上連続してくしゃみが飛び出す。
803ASEANSummit.jpg
<マレーシアではASEAN関連の一連の会議が進行中>

08時30分 ホテル出発
09時 IDPP Advisory Board Meeting
12時半 昼食会
13時30分 AUN DPPnet会議
17時半 夕食会
タイとマレーシアのドリアンの違い [2015年08月02日(Sun)]
8月2日(日曜日) 
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<空港まで送ってくれたMILIのマイクロバス>

ミャンマーでの用件もすべて終わり、今日はクアラルンプールへ移動する日。私は渋谷さんと朝9時半にホテルを出発した。昨日の間に、MILIのチャータータクシーの運転手のチョ−さんと相談し、少し早めにホテルを出発することにしていたのだ。
日曜日なので渋滞の心配は余りないが、大雨による道路の冠水などの事態が生じると、予想外の時間が必要になることも考えねばならない。
しかし、今朝は曇り空、幸いなことに雨は降っていなかった。昨日のように晴れ上がってはいないが、雨でないのは有り難い。それに、太陽が見えない分、気温が高くない。25度ほどだろうか。お陰で、渋滞もなく、快適な空港へのドライブ。40分ほどで着いてしまった。この間のチャーター代金をチョーサンに支払う。約200ドルと格安。
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<洪水の被害を伝えるミャンマー紙>

クアラルンプール行きの飛行機を待つ間にラウンジで見た地元の英字紙のトップニュースは洪水のこと。
それによれば、洪水の被害はミャンマー全土の多くの州に及んでいるが、中でも被害が最も深刻なのは、インドやバングラデッシュと接するミャンマー西部と、中央部。チン、ラカイン、サガイン、マンダレーの4つの州。ほかにも、エヤワディー、バゴー、カイン、モンなどの4つの州でも住民の避難が始まっている。
エヤワディ川、チンドウィン川、タルウィン川を始めとするミャンマーの主要5河川がいずれも警戒水位を超えている。しかも、今後は今後更に上昇し、今後3日以内に危機的状況になることが予想されているという。
被害の拡がりを受けて、政府も大統領を始めとする要人が自ら被災地を訪問し、住民を見舞うとともに救援物資の輸送に注力している。
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<クアラルンプールに着いたら晴れていた>

クアラルンプール空港に着いた。案に相違して、そこは晴れていた。
飛行機の外に出ると、ASEANのバッジや、ミャンマーの国旗のバッジを襟に付けた背広姿の男性たちが、なにやら大勢いるではないか。彼らの渦の中にいたのは、浅黒い顔で恰幅の良い一人の男性。
どこかで見た顔と思ったら、ミャンマーの外務大臣ウナマウンルインさんだった。どうやら、ヤンゴンから同じ飛行機だったらしい。
そう言えば、今年は、マレーシアがASEANサミットの主催国。4日からクアラルンプールで始まるASEAN外相会議を皮切りに、アジア地域フォーラムなどASEAN絡みで一連の重要な会議が開かれることになっている。外務大臣として、ウナマウンルインさんも当然これらの会合に出席するためマレーシアにやって来たと言うことのようだ。
空港からはタクシーでサイバージャヤに向かう。空港の外は、快晴。夏空が広がっていた。
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<鐘霊中同窓会会館>

ホテルに着くと、私は、IDPPのレセプションに向かう渋谷さんと別れ、やはりIDPPの会議に参加するため来ていたGenashtimの社長トマスさんと合流した。彼とは、色々な事業での近況報告とアイデア交換をすることになっていたのだ。
いつものように、彼は親友の実業家、タンさんの車を運転して現れた。彼が子供時代を過ごしたと言うマレーシアの港町、ペナンの名物で、以前から食べさせてくれると言う約束のマレー風の中華料理の夕食を取ることに。彼が連れてくれて言ってくれたのは、鐘霊(チョンリン)中学同窓会会館に連れて行ってもらった。チョンリンとはどこかで聞いた名前、と思ったが思い出せない。後で調べると、第2次大戦中に抗日運動の中心になった学校で日本軍によって学生46名、教員8名が殺されたという歴史を持つ、マレーシアの名門華僑系中学校だった。
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<ドリアン専門店!>

チョンリン中学は、トマスさんの親友のタンさんの母校で、彼の顔で会員ではない彼もしばしばここに顔を出すと言う。ペナン式料理が安く食べられると言うので連れて来てくれたのだ。
食事の後、トマスさんが「ドリアンは嫌いか」と言うので「好きだ」と答えると、彼の馴染みのドリアン専門店と言うところに連れて行ってくれた。
そこは、レストランと言うより、ガレージの様な土間に作られた店で、屋台に毛が生えたような場所だった。道路に面した方角は開けっぴろげで、ドアも窓もない。無造作に山盛り一杯投げいれられたドリアンの中からお気に入りを客が選んで店の人に言うと、店の主人らしき老人が鉈のような包丁を使って器用にドリアンの皮を割り、中の実を食べやすいようにしてくれる。
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<まるで海鮮料理屋のよう>

そして、客は、ミネラルウォーターの瓶を片手に抱えて、フォークでドリアンの果肉をつまみだして食べる、という方式。ドリアン以外のものはない(正確に言うと、とても美味しい手作りのドリアンソフトクリームがあるのだが、、、)ひたすらミネラルウォーターを飲みながらひたすらドリアンを食べる。まるで、香港の海鮮料理専門店のような雰囲気だった。
トマスさんが、タイのドリアンとマレーシアのドリアンの違いを教えてくれた。それによると、一番大きな違いは、収穫のタイミング。タイのドリアンは樹に付いているところを取るのに対し、マレーシアのドリアンは熟して自然落下したものを地面で取る、のだという。従って、マレーシアのは甘くておいしいのだとか、「タイのドリアンは、水っぽい」のだそうな。
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<食べたかすはすぐゴミ箱へ>

09時半 ホテル出発
12時15分 ヤンゴン発
16時30分 クアラルンプール着
18時半 トマスさんとの夕食会
間もなく竣工へ、ニューワールドの新校舎 [2015年08月01日(Sat)]
8月1日(土曜日) 
今朝、目を覚ましてホテルの部屋のカーテンを開けて外を見ると、青空が広がっていた。このところ、いつも雨が降っているか曇りの毎日だったので、青空を見るのは久し振り。
ずっとチャーターしているMILIの車に乗って、7時半にホテルを出発、アメリカ大使館の隣にあるFuji Coffee Houseに向かう。Edenグループの会長のチッカインさんと会うためだ。元々、9時にエイペックス銀行の本店で会うことになっていたのだが、昨日連絡が入って、時間と場所が変更になったもの。
それにしても、何故、タイで有名な日本料理レストランFujiの支店を指定されたのかと不思議に思っていたら、ここもチッカインさんがオーナーなのだとか。
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<チカイン会長との面談を終えて>

Edenグループは、ヤンゴンではMyanmar Apex Bankのほか、Signature restaurant やMarina Residence などを所有していることで知られるが、ネピドーを初めパガンなど有名な観光地のあちこちで展開する Thingaha Resort Hotelなどホテル業まで手広く経営する主要財閥だ。
Myanmar Apex Bankはが資産規模でトップ4番目の堂々たる大手商銀。設立は2010年と大手商業銀行の中では最も歴史は浅いにも拘らず、20以上ある商業銀行の中で大健闘。
チッカインさんはヤンゴンのお隣、イヤワディ州の出身で苦労して一代で大手財閥を作り上げた人。2008年のサイクロンで被災した農民の支援など、慈善活動に熱心。日本財団と協力して昨年からは障害を持った大学生の奨学金支援にも乗り出している。
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<日本財団がNew Worldに寄贈したマイクロバス>

具体的には、一人当たり3000ドルを上限に、障害者用の特殊なコンピューターや、車いすなど資本的な投資支出のための無利子ローンを、Edenグループが貸与する、というもの。ただ、奨学金の供与がスタートして半年経った今も、融資プログラムの開始が始まっていないと言うことで、チッカインさんと対策を話し合った。
国連が昨年5月に発表した報告によると自分名義の銀行口座を持っている国民は全体の4%にすぎない。大学生たちの家族にも銀行講座を持っていなかった人たちが大勢含まれるのではないかと思う。そんな訳で、銀行からのローンを受けると言うということに対する学生達の側の戸惑いと、運営する側の実務上のノウハウ不足が実施の遅れの背景にあるようであった。
融資の実現に向けて工夫をすることで合意。
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<パラミ病院は12階建て>

一旦、ホテルに戻った後、私は、11時に渋谷さんと待ち合わせて、アウンサンマーケットへ行った。久し振りに灼熱の太陽が光を降り注ぎ、道路や歩道のあちこちにあった水たまりは跡形もなく消えうせていた。途中、水の中に足を取られる心配をしなくて良いのはありがたいが、気温はグングン上昇、汗が噴き出す。
アウンサンマーケットに足を踏み入れるのは何年振りのことだろうか。渋谷さんを案内して広いマーケットの中を暫し歩いたが、その中はクーラーもないので暑くてたまらない。結局、何も買わず退散。
午前12時、渋谷さんと私はMILIの車に乗ってホテルを出発、パラミ病院に向かった。ここは、民間の小児専門病院としてはヤンゴン最大、12階建てのビルを所有している。
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<The New Worldの理事メンバーと>

パラミ病院の脇の養護学校New Worldでパラミ病院院長のテインアウン博士らNew Worldの理事会メンバーが待っていてくれた。NISVA派遣のシニアボランティア、島野さんも元気な姿を見せてくれた。
テインアウンさんらからNew World新校舎工事の進捗状況についての報告を受ける。この建物は、日本財団に遺産を寄付された匿名のさるご婦人のお金1億5千万円を元に、昨年、建設工事が始まったもの。完成すると生徒数150名、先生40人という本格的な養護学校になる。
8月末には建物が完成するということで、竣工式の日取りなどを相談。今日はこの後、建設現場に連れて行ってもらうことになっている。
話をしていると、突然バリバリと激しい音がするので窓の外を見て驚いた。騒音の原因は何と雨の音だったのだ。これほどの激しいスコールは久し振り。
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<新校舎の内部では内装工事が進行中>

話し合いが終わったあとも、暫く、様子を見ていたのだが、スコールがやみそうにないので、少し、雨脚が弱まったところをついて、雨の中を日本財団が寄贈したマイクロバスで出発した。
建設現場はパラミ病院からは車で20分ほど。4階建てのNew Worldの新校舎の外枠は完成し、現場では雨の中、内装工事が進行中であった。我々は、非常階段を伝って、水たまりを何とか避けつつ、最上階まで建物の内部を視察して廻った。
視察を終えて、建物の外に出ると雨はすっかりやんでいた。そうだ、これが本来の雨季の姿だったのだ。ミャンマーの雨季は一般に、朝方は晴れ上がり、雲一つない青空で一日が始まる。ところが、急に厚い雲が拡がったかと思うと、突然、凄い雨が始まり、暫くすると雨は上がり再び青空が拡がり灼熱の太陽が顔を出す、というパターン。
801exterior.jpg
<The New Worldの新校舎の外観>

07時半 ホテル出発
08時 Edenグループ会長チッカインさん
11時 アウンサンマーケット
12時 ホテル出発
13時 The New World訪問
13時半 新校舎建設現場視察
19時 夕食
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