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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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羽田へ [2015年01月19日(Mon)]
1月19日(月曜日)
朝7時、ホテルを出て空港に向かう。
ラウンジで新聞を読む。主にスリランカ関連のニュースをチェック。就任したばかりのシリセナ新大統領は、ラジャパスサ前大統領が推進した極端に中国よりの外交姿勢を改め、日本などとの関係強化を目指すとの報道。
シリセナ新大統領は、選挙に出馬するまでは保健大臣。日本財団の笹川会長とは昨年5月のスリランカ訪問時に面談したばかり。これまでに、保健相就任直後の2010年11月に、内戦終結後の北部地区訪問の際に初めて会って以来、ジュネーブでのWHO総会やバンコクでのハンセン病会議などの場で、何度も顔を合わせている間柄。今年4月に予定されている総選挙が終われば、早い段階でのスリランカ訪問ということになりそうだ。
119morning.jpg
<月曜の朝、バス停に並ぶ通勤客>

10時前のフライトでバンコクを出発、5時過ぎに無事羽田に到着した。途中、鼻ぐず状態ではあったものの耳が痛くなることも発熱することもなかった。
今回は、最初に立ち寄った際のバンコクでの予想外の寒さに、不覚にも風邪を引いてしまった。今回の出張中は都合6回も飛行機に乗り降りしたのだが、今はエボラ出血熱対策で、プノンペンやヤンゴンを始めどこの空港でも熱検知器が備えられている、風邪であっても、万一発熱した場合には厄介なことになりかねない。
なんとか無事に済んだ今年一回目の出張であった。
今月と来月は海外出張の予定はなし。暫くは、日本での仕事に集中だ。
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<朝のラッシュが始まった>

07時 ホテル出発
09時55分 バンコク発
17時30分 羽田着
タナカをつける女性が減った? [2015年01月18日(Sun)]
1月18日(日曜日)
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<ロックグループらしき宣伝看板>

ヤンゴンでの行事も総て終了。今日は、バンコクへ移動する日。チェックアウトをしようとするがカウンターは混み合っていた。
欧米からの観光客と思しき中高年の夫婦の姿が目に付く。
顔なじみのホテル従業員に尋ねると、このところオキュパンシー(占有率)は100%とか。乾季で暑さも和らぐ今は、ミャンマーは観光シーズンだが、観光客半分、ビジネス客半分だとか。
午後0時半、ホテルの前からタクシーを拾って出発。
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<ノボテルもほぼ完成>

途中、長い間工事が続いていた欧州系の高級ホテル、ノボテルがほぼ完成しているのに気が付いた。他にも、オフィスビルや、高級コンドミニアム、ホテルなどの新しい建物が続々と姿を現しつつある。これまで料金が異常に高くなっていたホテルでも、早晩、ダンピング競争も始まるのではなかろうか。
空港へ向かう道すがら、伝統的な日焼け止め「タナカ」を、両頬にべったりと塗った中年女性を見つけて、改めて思った。
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<デラックスなコンドも発売中 月額40万円!>

最近は、この女性のようにタナカをつけるひとが減ったような気がする。確かに今は涼しい季節なので、日焼けの心配は余りないのかも知れないが、それだけではないように思える。
交差点では髪を黄色く染めた女性と日傘をさして歩く若いカップルを目撃。二人ともジーンズ姿だ。これまで、男女とも民族衣装のロンジーが圧倒的だったヤンゴンだが、このところ、ロンジー姿がぐっと減って来たような気がするのは気のせいだろうか。
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<おのぼりさんだろうか モダンなショッピングモールの前に座り込む人々>

ヤンゴン市内にも変化の大波が訪れつつあるようだ。今年11月に総選挙を控えて、ミャンマーにも、今後はこのような変化が加速化することになるのだろうか。
バンコクに到着。いつも泊まっているホテルのすぐ前の道が歩行者天国のようになっていた。すわ、また、軍事政権に対する反政府デモでも始まったかと思ったが、そうではない。政府が始めた2105 Discover Thainess と名付けられた観光キャンペーンの一環としてのフェスティバルだった。
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<若い人の間ではジーンズ姿もぐんと増えた>

クーデター騒ぎで落ち込んだ国際観光客を取り戻すために企画されたものということだったが、一部メディアの観測によれば、「Discover Thainess=タイらしさの発見」とは、若者の愛国教育に熱心な現政権が打出した、むしろ自国民向けのキャンペーンではないかという。
確かに、暫く、お祭りの通りを歩いていたが、大半の屋台て売られていたのは、ナイトマーケット定番のタイ式スナック類と、タイ人向けの安価な衣料品ばかり。人混みの中にも外国人の姿は多くはなかった。なかなか、政府の思惑通りには行かないようだ。
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<バンコクはお祭りの真っ最中>

12時半 ホテル出発
14時50分 ヤンゴン発
16時45分 バンコク着
19時 APCD二ノ宮さん
義肢装具士学部発足記念式典 [2015年01月17日(Sat)]
1月17日(土曜日) 
いよいよ義肢装具士学部発足記念式典の当日となった。7時15分、ホテルのロビーで日本財団ヤンゴン駐在の間遠職員と合流。彼を待つ間に、久し振りに1階のレストランでしっかり朝食を取る。
式典は9時からだそうだが、会場となる国立医療技術大学があるのは市の中心部からかなり離れているので、余裕を見て早めにホテルを出発する。すると、週末の早朝であったせいか、渋滞もなく8時には着いてしまった。すると、何と現地には既に大勢の人が集まっているではないか。
改修工事が終了したばかりの実習棟は美しく飾付けられていた。中には椅子が並べられ、式典の準備がほぼ整っていた。ナインウィン学長の緊張した姿もあった。
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<式典の椅子が並べられた実習棟内部>

義肢装具士養成事業での日本財団の長年のパートナーであるエクシードの面々も揃っていた。
スリランカからはメアリーさん、マニラの学校からはブンドクさん、ヘレンさん、インドネシアからはリサさん、カンボジアからはシサリーさん、アメリカからは会長のフィスク博士、前ISPO(国際義肢装具士協会)会長のブロッカさんら幹部が勢揃い。彼らは、5番目となるミャンマーでのこの学校の開校式に併せて今日、ヤンゴン市内で理事会を開くことにしたのだそうだ。
国立リハビリテーション病院のマイクさんやアルフレードさんもいる。改修工事を請け負ってくれた内藤さんも、現地の関係者らと来てくれていた。日本大使館からは丸山公使、ASEAN障害者芸術祭で先月ネピドーでお目にかかったばかりのカンボジア大使も来て下さった。
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<記念式典会場の準備は完了>

そうこうするうちに、タンアウン保健大臣が到着。式典が始まった。参加者は全部で150人程。
保健大臣のスピーチ、ナインウィン学長の挨拶などの後、私が登壇、笹川会長のスピーチを代読。
本来は、笹川会長が出る予定で準備を進めていたものだが、残念ながら、会長は出席を取りやめ、私が日本財団を代表して参加することにしたもの。
式典の後、別室で保健大臣と面談。タンアウン大臣は、昨年、急遽辞任したペッテキン大臣に代わり、保健大臣に就任したばかり。笹川会長からのメッセージをお伝えするというかたちで、置き薬事業や、救急車用車両の寄贈の件、ミャンマー医師会との学校保健事業などに着いて説明、引き続いての協力を求めたところ、「どれも大事な事業ばかり」と支援を約束してくれた。
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<タンアウン保健大臣のスピーチで記念式典が始まった>

無事式典が終わったので、私は、一旦ホテルに戻った。
マンダレーから来てくれるアウンミン医師を中心に、J-Satの西垣さんらと盲人マッサジ事業の打合せに臨むためだ。
午後3時からの打合せには日本財団の中嶋職員、J-Sat副社長のイーさんや盲人協会の会長でもあるMILIアウンコミンさんら、総勢7人が参加。盲人マッサジ事業に関する市場調査の進め方に付いて、具体的な質問項目などまで話し合った。
その後は、用事があって帰ったアウンコミンさんら3人を除き4人だけで夕食をとった。117books.jpg
<路上の本屋さん 中古だが一冊60円>

07時15分 ホテル出発
09時 国立医療技術大学義肢装具士学部発足記念式典
15時 盲人マッサジ事業関係者打合せ
17時半 夕食
ヤンゴンでたこ焼き! [2015年01月16日(Fri)]
1月16日(金曜日)
今朝、起きて窓をのぞくと空は曇っていた。本来ならば好天が続く季節の筈なのだが、これも世界的な異常気象のせいだろうか。
朝10時、ホテルのロビーで日本財団の中嶋チームリーダー(課長)と落ち合う。日本財団ヤンゴン事務所の車で、イヤワディ州での学校建設事業を担当してもらっているNGO「ARTIC」の事務所へ。
私のホテルからほど近いショッピングセンターといった趣きのビルの5階にオフィスが入っている。ビルの前で車を降りる。何と、日本式のたこ焼きを売る屋台が出現しているのを発見。
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<何と、たこ焼きを売る店が出現>

ARTICの事務所で代表の平野さんご夫妻と面談。
学校建設事業の進捗状況の報告とともに、来年度の計画について説明を受ける。
また、当方からは、現在、ミャンマー医師会と協議を進めている学校保健事業についての報告や、伝記マンガ事業の進捗状況などを説明。
その後、日本のNGO、シャンティボランティア会(SVA)のミャンマー代表の中原さんを紹介してもらった。SVAはミャンマーなど東南アジア各国で古くから様々な活動に取り組んでいる老舗のNGOである。ミャンマーでの図書館運動について話を伺う。
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<こちらはミャンマーに昔からあるスナック たこ焼きにちょっと似た焼き方だ>

ARTICの事務所を出て、ショッピングセンター一階のカフェで中嶋課長と軽食を取った後、ミャンマー障害者自立生活運動(MILI)に向かった。
アウンコミンさんやネイリンソーさんらMILIの幹部と面談。議題は、昨年末のASEAN障害者芸術祭の総括と、今後の進め方に付いて。また、昨日の私のApex銀行との協議を踏まえて、障害者学生に対する無利子ローン事業について話し合った。
日本財団が寄贈した福祉車両を使ったタクシーサービスも何とかうまく行きそうだ。ネイリンソーさんの運転補助装置を使った自動車運転免許の取得計画も順調。
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<手話通訳も入って英語講習会が進行中>

MILI本部の敷地内に増設したプレハブの中の障害者ビジネスインキュベーションセンターを覗かせてもらった。
センターの中では、ちょうど聴覚障害者の若者に対する英語講習会が進行中。日本財団がアメリカのNTIDとフィリピンのSBCを支援して行っているアジア各国の聴覚障害者の中高等学校教育支援事業P-Cenの一環で行われているものであった。
生徒たちの中には以前、MILIのリーダーシップ研修で会ったことのある顔も。みんな明るく、とても楽しそうだった。
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<生徒たちの中にはリーダーシップ研修で顔を合わせたものも>

昨日会った際、私がMILI訪問の予定があると話すと、エクシード代表理事のカーソンさんもそれに併せてMILIを訪問するので代表者に引き合わせて欲しいと言っていたのだが、我々がMILIにいる間に彼から連絡が入った。今朝からの会議が長引いており、MILI訪問は難しくなったというのだ。
そこで、私は日本財団のヤンゴンオフィスに行くという中嶋君と一緒に事務所に顔を出すことにしてMILIを出た。しかし、オフィスの前まで来たところで、予定を変更しホテルへ戻ることに。明日の式典に向けて、体力の温存を図ろうと考えたため。
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<カフェで買ったサンドイッチで済ます>

ホテルの近くにあるスーパーが入るビルの中のカフェで、いつものテイクアウトのサンドイッチを買う。
ところが、部屋に帰ると、ご丁寧にもクーラーで冷やしてあった。すぐに、クーラーを切ったが、それでも、どうにも寒くてたまらない。日本と違ってこちらの空調には暖房機能は無い。冷やすだけ。部屋に備え付けのコーヒーポットに水をいっぱい満たしスイッチを入れる。温かいコーヒーを飲みたかったからだけではなく、少しでも部屋が暖まるかと考えたのだ。
余り効果がなかったので、今度はお湯の温度をマックスにして湯船にギリギリまでお湯を張ってみた。お陰で少しは、部屋の寒さが和らいだので、サンドイッチを食べて就寝。

10時15分 ホテル出発
10時半 ARTIC事務所訪問平野さん
11時45分 SVA中原さん
13時半 MILI打合せ

伝記マンガプロジェクト始動へ [2015年01月15日(Thu)]
1月15日(木曜日) 
相変わらず、風邪気味。鼻をぐずつかせながらホテルのレストランへ。
私のミャンマーでの朝食はいつもモヒンガーと言われるミャンマー独特の麺料理。そうめんの様な細い麺にナマズを出汁に取って作った濃厚なスープをかけて食べる、今日は、身体を温めようといつもより多めのスープにしてもらう。
麺は小麦ではなく米で出来ているという。薬味には、茹で卵と、パクチー、コーンの素揚げ。酢橘を絞り、乾燥させた赤唐辛子の粉をかけて食べる。
面白いのは、モヒンガーを食べる時。特別に頼まない限り、普通、箸は出されないこと。れんげのようなスプーンを使って食べる。
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<私のミャンマーでの朝食はいつもモヒンガー>

午前10時。伝記マンガプロジェクトを引き受けてくれたMFT(Moving Forward Together)代表のチーチーニェインさんがやって来る。ホテルのラウンジで打合せ。
午後1時半、ミャンマーApex銀行のジンさんがやって来た。ミャンマー米穀協会顧問のラリーさんたちも一緒だ。最近始めたばかりの障害学生対象の奨学金プログラムに付属する無利子ローン事業について話し合う。
また、伝記マンガプロジェクトのことをもっと詳しく聞きたいと言うので説明する。
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<道路脇の食べ物屋>

イェミンアウンさんによれば、有名な漫画家ティン・アウン・ニーさんのことは、ミャンマー人ならみんな良く知っている。自分も子供の頃、7才の双子ピャー・ガ・ラウン, ピャー・ラ・チャウンが活躍する彼のマンガを愛読していた、と言う。
Apex銀行グループとしてどのような支援が出来るか、会長に報告してその結果を報告してくれることになった。
ホテルの中が寒過ぎるので、暖を取りに外に出てみる。気温30度。クーラーで冷えきった身体に外の熱気が心地よい。
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<油で揚げたものばかり>

道路脇には露店が並ぶ。ただ、ミャンマーでは、これらの食べ物屋で売られているのは油で揚げたものが圧倒的。スーパーでもスナックは基本的に揚げ物ばかり。
夕方からは、エクシード代表理事カーソンさんと会う。
ホテルのラウンジでは、5時半になると、アルコールがただになる時間、ハッピーアワーになったので、それまで飲んでいたコーヒーからワインに切り替えた。
来月の国立医療技術大学での義肢装具士学部発足記念式典のことや、スリランカの政変と、それがスリランカでの義肢装具士学校事業に与える影響などについて意見交換。
しかし、やはり風邪っぽいので早めに切り上げ自室に戻る。8時には就寝。
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<スーパーでもスナック売り場には揚げ物が並ぶ>

10時 MFT代表チーチーニェインさん
13時半 ミャンマーApex銀行 ジンさん
16時 エクシード代表理事カーソンさん
在任30年前のフンセン首相 [2015年01月14日(Wed)]
1月14日(水曜日) 
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<プノンペンの高層ビル建設ブームは続く?>

朝7時半、ソルヤ君の車でホテルを出発、空港に向かう。
今朝、ホテルのレストランで読んだ地元の英字新聞に面白い記事が載っていた。
フンセン首相は今日で、丁度、首相在任30年だという。
就任当時、彼は弱冠33歳。世界で最も若い国家指導者だった。今では、ジンバブエのモガベ大統領に次いで世界で6番目に長い在任期間となった。
ただ、盤石と思われた彼の権威も、一昨年の選挙で統一野党に僅差まで追い込まれたことで大きく揺らぐことになった。
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<道路渋滞は益々深刻化>

時あたかも、スリランカの大統領選挙で、現職のラジャパクサ氏が、まさかの敗北。その直後には、大統領の兄弟を含む一族郎党が汚職の追及を恐れて国外に脱出した模様(後日、否定されたが)とする記事が出ていたので、運転手のソルヤ君に「こんな話、知ってる?」と水を向けると、「えっ」と絶句。
フンセン首相自身、こんなニュースに接して何を思うのであろうか。
バンコクで飛行機を乗り継ぐ。ラウンジではスリランカの情報収集に注力する。そうこうするうち、ヤンゴン空港に到着。
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<道路中央の植栽に水やりする人>

ヤンゴンは一転、とても暑かった。
30度は超えているだろう。でも、風邪気味の私はほっとした。
ただ、日本財団ヤンゴン事務所が回してくれた車の運転手によると、ここ数日間は昼間ももっと涼しかったのだとか。
夜は、ミャンマー医師会(MMA)幹部との夕食会に誘われていた。ミャンマー医師会が車を回してくれたので、それに乗って12キロほど離れたところにある指定されたレストランに出かけた。
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<日除けに頭から布を被る人も>

本来なら30分も見ておれば十分だが、最近は渋滞がひどいので、余裕を見て45分前に出発するよう、と言われたので6時15分にホテルを出る。
ところが、予想以上の渋滞に巻き込まれてしまい、結局、15分遅れの7時15分に着いた。
レムラ会長ら幹部メンバーが勢ぞろいして待っていてくれた。
雑談の中で、計画中の伝記漫画の話になった。7才の双子ピャー・ガ・ラウン, ピャー・ラ・チャウンが活躍するマンガで有名なティン・アウン・ニーさんを起用する予定と話すと、みんな良く知っており、それは良い人を見つけたと言ってくれた。
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<若い女性にはロンジーではなくスカートを履く人も増えた>

07時半 ホテル出発
10時00分 プノンペン発
11時05分 バンコク着
13時05分 バンコク発
13時50分 ヤンゴン着
18時15分 ホテル出発
19時15分 MMA幹部との夕食会
風邪を引いてしまった [2015年01月13日(Tue)]
1月13日(火曜日) 
朝9時前の飛行機でバンコクを出発、10時前にプノンペンに着いた。
今回、私はまたもや大変な失敗をしてしまった。常夏の南国に来たという思いが先に立って、バンコクのホテルを出る時に薄着をしてしまったのだ。
半袖でホテルの外に出てみると、思いのほか涼しい。にも拘らず、空港へのタクシーの中も、空港のラウンジの中も冷房がしっかり効いていた。暑い時には外で身体がしっかり温まっておれば、少々クーラーが強くても耐えられるのだが、今回は、そんな余裕のないまま体を冷やしてしまうことになった。
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<プノンペンに二棟目の高層ビルが出現>

途中の飛行機の中で、慌てて持ち込みのガーメントケースから長袖シャツを取り出し、半袖を長袖に代えてみたが後の祭り。プノンペンに着くころには、しっかり、風邪を引いてしまっていた。
しかも、プノンペンに着いてみると雨が降っていた。「もうこちらは乾季なのに、このところ雨がよく降ってます」とフリーランスのタクシー運転手のソルヤ君。
彼の運転する日本車で、市内中心部に向かう。暫く前から工事が続いていたプノンペン中心部の高層ビルが完成していた。2棟目の高層ビルだがこちらは何と39階建。
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<39階建のオフィスビル、Vatanac Capital>

プノンペンはここ数年の経済発展で見事に変貌しつつある。市内では他にも2棟程の高層の建物が建設中。これまでは、2009年11月に完成した32階建てカナディアタワーがプノンペンで一番高いビルだったのだが、、、。
ただ、この39階建のオフィスビル、まだ入居企業は多くはなさそう。低層階には高級ブティックが入っていたが、貨客らしい人の姿はなくがらんとしていた。一般庶民にはイオンモールの方が人気だとか。
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<プノンペン証券取引所の掲示板だが、、、>

市内の目抜き通りにはプノンペン証券取引所の電光掲示板まである。ただ、なぜか、相場情報の欄には数字のゼロが並んでいた。
ホテルにチェックインして、一休みの後、ESC Kizunaの北野事務局長や、一足先にプノンペン入りしていた日本財団の松岡職員らと教育省に向かった。
ナロン教育大臣と面談。今年でラジオによる教育放送事業と、コンポンチュナム村での陶器支援事業が終了するので、二つの事業完成を祝う式典を行うに当たって、フンセン首相をお招きしたいと相談する。
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<教育省の大臣官房が入るフレンチスタイルのビル>

ナロン大臣は、元はフンセン首相の経済顧問。大臣クラスの中でも最もフンセン首相の信頼の厚い一人、と聞いたためである。
幸い快諾頂いたが、時期は来年の初め頃にしようと言うことになった。
教育省を辞して、私はABC(カンボジア盲人協会)の本部に向かった。事務局長のブンマオさんに会うためである。
ただ、建物に入ろうとして、妙な看板に気が付いた。「Building for Rent」とあるではないか。
彼に会ってその背景を質すと共に、協会の現状についてヒアリングを行った。
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<ABCの本部ビルに下がるFor Rentの札>

ブンマオ事務局長と別れた後、ケマラさんの経営するBi-Salonを訪問。交通渋滞につかまり、到着が遅れると言うケマラさんに、直接、夕食をとることになっているレストランに来てもらうようお願いする。
ここで私は、松岡職員とはお別れ。彼女は、今晩のうちにバンコクに移動し、明日はチェンマイに行く用事があるというのだ。
夕方6時からは、ニョニュム山崎さん、明さんらクメール焼き陶器復活プロジェクトのメンバーと、ケムラさん、ニガさん、ESCの北野さんらで賑やかな食事となった。
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<Bi-Salonの内部>

08時50分 バンコク発
09時50分 プノンペン着
13時 ホテル出発
13時半 ナロン教育大臣
14時半 Seeing Handsニガさん訪問
15時 ABCブンマオ事務局長
16時 Bi-Salon訪問
18時 ニョニュム山崎さん
バンコクへ、富士山の真上を飛ぶ [2015年01月12日(Mon)]
1月12日(月曜日)
今年初めての出張。目的地は、バンコク、プノンペンとヤンゴン。元々、ヤンゴンの国立医療技術大学での義肢装具士学部開設記念式典に併せて、昨年11月に予定しながら流れたカンボジア教育大臣との面談が再設定されたプノンペン行きをセットしたもの。
ヤンゴンの義肢装具士学部は、ミャンマー初の義肢装具士養成の専門課程である。昨年、就任したばかりの保健大臣も来てくれるというので、笹川会長の出席を前提にしていたのだが、急用でキャンセル。準備していた会長のスピーチは私が代読することになった。
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<快晴の羽田を出発>

元々は、バンコク乗り継ぎで今日のうちにプノンペン入りで考えていたのだが、カンボジアのナロン教育大臣との面談が13日の午後3時からになったというので、バンコクで一泊し、共同通信の八谷支局長との会食を予定に。前回の出張では、一旦、こちらからお願いしながら、私の行程の変更でキャンセルしてしまっていたという経緯がある。
快晴の羽田を出発した飛行機は、富士山の真上を飛んだ。パイロットが「富士さんが良く見えます」とアナウンス。
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<富士山の真上を飛ぶ>

バンコクに着いた。バンコクの気温は27度、思っていた以上に涼しい。
空港からのタクシーがなかなかつかまらない。前回までは、クーデターの影響で観光客が減ってタクシー乗り場はがらがらにすいていたのに、その状況は過去のものになったのだろうか。
夜は、共同通信バンコク支局八谷支局長と。冒頭、新任の中檜記者も顔を出してくれた。
貴重な機会に、タイの政治情勢について尋ねようと考えていたのに、日本財団の事業の紹介など私の方の話をするうちにタイムアップ。ホテルに戻って大失敗と反省するが、後悔先に立たず。
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<バンコクにも環境に優しいレンタル自転車が登場していた>

11時30分 羽田発
16時00分 バンコク着
18時半 共同通信バンコク支局八谷支局長
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