1月13日(火曜日)
朝9時前の飛行機でバンコクを出発、10時前にプノンペンに着いた。
今回、私はまたもや大変な失敗をしてしまった。常夏の南国に来たという思いが先に立って、バンコクのホテルを出る時に薄着をしてしまったのだ。
半袖でホテルの外に出てみると、思いのほか涼しい。にも拘らず、空港へのタクシーの中も、空港のラウンジの中も冷房がしっかり効いていた。暑い時には外で身体がしっかり温まっておれば、少々クーラーが強くても耐えられるのだが、今回は、そんな余裕のないまま体を冷やしてしまうことになった。
<プノンペンに二棟目の高層ビルが出現>
途中の飛行機の中で、慌てて持ち込みのガーメントケースから長袖シャツを取り出し、半袖を長袖に代えてみたが後の祭り。プノンペンに着くころには、しっかり、風邪を引いてしまっていた。
しかも、プノンペンに着いてみると雨が降っていた。「もうこちらは乾季なのに、このところ雨がよく降ってます」とフリーランスのタクシー運転手のソルヤ君。
彼の運転する日本車で、市内中心部に向かう。暫く前から工事が続いていたプノンペン中心部の高層ビルが完成していた。2棟目の高層ビルだがこちらは何と39階建。
<39階建のオフィスビル、Vatanac Capital>
プノンペンはここ数年の経済発展で見事に変貌しつつある。市内では他にも2棟程の高層の建物が建設中。これまでは、2009年11月に完成した32階建てカナディアタワーがプノンペンで一番高いビルだったのだが、、、。
ただ、この39階建のオフィスビル、まだ入居企業は多くはなさそう。低層階には高級ブティックが入っていたが、貨客らしい人の姿はなくがらんとしていた。一般庶民にはイオンモールの方が人気だとか。
<プノンペン証券取引所の掲示板だが、、、>
市内の目抜き通りにはプノンペン証券取引所の電光掲示板まである。ただ、なぜか、相場情報の欄には数字のゼロが並んでいた。
ホテルにチェックインして、一休みの後、ESC Kizunaの北野事務局長や、一足先にプノンペン入りしていた日本財団の松岡職員らと教育省に向かった。
ナロン教育大臣と面談。今年でラジオによる教育放送事業と、コンポンチュナム村での陶器支援事業が終了するので、二つの事業完成を祝う式典を行うに当たって、フンセン首相をお招きしたいと相談する。
<教育省の大臣官房が入るフレンチスタイルのビル>
ナロン大臣は、元はフンセン首相の経済顧問。大臣クラスの中でも最もフンセン首相の信頼の厚い一人、と聞いたためである。
幸い快諾頂いたが、時期は来年の初め頃にしようと言うことになった。
教育省を辞して、私はABC(カンボジア盲人協会)の本部に向かった。事務局長のブンマオさんに会うためである。
ただ、建物に入ろうとして、妙な看板に気が付いた。「Building for Rent」とあるではないか。
彼に会ってその背景を質すと共に、協会の現状についてヒアリングを行った。
<ABCの本部ビルに下がるFor Rentの札>
ブンマオ事務局長と別れた後、ケマラさんの経営するBi-Salonを訪問。交通渋滞につかまり、到着が遅れると言うケマラさんに、直接、夕食をとることになっているレストランに来てもらうようお願いする。
ここで私は、松岡職員とはお別れ。彼女は、今晩のうちにバンコクに移動し、明日はチェンマイに行く用事があるというのだ。
夕方6時からは、ニョニュム山崎さん、明さんらクメール焼き陶器復活プロジェクトのメンバーと、ケムラさん、ニガさん、ESCの北野さんらで賑やかな食事となった。
<Bi-Salonの内部>
08時50分 バンコク発
09時50分 プノンペン着
13時 ホテル出発
13時半 ナロン教育大臣
14時半 Seeing Handsニガさん訪問
15時 ABCブンマオ事務局長
16時 Bi-Salon訪問
18時 ニョニュム山崎さん