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大野修一(日本財団)
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バンコクから帰国 [2014年12月09日(Tue)]
12月9日(火曜日)
1209BKKXmas.jpg
<ホテル玄関前の電飾 これもクリスマスの飾り>

朝7時半、ホテルをチェックアウトして、空港に向かう。
こうして、漸く今年最後の出張が終わった。安倍首相夫人の出張の取りやめ、直前の尾形理事長の出張キャンセルなどハプニングの続いた出張だった。
これで、今年は19回、延べ143日の海外出張をしたことになる。2013年は23回、寝べ日数160日だったので、少しは減らしたことにはなるのだが、来年は、出張を絞り込み、新しく出来た組織であるソーシャルイノベーション本部長として国内対応の時間を確保せねばならない。
1209BKKmorning.jpg
<早朝のバンコク市内>

07時半 ホテル出発
09時55分 バンコク発
17時30分 羽田着
シニアボランティアの活躍 [2014年12月08日(Mon)]
12月8日(月曜日)
ASEAN障害者芸術祭の閉会式も終わったので今日は、ヤンゴンを去る日だ。ただ、その前にもう一つすることがあった。
これも元々は安倍首相夫人のために考え、その後は尾形理事長のために企画したのだが、ダウン症や自閉症などの障害児のための特殊学校であるニューワールドへ行き、日本財団が初めてシニアボランティアの海外派遣事業(NISVA)で来てくれている島野さんに会いに行くことになっている。
1208NewWorld.jpg
<ニューワールドの教員の皆さん>

ホテルをチェックアウトし、スーツケースを積み込んだ車でニューワールドに向かった。校長のティンマピューさんらと一緒に島野さんに会った。島野さんは65歳。元々は、川崎市の小学校にて教員として勤務、2010年に定年退職するまでの教職生活の大半で障害児教育を担当。
2010年10月から12年2月までモンゴルのダウン症協会にNISVAより派遣、ダウン症の子供たちの指導に当たってもらった。
1208stop.jpg
<エンコした車が出口を塞ぐ>

今回は、ニューワールドからの要請に基づき、今年の6月から一年間の予定でミヤンマーに来てもらっているのだが、好評につき延長となる可能性大である。
ニューワールドの教室は既に手狭になって希望者をすべて受け入れることが出来ないという状況にあることから、日本財団は昨年、篤志家の女性から遺贈をうけた1億5000万円を寄付することを決定。ニューワールドの新校舎が来春にも完成する予定である。
1208airport.jpg
<甲州ろうあ太鼓のチームと一緒になった>

さて、ニューワールドの訪問を終えて、空港へ急ごうとしてパラミ病院の駐車場の入口にエンコした車両が居座り、車を出せない状況になっているのに気が付いた。
幸い、周りの人が手で車を取り除いてくれたおかげで、空港へは間に合ったが、ひやりとさせられた瞬間であった。
空港でチェックインしようとして、巨大な荷物をいくつも抱えた一行に出くわした。それは、何とASEAN障害者芸術祭を終えて、帰国の途に就こうとしている甲州ろうあ太鼓のチームであった。
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<夕闇せまるバンコクに到着>

午後5時前、夕闇せまるバンコクに到着。
ホテルのロビーには、クリスマスの飾り付けがされていた。
仏教国のタイでも、今はあちこちでクリスマスの飾り付けに出くわす。
改めて、今回の出張が本年最後であることを思い出した。
夜は、NHKバンコク支局の姫野カメラマンや、ヤンゴン支局長も兼ねる飯島さんと夕食。
1208Xmas.jpg
<バンコクでもクリスマスの飾り付け>

10時半 ホテル出発
11時 養護学校ニューワールド訪問
14時50分 ヤンゴン発
16時45分 バンコク着
18時半 NHKバンコク支局関係者夕食会
ASEAN障害者芸術祭閉会式 [2014年12月07日(Sun)]
12月7日(日曜日) 
今日は、ASEAN障害者芸術祭の閉会式の日だが、閉会式は夕方6時半からとなっている。
朝10時半にホテルを出発、私は日本大使館に向かった。
日本財団の招きで、明日から日本を訪問するミャンマー国軍の高級幹部代表団のために、樋口大使が壮行会を開いて下さると言うことで、私も出席することになったもの。
この招へい事業は、本年9月にミャンマー国軍総司令官のミンアウンフライン上級大将が来日された際、日本財団の笹川会長と国軍総司令官の間で合意に達したもの。
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<ASEAN障害者芸術祭の会場であるミョマグラウンド入口に出来たゲート>

国軍の高級幹部10名を毎年5年間にわたり日本に招聘し、民主主義国家における国軍の役割はどのようにあるべきか、又、先端企業、近代的農村をはじめ、広く日本を理解してもらうことを目的としている。
第一陣である今回の団長はイェ・アウン中将、以下各軍から将官クラスが参加している。12月17日まで10日間の予定で、航空自衛隊浜松基地、海上自衛隊舞鶴基地、陸上自衛隊朝霞基地、などを訪問するほか、京都での観光などの内容となっている。
壮行会の後、ホテルに一旦戻った後、夕方5時から、ヤンゴン在住の女性社会起業家たちとの夕食会に臨んだ。
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<女性社会起業家たちとの夕食会>

この会合は、元々はASEAN障害者芸術祭の閉会式に出席して頂くことになっていた安倍首相夫人のためにセットしていたもの。
今年、7月にバンコクで開かれたメコン諸国の女性社会起業家セミナーに出席してくれた、ミャンマーの女性社会起業家たち5人が集まってくれたのだが、残念。
女性社会企業家との懇談会の後、私は急いでASEAN障害者芸術祭の閉会式が開かれるミョマグラウンドに駆け付けた。
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<ASEAN障害者芸術祭の閉会式が始まった>

閉会式にはミャンマーで大変な人気を誇る女優で歌手のチットゥウェイさんも来てくれた。彼女は昨年の国内大会以来、無償で親善大使を引き受けてくれている。スピーチをしてくれたのだが、忙しいらしく、おれの言葉をかける間もなく帰ってしまった。
式典の後も夜遅くまでパフォーマンスは続いた。主催者であるMILIから後で聞いたところによると、ネピドーも入れて、延べ4日間のパフォーマンスの来場者は6500人以上。舞台裏では色んなトラブルもあったが、一応は大成功だったと言えよう。
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<各国からの出演者たちも名残りを惜しんでくれた>

10時半 ホテル出発
11時 日本派遣ミャンマー国軍関係者壮行会
17時 女性社会企業家との懇談会
18時半 ASEAN障害者芸術祭閉会式
今日もASEAN障害者芸術祭 [2014年12月06日(Sat)]
12月6日(土曜日) 
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<ARTIC事務所の前に立つ平野さん父子>

昨日以来、腹具合がおかしいので朝食は部屋にあったバナナだけで済まし、昼食は抜いたので少し良くなったようだ。
午後一番は、ARTICの事務所に平野さんを訪ねる。今日は土曜日なので地元スタッフの姿は見えず、その代り、平野さんの息子、小学生のげんじ君が平野さんと一緒に迎えてくれた。
会議室で、エヤワディー州での学校建設事業を中心にした様々な取り組みについて相談。
その後、そのままの足で、今日もASEAN障害者芸術祭会場の下見に出かけた。
1206clouds.jpg
<ユヤトゥーさんと空模様を心配>

それというのも、昨日のヤンゴンでの初日の公演を見そびれたので、そのお詫びと、昨日の様子をMILIのメンバー達に尋ねてみようと思ったのだ。
ところが、会場となるグラウンドに着くころには、空模様がおかしいことに気が付いた。本来なら、雨季は終わった今頃は好天が続くはずなのに、どうしたことであろうか。
MILIのスタッフのユヤトゥーさんに会ったので、その点を尋ねてみると、ベンガル湾に大型の低気圧が張り出しており、その影響なのだという。
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<てるてる坊主?>

眉をひそめた私に、日本語の堪能な彼女は「でも心配ありません。てるてる坊主を作りましたから」と明るく笑った。
彼女に教えてもらったてるてる坊主は日本のものとは全く異なるもので、緑色のバナナなどの果物が入った籠のようなものだった。ミャンマー式なのだという。
一旦ホテルに戻った後、午後5時半、ホテルを出発し会場に向かった。てるてる坊主の効果を期待していたのだがどうだろう。
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<今にも降り出しそうな空だったが、、、>

果たせるかな、空こそ今にも降り出しそうな模様だったが、何とか雨も降らず持ちこたえている様子。
午後6時、芸術祭が始まった。出し物が出るにつれ、テントの中の熱気が高まって行くのが分かる。
私の見るところ、一番あか抜けているのはシンガポールやフィリピンのグループ。彼らの出し物はモダンダンス。
これに対し、ミャンマーを始めカンボジアやインドネシア、ベトナムといった国々の出し物は、もっと伝統的なもの。
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<テントの中は熱気に満ちていた>

それぞれの国の伝統舞踊や、伝統音楽を真剣に一生懸命、歌い奏でて、舞い踊る様子がいじらしい。
驚いたのは、ミャンマーの6つのチームのパフォーマンス。いずれも、昨年の国内大会での優秀なグループで今回のASEAN大会に向けて選抜されたトップグループだ。しかし、今回の演技の水準は前回と比べて、大きく進歩した印象を受ける。
聞くところによると、入賞者たちは、この一年間、伝統舞踏家などミャンマー各界の専門家の好意による無償のトレーニングを受けて練習に励んできたという。その成果が表れていたのに違いあるまい。
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<そのうち、立ち見も出てヒートアップ>

13時 ホテル出発
13時15分 ARTIC事務所訪問平野さん
14時 ASEAN障害者芸術祭会場下見
17時半 ホテル出発
18時 ASEAN障害者芸術祭
ヤンゴンでの芸術祭 [2014年12月05日(Fri)]
12月5日(金曜日)  
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<外貨両替店が増えたが取扱いは米ドルとユーロの他はシンガポールドルのみ>

ミャンマー政府系英字新聞「グローバル・ニューライト・オブミャンマー」によれば今日はタイ国王87歳の誕生日だとか。テンセイン大統領が祝電を送った由。しかし、在位68年、世界一の在記録保持者だ。祝典は欠席。
今朝、ニェインニェインさんからメールが入る。体調を壊したとのことで、10時に予定していた打合せは中止。ニェインニェインさんだけではなく、今日の午後の予定であったMAB銀行のジンさんとも連絡が取れない。最悪、こちらも中止かと諦めかけていたところで電話が入り、予定通り会えることに。
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<ヤンゴン中央駅から二つ目のラマドー駅>

朝日新聞のヤンゴン支局に行き、支局長の五十嵐さんと会う。彼は、ネピドーにも来てくれていたのだが、MILIの活動に興味を持ってくれていたのでミャンマーの障害者問題などを中心に話し合う。
その後、今日から始まるヤンゴンでのASEAN障害者芸術祭の会場を下見に行った。ホテルから近いので歩いて行くことにした。ヤンゴン中央駅から二つ目のラマドー駅を跨ぐ道を進む。
途中、少し遠回りだったが国立劇場の前を通ってみた。何をやっているのか見てみようと思ったのだ。しかし、不思議なことに、外から見る限り特に使われているようには見えなかった。
というのも、酷いことに、元々予定されていた国立劇場が突然使えないことになり、その横の軍事パレードに使われるミョマグラウンドで大型テントを張って会場を作り、その中で行われることになったのだ。
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< ASEAN障害者芸術祭会場になる筈だった国立劇場>

ミャンマーでの不可解な経験はこれが初めてではないが、今回は背景に障害者に対する軽視の風潮があるのではないかと憤りを感じた。
幸い、今の季節は雨の心配は余り無く、気温も昼間こそ35度近くになるものの、朝夕は20度近くまで下がるので夕方から始まる芸術祭を野外で行うことは不可能ではない。しかし、問題はそれに先立ち昼間に行われるリハーサル。
私が、現地を訪問した時には、大型の移動式扇風機がテントの中に運び込まれようとしていた。
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< ASEAN障害者芸術祭会場の整備が進んでいた>

午後4時ホテルでMAB銀行 ジンチョイさんと落ち合い、障害者学生に対する奨学金と無利子融資事業、障害者雇用でのコールセンター計画、現在構想中の漫画事業などについて話し合う。
その結果、明後日の夕方の女性社会起業家との夕食会に招待することになった。
その後、夕方にはASEAN障害者芸術祭を見に行くつもりだったのだが、朝から不調だったお腹の具合が悪くない、急遽、取りやめることにし。
こういう時は、お腹を空っぽにして寝てしまうのが一番。ただ、それにしても、お腹には自信があった私だが、ミャンマーだけ例外。しょっちゅうお腹を壊している。
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<ミャンマーの屋台料理店>

13時 朝日新聞ヤンゴン支局五十嵐支局長
15時 ASEAN障害者芸術祭会場下見
16時 MAB銀行 ジンチョイさん
ヤンゴンへ舞い戻る [2014年12月04日(Thu)]
12月4日(木曜日) 
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<ヤンゴンは暑かった>

朝のフライトでネピドーを発ち、ヤンゴンに戻ってきた。
私は、笹川会長一行とは空港で別れ、ホテルに向かった。今日の12時から開かれることになったミャンマー医師会のレムラ会長ら、幹部との緊急会合に臨むためだ。
市内中心部の目抜き通りに発つ日本の空調メーカーの大きな看板の上に設置されたデジタル式の温度計はすでに32度を指していた。やはり、ネピドーより、ヤンゴンの方が気温は数℃は高いようだ。
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<物乞いをする女性の姿>

ミャンマー医師会での会合では、私はこれまでの活動を高く評価する立場から医師会の尽力に深く感謝すると述べた。その上で、現在、ミャンマー政府と停戦・和平協議を進めている最中の少数民族代表との関係、日本財団と日本政府と連携しての大規模な支援、日本政府代表としての笹川会長の立場、などを今一度説明した上で、日本財団としてMMAとのモバイルクリニック事業を停止するに至った理由を述べ理解を求めた。
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<ミャンマー医師会の駐車場には日本財団の事業の車両が>

色々、質問もあったものの、最終的には、レムラ会長以下幹部全員の納得が得られ、友好理に本事業の終結が承認された。
そして、今年からは、新たな取り組みとして、日本財団の学校建設事業の現場であるエヤワディー州で学校での保健教育に焦点を当てた事業を検討していくことになった。
その後、私は医療技術大学へ向かった。
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<国立医療技術大学を訪問>

医療技術大学での会議は14時の約束だったが、途中の道が大渋滞。大学に着いた時は約束の時間を15分も過ぎていた。
会議室に案内されると、そこには既に、Exceedのミャンマー駐在代表のマイクさんの他、来月から始まる実務研修の講師として、フィンランド人のマルコさんらが勢揃いしていた。大学側は学長のナインウィン教授の他、三人のスタッフだ。
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<ミャンマーでも日本のテレビドラマの放送が始まるそうだ>

ネピドーの保健省学術局での打ち合わせに基づき、1月の義肢装具士学部の開始式典の段取りについて協議。
大学での協議を終えて、ホテルに戻り、盲人マッサージでアドバイスをいただいているJ-Satの西垣さんにネピドーでのアウンミンさんとの協議の結果について報告。
その後、日本財団の現地駐在員である間遠職員と打ち合わせの後、レストランへ。笹川会長、丸山公使らと夕食会に合流した。笹川会長はその後、日本へ帰国。

07時 ホテル出発
08時35分 ネピドー発
09時35分 ヤンゴン着
11時半 ホテル出発
12時 ミャンマー医師会長打合せ
14時15分 医療技術大学学長訪問
17時 西垣さん打合せ
18時 間遠さん打合せ
17時15分 笹川会長、丸山公使らと夕食会に合流
ASEAN障害者芸術祭始まる [2014年12月03日(Wed)]
12月3日(水曜日) 
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<いつの間にかヤンゴンとネピドーを結ぶフライトは一日5便に増えていた>

ついに、ASEAN障害者芸術祭の開会式の当日となった。昨年の国内フェスティバルの準備も含めると、2年かかりでミャンマー政府の社会福祉省、ミャンマー障害者自立運動(MILI)と組んで進めてきた大きなイベントである。
朝早く、ホテルを出発して私と松岡職員はネピドー飛行場へ向かった。日本から到着する笹川会長や本事業の担当者である吉田職員ら、日本財団の関係者一行を出迎えるためである。
笹川会長ら一行をホテルに送り届けた後、我々は芸術祭の会場へ下見に出掛けた。
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<芸術祭の会場ではリハーサルが進行中>

正面入り口前で、社会福祉大臣や日本大使を始めとするVIPの案内の手順などを確認。駐ヤンゴン日本大使である樋口大使は、わざわざこの開会式に参加するだけのためにヤンゴンから車で急行して頂けるというのだ。
残念ながら、テンセイン大統領は来られないようだが、社会福祉省によれば、ミャミャオンキン大臣の他、複数の省の大臣や各国大使らが列席する見込みだとか。
ホテルに戻り、昼食の後、ネピドーに初めて来たというスタッフのために、ネピドーの要所を案内した。
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<正面入り口前でVIPの誘導の手順を確認する>

そして、ついに夕方になった。5時過ぎに、会長一行を案内して国際会議場へ。笹川会長をはじめとする日本財団の一行は、VIP控室に案内される。カンボジア大使の姿も見える、樋口大使も到着される。社会福祉大臣を始め数名の大臣が到着して開会式が始まると連絡を受ける。
会場に入ってみて驚いた。何と3階まで含むと1900人収容という大きなスペースが、大勢の観客でほぼ埋まっているではないか。
社会福祉省がネピドー駐在の政府職員の家族ら1600人に動員令をかけたというのが、納得出来た。
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<何と1900人収容という大きな会場がほぼ満席に>

笹川会長ら主催者代表や来賓のあいさつの後、芸術祭が始まった。
ブルネイを除くASEAN9ヵ国などから集まった168名の障害芸術家が、歌やダンス、楽器演奏などそれぞれの持ちネタのさわりの部分を披露。
中でも、特別ゲストとして日本から参加した甲州ろうあ太鼓の6人のチームによる力のこもった和太鼓演奏が始まると、会場はどよめき大きな拍手が湧き起こった。
しかし、和太鼓だけではなく、他のチームのパフォーマンスもなかなかの高レベルであった。
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<甲州ろうあ太鼓による力のこもった和太鼓演奏が好評>

07時半 ホテル出発
08時15分 会長一行出迎え
12時 昼食
13時半 市内視察
17時15分 ホテル出発
18時 ASEAN障害者芸術祭開会式
ネピドーへ飛ぶ [2014年12月02日(Tue)]
12月2日(火曜日) 
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<ヤンゴン空港国内線ターミナル前に並ぶ中古バス車両>

松岡職員とヤンゴン空港の国内線ターミナルからネピドー行きに搭乗。11時半過ぎにネピドー到着。一足先にホテルに向かうという松岡職員と別れ、私は空港で12時に落ち合う約束になっていたアウンミン医師を待つ。
保健省の前伝統医療局長であったアウンミンさんは、局長になるまではマンダレー医科大学の教授、国立伝統医療大学の学長を歴任したミャンマーの医療の専門家。
1202NPTairport.jpg
<ネピドー飛行場は今もがらがら>

彼には、これまで色んな事業で協力してもらって来たが、今度は、来年度のスタートに向けて準備中のミャンマーの伝統医療理論に基づく盲人用医療マッサージ訓練校事業の責任者として働いてもらっている。
今回は、この事業の進捗状況の確認と今後の方針のすり合わせのために、マンダレーからネピドーまでご足労願ったもの。
1202NPTcrossing.jpg
<ネピドー市内 車より信号機が目立つ>

アウンミンさんと空港で落ち合った後、ネピドー市内のレストランで昼食を取りながら打合せ。今後の方針を確認した。
アウンミンさんと別れた後、私は、保健省へ行き国際保健部を訪ねた。その後、医学局で局長のタンゾーミン博士と会い、来年初めに予定している国立伝統医療大学での義肢装具士学部発足記念式典について打合せ。タインアウン保健大臣の出席を確認することが出来た。
1203FestivalHall.jpg
<ASEAN障害者芸術祭の会場となる国際会議場>

その後、明日から始まるASEAN障害者芸術祭の会場を下見した。先月終わったばかりのASEANサミットの会場にも使われたという巨大な国際会議場(MICC)が芸術祭の会場だ。
ステージ側から観客席の方を見て驚いた。3階席まであり、全部で1900人も収容できるという。ヤンゴン市内ならともかく、公務員しかいないネピドーのような街でこんな広大な会場を埋めることが出来るのだろうか。
1203MICC.jpg
<国際会議場の正面玄関には芸術祭の横断幕がかかっていた>

08時 ホテル出発
10時45分 ヤンゴン発
11時45分 ネピドー着
12時 アウンミンさん打合せ
15時 保健省国際保健部訪問
15時半 保健省医学局タンゾーミン局長打合せ
17時半 国際会議場でのリハーサル視察
19時 夕食
日本財団ヤンゴン事務所スタッフたちとの夕食会 [2014年12月01日(Mon)]
12月1日(月曜日)
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<ASEAN障害者芸術祭の大きな看板がかかっていた>

朝6時に目を覚ましてホテルの周りを散歩。すると、すぐ近くの交差点を渡ってすぐの場所に、明後日から、ネピドーで始まるASEAN障害者芸術祭の大きな看板を発見。
昨日、空港からホテルに向かう道すがら見た看板と同じものだ。主催者のMILIのメンバーの張り切りようが想像される。
朝9時半にホテルを出発、松岡職員と一緒にティンニュントさんが勤務するパラミ病院へ向かう。ティンニュントさんの部屋に到着すると、ミャンマー医師会に担当してもらっているモバイルクリニック事業担当のチーミン医師も来て待っていてくれた。
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<途中で見つけた「ペンギンバス」>

モバイルクリニック事業とは、タイとの国境のカレン州とモン州で2年前から日本財団の支援で進行している移動診療事業だ。少数民族と政府間での停戦協議の進行など諸般の状況の変化を踏まえて、日本財団としてはこの形では終了することにしたいと日本財団側の方針を伝達。
その結果、私の今回のヤンゴン滞在中に日を改めて、ミャンマー医師会長を交えた会合を別途持つことに。
打合せを終えると私は、これからヤンゴン事務所に向かうという松岡職員と分かれ、ホテルに戻った。芸術祭の準備に関する様々な問題についての対応に齟齬が無いよう、明日、東京を出てミャンマーに向かう笹川会長に同行する吉田職員ら、東京の担当者と連絡を取りあう。
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<人待ち顔の路上レストランの女主人>

09時半 ホテル出発
10時 ティンニュントさんたちとの会合
17時半 ホテル出発
18時 日本財団ヤンゴン事務所スタッフたちとの夕食会
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