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大野修一(日本財団)
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カンボジア障害学生奨学生たちと会う [2013年08月31日(Sat)]
8月31日(土曜日)
昨日、早く寝過ぎたためか、夜中の3時に目が覚めてしまう。気が付いたことをメモを取ったり、メールをしたりしているうちに、そのまま朝を迎えた。
朝8時、ホテルを出発し、空港からほど近い、カンボジア義肢装具士学校(CSPO)に向かう。今月初めに続いて、再び、カンボジア障害学生奨学生に会うためだ。校長のシサリーさんは今日は不在。代わりに、CSPOスタッフのサビンさんが司会をしてくれてミーティングを行う。今日集まってくれたのは、サビンさんを含めて12名。うち、女性は3名。大半がIT専攻だが、会計学の学生もいる。
昨日の、山崎さんとの話し合いの結果も披露し、会員制インターネットカフェの開設について説明し、かれらの賛同を得た。
831meeting.jpg
<カンボジア障害学生奨学生に会う>

CSPOでの会合を終えて、ホテルに戻り、昨年のチャリティーコンサートでお世話になったチップさんと会う。何と今日が誕生日だとか。昼間だが、特別の日なのでと、ジョッキ入りの生ビールで乾杯。
彼が今取り組んでいる中国での音響スピーカー事業の話や、日本財団のミャンマーでの取り組み等に付いて話す。久し振りに彼と会って、楽しい時間を過ごすことが出来た。
午後2時からは、英語教育放送事業を担当してくれているNGOであるESCの北野事務局長とこの教育放送事業の将来計画などについて話し合う。
831road.jpg
<立派な道路が出来てプノンペン市内の交通渋滞も緩和された>

夜はESCの他のメンバーも入れて日本料理店で夕食。9時過ぎにホテルの部屋に戻ると、恐るべき音が聞こえて来る。2階のバンケットルームでの宴会の音だった。私の部屋は日本式に言うと4階、バンケットルームは2階なので、この間にはもうひとフロアーある筈。にも拘らず、よほど凄まじい音でスピーカーを鳴らしているのだろう、地響きがして部屋の中の家具がブルブル震えている。
そう言えば今日の午前、ホテルの部屋に断り書きがおいてあったのを思い出した。「今夕、パーティーがありますので、音がしますがご了承ください」とか言う内容のものだった。その時、嫌な予感がしたのだが。ホテルもホテル、断りを入れさえすれば、これだけの音を出しても許されると思っているところが凄い。
以前、カンボジア東北部のクラティエで出会った結婚式でも凄まじいボリュームでのカラオケ大会に隣のレストランで夕食を取っていた我々が悩まされたことがあったっけ。しかし、それにしても一体全体、これほどの大音響が何で必要になるのか不思議でしょうがない。チップさんが言っていたスピーカーの話を思い出した。
830sorryletter.jpg
<ホテルの部屋においてあった断り書き>

08時 ホテル出発
08時半 カンボジア障害学生奨学生面談
12時 チップさん
14時 ESC北野事務局長
18時 ESCメンバーと夕食
国立伝統医学センターへ [2013年08月30日(Fri)]
8月30日(金曜日)
朝9時 CaTHA(カンボジア伝統医療師協会)の高田さんがホテルにやって来る。打合せの後、一緒にソルヤ君の車で国立伝統医学センター(NCTM)へ。バナロム所長と会って、前回の理事会を踏まえて、今後の国立伝統学校事業予算の処理に付いて協議。
その後、NyoNyumショップへ。障害者学生グループのための溜まり場兼インターネットカフェの候補場所として下見するため。オーナーの山崎さんと会って相談。もともと、障害者支援に熱心な山崎さんの快諾をもらい一安心する。
830NyoNyum.jpg
<NyoNyumショップ>

プノンペン市内を移動して気が付いたのだが、先月とは一転、警察官の姿が少ない。少なくとも表面的には目に留まることもない。街中は平静を取り戻したようだった。むしろ、空模様が危うくなってきたのを心配する始末。
夜は、CaTMO(カンボジア伝統医療機関)理事会の政府保健省以外のメンバーである篠原元駐カンボジア大使と、フンセン首相の通訳官で官房副長官の肩書きを持つブンサンボさんのお二人と夕食。前回の理事会を踏まえて、CaTMO解散問題等に付いて話し合う。
830peaceful.jpg
<街中は平静さを取り戻したようだった>

09時 CaTHA高田さん
09時半 ホテル出発
10時 NCTMバナロム所長
13時 NyoNyumショップ訪問
18時半 CaTMO理事メンバーとの夕食会
豊かなシンガポールだが、、、 [2013年08月29日(Thu)]
8月29日(木曜日)
今朝はシンガポールの市内西部、ブキティマにあるシンガポール国立大学ブキティマキャンパスのリークアンユー公共政策大学院に行くつもりでいたのだが、ルーズさんから連絡が来て、ホテルの近くのショッピングセンターの中にあるカフェで会ってくれることになった。
出かけようとして、同大学院のアララル教授からメールが入っていたのに気が付く。今日の昼、時間があればミャンマーのヤンゴン経済学院との連携の件で報告したいことがあるので、会えないかというお誘い。直に、返事するが授業が始まったらしく応答無し。
教授と連絡の付かぬまま、約束のカフェへ行くと、責任者のルイーズ部長と若い担当者のヘイさんの二人が待っていた。日本財団がリークアンユー公共政策大学院と進めているミャンマーの地方公務員研修の件で、先般終了したパイロット事業の経験を踏まえて、今後の進め方に付いて打合せ。
打ち合わせを終えて、携帯のメール着信をチェックするがアララル教授からの連絡は無し。仕方ないので、ホテルに戻ることに。
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<障害者が路上でティッシューを売っているのを見かけた>

大通りに沿った歩道に、電動式小型スクーターに乗った肢体障害者が人混みの中で何かを訴えているのを見たので近づいて見ると、ティッシューを売っているのだった。道路を横切って反対側の歩道にも、何やらキャンディーのようなものを売る別の障害者の姿があった。
果して、このように障害者が路上で物を売ることが政府の政策によるものかどうかは不明だが、諸事、規制の厳しいシンガポールのことだ、政府の承認なくしてこのような路上の物販が可能になるとは考えにくい。恐らく、強制ではないにしても、奨励しているのではないだろうか。
一般に、障害者もただ受動的に支援を受けるのではなく、何らかの生産活動に出来る範囲で関与する方が望ましいとは思うのだが、ティッシューやキャンディーを売ることが適当かどうか、、、。
以前、あるシンガポール人の障害者が言っていた「シンガポールは理想的な行政能力で有名だが、障害者政策はおかしい」という言葉を思い出した。
829PwD2.jpg
<直ぐ近くでも、もう一人、障害者が路上で物売り>

結局、アララル教授からのメールが届いたのは、ホテルに戻り、チェックアウトの準備をしている時だった。想像した通り、授業をやっていたのだと言う。今回、彼と会うのは残念ながら断念せざるを得なかった。
チェックアウト後、空港に向かいプノンペン行きの飛行機に乗る。
夕方5時過ぎ、プノンペン空港に到着。いつものように、ソルヤ君の車でホテルに向かった。前回3週間前の訪問時には、総選挙直後の不穏な状況で、ソルヤ君も不安そうだったが、今回は流石に、少しは落ち着いた様子。首相府の前の通りの中ほどの緑地では、黄昏れ迫る中でバトミントンに興じる人々もいる。街は落ち着きを取り戻していたのだなと思ったとたん、アメリカ大使館の前では大勢の人が集まり、シュプレヒコール。ソルヤ君によると、反政府側が米国の介入を求めて気勢を上げているのだった。
829demoat USEmbassy.jpg
<アメリカ大使館の前で>

10時 リークアンユー公共政策大学院ルイーズさん打合せ
16時20分 シンガポール発
17時15分 プノンペン着
シンガポールに移動 [2013年08月28日(Wed)]
8月28日(水曜日) 
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<今日は良い天気になった>

昨日までとは一転、今日は良い天気になった。シンガポールへ行くべく、ホテルの前で捕まえたタクシーに乗って空港へ。途中の道で以下にも高級そうなマンション群の建設現場を通る。この国でも、経済成長の陰で貧富の差が拡大しつつあることを思う。
828manshon.jpg
<高級マンション建設現場を通る>

ハノイのノイバイ国際空港に到着。場内は大勢の人で混雑していた。昔は、飛行場で見かけるのは外国人ばかりだったが、最近はベトナム人が大半。
空港の脇では新ターミナルビルの建設工事が進んでいた。
正午過ぎの便で、ハノイからシンガポールへ移動。
828newairport.jpg
<新空港の建設が進む>

夕食は、ラジャ前ASEAN事務局長顧問と。カンボジアでのクメール陶器復興事業の件で相談。彼が親しくしている王子に以前頼んだことのあるカンボジア王室へのアプローチをどのように進めるべきかアドバイスを求める。他にも、ミャンマー情勢などで意見交換。

09時15分 ホテル出発
12時35分 ハノイ発
17時00分 シンガポール着
19時 ラジャ前ASEAN事務局長顧問
ASEAN新事務局長と昼食 [2013年08月27日(Tue)]
8月27日(火曜日) 
朝8時にホテルを出発して、ハノイ市内を横切り、タイホーと呼ばれる湖を目指す。「タイホー」はベトナム漢語で「西湖」、その通り、西の湖を意味するハノイで一番大きな湖。
湖の上には赤とんぼが沢山飛んでいた。ハノイは東南アジアにあるので「常夏」のイメージが強いが、現実には四季があり冬季には気温が結構下がる。まだ、秋にはちと早いのだが、赤とんぼに日本の秋を思い出していた。
シェラトンホテルに着いた。この湖の市街地とは反対の畔に建つ美しいホテルだ。
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<ホテルの隣に広がるタイホー=西湖>

このシェラトンホテルが、私が今回パネル参加を頼まれた第2回APCD/JAIFプロジェクト国際会議の会場だ。
何故、こんな高級ホテルが会議の会場になったのかと言うと、それはハノイ市内で車椅子の障害者が使いやすい、バリアフリーになっているホテルが限られているためなのだそうだ。
昨日のハノイ障害者自立生活運動の車椅子運搬車の件と言いい、ベトナムでは障害者のアクセスへの配慮はまだまだこれからの課題だ。
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<会場となったのは何とシェラトンホテル その訳は、、、>

昼食は、我々がいつもお世話になっているタイの元外務大臣テートさんの計らいで、レルオンミンASEAN新事務局長とAPCD所長の二の宮さんと4人だけで取った。APCDはバンコクにあるアジア太平洋障害者発展センター、テートさんはそこの理事長だ。彼と、前ベトナムの外務次官のレルオンミン事務局長はジュネーブの国連代表部勤務時代からの友人同士で親しい。今回は、日本政府がASEANに設置したJAIF基金を使ってAPCDが実施した、ASEANの障害者支援プロジェクトの成果の報告会ということで、レルオンミン事務局長自らが障害者問題担当のアリシアバラ事務次長をも伴って参加することになったそうだ。
私は昼食の席で、レルオンミン事務局長に日本財団がASEAN事務局と一緒にこれまで取り組んできた、伝統医療会議、ASEANオーケストラコンサートなどの事業を説明するとともに、来年、ミャンマーで計画している障害者芸術祭の構想などを説明、事務局長の賛同を得ることが出来た。
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<第2回APCD/JAIFプロジェクト国際会議が始まった>

夜は、同じホテルの中で、APCD/JAIFプロジェクト主催の夕食会。私は、事務次長のバラさんと隣の席にしてもらって、スターレーティングシステムのことなど色々と相談することが出来た。
スターレーティングシステムとは、昨年、APCDで開催した障害者インクルーシブビジネス会議の場で、カンボジアの障害者法制定で活躍していた義足の英人弁護士、ジョンハニーさんが提案した、ホテルやレストランなどの障害者にとってのアクセシビリティーを星の数で表す制度。ベトナムの実情を見るにつけ、この制度の早期導入の必要性を改めて確信した。

08時 ホテル出発
09時 第2回APCD/JAIFプロジェクト会議
12時 ASEAN新事務局長と昼食
16時 パネルに参加
18時 APCD/JAIFプロジェクト夕食会
日本財団が寄付した車椅子運搬車が大活躍 [2013年08月26日(Mon)]
8月26日(月曜日) 
朝、激しい雨音に目を覚ます。窓の外を見ると、少し離れた建物は霞んでしまって全く見えないほど。
幸いにも、ホテルのレストランで朝食を済ませるころから雨脚が弱まり、9時過ぎにはすっかり雨が上がったので、予定通り、ハノイ障害者自立生活運動本部へ。
代表のホンハさんらと打ち合わせ。今日の席には、いつもは元気な顔を見せる筈の、ハノイ障害者自立生活運動本部のナンバーツー、トゥイさんが居なかった。彼女が自宅で大ゲガをしたことは、先々週バンコクでホンハさんから聞いていた。
自宅に取り付けていた簡易エレベーターのロープが切れ、2階から転落したのだという。午後、お見舞いに彼女の自宅へ、ホンハさんに連れて行ってもらうことになった。
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<ハノイ障害者自立生活運動本部にて>

ホンハさんは通勤に日本財団がこの団体に寄付した車椅子運搬車を使っている。ところが、明日からのASEAN・JAIF障害者会議のために海外から来る車椅子利用者の空港からホテルへの送迎に、この車を貸し出して欲しいという要請が主催者のAPCDからあったので、今日は、普段より早めに帰宅し、自分たちが使っている車を空港に迎えにやるよう、明け渡すのだという。
彼女によると、ベトナムでは現在、車椅子の人をそのまま運べる車両が殆どなく、ハノイ自立生活運動の車を貸して欲しいとう要請を今回に限らず受けることがあり、その度に、極力協力することにしているのだという。
ミャンマーで始めようとしている、福祉タクシーの考え方について説明すると、「私たちもやりたいと思っていたところ」と、ホンハさんの目が輝いた。
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<これが日本財団が寄付した車椅子送迎車>

その後、私は一旦、ホテルに戻り、一人ホテルの近くにあるブンチャー屋さんへ。最近は、日本でもフォーは食べられるようになったが、ベトナムの麺料理は奥が深い。ブンチャーはベトナム式冷やし中華、もしくはベトナム式つけ麺というべき食べ物。フォーと違って、寒い季節だけではなく、暑い季節にもぴったりで、私の大好物だ。一人の時はいつもこの店で食べる。
ブンチャーの昼食のあとは、ホンハさんに案内してもらって、トゥイさんのお見舞いに彼女の自宅を訪問した。思ったより元気そうな姿で迎えてくれたので少し安心したが、当時は死ぬかも知れないと思ったほどの大けが。幸い命は取り留めたものの、元々車椅子の身体に更なる障害が残るかもしれないという。
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<ホンハさんに案内してもらって、トゥイさんのお見舞いに>

お見舞いの後は、ホテルに戻り、ロビーでベトナム国立社会政策銀行のニャン国際部長と会う。今年から中部の都市ダナンで、日本財団が資金を供与、同銀行と提携して実験的に始まった障害者用融資事業の件で打合せ。
夕方は、ハノイ在住の日本人ジャーナリストとの面談を予定していたのだが、結局、アポ取りがうまく行かず、一人で夕食を食べることになった。
昨日見つけた札幌ラーメンの店に行くことも考えたが、ハノイまで来てラーメンでもあるまいと考え直し、そうだ久し振りにベトナム式サンドイッチのバインミーでも食べようと一人で探すうち、ホテルの近くに、何とアラブやトルコ圏でポピュラーなサンドイッチであるケバブ屋さんを発見。結局、夕食はケバブサンドイッチで済ますことになった。
ケバブサンドを買っているうちに雨が降りだした。夜にかけて激しい降りになった。
826rain.jpg
<夕方から激しい雨が降り出す>

10時 ハノイ障害者自立生活運動本部訪問
14時 トゥイさんお見舞い
16時 社会政策銀行のニャン国際部長
5ヶ月振りのハノイ [2013年08月25日(Sun)]
8月25日(日曜日)
久し振りにハノイ。
パスポートで確認すると今年の3月以来。今年3回めのハノイ行き。かつては、2ヶ月に一回以上出掛けていたベトナムだが、最近は、一年に3回程度にペースダウン。
今回のハノイ出張の目的は、障害をテーマにした国際会議でパネリストとして発言する役を頼まれたことと、日本財団とは特別親しい関係にあったタイ人のスリン博士に代わって、今年からASEANの事務局長に就任しているベトナム人のレルオンミンさんとの会食が予定されているためだ。今回初めて会うレルオンミン事務局長には、来年ミャンマーでの開催に向けて我々が準備を進めているASEAN障害者芸術祭について説明、協力を求める予定。
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<ダナンまで直進し、そこから反転してハノイを目指す>

ハノイへの到着予定時間が近づいてもアナウンスがないので、ふと疑問に思い機内のビデオの画面を見ると、何とハノイの沖合を通り過ぎて行くではないか。
その後、飛行機はベトナム中部、ダナンの上空まで直進したあと反転してハノイへ向かった。乱気流を避けるなど何か理由があったのだろうが、特に機内アナウンスは無し。その分遠回りになったためか、到着は予定より30分ほど遅れ午後10時前。
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<月餅売りのため臨時に開設された路面店>

夜10時過ぎのハノイは酷暑の続く東京から来た身には意外に涼しかった。
街のあちこちにやけに明るい場所がある。来月に迫った中秋節に向けて月餅売りのため臨時に開設された路面店であった。遅くまで買いに来るお客さんがいるのか、煌煌たる明かりに照らされていた。
深夜11時半、いつものホテルに到着。ふと見ると、ホテルの隣に何と札幌ラーメンの店が出来ていた。明日にでも覗いてみようか。
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<ホテルの隣に出来ていた札幌ラーメンの店>

17時55分 成田発
21時40分 ハノイ着
帰国 [2013年08月19日(Mon)]
8月19日(月曜日)
早朝6時前にホテルを出発、バンコクスワンナプーム国際空港へ。
バンコク空港で出発フロアのデューティーフリーで中国の白酒が売られているのを見た。中国人が珍重するマオタイ等の高級酒、日本の焼酎とは比較にならないくらいアルコール度数の異常に高い蒸留酒だ。
これまでよりも、売り場スペースが拡大し、種類も増えたように思える。何気なく、ボトルの値段を見て驚いた。一番高いものは、何と1万3千バーツ=4万円。中国の習政権が始めた公務員の接待禁止令で高級酒が中国本土で売れ残っていると聞いたが、ひょっとすると、それがタイにやって来たのかもしれない。
ほぼ定刻に、成田空港に到着。今回の出張も漸くおしまい。
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<バンコク国際空港で見た中国の白酒>

05時45分 ホテル出発
08時15分 バンコク発
16時25分 成田着
NVDA会議第2日 [2013年08月18日(Sun)]
8月18日(日曜日) 
今日も、午前中は昨日に引き続き、NVDAの会議。
機械であるコンピューターと利用者である人間の間の会話の方法、即ち、インターフェイスはキーボードとスクリーンを介して行うようになっている。そのため、スクリーンから情報を得ることが出来ない視覚障害者がコンピューターを利用出来るようにするためには、スクリーンに代わる手段として、スクリーンリーダーと呼ばれる音声による読み上げのメカニズムが必要になる。
従来、このスクリーンリーダーの分野ではジョーズと呼ばれるソフトウェアが事実上のスタンダードとして使われて来た。
ところが、このジョーズの所有権が民間の会社の手に渡るとともに、値段が10万円以上と高くなり、先進国なら兎も角、途上国のユーザーには簡単には手の届かないものになってしまった。
このような事情を背景に、オーストラリアの二人の若者が開発した無償のソフトウェアがNVDAである。オープンソースなので、誰でも自由に利用出来るだけでなく、改良にも参加出来るがこれまでのところは、ジョーズに若干機能的に見劣りする。そこで、日本財団が中心になって資金的な援助を行いNVDAの改良を急がせようということになり、そのための具体的な施策等を協議するために招集したのが今回の会議という訳だ。お昼過ぎまでの議論で一応の合意が出来、今後の行動計画の骨子もまとまったので散会。
その後、私のホテルで日本財団ヤンゴン事務所長に任命されたが10月までバンコク滞在中の間遠所長と打合せ。その後、NVDAの他にも相談したいことがあったので、今回の会議の参加者の一人、トーマスさんと夕食を取りながら話し合った。
食事の後、ホテルに戻る途中、スーパーを覗くと小さなバナナが売られていた。傷が付いている訳でもないのに何故か値引き。値段を見て驚いた。何と一房が40円ほど。明日の出発時間が早いためにホテルでの朝食は間に合わない。朝食代わりにつまむことにして、ついバナナを買ってしまった。
818minibanana.jpg
<これ全部で40円、と信じられない値段のミニバナナ>

10時 NVDA会議
15時 間遠ヤンゴン事務所長
18時半 トーマス社長
バンコクへ舞い戻り [2013年08月17日(Sat)]
8月17日(土曜日)
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<早朝のヤンゴン市内を走る>

朝7時半にホテルを出発、ひとり空港に向かった。
今日は、バンコクへ移動する日。視覚障害者のコンピューターを利用を可能にするソフトウエアであるNVDAに関する専門家会議が、今日からバンコクで始まるのに合わせてのものだ。朝から始まる会議には少し遅れて午後からの参加になってしまうが、ミャンマーでのスケジュールと重なってしまったので仕方がない。バンコクに着き、いつものホテルにチェックインして直ちに会議の場所となっている別のホテルに向かった。
この会議は日本財団が呼びかけて実現したもの。日本財団で視覚障害者事業を担当する中安職員と上司の高橋さんが準備を進め、出張してくれていた、日本財団の人間以外に集まってくれていたメンバーは、タイ盲人協会の元会長で今は盲目の上院議員として有名なモンティアンさん、国際視覚障害者教育評議会前議長の米国人ラリーさん、障害者を雇用してユニークな事業を展開しているマレーシア人ビジネスマンのトーマスさんの他、ベトナム人のフックさん、マレーシア人のラヒムさんの二人のコンピューター専門家だ。二人とも視覚障害者である。
817NVDAmeeting.jpg
<NVDA会議が始まっていた>

会議が始まっていた部屋に入ると、片隅に4人の若い女性が固まって座っていた。何故か、最近タイで良く見かける韓国化粧品のポスターの女性に通じる顔立ち。「タイ人も韓国のテレビドラマを見て、韓国の化粧品を使っているうちに韓国人に似てきたのかな」とふと思ったのだが、果たせるかな、韓国の大学生が短期のインターンとしてタイ盲人協会に来ていて、今回の会議を傍聴したいということで来ているのだと言う。
今日の会議の終了後、タイ盲人協会のご好意で、彼らの夕食会に呼んでもらった。韓国の大学生のインターン期間が終了するとかで、彼女らの送別会も兼ねた食事会だったようだ。食事が終わると、カラオケ大会に変身。視覚障害者の人は歌がうまい人が多いと予てから感じていたのだが、今回もやはり上手な人が多く楽しませてもらった。韓国の女学生たちも求められて韓国ポップスらしき歌を4人でコーラス。これに、視覚障害者たちが合わせて歌ったのには驚いた。K-Pops恐るべし。
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<まるでカラオケ大会>

07時半 ホテル出発
09時50分 ヤンゴン発
11時45分 バンコク着
14時 NVDA会議
18時 タイ盲人協会主催夕食会
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