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大野修一(日本財団)
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帰国 [2013年06月15日(Sat)]
6月15日(土曜日)
130615BKK.jpg
<バンコクの朝は晴れ>

朝6時前にホテルを出発。朝8時過ぎの成田行きの便に乗るためだ。
このところ、ヤンゴンからの帰りは、バンコクで羽田行きの便に乗り継ぐことが多く、この成田行きに乗るのは久し振り、と言ってもたかだか数ヶ月のことなのだが。
久し振りの成田は第2ターミナル。それも私の嫌いなサテライト側に到着。何が嫌いかというと、サテライトと本館を結ぶシャトル。ほんの短い区間にも拘らず乗客が自由に通行出来る仕組みになっておらず、シャトルの利用を強いられるのだ。
130615shortdistance.jpg
<本館はつい目と鼻の先なので何故シャトルに乗らされるのか不思議>

シャトルが来るまで待たされる時間もさることながら、到着しても乗り込むことの出来ない回送電車というのがやたら多いこと。今回も、回送電車だったので、すぐさまもう一つのプラットフォームに移動したら、そっちも回送電車。ああ、、、。シャトルは無人運転だが、エネルギー効率を考えれば、動く歩道にでも取り替えた方がずっと良かろうにといつも思ってしまう。
特に、N'EXの発車時間が迫っている時など、シャトルがなければどんなに良いだろうかと思ってしまうのは私が気が短すぎるから?
ところが、今回、そのシャトルの軌道の両側に覆いが出来て何やら工事が始まっているのに気が付いた。どうやら、シャトルと平行して歩行者用通路が設置されるようだ。万歳!
130615construction.jpg
<シャトルと平行して歩行者用通路を設置する工事が始まっているようだ>

05時45分 ホテル出発
08時10分 バンコク発
16時25分 成田着
雨の中、バンコクへ [2013年06月14日(Fri)]
6月14日(金曜日)
130614rain2.jpg
<ホテルを出て空港に向かう道も雨、雨>

朝、目を覚ますと雨。かなりの勢いで降っていた。
今日の午前は、エルウィンさんに2件の面談の約束を取り付けてもらうよう依頼しておいたのだが、昨晩遅くなって、彼から連絡が入り、結局は2件とも実現出来なかったと知る。そこで、今朝、もう一軒のアポを入れようと電話をしてみるのだが何度やっても電話は不通。原因は良く分からないが、ヤンゴンでは雨が降ると繋がりにくくなる、と昔聞いたことを思い出した。漏電でもしているのかも知れない。
12時過ぎにホテルを出て空港に向かう道も雨。確かに、ヤンゴンに今回着いた時に聞いたように、今年のヤンゴンは例年より雨が多いかも。南国の雨期は一般に、夕方など一時期にスコールが来て激しい雨が降るがそれも一時的なもの、昼間は晴れていることが多いのだが、今年のヤンゴンは一日中降ったり止んだりのようだ。
バンコクに移動。APCD(アジア太平洋障害者発展センター)の二ノ宮所長と会う。内藤さんも一緒だ。
130614rain.jpg
<ヤンゴン市庁舎の美しい建物も雨に煙る>

12時半 ホテル出発
14時45分 ヤンゴン発
16時50分 バンコク着
19時 APCD二ノ宮さん
ミャンマーの消防、救急事情 [2013年06月13日(Thu)]
6月13日(木曜日)
朝起きて、いつものようにミャンマー政府発行の英字新聞「New Light of Myanmar」を手に入れてびっくり。何と昨日のネピドーの国境省での調印式の様子が一面の右下にカラー写真入りで掲載されているではないか。
自分の写真が新聞に出ることは正直言って余りうれしいことではない。しかし、日本財団の仕事が同紙に掲載されたことはこれまで何度もあるが、一面に載ることは滅多にあることではない。よっぽど他にニュースが無かったのかもしれないが、これは宣伝材料に使えるかも。
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<昨日のネピドーの国境省での調印式の様子が政府紙の一面に>

朝8時半、ホテルのレストランでニューヨークタムズ紙トマスフラー記者と朝食。昨日の朝、偶然同じホテルに泊まっているという彼とばったり。その日の午後に一緒にお茶でもと一旦は約束しながら、彼の都合が悪くなって今朝になったもの。ロヒンジャ問題などについて彼の見解を質す。
話に夢中になっていると、もう9時半。慌てて彼と別れ、日本財団 職員の中嶋君と空港近くの場所にある消防局へ急ぐ。
昨日もネピドーの保健省で話題になった救急車用の中古車両92台の寄贈に伴う免税措置など手続きについては、これまで中嶋君が消防局と相談。その結果、消防局が全台数分の荷受人になってくれることで決着。今日は、正式にそのことを申し入れるための消防局訪問。
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<消防局の正面玄関には消防車が並ぶ>

消防局の玄関前には、ティンニュント博士が消防局の幹部と一緒に待っていてくれた。
挨拶もそこそこに、会議室に案内されるとそこには、消防の制服を着た幹部が10数人並んでいたのでびっくり。ティンモウ局長の司会で会議が始まった。私は、消防局の好意に感謝するとともに、日本財団としてはミャンマーの救急体制の充実をお手伝いさせて欲しいと挨拶。
ミャンマー全土には1580台の消防車が配置されているが、救急車はたったの7台とか。ティンニュント博士によると、公共サービスとしての救急車による医療支援体制はミャンマーにはまだ存在しないのも同じ。それぞれの病院が自前で救急サービスを提供しているというが、殆どの場合、救急活動にはタクシーや行きがかりの車の善意に縋るしかないようだ。
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<ティンモウ消防局長の司会で会議>

その後、ティンモウ局長直々の案内で、消防車の出動をコントロールするオペレーションルームを見学させてもらった。市内の各所からの映像が見られるばかりでなく、市内の各分署に配置された消防車の所在場所の表示機能まであるなど、なかなか立派だった。これらの設備は、日本で彼が見聞した近代的な消防システムに感銘を受けた局長が主導して最近導入されたばかりのものだ。
日本の119に当たる消防署との直通電話番号はミャンマーの場合191。しかし、電話回線が2本しか無く、すぐにお話中になってしまうのだとか。
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<ティンモウ局長直々にオペレーションルームを案内してもらう>

内務省に属する消防局であるが、内務省本体がネピドーに引っ越した後も、消防を担当する消防局は最大都市ヤンゴンに残ったのだとか。そりゃそうだ。火災の発生場所にいなくて何が消防だ。ところで、同じ内務省に属している警察も、同様にヤンゴンに残ったのかどうかは聞き逃した。ちなみに、日本の110番に相当する警察直通の緊急番号は199番。 
ティンモウ局長からは今日の夕食の招待を受けるたので、夜の再会を約して一先ず消防局を辞去。
本来は今日は、もう一人の日本財団ミャンマー事業のアドバイザーのエルウィンさんとホテルで昼食を取ることにしていたのだが、消防局を出たとたん激しい雨。そこで、急遽、エルウィンさんに連絡し、こちらから彼の自宅へ出向く。
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<ティンモウ局長自慢の近代的オペレーションルーム>

その後、中嶋君と一緒にミャンマー伝統医薬メーカー最大手のFAME社へ。イラワジ川を挟んで向こう岸にある工場団地の一画に向かう道は大渋滞。一時間も見てれば十分と思っていたのだが、実際には1時間15分ほども罹ってしまった。
一足先に着いていた間遠日本財団ヤンゴン事務所長と一緒に、日本で4月に会ったばかりのキンマウンルイン社長ご夫妻が迎えてくれた。立派な会議室に通され面談。日本財団がカレン州で始めたばかりの伝統医薬事業を紹介したところ、指導員研修などで協力してもらえることになった。
夜は、消防局幹部とインヤ湖畔の眺めが素晴らしい野外レストランで夕食。昼間の雨は上がり、食事中は雨が降らなかったのは幸い。
130613FAME.jpg
<とても近代的なFAME社本社玄関ホール>

08時半 ニューヨークタムズ紙 トマスフラー記者
09時半 ホテル出発 
10時15時分 内務省消防局ティンモウ局長
12時 エルウィンさん
14時 FAME社キンマウンルウィン社長訪問 
16時半 日本財団ヤンゴン事務所 
18時 ティンニュントさん
18時 消防局関係者と夕食 
ネピドー新空港は今もガラガラ [2013年06月12日(Wed)]
6月12日(水曜日)
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<朝5時にホテルを出発 外は雨>

今日は、ネピドーに飛行機で往復。前回の出張時にドタキャンされた国境省での調印式が主たる目的だが、併せて、保健省に伝統医療局長を訪ね打合せの予定。
早朝4時半に起床。ただ、現地の時間で4時半と言っても、日本では朝の7時。昨夜は早く寝たし、日本から来たばかりの身には大した問題ではない。
朝5時、日本財団の担当者の中嶋君と二人、車でホテルを出て空港へ向かう。途中、ティンニュントさんの自宅に寄り、彼を乗せてヤンゴン空港の国内線乗り場へ。そこで、エルウィンさんと合流。4人でネピドーへ。
ミャンマー航空のネピドー行きの機内に席を占めたとたん、飛行機が見慣れないスマートなものであることに気が付いた。機内の冊子によれば、ブラジル製のエンブラエル機だ。途上国の飛行機に良くあるような使い回しの中古機ではなくて、どう見ても新品だ。(後で調べてみると、昨年末に米国のGEキャピタルが新型のエンブラエルE190を国営ミャンマー航空に2機リースとの記事を発見。やはり、納入されたばかりの新型機だった)
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<人影もまばらな新空港の荷物受け取り場>

隣に座った中嶋君が、昨日、ミャンマー南部のコータウンでが滑走路を外れ藪に突っ込んだ事件が発生しましたね、と教えてくれる。こちらは、中国製のMA60型の話。同じ飛行機はインドネシアでも同じ日に着陸トラブル。同型機は、5月にシャン州のモンサでもオーバーラン事故を起こしていることから、ミャンマー政府は運航禁止を決定したという。
急ピッチで進むミャンマー政府の中国離れ、西側接近を象徴するかのようなエピソードではないか。あっという間に、ネピドー新空港に到着。私にとっては、これが2回目。しかし、昨年7月に初めて行った際は、笹川会長と一緒で往復とも貴賓室に案内されたので一般のスペースを利用するのは今回が初めて。
ネピドー新空港は中国政府の支援によって建てられたもの。しかし、開港から一年半以上経った今もガラガラ。荷物受け取り場は人影もまばらだった。
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<豪華な新空港の中央ホールもガラガラ>

国境省の調印式は午後からなので、先ずは、保健省伝統医療局へ行く。トゥナインウー局長以下幹部が待ち構えていた。先ず、置き薬配布事業の進捗と今後の計画について確認。さらに、第三者機関による事業モニタリングについて、当方の考え方を説明。また、10月に予定されているASEAN地域伝統医療会議について。第5回目の今年はミャンマーが主催国。当方の希望時期を伝える。
更に、今年の11月に開催される東南アジア地域運動競技会のために使用する救急車用に保健省の要請を受けて、日本財団が寄贈した車両26台の改造状況について確認。実際の救急車用車両を保管してあるという保健省の研究所敷地内の車庫に後で案内してもらうことに。
保健省を出て、教育省へ。つい先だって、カンボジアでのラジオによる英語教育放送に、ミャンマー教育省から派遣されたニュンニュン調査部長を訪ねた。ミャンマー側としての感触を非公式に打診。今後の進め方についての意見を聞かせてもらった
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<日本財団が寄贈した中古車が救急車に改造されていた>

その後、教育省の近くにある保健省の研究所へ行くと、伝統医療局のトゥナインウー局長らが、待っていてくれた。敷地内のガレージに案内され、既に、救急車用に改造が終わった車を見せてもらった。1台のみは状態が悪く、廃車にせざるを得なかったが、残りの25台の車の改造は完了。日本財団のロゴマークをボディーに残したまま、患者を運び込むためのストレッチャーや、屋根のサイレンなどの装備を加えられて救急車用に改造された車両が並んでいた。
日本財団はミャンマー政府などに、今年中に更に90台以上の車を寄贈する予定である。これらの車は、東南アジアのオリンピックとも呼ばれるスポーツの祭典「第27回 シーゲーム」の終わった後は、ミャンマー全国に分散は位置される予定である。
救急車の中に配置されたカーバッテリーを見るとSONNY made in Thailand と書かれていた。日本のソニーならSONNYではなく、SONYのはず。Manufactured under standard quality of Japanという文面も何やら怪しげ。
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<なぜかSONYではなくSONNY>

救急車を確認した後、レストランに行き、トゥナインウー局長も交えて皆で夕食。その後、地方政府公務員のシンガポール研修の調印式に臨むため国境省へ。教育訓練部のテインテー部長が出迎えてくれて、2階の調印式会場に案内される。
既に、私と署名の交換相手となる教育訓練局のサンシュエアウン局長のほか、省内の各局長に加えて10人以上の幹部が顔を揃える。更に、外務省からも副大臣が参加、国営新聞社のカメラマンまで来て、想像以上に大げさな式典の準備が出来ていた。
間もなく、中央にしつらえられた大臣席に国境大臣のテッナインウィン中将が着席して式典が始まった。大臣のスピーチの後、私が挨拶。それを緊張に顔を引きつらせたテインテー部長が英語に訳す。予め原稿を渡してあったので、それを訳したものを準備しているので淀みない。私はスピーチの一部変更しようと思っていたのだが、かちんかちんの彼を混乱させてはまずいと考え、原稿をそのまま読み上げた。最後に調印文書に双方が署名、それを交換するという手順で式典は無事に終了。
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<国境省の調印式会場中央にしつらえられた大臣席>

国境省での調印式を終えて、我々は飛行場に直行。ガラガラの国内線カウンターで搭乗手続き。向こうに国際線用のチェックインカウンターが並んでいるが、人っ子一人見当たらない。中国政府からの借款でこの立派な空港が開港してから1年半、ところが国際定期便の就航はまだない。ミャンマー政府は空港利用料を半額にディスカウントし利用を促すが、それに応じた航空会社はまだないという。
ヤンゴンに戻り、ホテル近くの日本料理店へ。ヤンゴン出張中の森グループ長、間遠ヤンゴン事務所長ら私も含めて、何と総勢7人もの日本財団国際グループのメンバーが集まっていた。
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<国内線カウンターで搭乗手続き 向こうに見えるのは国際線カウンター>

05時 ホテル出発
07時10分 ヤンゴン発
07時50分 ネピドー着
09時 保健省伝統医療局長トゥナインウー局長
11時 教育省 ニュンニュン部長
12時 保健省研究所訪問車両確認
13時半 国境省との調印式 
17時00分 ネピドー発
17時55分 ヤンゴン着
19時 日本財団関係者と夕食
MILIに集まった若者たち [2013年06月11日(Tue)]
6月11日(火曜日)
朝、ホテルにNGO「れんげボランティア会」の平野さんが来てくれる。彼には、今後3年かけて、イラワジ州で30校の学校建設事業をお願いしている。先般、イラワジ州の州首相と会った際の様子などを聞く。同じ学校建設事業でも、少数民族州であるラカイン州の分は別のNGO、BAJに担当してもらっている。ラカインでは、治安情勢の悪い中、現地州政府の全面的な支援を得て、建設工事は既に始まっているのだが、中央政府で少数民族州を管轄する国境省とのMOUの締結が遅れている。
イラワジは、大統領府の同意もあり、現地州政府とのMOUで済ませることになったので、うまく行けば来月にも承認がおりそうだとのこと。平野さんと別れて、雨の中をMILI(ミャンマー障害者自立生活運動)の本部へ。
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<雨、雨、雨>

アウンコミンさんと盲人用医療マッサージ事業の進め方について相談。彼は先月末に開かれたミャンマー全国盲人協会(MNAB)の総会で会長に選出されたというので、マッサージ事業ではMNABとも協調して進めて行くことを確認。
彼と話をしているうちに、突然停電。目の見えない彼に「停電したみたいだよ」と教えると、「このところ、しょっちゅう停電していたが、雨期がようやく始まったので、これからはマシになるだろう」と言う。ミャンマーの水力発電依存度は75%。供給力は天候に左右されがちである。尤も、電気が通じているところ全国で25%程度に過ぎないので、ヤンゴン市内は電気が来ているだけまし、ということも出来る。
停電とは言え、今は昼間なので明るい。また、MILIには、もともとクーラーも無いので本部のスタッフは、パソコンに向かっていた手を止めただけで、悠然として仕事を続けていた。しかし、今日は午後からは、社会事業家のチチニェインさんによるビジネス論の研修が始まる日。研修に使うのだろう、プロジェクターの用意もしてある。
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<突然の停電に発電機を準備するMILIのスタッフ達>

さて、どうするのかと思って様子を見ていると、暫く待っても電気が来ないので、ガソリンで動く発電機を持ち出して来て、一階の入り口の脇に設置して、動かし始めた。猛烈な音と、排気ガスが襲って来た。これでは、研修にならないのではと心配になったところで、電気が復活。おーっと声が上がる。
そこへ、黒塗りの大型車を運転してチチニェインさんが登場。ビジネス研修は私が言い出し、彼女に頼んだ経緯もあり、彼女に御礼を言うとともに雑談して、ふと気が付くといつの間に集まったのか、受講生たちが詰めかけていた。
MILI幹部のユーさんによると、申し込んだのはMILI事務局のスタッフも含め全部で17人。うち、2人は都合が付かず欠席。今日の参加者は15名とか。予定時間になったので私は邪魔になっては行けないのでこの辺で失礼することに。
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<社会事業家チチニェインさんを講師に研修>

09時 れんげボランティア会平野さん
10時20分 ホテル出発
11時 MILI本部訪問
14時15分 社会事業家チチニェインさん
15時 Zaw Koスクール訪問
19時 ティンニュントさん
ヤンゴン到着 [2013年06月10日(Mon)]
6月10日(木曜日)
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<シンガポール空港へ行く道はすっきり晴れていた>

朝8時、シンガポール国立大学南アジア研究センターのジョンション副所長と面談。その後、昨年末に退任したスリンASEAN事務局長の特別顧問として彼を補佐していたラジャさんに会って、カンボジアでの事業について相談することにしていたのだが、昨夜、彼から連絡が入り、ベトナム人の親友が急死したので、葬儀に参列するため急遽、ベトナムに行くことになったと言う。そんな訳で、彼との面談もキャンセル。結局、予定より早めにホテルをチェックアウトして、空港へ。
ヤンゴンへは、2時間半ほどのフライト。だが、その大半で機体が大きく揺れたのは、殆ど雨雲の中を飛んでいたからだ。東南アジアはやはり既に雨期に入ったようだ。
ヤンゴン空港の滑走路に機体が降り立つと、いきなり強い雨足が窓に降りつけた。ヤンゴン空港は雨に煙っていた。
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<ヤンゴン空港は雨に煙っていた>

雨の市内をタクシーでホテルへ向かう。運転手によると、今年はヤンゴン地方の雨の量は、例年より多いという長期予想が出されているとか。
ホテル到着早々に、経営コンサルタントの西垣さんと会う。彼は、ミャンマーのビジネス事情に通暁する貴重な専門家として東奔西走する傍ら、ミャンマーの視覚障害者のためにでヤンゴン市内で盲人マッサージ店Genkyを経営、彼らのための職場作りを応援するという社会事業家の顔も持っている人だ。西垣さんと夕食を取りながら、盲人用医療マッサージ事業の進め方に付いて相談する。
130610rain.jpg
<天気予報によれば、ヤンゴンの雨量は例年より多いとか>

08時 シンガポール国立大学南アジア研究センター・ジョンション副所長
13時 ホテル出発 
14時20分 シンガポール発
15時45分 ヤンゴン着
18時半 J-Sat社長西垣さん 
シンガポール経由でミャンマーへ [2013年06月09日(Sun)]
6月9日(日曜日) 
このところ、毎月1回のペースでミャンマーへ行っている。ただ、いつもはバンコク経由なのだが、今日はシンガポールに立ち寄るコース。
このようなルートにしたのは、シンガポールで二つの仕事をしようとしたためだっだ。一つは、ESCAPと一緒に準備中のササカワ障害者インクルーシブビジネス賞の審査員候補のシンガポール人、Cさんに会って説明をし、承諾を得ること、もう一つは、ミャンマー国境省と進めているシンガポール国立大学リークアンユー公共政策大学院での研修事業のために、ミャンマー国内経費を受け取りミャンマーへ届けること。
ところが、直前になって2件とも準備が整わず、キャンセル。しかし、シンガポール行きを前提に、3件もの面談を取り付けていたのでそのまま、シンガポールルートでミャンマーに行くことにした。
130609Singapore.jpg
<緑が美しいシンガポールのハイウェイ>

成田で飛行機に乗り込もうとして、見慣れない機体に気が付く。主翼の先が不思議な形に曲がっているのだ。機内に入って気が付いた。例のボーイング787だったのだ。
窓の覆いが無い。その代わりに着いているスイッチを押すと窓が濃い青色のサングラス状態になるのだ。トイレの扉も通路を邪魔しないような不思議な形に作られていた。ただ、座席の椅子は昔ながらの椅子なのか、余り快適とは言えない。まあ、安全性にさえ問題なければそこら辺はどうでも良いのだが、、、。
夕方5時過ぎにシンガポールに到着。ホテル内のレストランで、朝日新聞シンガポール支局都留支局長と会う。

10時55分 成田発
17時15分 シンガポール着
19時 朝日新聞シンガポール支局都留支局長
帰国 エアポートレールリンクの謎 [2013年06月03日(Mon)]
6月3日(月曜日)
今日は帰国の日。ただ、いつもの朝便ではなくて、午後の便にしていたので午前中は、タイ保健省伝統医療研究所アンチェリー博士と会う。
元々は、IDPP(障害者公共政策大学院)事業の責任者であるアメリカン大学のデリック准教授が、6月2日の夜にバンコクに到着するというので、私は帰国便を3日午後の便にして、その午前中に彼と会う予定にしていたのが、向こうの都合で直前になってキャンセルになったので、急遽アンチェリーさんとの予定を入れたもの。
朝9時、ホテルにわざわざ出向いてくれた彼女と面談、主なテーマは、今秋にミャンマーで予定されているASEAN伝統医療会議の件と、ミャンマーで計画中の盲人用医療マッサージのカリキュラム作りにタイ保健省の協力を求める件。
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<空港に着いて空を見ると、厚い雲が覆い始めていた>

アンチェリーさんとの話を終えて、外を見ると明らかに雨雲と見れる厚い雲が空にせり出していた。今日はこれから、スカイトレインと、エアポートリンクの二つの電車を乗り継いで空港に向かわねばならない。問題は、ホテルから最寄りのスカイトレインの駅までは、屋根のない歩道を3分ほど歩かねばならないということ。たかが3分と言うなかれ。南国のスコールの中を荷物を持って傘をさして歩くのは無理だ。
雨の降らないうちに、と大慌てでホテルをチェックアウト。空模様を心配しながらキャリーケースをひいて、最寄りのスカイトレイン駅へ急ぐ。
スカイトレインでパヤタイ駅へ。このスカイトレインの駅とエアポートレールリンクの駅は、専用歩道で繋がっているので便利なのだが、キャリーケースを曳いて、プラットフォームに上がるにはちょっとしたコツがある。お互いに離れた別々の場所にある二つの小さなエレベーターのことを知らなければ、エスカレーターの無い階段を汗をかきながら荷物を担いで登るはめになる。
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<エアポートレールリンク駅の表示には、今もパヤタイ行きのエクスプレスの表示は無し>

これだけではない、エアポートレールリンクの空港直通の急行電車の運営方法には根本的な欠陥がある。空港地下駅へ直通の急行電車は値段が高い上に、運転間隔が1時間に1本しかないのだ。
実は、運行開始当初は急行電車は1時間に2本あった。但し、始発駅パヤタイ駅からは出ておらず、二つ先のマッカサン駅からのみの運行だった。かといって、パヤタイを各停で出て、マッカサン駅で空港行き急行に乗り継げる設計にはなっていない。
そこで、2年ほど前に漸くパヤタイからもエキスプレスが出るようになったのだが、こちらは、文字通りマッカサン駅には止まらないノンストップ。しかも、1時間に2本の急行をパヤタイ発とマッカサン発に振り分けてしまったので、それぞれの運転間隔は1時間に1本ずつになってしまったという訳だ。
0603rainstarted.jpg
<空港に着いた途端、激しいスコールが始まった>

各駅停車が1時間に3本から4本あるなかで、1時間に1本の急行など利用しにくいことこの上ないので私はエキスプレスはいつも無視。各駅停車シティーラインの入口に直行。
電車を待つ間、路線表示地図を見て呆れた。赤い線で描かれたエクスプレスの運行ルートはマッカサン・空港駅間のみ。パヤタイ行きのエクスプレスが描かれていないままだったのだ。これでは、初めて利用する外国からの観光客なら混乱すること間違いない。いくらなんでもひど過ぎないか。
空港までの電車に乗っている間は、何とか持ちこたえた空も、私が空港に着いた途端、限界に到達したのか激しいスコール。やれやれ何とか間に合った。

09時 タイ保健省伝統医療研究所アンチェリー博士
12時15分 ホテル出発
14時20分 バンコク発
22時30分 羽田着
バンコクの日曜日 [2013年06月02日(Sun)]
6月2日(日曜日)
今日は日曜日。今日は昼食の約束があるので、朝食はパスして、久し振りにホテルの部屋でのんびりと朝寝を楽しむ。
食事の約束の相手はタイ人ジャーナリストのカビさん。彼は以前はタイで有名なある英字紙の花形記者だったのだが、今は退職しフリーになった。だが、退社した今も元の新聞に大きなスペースをもらって、毎週オピニオン欄に寄稿しているほか、内外の有力紙に健筆をふるっている。東南アジア情勢、特にASEANに関連する彼の知識と情報の質は大変なものだ。
なので私はタイにいる時はいつも彼の書いた記事に目を通すことにしているが、今日のように、時には直接会って彼の話を聞くのが楽しみ。
お昼前に部屋を出て、ホテルの裏道を抜けて、スカイトレインの駅へ向かう。お昼の約束の場所、市内中心部のホテルへはこの電車が便利なのだ。
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<ホテルの裏庭の植木鉢の隅にはお供え物がひっそりと置かれていた>

ホテルのロビーで、日本財団職員で現在はバンコク駐在だが、ヤンゴン事務所長として間もなくヤンゴン在住を予定している間遠さんと合流。カビさんの希望で昼食は日本料理、三人でテーブルを囲む。
夕方からは、NGO「カンボジアトラスト」のCEOカーソンさんと会う。カンボジアトラストは、文字通り、カンボジアで始まり、今は日本財団の支援でアジア6カ国に広がった義肢装具士養成学校事業のパートナーだ。今回は、私はカンボジアのラジオ事業の成果報告会議と日程が重なったために出られなかったマニラ義肢装具士養成学校の理事会の様子などについて報告を受けるとともに、2015年以降に向けての国連を中心とする国際機関との連携について意見交換。
夕食は、カーソンさんと、カンボジアトラストのミャンマーでの校舎建設のアドバイザーの内藤さんも加わり、3人でタイ料理店へ
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<営巣の季節なのか、ホテルの窓の外にはツバメが乱舞>

12時 フリージャーナリスト・カビさん
13時半 間遠ヤンゴン事務所長打合せ
18時 カンボジアトラストCEOカーソンさん
19時 内藤さん
カンボジアではこどもの日 [2013年06月01日(Sat)]
6月1日(土曜日)
日本財団のスタッフとホテルのレストランで朝食。土曜日だったが、ヘレンケラー財団のナンシーさんが来てくれて食事に加わる。日本財団はヘレンケラー財団とはアフリカでのオンコセルカという失明に至る病気の予防事業や、ベトナムでの白内障手術などの事業を通じて、長い付き合いがある。しかし、最近、ベトナムでの事業も終わり、アジア地区総括責任者の彼女と会うのも、私にとっては本当に久し振りのこと。ミャンマーでの事業の可能性などについて意見交換
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<今日は晴れ上がった>

その後、私はホテルをチェックアウト。荷物を積んで、ESCの理事会へ。昨日は、残念ながら出席されなかった元駐カンボジア大使で、今はESCの理事でもある篠原さんも今日の理事会には出席。
成功裏に終わった昨日の成果報告会などこれまでの事業経過のレビューと今後の方針について協議。
理事会の後は、日本料理屋に行き、ブンサンボ理事長らと昼食会。私は、バンコクに行かねばならないので中座、一人空港に向かう。
途中、道路にカンボジア国旗が掲揚されているのに気付き、ソルヤ君に聞くと、今日はカンボジアではこどもの日で休日なんだとか。お陰で道路はすいすい。
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<カンボジアでは今日がこどもの日>

ソルヤ君の車で空港へ送ってもらう。今日のプノンペン空港はがら空きだった。出国検査の係官も手持無沙汰。思わず、対照的に、このところいつも混むようになっているヤンゴン空港を思い出した。そう言えば、バンコクとの間を結ぶ飛行機も、今回は小さいサイズの機種に変更されていた。
ひょっとするとカンボジアは、ブームに沸くミャンマーに競い負けしているのかも、、、。
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<プノンペン空港はがら空きだった>

今回は荷物が小さく手荷物だけなので電車を利用することに。空港地下駅からはエアポートレイルリンク。パヤタイ駅でBTSに乗り換えて一時間後にはホテルに到着。時間が確実なので夕方のラッシュ時には重宝する。しかし、重く大きな荷物を持った旅行客には不便極まりない代物なので、私も普段は車に頼らざるを得ない。
顧客の視点に立って、乗り継ぎポイントでのインフラ整備など少し工夫するだけで、利用率は飛躍的に上昇するだろうと思うのだが、一向に改善されないのは不思議。一説には、タクシー会社からの反発を恐れて、わざと利用しにくくしているというのだが、果たして、、、。
夜は、共同通信八谷支局長と食事。

08時 ヘレンケラー財団ナンシーさん
10時半 ホテル出発
11時 ESC理事会
13時 ESC主催昼食会
13時45分 出発
15時20分 プノンペン発
16時30分 バンコク着
19時 共同通信八谷支局長
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